となりのツインテール
お題「所与の場面からの展開」
登場人物:
主人公:童貞男。
女:髪型ツインテール。かわいい娘ぶりっ子な声質。
場面:
主人公、座って食事中。女が声をかけてくる。
女「隣、良いですか?」
主人公「え、ああ良いよ」
女「失礼します」
女、席に着く。主人公、女にかまわず食事を続ける。
「隣、いいですか?」
「え?……ああ、いいよ」
物思いにふけっていた男は、たずねる若い女の声に、反射的に答えを返した。
男の右手には箸、左手にはご飯茶碗。目は、アジフライの乗った皿の脇、スマートフォンの画面に向いている。
「失礼します」
ぎぎ、と椅子を引く音。ふわりと空気が動き、男の左隣に軽やかに腰を掛ける気配。
男はなおも顔を上げない。その視線の先の携帯機器には、実家からのメールに添付されていた写真が表示されている。
「かわいい猫ちゃんですね」
その言葉でようやく女の存在に気付いたように、男は隣に座る人物に顔を向けた。
一見して西洋系の外国人と思われる、見知らぬ娘。年齢は成人を迎えたばかりの男より少し下くらいだろうか。
まず、美しい銀色の髪色に目が行く。髪型は、左右で結んで長く垂らした、いわゆるツインテール。つり上がった大きな目は気の強さを表すようで、その瞳は薄い青。かわいい猫ちゃん、などと鈴を転がすような声を発したその可愛らしい口もとは、しかし無表情に閉じられている。
一見して華奢な身体を包む白い清楚なワンピースが、この薄汚い食堂にはどうにも場違いに感じられた。
男は、女から見やすいように、テーブルの上のスマートフォンを少しだけ滑らせる。
「実家で飼っていた猫です。行方不明になったらしくて」
「まあ」
「これで、ずいぶんお婆ちゃん猫なんですよ」
「そう」
「実家の連中は、死期を悟って、自分から姿を消したんじゃないかって」
写真に目を戻し、男はぽつぽつと語り始める。
男が年端もいかぬ子供だった頃から家にいたのに、いつまでたっても懐かない猫だった。
撫でようとすると、威嚇の声とともに前足の爪が飛んでくる。抱こうとしても、暴れてすぐに腕から抜けだしてしまう。猫じゃらしを振ってやっても、一向に興味を示さない。
そんな風で、自分からは全然愛想を振りまこうとはしないくせに、食事をしていると側に寄ってきて、じっと顔を見上げてくるのが現金な奴だった。
最後に姿を見たのは、正月に里帰りした時のこと。
荷物を手に実家の玄関を出た際、気配を感じて振り返ると、ガラス窓の向こうにじっと佇みこちらを見つめる姿があった。思いがけぬ見送りに手を振ってみせると、そしらぬ顔でふいと目を逸らした。相変わらずのその態度に苦笑しつつ、男は駅へと歩みを進める。
最後にもう一度だけ振り返ると、猫はその感情の読めない青い目で、男をじっと見送っていた。
「あれは、今生の別れのつもりだったのかなあ」
「……」
呟いた疑問に返事はなく、男は初対面の女性相手に長々と話してしまったことにはっと気付いた。謝ろうと女に顔を向ける。すると、その青い瞳と、ばっちり目があってしまった。
どうも先程から、こちらの顔を見つめていたらしい。バツの悪さと気恥ずかしさを覚え、顔を赤くしつつ、とりあえず一方的に話をしてしまったことを謝ろうと口を開く。
「えー、っと……」
「お魚、いいですか?」
「え?」
女が無表情のまま発した言葉に、男の思考が停止した。
「お魚。食べないなら、いただいていいですか?」
「あ、はい。い、いいですよ」
常識で考えれば、良いはずも無いのだが。突然の展開に疑問を抱く暇もなく、成り行きに流されるまま、手付かずだったメインディッシュを女の前に移動させる。昼食のアジフライ定食が、ただのライス&味噌汁になってしまった。
女は、じっと目の前のアジフライに見入っている。男はふと気付いて、箸立から割り箸を一膳とって差し出した。女は無言でそれを受け取ると、ぱきりと音を立てて割り、皿に箸をのばす。小ぶりなアジフライを掴み、可愛らしい口に運んで一口かじり、もぐもぐと咀嚼。やがて、もともと不機嫌そうなその無表情の、綺麗な形の眉がわずかにひそめられた。
「……油っ濃い」
「そ、そうですか」
そうして不満を漏らしながらも、箸を止めない女。やがて三尾のアジフライは、全てその腹に収まった。箸をおいた女に紙ナプキンを差し出すと、女は上品な仕草で、ゆっくりと口の周りを拭き取る。
やがて落ち着いたのか、女は改まったような態度で膝の上に手を置くと、男に顔を向ける。その無表情な目をやや細め、睨みつけるような上目遣いにして、言った。
「勝手に人間の寿命に換算して、お婆さん呼ばわり。絶対に許しませんからね」
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