「7年目、6月中旬『不審者』の記録」
彼の正体は…?
豊かさを鮮やかな色彩で感じる中庭の、人工的ながらもそれでも自然な林の中で、響く蝉の鳴き声が、還って場の静寂を表していた。
(やっぱり不審者だ!!)
という内面の声を漏らさないように堪える。
先程まで、冷静に答えていたコオリナ(勝手に命名)も流石に固まり、こちらを睨んでいた逆三角の目も、まん丸に見開いて驚いている。
長く沈黙が続く中、不審者は思惑を読ませない仮面のような笑みを崩さずにただ待っている。
(何も言わないと、埒が明かないか…?)
このまま異国情緒な不審者と、真面目過ぎる女子との、居心地の悪い密会が続くのはきついので、仕方なく声を出す。
「魔法、あったら面白いなーとは思う…いますけど」
固まっていたコオリナは表情はそのまま真ん丸の瞳だけをこちらに向ける。
(まじか、とか思ってそー)
「えと、…私は考えたことがないので、明確な回答はできません」
隣で焦りながらも一応、真面目に回答してるあたり見習うべきなんだろうなと思う。
「自覚はないようだけれど、お二人には魔法の素養がある」
こちらの回答が出揃うと、フロードはまたも予想外の言葉を告げる。
(まさかと思うけど宗教勧誘じゃないだろうな…)
さっきからずっと猜疑心が薄れずにむしろ濃くなるばかりだ。
コオリナも再び言葉を探してる様子で押し黙る。
「星見 疾風くん、君はトラックにぶつかる時、自身が輝くことを考えていたね?」
突如、先程のトラック事故のことを指摘される。
(たしかに子供の頃の自分が輝いてるようなこと考えた気がする、がそれにしても…)
「さっきの事故見てたんですか…?」
そう尋ねるとわかりやすく頷き、その事実が更に不審者への猜疑心を募らせる。
いつの間にかついて来てるとは思ってたけど、その時からこの話をしようとしてたのだろうか。
そうなると大学関係者ですらない可能性も浮上し、怪しさのストレートフラッシュの完成だ。
なんて考えを巡らせてる間にフロードは言葉を紡ぐ。
「君は自身に意識を向け、輝くことを考えたその瞬間だけ光になった」
そう言われても、あの時の感覚が自分の力だという自覚は持てない。
「それが魔法だって言いたいんですか?」
「そうなるね」
こちらの釈然としない反論を、意にも介さずケロッと答え、次の言葉に繋げる。
「そして小織 凛凪くん、君は先程の屋内で彼に対し冷たい視線を送っていたね」
今更だが、この男は話の対象にわかりやすく全身を向けて意思疎通を図ろうとしている。
あまりの自然さに意識していなかったが、この挙動により会話のメリハリと、発言の順番を誘導されている。
要するにこちらが必要以上に話を広げようとするのを、意図的に遮ってると感じた。
「…周囲からはそう見えたかもしれませんね」
やや後ろめたそうに、強がるような言葉でコオリナは応える。
彼女の言葉から先程の丁寧な回答とは違い、やや反抗的な色を見せてるように感じる。
「発現には至ってなかったが君を取り巻く空気は更に冷ややかになっていなかったかな?」
たしかに彼女とのやり取りで冷房以上に冷めた瞬間は感じた。
「もしかして、宗教の勧誘ですか?あなたたちグルになって私をやりこもうとしてるのね?」
彼女の目つきがまた厳しさを取り戻す。
「いや、俺はちが、」
「何を言うかと思ったら冷房が強くなったくらいで魔法なわけないでしょう」
冷静だが多少憤慨したようなコオリナのこちらに向けた猜疑心はもう拭えないだろう。
「わたくしは寒さには敏感でね…屋内であのまま話を続けようものなら、冬眠が永眠になるような気持ちで、ひやりとしました」
コオリナの憤りを微塵も意に介さないフロードの態度も才能に思える。
「言葉で信じられないなら、視覚に働きかけましょう」
そういうとフロードは指をパチンと鳴らし、緑色の煙となって居なくなる。
「「消えた?!」」
相容れなさそうだと思っていたコオリナとふいに声を重ねてしまう。
「消えたわけではありませんよ」
どこかからフロードの声が聞こえてくる。
遠くにも近くにも聞こえる声の出所を探すと、足元には日本には生息しないはずのマダラヤドクガエルがこちらを見上げている。
「わたくしこの通り蛙なのです」
フロードの声を放つ青緑と黒の鮮やかで毒々しい小さな生き物を前に、コオリナは泡を吹いて引っくり返ってしまった。
カエルでした。