反社会的お化け屋敷
カップルの大朝と詩真子が、遊園地内を散策している。詩真子がとある施設の前で立ち止まる。
「ねぇねぇ、大朝くん! 次はここにしない?」
「ここ? うわ~お化け屋敷か~…」
窓ガラスは割れ、黒い汚れが付いた外壁は蔦で覆われた、三階建ての朽ちたビル。勿論、演出のためにわざとその状態にしてあるのだろうが。
「ね~行こ~よ~もっとゾクゾクする刺激が欲しい~」
「う~ん、わかったわかった。しょーがないなー。」
半ば詩真子が大朝を引っ張るようにしてお化け屋敷へと入っていく。
「らっしゃいまし。よくぞお越しくださいやした。」
腕に黒いラインが入った白のジャージを着た係員と思しき女性・菅倉が二人を迎える。
「大人二人で。」
「へい。大人二人で8000円になりやーす。」
「なんか高いな…。」
大朝がそう呟く中、詩真子が料金を支払うと、二人はビルの入り口をくぐり、菅倉によって中へ案内される。
薄暗い室内、木箱やロープなどが乱雑に置かれた部屋が広がる。
「わぁ~リアル~!」
目を輝かせながら湧き立つ詩真子。
「さむっ…」
空調が強く効いているのか、寒気を誘う演出か、肌寒さが大朝を襲う。
コンクリート風の部屋の壁にはスプレーで落書きされたかのような《ススメ…》の文字が矢印と共に不気味に書かれていた。
大朝と詩真子の二人はその矢印に従い、部屋の奥に繋がっていた廊下へと出る。
「随分と路地裏みたいな廊下だな…。」
廊下の壁は片側は茶色のレンガ風、もう片側は灰色のコンクリート風になっており、ボロボロになったポスターは剥がれかかり、なぜか換気口や配管なども取り付けられている。
「ヤバい! 暗い! ひゃっ! 何!? 犬の鳴き声!?」
大朝の腕にしがみつきながらお化け屋敷の演出に心を躍らせる詩真子。
「なんでビルの中が路地裏なんだよ…リアルさに欠けるぞ…?」
どうしても理屈で見てしまう大朝。
―スッ…
「ヒャッ!」「おぉっ!?」
二人の目の前を黒い影が右から左へ通り過ぎた。
「何今の!?」
「男!? 男だったよね!?」
身を寄せ合う二人。
「私たちをこれ以上前に進ませないつもり!?」
「いやいやそれだとお化け屋敷のサービス形態が成り立たなくなるでしょ!」
詩真子の情緒が溢れ出し、大朝は理屈を炸裂させる。
次なる異変を警戒しながら、ゆっくりと前進する二人。黒い影が通り過ぎた廊下が交差する場所へと近づいていく。
「左見る…? 左見る…?」
目を瞑りながら大朝に問う詩真子。
「見ないとサービスを十分に享受できない可能性がある。一緒に見よう。」
そして二人は「せーの」で、左を向く。
「「うわぁー!」」
黒く大きな背中が横に続く廊下の先に立っている。二人の足は迷わず前方へと急ぐ。
「坊主だったよね?」
廊下の行き止まりで息を切らす詩真子。
「多分…背広着てた。」
壁に顔を近づけたままの大朝。
無防備な後ろにゆっくりと振り向く二人。特に追いかけてくるわけではなさそうだ。
「嫌なものを見る前に、先に進もうか…。」
壁に貼られた「ヒダリヘ…」と書かれたボロボロのポスターに従い、二人は先へ進んだ。
進んだ先の部屋はまたしてもビルに挟まれた路地裏のような様相を呈していた。
「ここはどういうコンセプトなんだ…?」
大朝が部屋を見渡していると、奥から声が響き渡る。
「おーい、おーい、おーい…」
声はこちらへ確実に近づいてきている。
「ヒィィィ! こっち来てる!」
大朝の腕にしがみ付く詩真子。
「おーい、おいおいおい。やっと見つけたぞウォーイ。」
大朝と詩真子の目の前に現れたのは、スーツとサングラスを身に着けた二人の男。
「「………」」
突然の演出への驚きか、目の前の場違いな存在への戸惑いか。大朝と詩真子は目の前の男たちを意表を突かれたような目で見つめている。
「あーそんでぇ、なんで俺たちが来たかわかるよねぇ?」
太い黒と細い白のストライプ柄のスーツを着た男がポケットに手を突っ込みながらサングラスから目を覗かせる。
「えーと、寧ろ来たのはこっちの方ですけど…」
いまいちお化け屋敷の世界観に入り込めていない大朝。
「ど、どうすんの…」
大朝にしがみついている腕の力がゆるむ詩真子。
「あぁ? まさか俺たちのことを知らないとでも言うんじゃねぇだろうなぁ?」
白黒ストライプの男が顔を突き出す。
「し、知らないですっ!」
詩真子が答える。
「あーそうかそうか。それじゃ教えてやるよ。俺は男罵気組の血湧だ! そしてコイツが…」
血湧が隣に立つ植物柄のシャツを着た連れの男を見る。
「………」
植物柄の男は微動だにせずサングラス越しにカップルを見ている。
血湧は植物柄の男に何度も振り向く。
「名前は!」
「あ! 肉躍だ!」
血湧の一喝を合図に名乗る植物柄の男。その様子をすっかりお化け屋敷のムードから脱却した状態で見つめている大朝と詩真子。
「よーしこれで思い出したろ?」
「そんな強引な…」
客おいてけぼりの粗のありすぎる展開に拍子抜けする大朝。
「そんじゃ、早速だけど金出してもらおうかウォーイ。」
「は!? か、金!?」
「何言ってんだお前! お前らよぉ、男罵気組の金融からよぉ、444万借金してんだろうがヨォーイ。」
「ほぉーい?」
ありとあらゆるものをすっ飛ばした展開に混乱状態の大朝。
「ひゃぁっ! 借りてない!借りてない! 私たち借りてないです! 許してくださいー!」
「詩真子、詩真子、詩真子!」
詩真子の正気を確かめる大朝。
「よぉ姉ちゃん、怖がらせてごめんねぇ。でも借りたもんは返さないと。」
崩れ落ちる詩真子に顔を近づける血湧。
「ちょちょちょ、あんま近づきすぎないで。」
血湧を制す大朝。
「あんだお前! 金借りてる分際でよぉ! アッ!?」
「だからその、どういうことですか? 借金って?」
「お前らよぉ、男罵気組の金融からよぉ、444万借金してんだろうがヨォーイ。」
「さっき聞いたよ。」
「こいつなかなか良い度胸してるなぁ。おい肉躍! お前もなんか言ったれ!」
表情一つ変えずに仁王立ちしている肉躍。
「………」
「………おい! 肉!」
「あ! 叩くぞオイ!」
「しっかりやれ! 肉!」
「あ! はいっ!」
「何やってんのアンタら…」
テンポの悪い血湧と肉躍にもはや苦笑している大朝。
「そんじゃ、金出してもらいましょか!」
「粗いんですよこれ! いつまで続けるの!?」
「さっさと金出さねぇと東京湾に沈めるぞゴラァ!」
「あるよねそういう脅し文句。」
昔の映画かドラマで聞いたことのあるようなありきたりな脅迫に共感を覚える大朝。
「キャーッ! ヒャーッ! ヤダー…ヤダヤダ…。」
大朝に抱き着き震えている詩真子。
「楽しんでるねぇ! 詩真子!」
密着する詩真子の頭を撫でる大朝。
「おい! 肉躍! お前もなんか言ったれ!」
肉躍に振る血湧。
「……うーん…んー…えーと…。」
「肉っ!」
「あ! お、お前らを…蹴るぞ!」
「弱い。」
肉躍の貧弱な脅しに心躍らない詩真子。その顔を不気味そうに見つめる大朝。
「で、僕ら、まだ先に進めないですかね?」
自分たちがお化け屋敷に入っていることをわずかに思い出し、出口を目指したいのと他の娯楽サービスを体感したい思いが湧いてくる大朝。
「だから、金を返せばいいだろ! 借金返したら通してやるよ!」
「まだそれを言うんですか! もうそろそろ次に行ったらどうですか?」
「…うーん…。」
図星を突かれたような血湧。
「ちゃんと流れ確認してます?」
「確認はしているつもりです…。」
サングラスをかけたまま箔が剥がれたかのように口調が変わる血湧役。
「それじゃ、どっかのタイミングで我々を次に進めたほうがいいんじゃないですか?」
「そーですねー。あと二、三脅かさせて頂いたら…」
「わかりました。ではスタート。」
「おいゴルァ!」
切り替えの早い血湧。
「早く借金返さないと中部地方辺りの山に埋めるぞゴルァ!」
「キャーッ! 怖い怖い怖い! ヤダ! 私もうダメかも…」
大朝にしがみつきながら泣き崩れる詩真子。
「詩真子お前、お化け屋敷を理解してるか?」
詩真子のためにも早く次へ行きたい大朝。
「おい肉躍! お前もなんか言ったれ!」
「…えーっと…埋めるぞ!」
「それは俺が言った!」
ひどく役に立たない部下を持った血湧。
「もうそっちの方ボロボロじゃないすか! ポンコツ設定だった、とかじゃないと受け入れられないレベルですよ?」
「うるせぇよ、あんちゃん。やっぱこの血湧が可愛がってやんないといけないかなぁ?」
「怖くねぇ~。この二人見た目も全然怖くねぇ~。グラサン外したら好青年なんだろうな~。」
この言葉に少し固まる血湧。
「チッ、脅しだけじゃ効かないか…。」
「はい。脅しにもなってません。」
悔しそうな血湧を呆れた表情で見つめる大朝。
「よーし、肉躍、バン用意しろ。こいつらを連れてく。」
「はーい。」
携帯電話を取り出す肉躍。
「ギャァァァァァッ!! 殺される殺される!」
絶叫する詩真子。
「大丈夫。もう次に行けるから。」
冷静な大朝。
「おいお前ら! 金返さねぇとマジで命ねぇぞ! なぁ?肉!」
「お、おう! ねぇぞねぇぞ!」
大朝と詩真子に近づき、その後ろに回る血湧と肉躍。
「きゃー来た来た!」
周囲を見渡し身を縮める詩真子。
「もう行こ。もう行こ。」
ガラ空きになった前方に向かって詩真子を連れて歩き出す大朝。
「おい待てコラ!」
そう言ってその場で走る仕草をしながら足踏みする血湧とそれを真似る肉躍。
「本当にもうちょい研修したほうが良いよ?」
そう言い捨てて大朝は詩真子と共に次へと進んだ。
先ほどのポンコツ借金取りと遭遇した部屋の先にはまたしても路地裏のような廊下が広がる。
「ねぇ、俺たちお化け屋敷に来たんだよね?」
薄暗い廊下を歩きながら詩真子に問いかける大朝。
「さっきちゃんとオバケ出てきたじゃん。」
大朝を盾にしながら前に進む詩真子。
「その“オバケ”は、超常現象的な”お化け”のことを言っているのか、それともさっきの”男罵気組”とかいうガバガバ集団のことを言っているのか?」
二人が廊下の突き当りに到着すると《イラッシャイ…》と書かれた札が掛けられた黒い錆びた扉が現れる。
「ふぅー。次は何が待っているのかな?」
「大朝くん待って! 心の準備が…。」
「するまでもないでしょ。」
そう言って大朝はドアノブを回し扉を開いた。中に入ると何も見えないほどに真っ暗な空間が広がる。
「ひゃ~! 暗い!」
大朝の背の中で縮こまる詩真子。
「ついに本気を出してきたか…?」
何も見えない周囲を見渡す大朝。
すると突然部屋が明るくなり全貌が明かされる。
木目のカウンター、赤色のカウンターチェア、暖色系の間接照明。そしてカウンターの奥の棚にはたくさんの高そうな酒瓶が並んでいる。
「廃墟の飲食店? にしては綺麗すぎるよね。」
嫌な予感を抱きながら店の内装を眺める大朝。
「いらっしゃ~い。」
「なんか見たことある顔だと思ったら…」
二人の目の前に現れた見覚えのある人物。入口で受付を担当していた菅倉だ。先ほどのジャージ姿とは打って変わって、ラメが輝く紫色のドレスを身に纏っている。
「どうぞ~こちらの席へ~」
菅倉に案内されるがままにソファーへと座る二人。
「さあ五杯目は何飲まれますか~?」
「何が起きた!?」
尺の都合なのか段取りが粗いのか、はたまた恐怖の演出なのか、だいぶ置いてけぼりにされている。
「気分転換にウォッカを。」
「しーまーこー?」
詩真子の凶暴な飲酒欲求が今までで一番怖い大朝。
「ウォッカお願いしまーす。」
「ホォーイ。」
菅倉が呼びかけると聞き覚えのある、不快感すら覚える声が聞こえてくる。
「どーもー! 血湧と肉躍です!」
皆様お馴染みかのように登場したマヌケ二人組。
「今度はなんですか?」
「お客さん、お帰りということで。」
「だから展開が早いって。」
ソファーについて、十数秒。ちょい飲みにもなっていない。もっと世界観に引き込むための粘りや引き延ばしがあってもよいのではないか。
「あれれ? マサコちゃん、お客様お帰りなんだよね?」
血湧がいやらしい目を菅倉に向けながら問う。
「お客様お帰りでーす!」
「順序!!」
元気よく馬鹿みたいに声を上げたマサコ役の菅倉に対抗するように声を上げる大朝。
「はいマサコちゃんありがとー!」
拍手でマサコを喝采する血湧。その横で静かに拍手する肉躍。
「マサコっていうのは役名?」
なぜかそこが気になっていた大朝。
「源氏名だよ。」
マサコこと菅倉が答える。
「源氏名、マサコっていうんだ…。」
「源氏だから。」
「そういうこと!?」
意表を突かれている大朝に血湧が突っ込んでくる。
「はいはい! お客様! お帰りならさっさとお帰りしましょうねぇ!」
「敬語おかしいぞ~」
「はいはい! 失礼! こちら伝票でございます!」
血湧がそう言うと肉躍が黙って細いクリップボードを差し出す。大朝はそれを何かをわかりきっているかのような表情で受け取る。
「……ぼったくりね。」
大朝の目に《¥666,666,666,666,666,666》の文字が飛び込んでくる。
「はい! ぼったくりです! 金落としてください!」
威勢の良い血湧。
「これで怖がらせようと思った?」
「『666』が六つ。怖いでしょ?」
「あー怖いねー。とても怖いねー。」
「六百六十六兆六千六百六十六億六千六百六十六万六千六百六十六円です。」
「怖いねー。内訳は?」
「内訳は…えーと、ですねー…お酒が…肉躍!」
肉躍の方を向く血湧。
「は? えーと内訳…お酒が…600円?」
肉躍が目を躍らせる。
「お酒って600円で飲めるか?」
思わず口を開く血湧。
「やっぱり6000円くらい?」
「酒が6000円なわけあるかよ!」
「ピスタチオが500円で…」
「あれお通しじゃないの!?」
「バーにお通しの概念てあるっけ?」
「知らねぇよ! てか酒ってなんの酒だよ!」
「えーっと…ワインと…焼酎と…」
「バーで焼酎だすかよ!」
「和風のバーってことには…」
「このセットのどこが和風なんだよ!」
「あーじゃ、女の子代…」
「気持ち悪い言葉だなー。」
血湧と肉躍の不毛なやり取りに大朝が思わず口を開く。
「テーブルチャージは?」
「テーブルチャージ…? うー…それが6兆です。」
「阿呆か。というかそもそもぼったくりの店がそんなに細かく内訳教えようとしねぇよ。」
ハッとした表情を浮かべた後、口を噤む血湧。
「あとさ、寧ろこっちに金を返してくれよ。なにこのお化け屋敷。なにで怖がらせようとしてるの? 斬新さ狙った? これで喜ぶ人いた? マーケティング成功してる? そもそも霊的なものを排除したらもう根本が変わってね? 下手したらここ…詐欺だよ?」
大朝が理屈でまくし立てる。
「確かに、やっていることは…反社かもです…。」
サングラスを掛けたまま俯きながら答える血湧役。
「まあまあ反社とまでは言わないけど、お化け屋敷を名乗るなら、ちゃんとお客さんを怖がらせてちゃんとお客さんに刺激を与えてちゃんと大人一人4000円という金額に納得できる娯楽サービスを提供しないと。」
「大朝くん、なんかクレーマーになってない?」
普段見たことがない恋人の様子に詩真子が戸惑った顔を浮かべる。
「詩真子、僕は今、至極真っ当な事を言っているつもりだよ?」
「なんか、あの二人より怖いよ?」
その言葉に固まる大朝。
「怖いお客さんだな~」
肉躍がサングラスから目を覗かせながら聞こえるように呟く。
「あんた本当になんなんだよ。」
大朝からすれば肉躍こそ一番得体が知れない。
「あのう、お客さん、僕たちここからしっかり怖がらせるので、それでご納得頂けないでしょうか?」
血湧役が初めてサングラスを外して懇願してきた。くりくりした可愛い目をしている。
「うーん…わかりました。ちょっと”こわい”の種類が違うけれども、刺激は貰いましょうか。」
「ありがとうございますっ!」
血湧役が深く頭を下げる。肉躍役もそれに倣って頭を下げる。
「そんじゃ行くで~。」
サングラスを戻す血湧。
「金払わんのか!! オイ!!」
今までにない剣幕で大朝と詩真子を襲う血湧。
「はーらーえ、はーらーえ、はーらーえ…」
その横で不気味に煽りを入れる肉躍。
「あんだけ飲んでタダで帰すと思ってんのか!! アァ!?」
「はーらーえ、はーらーえ、はーらーえ…」
「この店では俺らがルールじゃ!! 文句は言わせんぞ!! ヒョーイ!!」
「はーらーえ、はーらーえ、はーらーえ…」
この熱量が響いたのか詩真子が瞳孔を開かせながら口を開く。
「客引きの時、3000円ポッキリって言ってたじゃないですか~…」
お化け屋敷の客側が設定を勝手に作り出して怯えるという前代未聞の光景に鳥肌が立つ大朝。
「あんなのウチのバカ従業員の戯言じゃボケェ!! あんなヤツの言うこと信じてここに来たお前らが悪いだろうが!!」
「キャー!! 大朝くん!! どうしよー!!」
大朝に密着する詩真子。ここにきて大朝にもどういうわけか火が点いた。
「ヤメロォ! 詩真子に…俺の女に手を出すなぁ!」
突然の出来事に顔を見合わせる血湧と肉躍。しかし、気を改めて演技を続ける。
「おうおう兄ちゃん、良い度胸してんじゃねぇか。これはゲンコツじゃねぇとわからねぇかなー。」
「なーぐーれ、なーぐーれ、なーぐーれ…」
流石にお化け屋敷の客に直接的な接触はしないだろうが、血湧の強い気迫に気圧される大朝。
「お客さん、逃げたほうがいいんじゃないの?」
ここで事態を静観していたマサコこと菅倉がグラスを片手に口を開いた。
「…行くぞ詩真子。」
そう言って大朝は、詩真子を守りながら《出口》という文字と共に壁に描かれた矢印の方向に向かって走り出す。
「お! オイオイ! 待てコラ! おい!」
血湧と肉躍も動き出す。大朝と詩真子の背中を追いかける。追いつけないスピードに保ちながら。
ぼったくりバーエリアを後にした大朝と詩真子は、再び暗い路地裏風の廊下を歩く。
「詩真子、このお化け屋敷楽しい?」
「まあまあ楽しい。」
「まあまあ楽しいんだ…。」
そんな会話をしながら進んでいくと街灯風の明かりのついたところに辿り着いた。
―タタタタタタタタタタタタタタタタタタ…
明るい場所についたのも束の間、何かが走ってくる音が聞こえる。
「なんか来る! なんか来る!」「ヒエーッ! 何!」
身を寄せ合い走りだそうとする二人。
「はいそこの二人! 止まれい!」「ごよーだ! ごよーだ!」
聞き覚えのある男たちの声。身を寄せ合っていた二人はなぜかその声に安心感を覚える。
「ちょっくら話聞かせてもらおうか!」
大朝たちの前に現れたのは、サングラスに代わって眼鏡をかけ、黒一色のスーツを身に纏った血湧と肉躍。
「今度はなんだ? 期待してるよ刺激を。」
新しい仕掛けにワクワクしている大朝。
「お前たち二人が、男罵気組の末端構成員だってことはこちらで調べがついてるんだよぉ! 大人しく話聞かせてもらおうじゃねぇか!」
「うわーなんだ! 組同士の抗争か! そっちはどこの組の者だ!」
「組の者じゃねぇ! ”ソタイ”だ!」
「あー! 『組織犯罪対策部』か! そっちか!」
今度はこちらが反社になるという奇天烈展開に浮き立つ大朝。
「お前ら! 国家転覆を企んでるらしいな!」
「うわー! 男罵気組ってそんな野蛮なことする組織だったんだ! 仁義無いんだ!」
常軌を逸した設定に抱腹絶倒の大朝。
「そ、それに、えー、お前ら…く、食い逃げ? したらしいな。」
肉躍が頑張って設定を考えながら刑事を演じている。
「もしかしてさっきのぼったくりバーの設定引き継がれてる?」
世界観の繋がりに関する考察が捗る大朝。
「黙れ! この外道ども! 痛い目を見ないとわからねぇだろうからな、”コレ”で制裁してやるよ!」
そう言って血湧が懐から取り出したのは黒い光沢を放つ拳銃。当然、実弾を放つものではないだろうが。
「おーっと! 法治国家はどこへ!? まさに”血湧き肉躍る”社会に成り下がったのかこの世界は!」
凶暴な展開に大朝の体にはアドレナリンが溢れ出す。更にニセモノ拳銃を構える血湧の隣では肉躍がアサルトライフルを構えている。
「こっちのアサルトライフルは…本物だぞ…! コラ!」
「うーん、絶対嘘だよね! 本当ならわざわざそんな前置きしないだろうからね!」
アサルトライフルがグロいくらいに似合わない肉躍を鼻で笑う大朝。
「あわわわわわわ…大朝くーん!! 私たちヤられる!!」
ヘッポコ二人が構えるニセモノ飛び道具を前に狂乱する詩真子。
「仕上がってるねぇ! 詩真子!」
世界観にすっかり毒された詩真子を呆れつつ支える大朝。
「おいお前らよぉ! 何イチャイチャしてんだよぉ! 蜂の巣にしてやるわぁ! 警視庁組織犯罪対策部の意地を見せてやるよぉ!」
「治安を守る国家組織とは思えない言動! 本物のソタイが鼻で笑うぞこれは! 因みに現実の警視庁組織犯罪対策部は2025年10月の組織改編で刑事部に統合されて廃止されたよ?」
大朝の発言を合図にするかのように現場に沈黙が流れる。本来のお化け屋敷らしい沈黙が。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
―パーン! パーン! パーン!
血湧の雄叫びと共に軽い破裂音が響き、火薬の匂いが発生する。
「わ! う、ウオオオオオオオオオオオオ!」
―パパパパパパパパパ
ニセアサルトライフルからは子供の拍手のような音が響く。
「キャーッ! 殺されるー!」
絶叫の詩真子。
「ちゃっちぃ武装だな!」
火薬銃の音を可愛く思う大朝。
「タイホ! タイホ―!!」
そう言って近づいてくる血湧と肉躍。
「逃げろってことね! ではお邪魔しましたー!」
詩真子を連れて逃避行ごっこを始める大朝。
路地裏風の廊下を走って逃げる。後ろからは可愛い火薬銃の音が響いている。L字の角を右に曲がる。奥に光が見えて出口を確信する。背後から今度は「ドシーン!」という音と「痛てーっ!」という声が響いてくる。鼻で笑いながら大朝と詩真子は久方ぶりの青空を目にした。
「お疲れ様でございやした。」
出口付近で待っていた菅倉が迎える。
「あんたが伏線だったのか…」
息を切らしながら菅倉に目を向ける大朝。
「楽しかったね~大朝くん。」
「…本当だね~。」
あの二人のおかげでなんとか楽しむことはできた。
「でも結局怖かったのは最初の横切る影だけだったよね~。」
「なんですかそれ?」
菅倉が無表情で聞いてくる?
「最初に廊下を横切った影のことです。」
「影?」
「冒頭でスーツの男が廊下の十字路みたなとこを右から左に通り過ぎる演出ですよ。」
「そんなの無いですよ?」
「………」
日光の熱に負けない寒気が大朝を襲った。




