第二話 ~透き通る、白いマフラー~
「誠先輩は、彼女とかいますか?」
「・・・へ?」
突然すぎる質問に、変な声が出てしまった。
「すみません。いきなり」
「い、いや・・・」
「あ!答えなくなかったら答えなくていいんです!ただの興味というか・・・その、先輩かっこいいし・・・」
「え?なんて?」
「いえいえ!なんでもないです!」
でもそうか、彼女。今、俺にはいるのだろうか。いないのだろうか。
好きな人がいた、という過去はある。しかしそれは過去のこと。それに彼女は死んでしまった。
だから今は・・・。
「いない、かな」
「そうなんですか。じゃぁ、好きな人とかいますか?」
「そうだなぁ・・・いたときはあったけど、今はいないかな」
「へぇ、どうして諦めたんですか?」
「ど、どうしてって・・・俺が好きになったところで何があるということもないというか」
「残念だなぁ、先輩ってそういうところ疎い感じがしますよね」
「そのとおりです・・・」
今日の花梨は楽しそうだ。以前より歩くペースが早い気がする。
学校からの帰り道は、夕日が綺麗だった。夏は過ぎ、冬を感じる。日の沈みも早くなったようだ。
風もだんだんと涼しさを増し、そろそろ手袋をしないと手がかじかむ。
花梨は白いマフラーを着けていた。雪のように透き通った、白いマフラーは、ふさふさして暖かそうだ。
「どうしたんですか?」
いつの間にか、黙ってずっと花梨を見てしまっていた。慌てて視線を外す。
「その、マフラー暖かそうだね」
「このマフラー、菖蒲先輩からもらったんです」
「菖蒲から!?」
菖蒲という名前を聞いて、つい大きい声を出してしまった。
「は、はい。入部記念にって。夏に貰ったので使えなくて・・・使っているところを見せたかったんですけど」
「いつ貰ったの?」
というか、花梨と関わりあったのか。全くそんな話聞かなかったから、知らなかった。
花梨は少し慌てた様子で自分の鞄を探ると、小さい手帳なようなものを取り出した。
「夏の流星群の次の日でしたね。今思えば、本当はお別れの言葉だったのかもしれません。誠先輩をよろしくって言われて・・・」
「そうなんだ・・・」
いつの間に、そんなこと。
「大丈夫ですよ、誠先輩!私がいますからね!」
「そうだな。頼もしい後輩がいるから、部活は安心だな」
「・・・そういうことじゃないんだけどなぁ。もう」
花梨は手帳に挟まっているペンを手に取り、なにやら書き始めている。
「なにしてるの?」
「部活の活動計画と、先輩のなおすべきところを書いてるんです」
「ほんっと、頼もしい後輩だよ・・・」
俺も少しは、星のことについて勉強しないといけないな。観察日記とか、天文学部らしいことをしていかないと。
東西に分かれる道を過ぎる。
ここを通るたびに思い出す。手を大きく振りながら、走っていく菖蒲を。
「――私、未来から来たんだ」
そう言う菖蒲は、どこか寂しそうで。だけど、俺を信じてくれている凛々しい目をしていた。
彼女の言葉はいつも真剣で、嘘偽りのない言葉。
だからいつまでも心に残って、うだうだ引きずってしまう。
強くなるんだ。俺は。
俺の家に着く。花梨はその間ずっと手帳に何か書いており、話しかけづらい状況だった。
そもそも、俺も話すことが思いつかなくてだんまりだった。
「誠先輩、忘れたい思い出とかってありますか?」
別れ際、花梨は囁くように聞いてきた。
「忘れたい思い出?」
「例えば、過去に失敗してしまった事とか、やらなきゃよかったと思う事とか。忘れたいと思ったことありますか?」
「そうだなぁ。ひとつやふたつはあるかもしれない」
「忘れたいと思っても、忘れられないものですよね」
「うまくいかないもんなんだよね。そういうものほど、記憶の片隅に残ってしまう」
「でも覚えてるからこそ、失敗が糧となる時もあるんですよね」
「確かにそれも、今となればいい思い出ってことだよな」
花梨は、その場から動かない。下を向いて、じっとしている。
「花梨・・?」
なんか、いけないこと言っちゃったかな。そもそも、なんでこんなこと聞いてきたんだろう。
「流れ星って不思議ですよね。流れるのはあんなに一瞬なのに、記憶に焼き付く」
花梨は顔をあげ、俺に笑いかける。
「だから私は星が好きなんです。忘れられない輝きを放って、夜空に散らばる星が」
「そうなんだ。花梨にとって、忘れられないものなんだね」
「私、流れ星になってみたいなぁ、っていつも憧れてるんです」
「花梨には流れ星なんて勿体無いよ、一瞬で消えてしまうなんて」
花梨は背を向けて、歩き出す。
「一瞬だからこそ、美しくて、記憶に残そうとするんです!」
花梨はそういうと、早歩きで行ってしまった。
一瞬だからこそ・・・か。短い時間だったからこそ、大切な時間になる。
忘れられない記憶になる。
「流れ星は嫌いだ」
俺はそんなことを言った覚えがあるな。
気づかないうちに流れていってしまって、価値などないと思った。
それは気づかないんじゃなくて、気づきたくなかったのかもしれない。
忘れられない思い出になってしまうから。
やっぱり、流れ星は嫌いだ。
「ただいま」
家に戻り、部屋の本棚にある、ひとつの本を取り出す。
「星の図鑑」と書かれた分厚い本を広げて、ぱらぱらとページをめくって眺める。
「今度の流星群は、ふたご座流星群かな・・・」
12月の初旬に流れるこの流星群は、三大流星群と言われるほど有名なものだ。
今は、11月25日。あと一、二週間というところか。
「部活最後になるかな・・・」
来年になれば、部活を引退しなければならない。
夏までは滞在可能だが、夏までいる必要もないし、正直のところ受験勉強しないと成績が危ない。
花梨には悪いが、春になったら新入部員をなんとか集めてもらわないと。
「おやすみ」
今日の空は、星の見えない夜だった。




