第五話:暗躍の女王
王城の奥深く、かつて魔王の私室として使われていた豪奢な間で、エルミナ・ヴァルグリムは静かに微笑んでいた。
燭台に灯る青白い魔炎が揺らめく中、彼女は窓の外を眺めながら、低く囁いた。
「……やはり、動いたわね」
彼女の言葉に応じるように、暗がりから一人の魔族が現れる。
「アルゼリオンはヴァルゼオと接触しました。ヴァルゼオの動向を探るよう命じられた者もおりますが、彼は巧みにそれをかわしているようです」
報告を終えたのは、エルミナに仕える影の諜報員──《黒羽》と呼ばれる者たちの一人である。
「ふふ……ヴァルゼオは私に借りがあるもの。彼が私を裏切ることはないわ」
エルミナは長い黒髪を指で弄びながら、どこか楽しげに笑った。
「……しかし、老将軍は油断ならない。アルゼリオンがここまで強硬に動くとは思わなかったわ」
「彼は長く軍を率いてきた実力者。魔界最大の軍閥を手にしている以上、力では容易に崩せません」
「ええ、わかっているわ。でも、それは“正面から戦う場合”の話よ」
エルミナは椅子に優雅に腰掛けると、指先で魔術刻印が描かれた紙片を弾いた。それは魔術通信を用いた命令書──宛先は、彼女の直属の部隊《血紅の鎖》。
「私たちには時間があるわ。アルゼリオンの背後にいる有力貴族たちを、一人ずつ切り崩していけばいい。彼が戦力を維持できなくなれば、ただの頑固な老いぼれにすぎないもの」
「ですが、アルゼリオン陣営は軍を持つ者が多い。簡単には寝返らないかと」
「ふふ、それならば、寝返らざるを得ない状況を作ればいいだけよ」
エルミナは小さく指を鳴らす。すると、別の部屋の扉が開き、鎧をまとった魔族の女が現れた。
「指示通り、すでに工作は開始しております。数日中には最初の動きが出るでしょう」
「よろしくてよ」
エルミナは満足げに微笑み、椅子から立ち上がる。
「アルゼリオンに勝つためには、彼の軍を崩すことが先決。そして、ヴァルゼオの動きも監視し続けなさい」
彼女の冷たい視線が、魔界の覇権争いの行方を見据えていた。
「これは王座を巡る戦い。最後に勝つのは……私よ」




