第十九話:異形の誕生
エルミナの実験室は、魔王城の奥深く、誰も立ち入ることのできない特別な区画にあった。
壁には古代の魔術文字が刻まれ、空気は魔力の揺らぎで重く満ちている。
天井から吊るされた魔晶灯が薄紫の光を放ち、その下で、二つの影が無力に拘束されていた。
片方は鎧を剥ぎ取られた人間の男——レティシアに仕える騎士。
もう片方は漆黒の角を持つ魔族の女——エルミナに逆らい、投獄された異端者。
二人とも手足を拘束され、魔法陣の中央に磔にされていた。
エルミナはゆっくりと歩み寄ると、騎士の顔を指先で撫でる。
男は歯を食いしばりながら、その手を振り払おうとしたが、動くことすら許されなかった。
「……気高いわね、人間の騎士様?」
エルミナは微笑を浮かべながら、男の額に指を押し当てる。
そこから流れ込む魔力に、男の意識がじわりと侵食されていく。
「お前……こんな真似をして、何の意味がある……!」
「意味? そうね……」
エルミナはくすくすと笑い、もう片方の魔族の女へと視線を向けた。
「……私に逆らった愚か者と、人間の忠義者。本来交わるはずのない存在が、一つに溶け合う様を見たくなったのよ」
エルミナは両手を広げ、周囲に描かれた魔法陣を活性化させる。
赤黒い光が床から湧き上がり、拘束された二人の身体を包み込んだ。
——融合の儀が始まる。
騎士は叫び、魔族の女は牙を剥いて暴れた。
だが、魔法陣の力の前に抵抗は無意味だった。
ズルッ……
肉が引き裂かれ、骨が軋む音が響く。
二つの体が、まるで溶けるように絡み合い、形を変えていく。
「んふふ……美しい」
エルミナは恍惚とした表情でその光景を見つめた。
やがて、そこにいたのは——
異形の魔物だった。
かつて騎士だった男の鎧の一部が体と同化し、禍々しい黒鉄の皮膚となる。
魔族の女の角はより巨大になり、四本の腕が生え、爪は刃のように鋭く変質していた。
顔の半分は人間のままだが、もう半分は魔族の獣のような異形となっていた。
彼らの意識は、もはやかつての個を保っていない。
融合した存在はただ一つ、エルミナの命令を待っていた。
「さあ、新しい世界へようこそ」
エルミナは優雅に微笑み、魔物の額を撫でた。
「あなたはもう、人間でも魔族でもない。私の兵士……堕ちた騎士よ」
魔物は低く唸り、エルミナの前に跪いた。
かつて忠義を誓った騎士と、誇り高き魔族の女。
彼らは、もう二度と戻ることはできない。
エルミナは満足げに微笑んだ。
「これで、私の軍勢もまた一つ、強くなったわね……」




