「7年目、6月中旬『警戒心』の記録」
揺れる。
『なんか、さっきの不審者カエルでした…;;』
『ナニソレ?(;・∀・)』
『なんか魔法使えるらしいっす(@_@)』
『イマ、ドコいるー?>□<』
『中庭の…』
左手の内で固く握られたスマホには、最後に誤送信した先輩とのやり取りの画面が開きっぱなしになっていた。
先程までの河の流れを選びながら運ばれる船のような蛙男の言葉は着港し、こちらが乗ってくるのを待っている。
「結局…勧誘なんすね…?」
蛙男の目的は理解できたが、まだ腑に落ちずに警戒心を持ってしまう。
「人間の宗教ではないが、勧誘自体を否定したつもりはないよ」
あいかわらずケロッとそう答えると、両手を後ろ手で組み体を傾けて見せてくる。
表情こそ終始友好的に微笑んでいるように思わせるが、得体のしれない存在であることが明確である以上、その言葉の何を信じられるのかも判断しかねた。
(なんかペース握られてるみたいで嫌だなあ…)
正直、魔法に対する興味は惹かれている、これを期に無気力だった自分の半生に色が添えられたような、何かを変えられるような感覚。
彼の異物感の後ろには、俺の求めている答えが必ずある、あとは手を伸ばすかどうかの選択のみが今の俺にできることだ。
「目的は何なんですか?」
ずっと隣で静聴していたコオリナが問いかける。
「え、勧誘が目的だって…」
「勧誘の先の話です」
(たしかに、俺らに声をかけたってことは集めた後に何かが待ってるんだ)
目先の話に気を取られていたけど、この裏があるのは冷静に考えたら明らかだった。
「素晴らしいね小織 凛凪くん」
再びフロードはパチパチと手をたたき目を細める、そのどこか人間味のない表情に悪寒が走る。
「さっきも言ったけどトップシークレットなんだよね、本当は…」
やはりこれ以上は言い渋る様子を見せながらも、うーんと唸り考えている様子。
あれだけこちらを誘導するような素振りをしてたフロードが時間をかけて思考を巡らせる、それだけで今の質問が彼にとって重要な意味を持つものであることが分かった。
中庭に強めの風が吹き込み、沈黙する三者の心情の揺らぎを表すように木々がざわめく。
「やっと見つけた!」
風に運ばれたように静寂を破る声は、懐かしく聞き馴染みのあるものだった。
この時間は人が立ち入らないであろう学校裏の林の奥、逆光によって差し込まれたシルエットで声の主の方向が分かった。
「ハヤテ!おひさー!」
「あ、先輩」
影がかかってもわかる高身長で細身なスタイルに、逆光が反射するプラチナシルバーに染めたストレートウルフカット。
現役の男性モデルらしく見事に着こなされた清潔感のあるカジュアルファッション。
首からかけられたブローチは、いつも身に着けているブランドの、逆さ十字に天使の翼をあしらったデザイン。
やはり、天羽 煌希先輩だ。
天真爛漫で爽やかな笑顔を見せるイケメンは、無邪気に手を大きく振りながらこちらへ歩み寄る。
「さて、それではお暇しようかな」
先程まで考え込んでいたはずのフロードは、予期しない客人の来訪に思考を切り上げ、シルクハットを傾けて目元を隠し、先輩とは逆の方へ立ち去ろうとする。
「えー行かないでよ蛙さん」
先輩が無垢な口調で呼びかけると、紳士は背中を向けたままピタリと立ち止まる。
「魔法のことボクも知りたいんだよねー教えてくれない?」
フロードはもしやと言うように細目でこちらを見た後、観念したように向き直る。
「信じているなら、話は早いですね」
両肩を竦め、仕方なくという雰囲気を出しつつも、隠し立てする意思はない様子。
「魔法の発現は「魔法」を「どこ」に「どう」するという3つの…」
「あーそんな基本的なことは知ってるからさ」
予想外のセリフを吐きながら、先輩は俺とコオリナの間を速足で抜き去り、フロードに詰め寄る。
「もっと革新的なこと教えてよ、知らないなら用はないんだ?」
無邪気な声色と純粋な笑顔を武器にしながらもどこか冷たく、こちらのペースを握り続けた紳士を相手に先輩が圧倒する。
「…あなたは、地球の滅亡についてどのように考えているかな?」
少し、選択の時間のような間を持って自分達と同じ質問を投げかける。
「んー面白そうかな、でもその前にやりたいことはやっておきたいね」
対し先輩は数秒で結論を出し、応える。
「なるほど…」
それを聞いたフロードは初めて顔をしかめた。
「では、これ以上あなたに教えられることはありません」
「なら、力づくでもボクは良いよ」
次の瞬間、フロードは痙攣しながら、その場に崩れた。
再び訪れる静寂、しかし先程までの静けさとは比べ物にならない異質な空間に佇む先輩。
この時、突風が空の彼方に消えるように、あまりのやり取りの早さに、目の前で何が起こったのか理解できず、置いて行かれた俺とコオリナの思考整理にはさらなる時間が必要だった。
嵐の前の静けさ。