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第十一話:黒衣の使者

 セリオの館の門前に佇む黒衣の男。

 彼の気配はまるで夜霧のように掴みどころがなく、それでいて肌にまとわりつくような不吉な魔力を帯びていた。門の見張り役をしていた植物系魔族たちは、その異質な存在感を察知し、本能的に身をすくませる。

 やがて、館の扉が開き、セリオ自身が姿を現した。


「……お前が、アルゼリオンの使者か?」

「さて、それはどうだろうな?」


 黒衣の男は微笑を浮かべ、ゆっくりとフードを下ろした。

 現れたのは、漆黒の髪を持つ端整な顔立ちの男——その瞳には、夜闇のような妖しげな光が宿っていた。


「初めまして、勇者セリオ」


 その声音はどこか楽しげで、同時に底知れぬ冷たさを孕んでいる。


「私はシルヴィス・ノクターン。闇妖精の一族にして——混沌を愛する者」


 セリオの表情がわずかに険しくなる。

 シルヴィス・ノクターン——魔界において古くから暗躍し、各地で反乱を煽っている存在。エルミナやアルゼリオンの軍が動く以前から、彼の影は魔界の動乱の兆しとして囁かれていた。


「貴様が……シルヴィスか」

「やはり私の名は知っていたか。光栄だね」


 シルヴィスはにこりと微笑みながら、館の敷地内に足を踏み入れた。門の前で警戒していた魔族たちが反射的に武器を構える。


「ふふ、怖がらないでくれ。今日は戦いに来たわけじゃない」


 シルヴィスは両手を広げ、無害であることを示すような仕草を見せた。


「ならば、何の用だ?」

「交渉さ、セリオ。君がどちらの側につくのか、まだ決めていないのは知っている。そこで私は、第三の選択肢を持ってきた」


 シルヴィスの瞳が妖しく光る。


「私の側につかないか?」


 その言葉に、館の空気が一瞬凍りついた。

 リゼリアが険しい表情を浮かべる。


「……お前のような扇動者に与する理由はないわ」

「ふむ、そう決めつけるのは早計だと思うが?」


 シルヴィスは飄々とした態度のまま、セリオの方を向く。


「アルゼリオンとエルミナ……どちらが勝とうと、魔界は同じだ。結局は権力争いに過ぎない。しかし、私となら、本当の変革が可能になる」

「変革、だと?」

「ああ。私は、既存の秩序を壊し、新しい魔界を作るつもりだ。エルミナやアルゼリオンのような貴族政治でもなく、古き魔王の支配でもない——混沌と自由の世界をな」


 セリオはじっとシルヴィスを見つめた。


「私の理想の魔界では、君のような者も、本当の意味で自由に生きられる。そう、例えば——君が魔王になったとしても、私はかまわない」

「……何?」


 シルヴィスの言葉に、リゼリアの表情が僅かに揺らぐ。

 セリオはシルヴィスに尋ね返した。


「私が、魔王に……?」

「そうさ。君はすでに、この地で小さな王国を築いている。魔族を従え、耕し、統治している。ならば、それを魔界全土に広げればいい」


 シルヴィスは軽やかに言葉を紡ぎながら、セリオの反応を探るように微笑んだ。


「アルゼリオンもエルミナも、結局は過去の遺物だ。私と手を組めば、新しい秩序を築くことができる」


 シルヴィスは一歩、セリオに歩み寄る。


「君は、どの道を選ぶ?」


 静寂が館を包んだ。

 セリオは、シルヴィスの言葉の意味を噛みしめながら、じっと闇妖精を見つめた。


 ——三つの選択肢。


 エルミナにつくか、アルゼリオンにつくか、あるいは——シルヴィスの手を取るか。

 どの道を選んでも、もはや戦火からは逃れられない。

 そして、その選択次第で、魔界の未来は大きく変わることになる。

 セリオは深く息を吐いた。


「答えを急ぐつもりはない。だが——」


 その瞳に、一筋の決意が宿る。


「どの道を選ぶにせよ、お前の思惑通りにはならんぞ、シルヴィス」


 闇妖精は、まるでそれを予想していたかのように微笑んだ。


「いいね……その目だ」


 シルヴィス・ノクターンの笑みは、どこまでも楽しげだった。

 混沌の気配は、ますます濃くなっていく——。

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