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第六話:死者の食卓

 魔界の夜は、静寂に包まれていた。


 ネクロポリスの拠点へ戻ったセリオは、久しぶりに椅子へ腰を下ろし、大きく息を吐いた。疲労を感じることはない。肉体がすでに人間のそれではなくなったからだろう。しかし、精神的な疲れは確かにあった。


 リゼリアは食卓に何かを並べていた。黒いテーブルの上には、奇妙な料理がいくつか置かれている。淡く光る青紫のスープ、黒い果実の盛り合わせ、そしてどこかの獣の肉らしきものが焼かれていた。


「……これは?」

「魔界の食事よ。せっかくだから試してみる?」


 リゼリアが微笑みながらスープを差し出してくる。


 セリオはしばし考えた。そもそも、自分は“食事”を必要とするのだろうか。ゴーストとして蘇った今、空腹を感じることはない。


「……食べる意味はあるのか?」

「ええ、あるわ」


 リゼリアはスプーンをすくい、スープを口に運ぶ。


「魔界の食事は、生者にとっての食事とは少し違うわ。必要だから食べるというより、感覚を維持するために食べるものなの」

「感覚……?」


「お前はまだ、生前と同じように考えているでしょう? でも、死者の身体は少しずつ変わっていくのよ。食事をとらないと、やがて味覚や嗅覚のような“生者だった頃の感覚”が薄れていくの。お前がそれを気にしないのなら別にいいわ……だけど私は、お前にこの世界で違和感なく生きてほしいの」


「……つまり、感覚の劣化を防ぐための手段か」

「そういうことね」


 セリオはスプーンを手に取り、スープを一口すする。


 不思議な味だった。甘みと苦味が交じり合い、口の中で冷たい霧のように広がる。それでいて、どこか懐かしさを感じさせる風味だった。


「どう?」

「……悪くはないな」


 リゼリアが満足そうに頷く。


「よかった……お前はまだ“人間だった頃”の感覚を維持できているのね」


 セリオはスプーンを置き、リゼリアをじっと見た。


「お前は、俺のことをどうしたいんだ?」

「前にも言ったでしょう? 私はお前を魔王にするつもりよ」


「本当にそれだけか?」


 リゼリアは一瞬、目を伏せた。


 その仕草が、セリオには妙に印象的に映る。


「……セリオ。お前には、できるだけ生前のままでいてほしいの」

「……」

「私が何度もお前を蘇らせている理由、少しは気にならない?」


 セリオは答えなかった。


 気にならないわけがない。


 だが、今それを問い詰めるべきではないと、本能的に感じていた。


「……まあいいさ」


 そう言って、セリオは目の前の肉に手を伸ばす。


 リゼリアが何を考えているのか、その真意を知るには、まだ時間がかかるだろう。


 今はただ、死者の食卓を受け入れることにした。

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