「7年目、1月下旬『無力』の記録」
時は冬。
寒さにかじかむ屋外でも工事現場の仕事は変わらない。
都内の新設タワーマンションの建設現場、地上100m近い高所には50人程の作業員、その内の一人である俺は、先日の雪で凍った足場を気にしながら仕事をしていた。
だが、慎重に作業をしようにも、高校を中退してから頭に響き、刻み続けた金属音を我慢する意識を割くことも限界だった。
「おい、鬼塚!作業の進行をもっと早めろ!」
その日は、会社の上部からの指示で現場を監査しに上司が来ていた。
簡易的な休憩所の中で暖まりながら窓からこちらを睨み、窓の外で天井もない場所で作業をする俺に、無線を使って文句を言っている。
遠目でも身体の大きい俺の動きは、以前から上司の目に留まりやすかった。
「この季節は足場が凍って事故のリスクが高いから無理です」
「言い訳する前に、どうやったら言われたように早くできるか考えればいいだろう!」
直接まくし立てられるよりも、ノイズの混じる機械音が挟まると不快感が増す。
この仕事を始めてから、たまにある解体現場の爆破処理以外に楽しみになる出来事もなく、10年身を置いても、現場を知らない上司の理不尽な小言には慣れることもない。
「なんで、俺が、こんなこと」
俺は頭が良いとは言えない、良ければ両親の離婚を止められたかもしれない。
もともと険悪だった両親が、唯一揃って俺を誇りに思ってくれた小学生の運動会以来、あの顔が見たくてがむしゃらに身体を鍛えた。
だが、運動の特待生で迎えられた高校で怪我をし、両親はその責任を押し付け合い離婚、結局どちらの味方にも付けなかった俺は、高校を辞めて一人で地元から逃げるように去った。
(その先にあったのがこれか…)
寒空の下、自分の無力さに震える。
「何をぼさっとしてるんだ!早くしろと言ってるのにこの役立たず!」
わざわざ現場にスーツで来ている上司の癇癪のような罵声が響く。
外気の寒さに反して、俺の体内には煮えたような感情が沸き立つ。
「身体ばっかりデカくても仕事に活かせないんじゃ、お前のやってることは無駄だよ!無駄!」
(俺の、やって来た事が、無駄)
頭の中で理性を繋いでいた糸がぷつんと切れた気がする。
(「こんな現場」、「爆発」して「ぶっ壊れ」ればいいのに)
後に、原因不明の爆発事故としてこの日のことは新聞の一面に載り、休憩室が爆破の中心地点であること以外いまだ真相は明らかにならず、ただ一人無事だった俺だけが、この俺の力の存在に気付いた。
そして6月、
夕焼けの赤に、黒い影が混じった交差点は、魔法によって引き起こされた事故により混沌を極めていた。
金髪女は俺達の追跡に対して他人の目も構わずに力を行使し、追えば追うほど車の衝突事故が増えていく。
見た目の優男感とは裏腹に、このゲームを提案してきたあいつは車の残骸をパルクールみたいに駆け抜けていく。
対する俺は、発動したりしなかったりする自分の力にイライラを募らせながら二人を見失わない程度に追い続ける。
あの事故から半年、仕事を辞めてまでこの力の真相を探し、この街の不自然な交通事故の多発に手がかりがあるかと足を運び、そして今そのチャンスが巡ってきている。
「くそがっ、やっとこの力のこと知るチャンスだってのに!」
わからないことがモヤモヤする、俺はそれだけを払いたかった。
そして梅雨。