「7年目、6月中旬『傍観』の記録」
新作『終末魔術目録-マジックエンドロール-』に興味を持っていただきありがとうございます。
完全オリジナルの物語作品を創作するのは久々で、小説家になろうでは初めての公開になります。
章ごとに毎日更新を予定していますので、よろしければお付き合いして頂けると幸いです。
『遠く、眺める先の光の筋は、この世界を滅ぼすものらしい。』
「まぁ、本当に滅ぶならこの課題もやる意味ないよなぁ…」
6月のじめじめした気候の隙間を縫ったような晴れ間。
締め切り間近の大学課題から目を逸らし、自室の窓から真昼間でも見えている流星をぼんやり見上げているとLINEの通知音が鳴る。
「お、天羽先輩からだ…久々だなぁ」
『おーい!ハヤテ!元気???
今日の仕事さーなんか事故のせいで無くなってさー
急に暇になっちゃったんだよねー(=_=)
最近変わったこととか面白い話ないー???』
「相変わらず元気な人だなぁ」
2年前に卒業してしまったゼミの先輩の変わらぬ様子に、改めて変わらぬ日常を感じる。
「前のやり取りは春休み頃か…」
自発的に連絡はしないものの、先輩から定期的に話しかけてくれるので、しばらく会ってない今でも仲の良さは健在だった。
『先輩お久しぶりです!面白いことといえば、世界が滅ぶ前に課題が終わらなそうです。助けてください;;』
なんて返信してみるが、実際に世界が終わるなんて突拍子もない話、信じられないけど。
『www世界滅亡の前にまた遊ぼうね!!課題バイバーイ!!』
そういえば、黒髪じゃ面白くないと言われ前髪の一部だけ白くしたメッシュも、ズボンに入れっぱなしになってる派手なパッチワークのハンカチを買ったのも、先輩とのこういうノリでやったことだったなと、懐かしみながら返答を考える。
『夏休みには時間があると思うので!良かったらまた誘ってください!』
『オッケー!何かあればまた誘うよーb』
そんないつもの軽いノリを先輩と繰り返し、簡単にやり取りを終えたが、課題には身が入らない。
「図書館にでも行くかぁ」
随分と慣れてしまった一人暮らしの家で、誰の監視もないとどうしてもだらけてしまう。
例年よりも暑い初夏の日照りの中を歩くのは気が向かないが、現実問題として課題は片付けなきゃいけない。
「めんどうだけど、来年は就活だしな…」
特にやりたいことがなくなったのはいつからだろう。
じめじめした靴を履いた不快感と、軋んだ音を鳴らす玄関の扉の重みにより、既にやる気は先程よりも下回る。
しかし、一度ここまで来て戻るのも、それはそれで今の行動の無意味さを感じるので、仕方なく、日差しの下に踏み出す。
「あちぃー…世界、本当に大丈夫かよ…」
待ち構えるような日光に突き刺されながら施錠し、錆びついたアパートの階段を下る。
外の空気はじっとりと肌に纏わりつき、考えることを重くさせる。
空に光の線を引く流星を、今や道行く誰もが見上げようともしない。
今、考えると遥かな頭上を瞬くあのほうき星に、俺の夢も掃き捨てられたように感じる。
小さな頃は俺も人並みの男の子で、人並みにヒーローに憧れて、「大きくなったらヒーローになる!」なんて夢を見たりしたこともある。
だが中学生に上がり子供の頃の夢が恥ずかしくなるような年頃に、あの星は一世を風靡するほど話題になった。
「10年以内に巨大隕石衝突!だって!」
「んなの嘘に決まってんじゃん!」
多感な中学生の、大人になりたいような子供心には、隕石衝突の話題はインパクトが大きかった。
最初の1年くらいは本当に衝突するのか議論してみたり、世界が滅ぶまでに何をしようなんて話題にしてみたが、何度も話題にしている内に、周囲の反応と同じように飽きが来てしまった。
(ま、本当なら誰かが何とかするだろ…)
いつしかみんなが他人事と思うようになる中で、自分はどうせ隕石が衝突するならと、やる事成す事に意味を見出せなくなっていた。
そのまま今日まで過ごし、将来の為にと惰性で大学まで進学したが、その将来が存在するのかいまだ不確定な未来にやる気は削がれ続けていた。
「…なんて未来に光を見出せない言い訳ばっかり」
自分のことながら嫌になる。
今となっては恥と思っていたヒーローに憧れていたあの頃の自分は希望に溢れていて、今よりも光り輝いていた尊い存在だったんじゃないかと思う。
大学図書館に向かう道中の青信号の点滅も、今の自分の消えかけた存在意義の危うさなのかもしれない。
まだ外出したばかりなのにも関わらず、暑さのせいか、視界もチカチカ光るような感覚。
そんなぼんやりした視界の端でこちらに向かう大型トラックの影が揺れ、世界が白く強烈な閃光に満たされる。
空気を引き裂くようなトラックの衝突音が交差点に響き渡る。
人々の騒めき、滴った汗が口に侵入した際の塩気、日に焼かれたコンクリートの匂い。
時が止まったような視界がはっきりするまでの僅かな時間、ただ、立ち尽くしていた。
「おい!お前!大丈夫か?!」
ハッと気が付くと、どこかから駆けてきた赤く日焼けした大男がこちらの身体を揺らして意識確認している。
一瞬の出来事に放心していたらしい、自分の僅か横にトラックが鎮座し、狼煙をあげていた。
「怪我はないか?傍目に見たら本当にぶつかったかと思ったぞ!」
「あ…えぇ大丈夫みたいです…運が良かったのかな…?」
正直、光に包まれたと思う瞬間までトラックの進路上に立っていた気がした。
光を捉える様な、限りのない刹那の出来事。
そのあいだ自分がどのような状態にいたのかも気付くこともなく、全く把握できていなかった。
あまりにも無自覚だが、この時、物語は始まっていたのだ。
日常と非日常の狭間で、物語は密かに始まる。