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幻術師ヴァニーユのアリア  作者: RIM


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7.初めて見る幻術

 ヴァニーユは自分を隠している幻術のみを解くと魔水の入った瓶を持ち、重い足取りでサーシャの元へと歩き出す。


 突然姿を現したヴァニーユに、サーシャは幻術と本物の彼女を見比べ、わかりやすく目を見開いて驚いていた。




「……清澄の幻術師殿が、二人おる」


「幻術では瓶は持てませんからね」


「ということは、こちらは幻術であったか……!?」




 幻術を見て大きなリアクションをするサーシャに、ヴァニーユはふっと思わず笑ってしまい、それを隠すように口元に手を当てる。


 この人は所々で、まるで子供のような反応をする。


 それがヴァニーユにはなんだか少し、面白く感じていた。




 大きな男性はみんな怖いものだと思っていたのに、今のヴァニーユはこの大柄な男から恐怖なんて一ミリも感じられない。


 ヴァニーユにとって初めてのことで、不思議な感覚が胸に広がっていた。




 ――しかし黙って幻術を見せていたことは不敬にあたるだろうか? とヴァニーユは徐々に心配になってきてしまう。


 このお方はもしかしたら、お偉いお貴族様なのかもしれないのだ。


 少し調子に乗りすぎていただろうか? と思い、ヴァニーユが口を開いた時だった。




「これが……?」


「え?」




 サーシャは考えるような仕草をしながら、幻術のヴァニーユに触れようとしたのだ。




 サーシャは幻術の腕に触れようとするが、その手はなにも掴めはしない。


 ヴァニーユの使う幻術とはそういうものである。


 触れることは出来ないし、触れられてしまえば幻術ということがすぐにわかってしまうのだ。




 それをじっくりと確認するかのように、何度も何度もサーシャは幻術のヴァニーユに手を伸ばしていた。


 ヴァニーユは心の中で「触れられないのは一度見れば分かるのでは……?」と不思議に思っていたが、サーシャは幻術に手を突っ込んで、グーパーと拳を閉じたり開いたり、左右に手を振ったりして、何かを確かめているようだった。




「温度差はないのか……?」


「水属性魔術ではありませんから、温度の差はありませんよ。空間干渉魔術です」


「揺れもしないな、すり抜けていく」


「脳に直接映像を見せているようなものですので」


「そうか、大変勉強になる」




 そのサーシャの姿勢に、ヴァニーユは少し感心していた。


 この人はもしかしたら、幻術をその目で見るのが初めてなのかもしれない。


 もしくは、ここまで幻術に近付いたことはないのかもしれない。




 幻術といえど、自分の中をいじくられている気持ちになってしまうのは少し気持ち悪いが、けれどこの人は魔術にちゃんと関心を示しているのだ。


 ただ、憧れの人に会いに来ただけではない、ちゃんと魔術を知って、学びたい人なのだ。




 そう思うとサーシャへ持っていた不信感がほんの少し崩れて、ヴァニーユに一滴の興味が垂らされる。


 この人はもしかして妥協ではなく、本当に真剣にヴァニーユからの教えもちゃんと吸収するつもりがあるのかもしれない。




 ヴァニーユは、そこでようやくサーシャの顔をしっかりとその瞳へ映した。


 淡い青の透けるような銀の髪、整った鼻筋、そしてキリッとした眉の下には、夜空の色を溶け込ませたような、意志の強そうな青色の瞳。




 不思議ともう、怖い顔だとは感じなかった。




「申し訳ありません、私はあなたのことを少し見誤っていたかもしれません」


「……うむ? なんのことだ?」


「幻術にここまで興味を持っていただけるとは、思っていなかったので……」




 ヴァニーユは、人からの視線が苦手だ。


 大男で、声が大きくて、態度が大きい人は、特に苦手である。


 目線なんて合わせることもできず、手は震え、心臓は嫌な音を立てて胸の奥を揺らす。


 いつもは人の前で声を出すこともいっぱいいっぱいになるようなヴァニーユなのだ。


 そんな彼女の肩を、ぽんと優しく叩いてサーシャは言った。




「謝るようなことではない。この幻術は本物のようで、なんの違和感もなかった。例のシェリー村での竜退治でも、大きな竜の幻覚を見せたと聞く」


「……」


「誇れ。あなたの幻術は透き通っているようで、とても美しい」




 そんなこと、こうやって直接人に言われたことなんてなかった。




 ――いや違う、自分から隠れてしまって、人に姿を見せて来なかったから、だ。


 自分の世界が守られていればいいと思っていた、けれどそれは、人と喜び合う時間すら自分の行いのせいで機会をなくしていたということだ。




 ヴァニーユの持っていた瓶を、サーシャは丁重に受け取ると、彼女の顔を覗き込み、優しく微笑む。




「見せるといったであろう、深い夜空の色を。それで機嫌を直してほしい」


「……別に、機嫌が悪かったわけでは、ないですけど」




 サーシャなりに、気遣ってくれているのだろうか。


 気を改めて、今は彼の魔力の質を分析する為、ヴァニーユは魔水の変化に注目した。




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