「7年目、6月中旬『自己嫌悪』の記録」
我が身を振り返り。
フロードさんの目的の重さと、自分に突き付けられた事実に、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
「理由は二つ、君の目的意識の不安定さと、君の先輩の危険度」
言葉を失う俺に、慎重に、理解できるようにと、理由を告げる。
「君、個人としては問題は前者のみで、魔法の指導者次第では正しく力を利用してくれるという期待はできる、
だが、君の最も身近で魔法を行使できるのが彼だと考えると、組織の情報を渡すことにリスクをもたらす可能性がある」
先程は状況が飲めないまま、天羽先輩にフロードさんから聞いた話を漏らしてしまった。
その事実自体を責めようとはしないが、俺を組織から遠ざける理由として納得せざるを得なかった。
「今、情報開示をしているのは君が「話せばわかる」と判断したため、君の人格は組織に理解を持っていただければ、魔法を行使できるようになっても、悪用はしないと、信じるには値する」
「そう、ですか…」
良いように告げるが、これは俺が「魔法犯罪」というものに加担しないように釘を刺しているのだというのは明確だった。
自分の意志を持たずに、成り行き任せに生きてきた代償なのだろうか。
善にも、悪にも、自分の居場所を許されていないという、ある種の孤独。
「なので小織 凛凪くん、実質のところ勧誘の対象は君のみになってしまうのだが、組織に協力して欲しい」
話題は俺から逸れ、コオリナに視線を向ける。
フロードさんの目的に必要なのは、彼女のような自分を確立した強い人間なのだ。
対して今の俺は、フロードさんとって本来の目的からは外れた寄り道、あるいは障害だったかもしれない。
(それでも、フロードさんは俺に時間を割いて、丁寧に接してくれていたんだな…)
コオリナは心配する様に俯く俺を見て、フロードさんの言葉に対する返答を応えあぐねている。
彼らの優しさが苦しい。
これも、俺の問題なのに、まだ人に言い訳を定めてしまう。
自己嫌悪。
「わ…わたしは…犯罪は良くないと思います」
コオリナが紡いでいた口をやっと開く。
「でも魔法に対して、まだ実感を持てていなくて…」
言い訳を探すように、フロードさんから視線を逸らし、言葉を選んでいるが、中庭でも医務室でも魔法を使った今更、そんなわけはない。
「俺に気を使わないで、コオリナは自分の意志を貫いたほうが良い」
「こ、コオリナ…?」
心の中で勝手にあだ名をつけてたのが、変なタイミングでバレてしまった。
コオリナは何か言い返したげだが、反論の言葉と気遣いの同時並行で、何とも言えない表情になっている。
「自信がないならそれで断ってくれてもいいよ小織 凛凪くん」
一歩引きながらフロードさんがコオリナの意思を尊重する姿勢を見せる。
「実は、この近くで「魔法犯罪」が発生してるので、わたくしは現場に急行しなければいけません」
「?!」
本来の目的を差し置いて、まだ彼はここにいたと知り、申し訳がたたない。
時間が経つほどに、後ろめたい気持ちの荷重が増えて行く。
「小織 凛凪くん、今日のところは何もしなくていいので、同行して頂けないでしょうか。できれば現場を見て頂き、判断を委ねたい」
フロードさんはやっぱりプロだ、この場から離れ、犯罪に直面すればコオリナは間違いなく使命感で組織に就く。
短い時間でも、それだけ正義感が強いのが明確になる程、彼女は芯を持っている。
「…わかりました」
こちらの顔を伺いながら少し考えた様子だったが、コオリナはやはりフロードさんに同意した。
「星見 疾風くん、お時間を頂きありがとう。またお会いすることがあれば今日のお詫びをしたい」
フロードはシルクハットを片手に一礼し、丁寧な別れの挨拶を告げる。
「い、いえ、そんなの、大丈夫です…お気をつけて」
顔を背けながら呟くような、自身の情けない返事を聞き届けると、二人は医務室から去っていった。
窓から覗いていた太陽もこの場から離れるように傾き始め、室内には影が忍びだしていた。
先行く背をただ見つめる。