「7年目、6月中旬『事故』の記録」
退屈な帰り道。
夕方だがまだ主張するような太陽の存在感が夏の訪れを意識させる。
「さーて、やることなくなったなぁ」
今日は朝から多発する事故の影響で仕事がリスケになり、急遽暇を持て余していた。
いつぶりかの大学で少しは楽しんだが、物足りなさは潤わず、むしろ期待した分、乾いた気分だった。
久々に通うも、見栄えのない歩道をつまらないまま行く。
「魔法ねぇー…この能力ちゃんと研究してる組織とかあったんだなぁ」
さっきの話で一番興味があったのはそれだが、簡単に聞き出せない雰囲気と、どれだけ期待できるのかわからないという天秤では、別に無理に聞かなくてもいいという方に傾いてしまった。
(あとは能力の発現に明確な定義を考えてるのには感心したなぁ…)
最近発現した自身の能力、自分に向いた事象を跳ね返す為「鏡」と仮呼びしている。
少し前の撮影で現場で水を浴びるような演出がされるときに、何となく濡れたくないなーと、ふと気付いたら発現していたが、定義に基づくなら「水」が「自分」から「弾かれる」というプロセスを踏んだんだろう。
それを反射したように感じたことから「鏡」を連想し、試しで火や電気なんか色々弾いてみた結果、無意識でも効果を発動する様になっていた。
「うーん、面白いけど、自分からは何かできる訳じゃない、受け身なのが物足りないよねー」
「定義」に倣ってもっと試行錯誤してもいいかもしれない。
例えばさっきのように「魔法」が「発動者」に「還っていく」ような。
これを自発的に、積極的に多様できればもっと面白いのに。
「事故でもいいから、巻き込まれないかなー」
なんて、冗談言ってみると後ろで物凄い音が聞こえた。
振り返ってみると自分のすぐ背後から自動車が宙を舞い、道路の反対にあったビル3階の喫茶店へ突き刺さり、その下を行く歩行者に瓦礫やガラスの破片が振り注いだ。
「あれまー」
無意識に反射したみたいだけど、真後ろから来たはずの車が宙に反射されるのはおかしい。
「もしかして」
あくまで可能性だが思わずにやけてしまう、そして見つめる先では期待していた事が起こる。
喫茶店に突き刺さった車がゆっくり巻き戻るようにビルから離れ壊れた残骸や窓も修復されていく。
そして車が自分の後ろまで戻ってくると、喫茶店の窓からこちらを蛇のように睨む女性が立っている。
神秘的な雰囲気を出す色白な肌に、青緑の瞳を持つ三白眼とプラチナブロンドのストレートロングの髪型。
長身だがスレンダーな身体の輪郭を、ダークグレーのノースリーブブラウスにアイボリーホワイトのワイドパンツでゆとりを持たせる様に魅せ、首元に6角形のサファイアをあしらったブローチと左手にシルバーバングルを身に着けている。
「あの人か」
この車は恐らくあそこから魔法により誘導され、反射した際に魔法の軌道に乗って発動者に還って行った。
そこまでは先程、自身が考えていたことになぞられている。
そして今、視界の先で起きた時間を巻き戻すような現象は、きっとあの女性の能力だろう。
「面白いことに巻き込まれた時、わかりやすくて良いよこの能力」
思わず笑みを零していると、
「おぉい!!」
突如、誰かの怒声が響く。
先程のビルの下にいた歩行者だと思われる大柄な男が、頭から血を流しながらもこちらを睨み、今の事故で混乱し停滞した道路に乗り出し、真っすぐにこちらへ近付いてくる。
赤く日に焼けた肌を上塗りする様に赤い半袖シャツを羽織り、黒で統一された無地のタンクトップとカーゴパンツの短パンにサンダル、180㎝の自分よりも一回り大きい身長と厳つく尖った短髪の黒髪。
見るからに鍛えこまれた肉体で肩で風を切るように歩いてきた大男は、やっぱりボクの前で立ち止まった。
「今の事故てめえの仕業だな?!」
空気感からわかり切っていたが、因縁をつけられてしまう。
「えー違いますけどー」
せっかく面白いこと見つけたのにあの女の人、逃がしちゃうじゃん。
大男の肩越しに喫茶店を覗き込むが、相手はそれを遮るように仰け反り大きく腕を組む。
「とぼけてんじゃねぇぞ?車があんな動きするわけねぇ!」
大男がボクの後ろまで戻ってきた車に、感情のまま拳を振り下ろすと派手に爆発を起こす。
至近距離の爆発の中で、大男はその影響を一切帯びない様子で腕を鳴らす。
「?!」
「痛い目見たくなきゃてめぇの力のこと教えろや」
予想外の出来事に一瞬目を丸くするが、これ以上ないくらいツイてる。
(ラッキー!この人も能力者じゃん!)
窓ガラスの向こうにいる女性を指差す。
「あの女の人、今の事故の犯人だよ」
大男が振り返ると喫茶店の女性がびくりと反応しそそくさと逃げ出そうとするのが見えた。
「ボクも能力のこと知りたいから、あの人捕まえるの競争しようよ!勝てたらボクの能力ことも教えてあげる!」
大男はこちらに向き直るとにやりと笑う。
「…ただものじゃねぇなてめぇ、面白いじゃねーか」
(この人とは気が合いそう、こんなの絶対楽しくなるじゃん)
鏡のように大男と向き合い期待で口元が緩む。
ボクの非日常が本格的に動き出した。
彼の「遊戯」が始まる。