「7年目、6月中旬『追跡』の記録」
これは『終末魔術目録』序章の2話で間違いありません。
人々は、彼が助かったのは運だと思っているみたいだ。
彼自身もそう、思い込んでいる。
そうやって周囲に流されて自分の考えすらも溶けてなくなってしまう。
『人間は愚かだ、文明に身を置いて生きた時間を当たり前と思っている。感覚が麻痺しているんだ。』
そんな人間の生活にこの身を馴染ませているのは、まさにこの瞬間に立ち会うため。
しかしながら、事故現場には人々が集りだしている。
目立ちすぎても困るので、人目のない場所まで、しばし彼を追跡しなければいけないな。
遠巻きに彼を観察し現場の状況を脳内で整理する。
間違いはないが、まだ声をかけるには情報は少ない。
「さて」
日陰にて周囲に纏った緑色の煙を払い、スーツのネクタイを締め、日差しを避ける為のシルクハットを整える。
身嗜みが整い終わる頃、先程の現場には警察が訪れ、目撃者に事情聴取を行っている。
目標である彼や大柄な男にもそれは行われたが、間一髪巻き込まれなかった故、当事者とは思われなかったらしい。
すんなりとやり取りを終えた後、目標は会釈をし、いよいよ歩き出したので、その後を追う。
都会の限られた自然を感じる公園へ侵入する目標に続き、舗装された河の脇道を行く。
艶やかな緑の枝の下をぼんやりと歩く彼に続き、カツカツと靴を鳴らしながら歩く。
太陽の温もりを浴び、河のせせらぎを耳にしながら、故郷の子供たちに思いを馳せる。
この季節、きっと子供達も健やかに過ごしていることだろう。
「生命の繁栄と存続の為に、わたくしも身を引き締めなければならぬな」
改めて身嗜みを整えながらそう考えていると、目標の人物はレンガ造りのオシャレな建物へと足の運びを進めた。
手入れされた庭園と見事な建築に心の潤いを感じつつも、建物へ侵入した彼を見失わないようにその後に続く。
「寒!!」
外気温とは真逆な屋内なただならぬ寒さに、意図せず大声が出てしまい、周囲の注目を集めてしまう。
目標も驚いた様子で見開いた眼をこちらに向ける。
(しまった…あくまで隠密行動のつもりが、ターゲットにまで認知されてしまうとは…これは作戦を変えて早期接触を図ったほうがよさそうだな…)
オホンと咳払いで誤魔化し、目標から距離を取りつつ、その動きを視線で追う。
「それにしても、寒すぎる…」
人間の文明には目を見張るが、やり過ぎではないかと思わざる得ないことも多々ある。
この建物の美しさもさることながら、見事に整列された数々の本にはかれらの歴史や知識の深さを感じさせるが、それらの全てがポジティブな意味を持つわけではないのが、人間の業の深さ。
全てを追求しようとする姿勢は買うが、同時にそれをどうするべきなのかに対して個々の目的意識の散見が著しい。
それならば、何も知らずに野性に生きる者の方が、明日を生き種を残すという共通の目的を持った共同体のように思えるのである。
対して人間は須らく、生きることが当たり前であると思い込んでいる。
「やはり、感覚が麻痺している」
目標の座った椅子から少し距離を取った位置に腰を掛ける。
「彼は果たして、明日を生きようとしているのか」
両手で肩を抱きながら寒さに耐えるように目標の動きを待ちながらも、早く独りになってくれと念を送るのだった。
大胆に忍び寄る。