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第二十九話:闇夜に忍ぶ影

 セリオの館の周囲に広がる畑は、闇夜の中で静かに揺れていた。夜光豆の薄明かりが淡く辺りを照らし、暗黒麦の束が整然と並ぶ。しかし、その静寂を破るように、不穏な気配が忍び寄っていた。


「……来たわね」


 リゼリアがそっと呟く。彼女の赤い瞳が、木々の間を移動する影を捉えていた。


「気配は……十人ほどか」


 セリオもまた、剣の柄に手をかけながら周囲を見回す。侵入者は夜闇に紛れて畑へと忍び寄っている。魔族の盗賊団——セリオの館で育てている作物を狙い、最近になって頻繁に現れるようになった連中だ。

 彼らは単なる野盗ではなく、魔力を操る魔族たち。人間の盗賊とは違い、単なる金品ではなく、強力な食糧源や魔力を蓄えた作物を狙っていた。


「さあ、迎え撃つわよ……」


 リゼリアが楽しそうに杖を掲げると、地面から黒い霧が立ち上る。彼女の魔力に呼応し、亡者たちが目覚めようとしていた。


           ※


 盗賊たちは静かに畑に忍び込んだ。


「へっ、こんなに立派な作物を育てやがって……魔界でもこんなに質のいい暗黒麦は滅多にねぇぞ」

「夜光豆もあるぞ。あれは魔力回復に使える」

「ここの主は相当な腕利きらしいが、今は夜中だ。見張りもいねぇし、さっさと運び出すぞ」


 盗賊の一人が闇の中で笑った、その瞬間——


「遅いわよ」


 甘やかな声が、盗賊たちの背後から響いた。

 彼らが振り返るよりも早く、闇色の魔法陣が地面に展開される。霧のように漂う魔力が盗賊たちの動きを鈍らせ、まるで瘴気に飲み込まれるかのように体が沈み込んでいく。


「な、なんだ……!?」

「体が動かねぇ……くそっ!」


「ここの主人は俺だが、勝手に畑の作物を持ち出すつもりか?」


 冷たい声が降り注ぐ。

 盗賊たちが顔を上げると、そこには黒髪の男が立っていた。彼の腰には剣があり、その鋭い青い瞳が、まるで死神のように彼らを見据えていた。


「ゆ、勇者……?」


 誰かが震えた声で呟く。しかし、すぐにそれが違うことに気付いた。

 彼の肌はわずかに青白く、その姿はこの世の者とは思えない冷ややかさを持っていた。


「セリオ・グラディオンよ。お前たち、覚えておきなさい」


 リゼリアが盗賊たちの前に歩み出る。長い白髪が風に揺れ、彼女のアルビノの肌が月光に映えていた。


「魔界で生きるなら、盗みなどせず正しく力を求めなさい」

「ちっ、説教なんざ聞く気はねぇよ!」


 盗賊の一人が魔力を高める。しかし、彼が放とうとした炎弾は、セリオの一閃によってかき消された。


「っ……!?」

「戦う気なら、付き合ってやるが」


 セリオが静かに剣を構える。その目には、容赦のない殺意が浮かんでいた。


「……くそっ!仕方ねぇ、やるしかねぇ!」


 盗賊たちはそれぞれ武器を構え、魔力を解放した。しかし、次の瞬間——


「冥府の門よ、開きなさい」


 リゼリアの低い詠唱とともに、地面から無数のアンデッドが湧き上がった。骨の騎士たちが剣を振るい、影の獣が盗賊たちに襲いかかる。


「な、なんだよこれ……!」

「魔女だ……! あの女、ネクロマンサーだ!!」


 恐怖に満ちた悲鳴が響く。しかし、もはや逃げ場はない。

 セリオが動いた。彼の剣が光を反射し、盗賊の一人を一閃で切り伏せる。その場に倒れた盗賊の体が痙攣し、やがて静かになった。


「……さて、選ばせてあげるわ」


 リゼリアが盗賊団の残党に微笑む。その微笑みは冷たく、死の香りを纏っていた。


「死ぬか、私のものになるか。どちらかを選びなさい」


 盗賊たちは震えた。戦いはすでに決していた。


 ——こうして、セリオの館を狙った盗賊団は敗北し、その多くがリゼリアによってアンデッド化され、彼女の部下となることとなったのだった。

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