アミトリクサ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんは、「アミトリクサ」を知っているだろうか?
私の地元だと、それなりに群生していたのだけど、こちらへ出てきてからはめっきり姿を見ないのでね。ひょっとしたらマイナーなものなのかな、とふと思ったのさ。
……うん、やはり耳にしたことはないか。
いや~、君にネタを求められてから何を提供しようか少し悩んでいたんだ。ひょっとしたらアミトリクサの件も、君にとっては聞きなれたことかもしれないと思ってね。あまりポピュラーなものを用意されてもおもしろくないだろう?
自分の地元とじゃ、ありふれてたいしたものじゃあない、と思っても外からやってきた人にはそのように思われないものもある。
人間の感覚や地域柄っていうのは、なかなか面白い。慣れ親しんでしまうとそれが神秘的なものであるはずなのに、卑近なものと受け取ってしまうから。
おっと、いかんいかん。脇道へそれてしまったな。アミトリクサの話に戻そうか。
アミトリクサの存在は、主に雨が降った直後に認識される。
というのも、その名の通り網取りの網目状に葉が形成されるのだが、それは非常に細くて小さく、通常状態では肉眼で見るのが難しいんだ。
しかし、雨が降った後だとその草の生えたところに、大粒の雨粒が乗っかって目立つようになる。そうだな……蜘蛛の巣の糸に雨粒がくっつくのによく似た状態なんだよ。
アミトリクサかどうかは、強度と香りで判別がつく。蜘蛛の糸であれば少し触れれば破けてしまい、それっきりだろう。
しかしアミトリクサの場合は、指はおろか、ハサミなどの刃物をあてがって断ち切ったとしても、ほどなくしてその身をつないでしまう。そしてハッカに似た特徴的な芳香を放つんだ。
このアミトリクサは見つけたら、大人などへ報告し、焼却処分してしまうことが望ましいとされている。
――毒草のたぐいなのか?
うむ……見方によれば、そうだろうな。
私も父母も祖父母も、アミトリクサに対してはそのように応じろと教わって育ってきたからね。
だが、このアミトリクサがたちどころに人を死へ至らしめるようなものとは、性質が異なる。むしろ昔は薬のように扱われていたと伝わっている。
アミトリクサは指でつまめるほどの、ほんの少量であっても身体へ大きな影響を与える。
乾燥させて薬湯に溶かしたものに関しては、臓器の活動不全をただし、生のまま外傷へ貼り付ければその治癒を大いに助けた。
壊れる時は一瞬でも、元へ戻すには多大な時間がかかる。この世界のもどかしい点だが、それをどうにかしてくれる力というのは魅力的なもの。
古くより、このアミトリクサが手当てにつかわれていたらしいのだが、それまでがらりと対応を変えていったのが、戦国時代の末期とされている。
当時の地元は国境にあり、戦に巻き込まれることが多かった。
そこへ住まう者たちもたびたび徴兵されるなどして負傷が重なり、そのたびアミトリクサにはおおいに世話になったのだという。
特にとある村の豪傑は、身体に数十の傷をこしらえながらも、アミトリクサでもって手当てを続け、この地が平定されるまでの長い間、戦場に立ち続けたとされるんだ。
平和がやってくると、ようやく彼も長い安息のときを得た。戦いの場に立つことがなくなった彼は、穏やかではあったものの自分の身体が急速に衰えていくのを感じていたというんだ。
野良仕事であっても、機械などで便利になった現代と比べればかなりの重労働だろう。現代の感覚でみれば、衰えとはとうてい思えないほどであったとは思う。実際、それらの仕事を問題なくこなしながらも、戦場の勇猛さからは想像できないほどの弱音をもらすようになった彼に、人々は老いを感じたという。
が、彼自身の訴えが伝えんとしているのは、別のところだったのかもしれない。
聞いた限りの彼の最期。
それは自宅の縁側で迎えた静かなものであったが、その様は異様であった。
縁側で目を閉じ、座禅を組んでいた彼。その両手と両足が、どんどんと「ほつれていった」と家族は語る。
指の先、足の先が、まるで野菜の皮をむいていくかのごとく、長い長い肌の筋となって輪郭をばらしていく。
彼は微動だにしなかった。眠っているのか、痛みなどを感じていないのか、今となっては分からない。ただ、その異状はあっという間に彼の体中へ及んでしまい、家族が彼に触れようとしたときには、もはやちゃんとした形を保っていたのは身に着けていた服のみ。
彼であった、その長くむかれた皮の筋たちは、ほんのわずかな風に乗って空高く飛んで行ってしまったのだという。




