エピローグ ~あの日の記憶は、その手の中に~
冬の雪が溶け始め、緑が見えてきた2年後の春。
俺は学校を卒業した。
あれから、花梨はいつもの花梨に戻った。
同じことを何回も言うというのは、会うたび少しづつ無くなっていった。
どうやらあの手帳には、あの日俺に告白したということ以外を書いていたらしく、花梨は俺が「花梨が記憶障害だということを知っている」ということを知っていた。
だから比較的、話しやすくもなった。
そしてまた、雪が降り始めた頃。
今もまだ覚えている。あの手の感触。そして好きと言った言葉。
夏に菖蒲の過去に囚われては、冬では花梨にすっかり囚われてしまっている。
懐かしい登校道をとおり、母校にたどり着く。
懐かしいといっても、まだ半年位しか経っていない。
それでも、数年ぶりといった佇まいで学校は建っていた。
指定の時間、指定の場所に歩いていく。
花梨が許可を取ってくれたおかげで、俺はすんなりと学校に入れた。
屋上への階段をゆっくりと上がる。
二度あったやりとりを思い返す。夏の俺と冬の花梨。
そして、夏の菖蒲と冬の俺。
わざと同じにしてみせたけど、あれはたんなる偶然だったのだろうか。
それにしてはできすぎると、今だからこそ笑える話だった。
鍵はかかっていなかった。
「当たり前か」
屋上の扉を開けると、一気に冬の風が流れ込んでくる。
その風に揺れる、見覚えのあるマフラーが目に入った。
高校三年生の花梨は少し背が伸びていた。
「誠先輩!」
「おう。来たよ」
「待ってました!ささ、ここで待っててくださいね!今、後輩たちが機材運んでますから」
「機材?」
「望遠鏡とか、その他いろいろですよ。レポートに書いて提出しなきゃいけないんですって」
「へぇ・・なぁ、花梨」
「はい?」
「今思ったんだが、花梨はもう部活引退してるんじゃないのか?」
「そうですね。でも私もう大学決まってますし。いいんです」
「そっか」
自分の吐く白い息を眺めていると、扉が開く音共に声が聞こえた。
「先輩ー!持ってきました!」
「ありがとー!じゃぁ、急いで設置して!」
「はーい!」
屋上に来た部員であろう人物達は予想以上に多かった。
「1・・2・・7人か。多いな」
「頑張ったんですよ?誠先輩のアドバイスも役に立ちましたし」
「あぁ、そういえばあったなそんなの」
「先輩が忘れてどうするんですか、私は覚えていますよ?」
まだ完全には治ってないが、ほとんど普通の人と変わらない記憶力になったらしい。
「先輩。この人があの・・」
「あ、そうそう!この人が赤菊誠先輩」
「どうも」
「なるほど・・確かにどこか抜けてるような・・」
唐突にひどいこと言われたような。
「でしょ?さっすが、部員第一号!」
「奈々っていう名前。そろそろ覚えてくださいよ、先輩」
「冗談だよ、覚えてるって」
気さくに話す姿は、昔見た花梨とは少し違う。普通の女の子だった。
遠慮がない分、彼女がフルに発揮されているのだろう。
「流星群。みましょう誠先輩」
「あぁ。今度は泣かないようにな」
「へ・・?なんのことですか?」
おっと、つい口が滑ってしまった。そうだあの日の記憶は花梨にはないんだった。ただ花梨の病気を知っているということだけで。
忘れ去られた過去だった。
「いや、ごめん。なんでもない」
「んー?・・ほら誠先輩、望遠鏡を」
「うお!?これ新品か!?」
「そうですよ、買い換えたんです」
「花梨が?!」
「部費と実費で」
「さすがだな・・」
そして、冬の空はたくさんの星を照らした。
「大好きですよ、誠先輩っ」
「・・え?何か言った?」
望遠鏡から、声がした方に目をやるといつの日か見た姿勢で
「もう泣きません」
そう言って、笑いかけた。




