第十話:迫る選択の刻
戦の足音が、魔界の各地で響き始めていた。
エルミナの軍勢はアルゼリオンの進軍に備え、防衛を固めながら迎撃の準備を進めている。一方で、アルゼリオン軍は各地の諸侯を味方につけながら着実に戦力を拡充し、王都を目指していた。
だが、戦局を決める最大の要素は、未だどちらにも与していない存在——セリオだった。
「……また使者か」
セリオはため息をつき、手元の書状を机に放った。その文面には、アルゼリオン陣営からの正式な勧誘の言葉が並んでいる。
「エルミナに与する意思がないのなら、我らに加われ、か。随分とあけすけな言い方ね」
リゼリアが書状を覗き込みながら皮肉めいた笑みを浮かべた。
セリオは椅子に深く座り直し、静かに目を閉じる。
エルミナもアルゼリオンも、どちらも彼の力を求めていた。ヴェルミリオもまた、商人としての立場を守るために彼を味方につけたがっている。
——そして、セリオ自身は未だに決めかねていた。
自分が誰の側につくべきなのか。
あるいは、誰の側にもつかず、この館を守ることだけを優先するのか。
「どうするつもりなの?」
リゼリアが静かに問いかける。彼女の赤い瞳には、不安と期待が入り混じった光が宿っていた。
セリオは答えない。ただ、外の景色を眺めた。
館の周囲には、彼が育てた畑が広がり、魔族たちがせわしなく働いている。かつて戦場を駆けた者たちも、今は鍬を手に土を耕していた。
——この平穏を守りたい。それが本心だった。
しかし、このまま戦が広がれば、この地も無事では済まない。
「おそらく、どちらにも与しないという選択は難しくなるだろうな」
セリオはぽつりと呟いた。
「つまり……どちらかを選ぶの?」
「……いずれ、な」
セリオは静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。
——選択の刻は迫っている。
そして、それをさらに加速させるかのように、次の使者が館を訪れようとしていた。
※
館の門の前で、黒衣の男が馬を止めた。
「……ここがセリオの館か」
男はフードを深く被り、その顔を隠していた。
その唇が、ゆっくりと不敵な笑みを形作る。
「さて——どんな返答が聞けるか、楽しみだな」
風が吹き、黒衣の裾を翻す。
魔界動乱の渦が、さらにセリオを中心に加速しようとしていた。




