第六話:ヴァルゼオの選択
魔界の中央、アルゼリオンの本拠地である要塞都市・黒壁砦の一角で、ヴァルゼオは静かに夜空を見上げていた。
冷たい風が吹き荒び、遠くの戦鼓の音が響いてくる。軍勢が集結しつつある証だ。
「……戦の準備は着々と進んでいるようだな」
背後からの声に振り返ると、黒鉄の鎧を纏ったアルゼリオンが立っていた。
「エルミナの動向を探れ、と言われたはずだが……随分と余裕がありそうだな?」
ヴァルゼオは肩をすくめる。
「こちらにとっても、軽率に動く時期ではないということだ。エルミナは慎重に布石を打っている……あの女のことだ、何か仕掛けてくるのは間違いない」
「フン、わかっている。だが、だからこそ先手を打つ」
アルゼリオンは腕を組み、城塞の外を睨むように言った。
「すでに我が軍は動き出している。近隣の貴族領を制圧し、エルミナ陣営の補給線を断つ。彼女の軍が弱れば、いずれ支持も揺らぐ。戦う前に勝負を決めるのが理想だ」
「なるほどな」
ヴァルゼオは苦笑した。
アルゼリオンは徹底的に軍略を巡らせ、勝利への道を切り拓こうとしている。だが、相手がエルミナである以上、それだけで終わるとは思えない。
(……エルミナ、お前はどう動く?)
ヴァルゼオは思案しながら、内心の苛立ちを抑えた。彼はエルミナに借りがある。だが、それとこれとは話が別だ。それに、エルミナに対する借りは、一方的に貸しを与えられたようなものでもあった。
「……ヴァルゼオ、お前に任せる役目がある」
アルゼリオンが彼を見据えた。
「なんだ?」
「エルミナの側近たちを潰せ。彼女がどれほど策を巡らせようと、要となる部下を失えば機能しなくなる」
「……エルミナを討てとは言わないんだな?」
「フン。エルミナは妾腹とはいえ、魔王の娘。その血統を支持する者も多い。彼女を討つなら、それなりの大義名分が要る。それに──」
アルゼリオンは険しい表情を浮かべ、静かに言った。
「俺は、真正面から堂々と勝負をつける主義でな」
その言葉に、ヴァルゼオは一瞬、目を細めた。
(……まったく、老将軍らしい考え方だ)
だが、それが甘さにも繋がる。エルミナは躊躇なく、あらゆる手を使って勝利を狙う女だ。
「……わかった。その仕事、引き受けよう」
ヴァルゼオは静かに答えた。
アルゼリオンに従うことで、彼はエルミナの内側を探ることができる。そして、どちらがより価値のある未来を作るのか──その判断ができたとき、彼は自らの選択をするつもりだった。




