9.手始めに
ヴァニーユはそれまで出していた自分の幻覚を消すと、この後どう進めていこうかと考えながら、サーシャに指示を出す。
「それでは、私はこれから幻術で姿を消しますので、サーシャ様はお好きなように私を探し出してください」
「……索敵魔術とやらは教えてはくれぬのか?」
「最初はお教えいたしません。後に覚えた時に索敵魔術のありがたみを知ってください。……あ、魔術の暴発はさせないようにお気をつけて」
「それでは、始めます」と言い、ヴァニーユは柔らかな声で詠唱を歌い、自分の姿をこの場に居る全員の中から消した。
これで、ヴァニーユはしばらく他人からの視線を感じずに自由にくつろいでいられるのである。
とはいえ、師匠は幻術の解き方を知っているので、下手なことはヴァニーユにもできないけれど。
ライラックもこくりこくりと再び眠りこけているので、ヴァニーユも一息つくことにしようと、木陰へと移動する。
依頼から帰ってきたばかりだというのに男二人を出迎えて怖がったり驚いたりと、心を大きく揺さぶられ、ヴァニーユも疲れていた。
無意識にしていた緊張をほぐすように肩を回しながら、サーシャがこの後どうするのかを見守ることにする。
その頃、サーシャは悩んでいた。
さて、この状況で一体どうやってヴァニーユを見つければいいのか。
サーシャは少し考え、物の位置を確認するように周囲を見渡す。
ライラックの位置、それからライラックの後方へと移動した護衛の位置。
目視では確認できないヴァニーユの位置も空気の揺らぎなどから感じ取ろうとするも、彼女の完璧な幻術は簡単に見破れやしなかった。
そして彼は懐から魔法士用の短い杖を取り出し、杖を地面に向け、ここに来て初めて詠唱をする。
「平面結界、展開」
彼の足元を中心とした半径三メートルほどの結界術が展開される。
この短い詠唱は、オドでの魔術詠唱だ。
オドは己の中にある魔術であり、マナを借り入れずに術を使う為、最短詠唱で済むのが最大の特徴である。
この状況で彼は、平面での結界術を足元を中心として展開したのだ。
それはなぜか? 彼は何を考え、その一手目を選んだのだろうか?
ヴァニーユは思わず、興味深く彼の観察を続けた。
「雷」
そうして彼は足元に展開している結界に雷属性魔術である雷を放ったのだ。
それは初級魔術の範囲であるが、膨大な魔力を持つ彼からしたらそのコントロールも難しいことだろう。
術は暴発せず成功し、結界に触れた雷は一瞬で結界の中を泳ぐかのように、彼の足元に広がった。
彼自身は電流を喰らわないのかと思いきや、どうやら靴や服は電気を通していないようだった。
ライラックも顎を撫でながら「ほう」と息を吐きだし、彼の行動を観察している。
ヴァニーユも今起きた術の分析を始めていた。
雷は初級魔術であるが、結界術に属性拡散の術式が組み込まれている。
この国の結界術はというと、十数年前のある事件を境にして急速に発展してきたものだ。
防御のみならず、攻撃や医療技術の一部としても、今なお研究が続けられている。
その中でも、結界術の中に属性拡散を組み込む術式は、ここ数年で開発されたものではなかっただろうか? とヴァニーユは記憶を辿る。
確かそこのおじがその論文を読んでいたはずだ。
「魔術とは、魔法陣と魔術式をイメージし、詠唱することにより発動する。最短詠唱で済むのは彼の強みになるだろうなぁ」
ライラックは後ろに控えて立っているサーシャの護衛を見上げ、そう呟く。
ちらりとおじに視線を向けた護衛は、すぐに主人をまっすぐに見つめ、無言を貫いていた口をようやく開いた。
「えぇ、彼はコントロールさえ覚えられたなら、きっと強くなるでしょう」
「わかっとるじゃあないか」
「しかし、そうですね……」
心なしか、護衛のその表情は切なそうに見える。
ヴァニーユも彼の視線を追うように再びサーシャへと視線を戻すと。
「よし! 清澄の幻術師殿……いや長いな、ヴァニーユと呼ばせてもらうぞ! ヴァニーユ、そこを動くでないぞ! 今探しに行く!!」
森に響き渡るような大声でそう宣言し、術を保ったまま歩き始めたのである。
「あの抜けた所が、良くなればでしょうかね」
サーシャはヴァニーユの思っていたよりずっと脳筋であった。




