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35歳ゲーム依存の俺、ネカフェから自分の体を遠隔操作して人生やり直すことにした  作者: 衛士 統


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5/5

第4話:世界を変える一歩

スキル【歩行安定 Lv.1】を獲得した俺の世界は、文字通り、一変した。


クリニックからの帰り道。夕方の雑踏に満ちた駅のホームが、もはや苦痛のステージではなかった。


以前は、まるでバグったNPCのように、通行人にぶつかり、柱に激突し、そのたびにマイナスポイントを食らっていた。それがどうだ。今は、まるで高難易度のアクションゲームを攻略するように、人々の間をすり抜け、改札をスムーズに通り抜けていく。


揺れる電車の中でも、吊り革なしでバランスを取ることすら可能だった。


(すごい……! 世界に手ブレ補正がかかったみたいだ。昨日までの俺とは、身体のスペックが明らかに違う!)


ネカフェの個室で、俺はモニターに映る自分の姿に感動していた。

そうだ、これは罰じゃない。理不尽だが、ルールのあるゲームなんだ。スキルを手に入れ、レベルを上げれば、このクソみたいな現実だって、ちゃんと攻略できる。


俺の心に、このゲームが始まって以来、初めて前向きな感情が灯る。

今までただの苦行でしかなかった「日常を送る」という行為が、今は「経験値稼ぎのフィールドワーク」へと変わっていた。



***



その夜。自宅のリビング。

俺は、ソファでスマホをいじる妻・美晴と、床でお絵描きに夢中になっている娘を、これまでとはまったく違う視点――そう、「攻略対象」として、改めて観察していた。


理学療法士としての職業病か、あるいは、このゲームに最適化されつつある思考のせいか。彼女たちの身体的特徴が、嫌でも目に飛び込んでくる。


対象:美晴。

スマホを覗き込む首の角度が悪い。典型的なストレートネック予備軍だ。肩が内側に入り込んでいる(巻き肩)。あれでは僧帽筋と肩甲挙筋が常に緊張し、慢性的な頭痛の原因にもなるだろう。


(仮説:肩こりの原因は悪化している。これを的かİに指摘し、ケアすればポイントになるはずだ)


対象:娘。

床にお絵描き帳を広げ、女の子がやりがちな、いわゆるおんな座りをしている。あの座り方は、股関節と膝に負担をかけ、将来的な姿勢悪化やO脚に繋がる可能性がある。


(仮説:これを改善してやれば、「健康度」と「幸福度」の両方でポイントが稼げるのではないか?)


まるで、敵の弱点ウィークポイントを分析するように。俺は、冷徹な思考で、家族をスキャンしていた。


これが正しいことなのかは分からない。だが、今の俺には、これしか武器がなかった。


分析を終えた俺は、介入の機会をうかがっていた。

チャンスは、すぐに訪れた。夕食の準備をしていた美晴が、シンクの下から重い寸胴鍋を取り出そうと、無理な体勢で屈んだ時だ。


俺は、コントローラーを慎重に操作し、リビングからキッチンへと「俺」の体を移動させる。そして、美晴の背後に立つと、彼女の両肩にそっと手を置いた。


「……なに?」

びくりと体を震わせ、美晴が訝しげに振り返る。その声には、まだ明確な警戒心が宿っていた。


俺は、ぶっきらぼうな口調で、核心を突いた。

「……その姿勢だと、また肩こりがひどくなるだろ」


コントローラー越しの指の動きは、まだどこかぎこちない。だが、長年の理学療法士としての経験が、その不器用さを補って余りある。俺の指は、まるで磁石に吸い寄せられるように、寸分たがわず彼女の凝りの核心トリガーポイントを捉えていた。


「んっ……!」

思わず、美晴の口から小さな声が漏れる。それは、ただの素人によるマッサージではない。痛みの根本原因を理解した、専門家による的確な施術だった。


驚きと、少しの心地よさ。そして、何より、ここ数年の夫からは想像もできなかった気遣い。美晴は、照れを隠すかのように視線を逸らしながら、小さく呟いた。


「……ありがとう」


その言葉と同時に、俺のスマホが、チリン、と心地よい効果音を立てた。

【家族の幸福度:+50P】


よし。狙い通りだ。俺は、心の中でガッツポーズを作った。


夕食後、俺は次のターゲットである娘の隣に、ぎこちなく腰を下ろした。


「なあ、もっと絵が描きやすくなる、魔法のポーズ、やってみるか?」

遊びの延長線上のような雰囲気を装って、俺は声をかける。


娘は「まほうのポーズ?」と目を輝かせ、「うん!」と元気よく頷いた。


俺は、ゲームのキャラクターに技を教えるような口調で、正しい座り方(あぐらや長座)と、簡単な体幹のストレッチを教えていく。


娘は、父親と遊べるのが純粋に嬉しいのだろう。キャッキャと笑い声を上げながら、俺の動きを真似した。


その光景を、少し離れたソファから見ていた美晴の表情が、ほんのわずかに和らいだのを、俺は見逃さなかった。


直後、スマホに立て続けに通知が表示される。


【家族の幸福度:+100P】

【家族の健康度:+20P】


ポイントが順調に貯まっていくのを見て、俺はほくそ笑みながら、ネカフェの個室でスキルショップの画面を開いた。


現在の所持ポイント、440P。目標まで、あと少し。

俺の指は、次に購入すべきスキルを、迷うことなく選択していた。


【感情表示 Lv.1:消費ポイント 500P】


(体の次は、心だ。あいつらが今、何を考えているのかさえ分かれば、このゲームの攻略はもっと楽になるはずだ……!)


新たな目標を見据え、俺の目は、ゲームが始まった時とは違う、明確な「攻略者」の光を宿していた。

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