第二十二話:豪奢すぎる風呂
セリオは館の浴室の扉の前に立ち、深いため息をついた。
——広すぎる。
館の元の持ち主は貴族だったせいか、浴室はまるで温泉施設のような規模だった。
扉を開ければ、奥には天井の高い脱衣所があり、そのさらに奥に巨大な浴槽が鎮座している。
まるで小さな湖だ。
しかも壁や床は滑らかな黒曜石で作られ、浴槽の縁には銀細工の装飾が施されている。
水面には魔法で温められた湯が揺らぎ、淡い蒸気が立ち上っていた。
セリオはしばらく呆然とした後、脱衣所の片隅にある椅子に腰を下ろした。
「……何度入っても慣れんな。さて、どうしたものか」
人間だった頃、騎士団の浴場は質素なものだった。
木造の小さな浴槽にお湯を張り、仲間たちと順番に浸かるだけの簡素な風呂。
貴族の屋敷に仕えた経験はあるが、こんな贅沢な浴室を使ったことはない。
そもそも、一人で入るには広すぎる。
浴槽の端から端まで移動するのも一苦労しそうだった。
「……贅沢すぎるのも考えものだな」
ぼやきながら立ち上がると、浴槽の縁に手をかけ、お湯の温度を確かめた。
程よく温かい。だが、問題はそこではない。
「こんなに広いと、落ち着かん……」
思わず独り言を漏らしたその時——
「何か不満があるの?」
後ろから聞き慣れた声がした。
セリオは振り返り、浴室の入口に立つリゼリアを見た。
彼女は薄く微笑みながら腕を組み、こちらを見つめている。
「……どうしてお前がここにいる」
「そもそもこの館を用意したのは私よ。お前がちゃんと使えているか見に来たの」
リゼリアはつかつかと歩み寄り、浴室を見渡した。
豪華な装飾の壁を指でなぞりながら、満足げに頷く。
「まあ、確かに広すぎるかもしれないわね」
「その『かもしれない』の範疇を超えていると思うが」
セリオは再びため息をついた。
「もう少し……普通の浴室に改装できないか?」
「普通ってどの程度?」
「そうだな……浴槽はこの四分の一で十分だし、無駄な装飾も必要ない」
「せっかくの貴族仕様なのに、もったいないわね」
リゼリアはくすっと笑い、セリオの肩を軽く叩いた。
「いいわ。じゃあ、改装しましょうか」
「ああ、頼む」
こうして、豪華すぎる浴室を「使いやすい風呂場」に改装する計画が始まるのだった。




