第二十七話:商談の行方
ヴェルミリオが去った後も、セリオはしばらく精魔石を眺めていた。手のひらに収まるほどの小さな結晶だったが、その中には高濃度の魔力が渦巻いている。
「なるほど……これは確かに貴重なものだな」
館の維持には魔力が必要だ。リゼリアが定期的に供給してはいるが、長期的に見れば新たな魔力資源を確保するのも悪くない。
だが、それ以上に気になるのはヴェルミリオという男だ。
「……どう思う?」
セリオは近くにいたカイに問いかけた。少年はヴェルミリオの乗っていた馬車の方向を見つめたまま、難しそうな顔をしている。
「うーん……悪い人じゃなさそうだけど、ちょっと怖い感じがするね」
「……ああ、同感だ」
ヴェルミリオの言葉は終始穏やかだったが、隙がなかった。それは長年、商売という戦場で生き抜いてきた者の余裕だろう。
「リゼリアに相談してみるか……」
セリオはそう呟き、館へと足を向けた。
※
「ヴェルミリオと取引?」
館の研究室で書物をめくっていたリゼリアは、セリオの話を聞くと、軽く眉を上げた。
「ええ、彼はこの畑に興味を持っているようだった」
セリオは簡潔にヴェルミリオとのやりとりを説明する。リゼリアは静かに話を聞き、指先で顎に触れながら考え込んだ。
「ヴェルミリオ・ゴルトラート……魔界でも名の知れた商人ね。経済面では魔王城の貴族たちよりも影響力を持っているわ」
「彼の目的は単純だろう。作物を商売に利用すること……ただ、利益を出せると確信した時、こちらがそれに飲み込まれない保証はない」
「ふふっ、用心深いのね。でも、それでいいわ」
リゼリアは微かに笑みを浮かべ、椅子の背にもたれた。
「彼は、気に入った相手には手を差し伸べるけれど、見込みがないと判断すればすぐに切り捨てるタイプよ。お前の畑が彼にとってどれほどの価値を持つか……慎重に見極める必要があるわね」
「……取引はしない方がいいか?」
「そうね、最初から全面的に信用するのは危険よ。でも、利用できるものは利用すべきだわ」
リゼリアは指を組みながら、真剣な表情で続けた。
「もし取引をするなら、こちらにとって有利な条件を引き出すこと。向こうの言い値で話を進めると、後で痛い目を見るわ」
「……なるほどな」
リゼリアの言葉は理に適っている。ヴェルミリオとの取引を拒絶する理由はないが、警戒心は解かない方がいい。
「まずは、彼の言う『取引』の詳細を確認することだな」
「ええ、それがいいわ。お前の農業が本当に商売になるのか、それも見極める必要があるもの」
「……ありがとう。少し考えてみる」
セリオは礼を言い、研究室を後にした。
※
夜、セリオは中庭に立ち、畑を見渡した。夜光豆が淡い光を放ち、風に揺れている。
「……これを商売にする、か」
自分が農業を始めたのは、ただ穏やかな暮らしを求めたからだ。だが、ここに住む魔族たちの生活が少しでも良くなるのなら、考える価値はあるかもしれない。
ヴェルミリオの申し出は、果たして吉と出るか、凶と出るか。
セリオは静かに夜空を仰いだ。




