「7年目、6月中旬『影』の記録」
その後。
どこともわからない都内の裏路地は、不快な湿度と夏の片鱗を感じさせる生暖かい風の通り道になっている。
「ねー!イヴさん!無視しないでよ!」
天羽はイヴと名乗った女に相変わらず興味があるようで、執拗に話しかけているが、オレの同行に関しては何も言わない。
逃走劇の後もこいつらの後をついて行動を共にしていたのは、行く当てもなければ、当初の目的も達成していなかったからだった。
(いつになれば、能力の正体を知れるんだ)
今この二人を見失えば、全ての手がかりを損なう。
さっきの部隊みたいな連中も能力について何か知っていたかもしれないが、オレはもうこいつらの仲間認定されてるだろう。
紳士風の男に敵対したその時には、向こう側に付くのには手遅れだった。
半年、追い続けた手掛かりを、逃せない。
その一心だけが、同行する唯一の動機。
(昼間に会った、ハヤテとかいうあいつも天羽の知り合いな上、能力者だったんだな…)
あの時、あいつがトラックに轢かれる瞬間、光になって元に戻ったように見えていたから駆け寄ったが、その時には自覚もしてる様子がなかった。
今となればそれを俺の勘違いだと思い込んでしまっていたのが、運命の分かれ道だったと思わざるを得ない。
あの時、あれが、こうならば、といくつもの過去を思い返す。
全てが上手く行けば、今、歩いてる道は後ろ暗いことも無い、明るい表通りだったかもしれない。
(後悔ばかり、嫌になる)
「鬼塚さーん?聞いてるー?」
考えてる間、天羽が呼び掛けていた様子で、そのことに遅れて気付く。
「お、おうなんだ?」
「だからーさっきの競争の話!鬼塚さんがイヴさんを捕まえた勝者だから、ボクたちのリーダーは鬼塚さんね?って」
「…は?」
あまりにも身勝手で突然な押し付け。
「組織名もさー!考えたんだよ!聞いて!」
こちらの都合を待たずに天羽は無邪気に、奔放に続ける。
「『PANDEMIC of NOVELTY & INDEPENDENT UNLEASHED MAGI』で「パンデモニウム(Pandemonium)」!ってどうよ!」
英語はよくわからなかったが、背筋をぞわぞわと走ったそれは、不思議と悪寒ではなかった。
「…どう言う意味だ?」
胸の内から、湧き出ようとする渇望の手が、自然と問いを紡いだ。
「『斬新で自由な、解き放たれた魔術師によるパンデミック』って意味!ワクワクしない?!」
あぁなるほど、たしかにワクワクする。
「オレがリーダーで、魔術師を集めて遊ぶ、そう言うことでいいんだな?」
「鬼塚さんわかってるー♪やっぱりボク達、気が合うねー♪」
ここまで、来たなら仕方ないだろ。
どんな形でもこれがオレの人生なら、オレが主役だ。
堕ちたとしても、ここがオレの居場所なら、オレの思うように最後まで楽しんでやる。
「…」
イヴは話そうともしないが、離れようともしないで、こちらが立ち止まるとその場で待つ。
その意図は読めないが、オレ達に足並みを合わせる意志だけはあるのだと汲み取った。
都会の深淵よりも黒い夜空を見上げれば、目を引く一筋の破滅の象徴。
『遠く、眺める先の光の筋は、この世界を滅ぼすものらしい。』
「もし本当に滅ぶとしても、それまでオレ達の影が、世界を侵食していくんだ」
彼の影。
ー余談ー
作中にも記載していますが「パンデモニウム(Pandemonium)」は
「PANDEMIC of NOVELTY & INDEPENDENT UNLEASHED MAGI」
「斬新で自由な、解き放たれた魔術師によるパンデミック」という意味になります。
序章はこれにて完結です。
第一章執筆には少し期間が空きますがよろしければ応援して頂けたら幸いです。
また今後、自身のYouTubeチャンネルで、作品朗読や作品解剖の企画を行う予定ですので、よろしければ合わせて応援して頂けると嬉しいです。
https://www.youtube.com/@user-konome678