2.納得できません
魔術師とは、簡単になれるものではない。
魔術は体内に流れるオド、もしくはそのオドを使い、空間に満ちているマナに干渉して起こす現象である。
多くの人々は魔術を使えるほどのオドを持っておらず、オドを使えなければマナを使うこともできない為、生活には魔術の込められている魔石が必需品であった。
ここ、リアトリス王国の人々は、魔石を頼って生活している。
ヴァニーユは街の様子を見渡して今日も平和なことを確認しつつ、森林を目指して歩みを進めた。
王都の西部、フローライト森林の手前に、その一軒家は建っていた。
軽い足取りで帰宅したヴァニーユは幻術を解いて家の中へと入り、師匠がいるのを確認した。
「ただいま戻りました」
そこには、頼りなさげなおじさんが栗をむいて食べていた。
一見頼りなさげなおじだが、かつてはこの国の頂点に立つ五人の英傑の一人、『雷造の魔術師』と呼ばれていた五十代のおじである。
今は引退し、このフローライト森林でヴァニーユと暮らしている。
「おやヴァニーユ、おかえり。甘い匂いがするね」
まだ顔を合わせて数秒しか経っていないのに、速攻でクッキーの香りがバレていた。
ヴァニーユはおじの嗅覚の鋭さに身を震わせつつ、おずおずとクッキーを取り出して見せる。
袋の中からクッキーを一つ取り出した彼の名は、ライラック・ブロンド。
ヴァニーユの師匠であり、孤児であった彼女の親代わりである。
腰を痛めて引退をしてからというもの、この王都の端に建つ家でのんびりと二人は暮らしていた。
今は症状が落ち着いているようで、激しい運動さえしなければ大丈夫なようだ。
ヴァニーユも栗を手に取り、剥き始める。
栗はまだたくさんあるので、今晩は栗ご飯にしようかなと考えていると、ライラックが栗をむいているそのままの状態で、なんでもない話のようにふと告げた。
「この後、来客がある」
「……そうですか」
「ヴァニーユも一緒に迎えるように」
「え? ――えええ!?」
ヴァニーユはピキンと体を硬直させて、目を見開いてライラックに視線を向ける。
「信じられない」と顔一面に書いて自身のお師匠様を見た。
「なんで私もですか!?」
「必要だからだ」
「え、だって、幻術師としての依頼じゃない、ですよね? え?」
「相手になってほしいからだ」
「うそぉ……」
そんな漠然とした理由じゃ納得なんてできない。
とはいうものの、師匠の言うことに強く逆らえるわけでもない。
ヴァニーユはこの国の頂点に立つ幻術師である。
その幻術師になった理由とは『人と顔を合わせるのが怖いから、幻術を極めた』
――ヴァニーユにとっては、ただそれだけのことであったのだ。
人からの視線を怖がって幻術を極めていたはずなのに、幻術師が少ないこの国でいつしかその高度な幻術が注目を浴び、あれよあれよと祭り上げられていたのである。
確かにそのきっかけは、あったけれど……。
「お師匠さま、私には無理です」
「だだをこねるんじゃない」
「納得できません」
「まだ来客があるとしか話していないではないか」
ライラックと栗を剥きながらそんな言い合いをしているうちに、無情にもその時は訪れた。
納得のいかないヴァニーユの前には男が二人、立っていた。
主人と従者のようで、どうやら用があるのは主人の方のようだ。
ライラックとヴァニーユが魔術訓練場としている庭でその客人を出迎えると、その客人はニカッと笑いながらライラックを見て、それからヴァニーユへと視線を移す。
ヴァニーユは心の中で「2人もいるなんて聞いてない!!」と、叫びながら、この謎の時間が早く過ぎることを願っていた。
彼らが一体何者なのか、ヴァニーユはまだ知らされていない。
「突然訪れてすまない、雷造の魔術師殿」
淡い青の溶けるような銀髪に、筋肉がしっかりとついているその大柄な男は、愛想よくライラックに話しかける。
「そして君が例の清澄の幻術師か」
「……は、はぁ」
「よろしく頼む。あぁ、彼のことは気にしないでくれ、護衛だ」
「あまり関わりたくない」というのがヴァニーユの正直な気持ちではあるが、軽くこちらも挨拶をした。
彼はライラックとヴァニーユが、元英傑と、そして現英傑であることを知っている上で、ここへ訪ねてきたようだった。




