プロローグ
「竜が出た!!」
悲鳴のようなその声が耳に届いた頃には既に、二頭の大きな竜がこの村に足を踏み入れている様子が、村人の目に入ってきた。
ずしん、ずしんと重い足音と共に、その地竜は広場の柵を踏みつぶしている。
竜の足取りは重いため、住民は急いで外へと避難をしていた。
リアトリス王国の北部にあるドレッター山、その麓にある小さな村に、その地竜は迷い込んできたようだった。
村の名前はシェリー村といい、近くの滝には水の精霊が住み着いている。
地竜は普段、人の多い場所へと現れることは少ないが、この日は迷い込んできたようで、竜は物珍し気に村をキョロキョロと見回していた。
体は大きく、その巨体が暴れでもすれば、村にとっては大きな被害となる。
その日は偶然にも、この国の英傑の一人である雷造の魔術師とその弟子が、シェリー村に来ていた。
村人が避難をしていると、一人の頼りなさげなおじさんが地竜と住民の間に立ち、「こちらへ!」と誘導しているのが見える。
まさかその頼りなさげなおじさんこそが雷造の魔術師だったとは、避難していた住民たちは気付きもしなかった。
「地竜と雷とでは、ちと相性が悪い。ヴァニーユ、お願いできるかい?」
「はい、師匠」
地竜は雷に耐性があり、雷属性魔術を操る雷蔵の魔術師との相性は悪い。
そこで彼は迷わず彼女に背中を預け、近年発表されたばかりの最新の結界を展開し、住人を結界の中へと避難させた。
「おっちゃん、女の子が竜の方に……!!」
「あれは私の弟子だ。大丈夫」
弟子だと言われた彼女は竜の方を見据えると、素早く走って竜の前へと向かった。
雷造の魔術師が怪我人の確認をしながら住民をなだめていたその時――不安に下を向いていた住民たちは結界の中でふと、歌が聴こえてくることに気付き、思わず顔を上げる。
目の前にいる二頭の大きな竜の周りでは、風が勢いを増していき、歌声が拡散され、竜をも巻き込んでいく。
村人達はしっかりと、その光景を結界の中から見ていたのだ。
直後にそこには地竜たちより少し大きな竜が姿を見せた。
二頭の竜を見下ろすと、大きな竜にひるんだ二頭の竜の動きが鈍くなる。
「あの幻覚は、彼女が作り出したものだ。安心していい」
雷造の魔術師のその言葉に村人達は安心し切ると、その弟子の戦闘を見守ることにした。
そしてまた、曲調が変わる。
まるで子守唄のように柔らかな歌声に二頭の竜は体をふらつかせていた。
「師匠、このまま倒してしまってもよろしいですか?」
「あぁ。頼むよ」
風に乗って聞こえたその少女の声は、まるですぐ近くで話をしているかのようだった。
なんてことない会話のように師弟は落ち着いた声でそうやりとりをすると、弟子はその竜の上空に目を向ける。
歌声の曲調がまた変わる。
上空に向けた人差し指の先で、強い光の玉が輝き、村人達もそのまぶしさに目を閉じた。
その光は『陽属性魔術』の具現化だ。
歌声の響き渡る詠唱とともに、その光は大きく輝きを増していき、そして。
――眠り込んだ二頭の竜を貫いた。
この噂は瞬く間に王都へと広がり、「詠唱を歌に乗せ拡散する幻術師など見た事がない」と、あれよあれよと祭り上げられていき。
彼女、ヴァニーユ・ブロンドは五人の英傑のひとり、『清澄の幻術師』となっていた。




