第三十八話:燃え上がる畑
魔界の夜は静寂と闇に包まれていた。だが、館の周囲に広がる畑には穏やかな空気が流れている。
セリオは鍬を壁に立てかけ、手についた土を払いながら空を仰いだ。
「……そろそろか」
ヴェルミリオの警告が頭をよぎる。
エルミナの手の者が、館と畑を襲撃する。
セリオは武器を持たず、ただそこに立っていた。襲撃の気配を感じながらも、静かに待つ。
風が冷たくなった。
——そして、闇の中から気配が溢れ出す。
まずは”影”が動いた。
黒い霧のようなものが畑の隅に広がる。それと同時に、不自然な音が響いた。
ギィ……ギィ……
空気が歪み、そこから数体の魔族が姿を現した。
長身の魔族が一歩前に出る。黒い外套を羽織った、高位魔族らしき男。
「やはり気づいていたか、“アンデッドの勇者”よ」
セリオは目を細めた。
「お前はエルミナの部下か?」
「我らはヴァルグリム家に仕える者……命令に従うまでよ」
魔族の男が手を振ると、背後に控えていた兵士たちが一斉に動き出した。
彼らの中には、異形の姿をした者も混ざっていた。
——人間と魔族の融合体。
かつて実験によって生み出された異形の存在。その身体は魔族の力を持ちながら、どこか不安定な魔力を帯びていた。
「畑を焼け。館の防御が崩れたら、勇者を引きずり出せ」
その言葉とともに、炎の魔術が放たれた。
ゴォッ!
炎が畑を舐めるように広がる。暗黒麦や夜光豆が炎の中で弾け、黒煙が立ち上る。
セリオは無言で前に出た。
その瞬間——
ガゴォン!
館の周囲に並んでいたガーゴイル像が動き出した。
リゼリアが施した防衛術式が発動し、石像が敵意を持つ者に向かって飛びかかる。
「ちっ……!」
魔族たちが迎撃態勢を取るが、ガーゴイルの動きは速い。
「リゼリアの仕業か……厄介な!」
魔族の男が舌打ちし、杖を振るった。
セリオは彼を見据え、静かに口を開いた。
「畑を焼くのは構わんが——ここは、俺の家だ」
その言葉の直後——セリオの手が、深い闇に包まれた。
——戦闘の幕が、開く。




