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第三十四話:エルミナの命令

 エルミナ・ヴァルグリムは、漆黒の玉座にもたれかかりながら、手元のグラスを揺らしていた。紫がかった液体が妖しく波打ち、炎の光を反射して輝いている。彼女の紅い瞳は、目の前に跪く部下たちを鋭く見下ろしていた。


「セリオ・グラディオンの館を襲うわよ」


 低く囁くような声だったが、それが命令であることに疑いの余地はなかった。玉座の間に集められたのは、彼女に忠誠を誓う高位魔族たち、そして魔族と人間の血が混ざり合った”融合体”の戦士たちだ。

 ひとりの魔族が進み出て問うた。


「目標はセリオ本人でしょうか?」


 エルミナは妖艶に微笑みながら首を振る。


「違うわ。狙うのは彼の”館”と”畑”よ」


 魔族たちが顔を見合わせる。確かにセリオは厄介な相手だが、彼を直接討つのではなく、館と畑を標的にするというのは意外だった。


 エルミナはグラスを傾けながら続けた。


「あの男、ヴェルミリオと組んで農業に精を出しているの。魔界の商流にまで口を出す気かしら? このまま放っておくと、食糧供給を握ることで力を持ち、私の邪魔になるでしょうね」


 グラスを置き、長い爪をそっと撫でながら言う。


「私が許せないのは、ヴェルミリオとの協力関係よ。商人貴族が自分の都合のいい魔王を据えようとしているのは明白だもの。ならば、“農場経営”なんてものを成立させなければいい。セリオの畑を焼き払い、館の防御を崩してやるのよ」


 跪く者たちの中から、“融合体”のひとりが静かに口を開いた。


「……了解しました。畑を焼き、館を襲撃する。ただし、セリオやリゼリアの首は獲らなくていいのですね?」

「ええ、その必要はないわ。殺すなら”無力感”で殺しなさい」


 エルミナは立ち上がると、床を滑るように彼らの前を歩いた。


「農場が崩壊すれば、ヴェルミリオもセリオに興味を失うでしょうし、あの男もこの魔界で生きる意味を失うはず。勇者なんて生き方しか知らない男が、“居場所”を焼かれたらどうなるかしら?」


 その声には冷ややかな愉悦が滲んでいた。


「……面白いことになりそうだわ」


 そう言いながら、エルミナはひとつの指示を加える。


「それと、“融合体”の者たちは可能なら、セリオに姿を見せてやるといいわ。彼の中に”人間だった頃の価値観”はどれほど残っているのかしら。どんな顔をするか、見てみたいものね」


 そうして、エルミナの指示のもと、セリオの館を襲撃する計画が静かに動き出した。

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