「7年目、6月中旬『救援』の記録」
均衡を破る。
凍り付いた廊下での睨み合いは、静寂の中に響く駆け足の音により終わった。
しかしそれは待っていたフロードさんの応援ではなく、大学に残されたはずの星見だった。
「なんであなたがここに?!」
予想外の人物の再登場に意識を奪われていると、彼の先輩の方が先に口を開く。
「ハヤテ!待ってたよ!ねー助けてくれる?」
その一声で状況を察する。
「…そういうこと」
この男の救援、先輩を助けに来た甲斐甲斐しい後輩君ってわけね。
もしかして自分達を追って駆け付けたのかと思ったが、あの男が先程スマホで星見を呼び出したんだということに気付き落胆する。
「ま、待てコオリナ!」
「変なあだ名で呼ぶな!」
先刻の別れ際に不意に呼ばれた愛称もひどく不快。
星見に気を取られてる間に、先輩の方が逃げ道を探って移動してるのを氷のひび割れる音で察知し、その進行方向を氷柱で塞ぐ。
(2対1でも、私はもう負けない)
続いて星見に向けて指標を定めて氷の草原の領域を広げていく。
彼は戸惑うような表情でそれを飛び避けながら、足場の凍ってない箇所を探しながら飛び石を渡るようにこちらとの距離を詰める。
「お、落ち着けって!」
バランスを崩しながらも、転びそうになりながらも、不器用にこちらに近付く星見が、最後に勢いよく私に向かって飛び掛かり両腕を掴まれる。
「放しなさい!」
流石に男性の腕力に抗うには力が及ばない。
星見はそれでも振り解こうとする私の腕を掴む力を強め、顔を近付けて静かに耳打ちをする。
「…一緒に天羽先輩を捕まえるぞ」
その言葉に呆気にとられる。
(本当に助けに来てくれたの?)
だが冷静に考えて、星見が今日会ったばかりの私よりも、以前からの先輩であるあの男を敵に回すわけがないと即座に判断する。
「…?!信じられるわけないでしょ!」
そんな簡単に騙されない。
私は一人でもあの男を捕まえる。
一度屈辱を味わった以上、今度はもう絶対にあの男に負けない。
「一人で頑張らなくていい、俺を頼ってくれ」
(頼る…?)
私は、一人でできる、なんだって完璧にこなせる。
頼るって何、私には出来ないって言いたいわけ。
他人に期待なんてしない、私は、私の力で生きて行ける。
冷たく、俯瞰して、心を閉ざす。
「信じられないなら、それでいい、コオリナの思うようにしてくれ」
そう言うと星見はそっと私の手を放す。
不意に、解放された腕に加わっていた余計な力が行き場を見失い、戸惑いが生れる。
(…なんで?)
星見の行動の意味が読めない。
「先輩、今そっちに行きます」
そう宣誓した彼の身体からは、零れるように光がその輝きを増していった。
覚悟は言葉じゃない。