第七話:エルミナの使者
セリオの館の中庭では、朝の光が柔らかく差し込む中、収穫したばかりの暗黒麦が干されている。畑の周囲では植物系魔族が手入れをし、館に住みついた魔族たちが日常の作業をこなしていた。
その穏やかな空気を裂くように、重々しい足音が響く。館の門が開かれ、赤と黒の軍装に身を包んだ男が現れる。エルミナの紋章が胸に刻まれたその男は、堂々とした態度で中庭に進み出た。
「お取り込み中失礼する。エルミナ様の使者として来た。館主、セリオ殿と話がしたい」
セリオは畑作業の手を止め、リゼリアと顔を見合わせる。リゼリアが無言でうなずき、セリオは使者のもとへ歩み寄った。
「俺がセリオだ。何の用だ?」
「うむ、単刀直入に言おう。我らがエルミナ様は、貴殿の館を我が軍の拠点とすることを望まれている。貴殿には引き続き農作物の生産を命じ、その食糧を軍に供出していただきたい」
「……それで?」
「もし協力を拒めば、再び襲撃が行われ、畑は灰と化すだろう。今ならば、エルミナ様直々に庇護を約束してくださる。賢明な判断を願いたい」
使者は当然の要求だと言わんばかりに胸を張った。しかし、セリオは微動だにせず、その無表情の中にわずかな苛立ちすら感じさせなかった。
「なるほど、同盟という名の脅迫か。だが、エルミナのハッタリに乗せられるつもりはない」
「ハッタリ、だと……?」
「ああ。今のエルミナに、俺たちの館を襲撃する余裕などないのだろう?」
使者の表情が一瞬にして硬直する。
セリオはその反応を見逃さず、さらに言葉を続けた。
「アルゼリオンの軍が迫っている状況で、エルミナがわざわざこんな辺境に兵を割くとは思えない。そのような余裕がないからこそ、俺たちを従わせて食糧を確保しようとしているわけだ」
「な……何を言っている!?」
「俺は中立だ。どちらにもつかないし、戦には関わらない。その方が結果的に、館も畑も無事で済む。エルミナがここを焼こうとすれば、その隙をアルゼリオンが見逃すはずがない」
使者は言葉を失い、汗をかきながら必死に反論を探している。しかし、セリオの冷静な指摘に反論の余地はなかった。
「伝えてくれ。『エルミナには従わない。だが敵対するつもりもない』と。それで充分だろう」
「くっ……覚えておけ……!」
使者は悔しげに顔を歪め、踵を返して館を去っていった。
リゼリアがセリオの隣に立ち、小さくため息をつく。
「さすがね、セリオ。まさか強気に出るなんて……」
「こちらが怯えたら、さらに付け込まれるからな。それに、リゼリアが守りを強化してくれたおかげで、多少の襲撃には耐えられる」
「ええ、その通りよ。でも、エルミナがこのまま引き下がるかしら……」
セリオはふと中庭の畑を見渡し、静かに呟いた。
「戦に巻き込まれるのは御免だ。できるだけ、この平穏を守りたい」
「そうね……」
リゼリアはうなずきながら、館に戻るセリオの背中を見送った。




