第十六話:カイ、畑に立つ
「よし、まずは土を耕すところからだ」
セリオはカイを連れて畑に向かった。
魔界の土は人間界のものと比べて黒く、わずかに魔力を帯びている。
種を蒔けば、人間界では考えられない速度で成長するものもあるが、当然ながら手入れは必要だ。
「わぁ……」
カイは目を輝かせながら畑を見渡した。
そこにはすでに芽を出した作物もあれば、まだ土の中に眠る種もある。
「父さん、何を育ててるの?」
「主に食用にされる作物だな。これは暗黒麦、こっちは夜光豆。どちらも栄養価が高く、魔族にとっては重要な食料だ」
「へぇー! 光る豆ってなんだかカッコいいね!」
カイは楽しそうに土を指でつついてみる。
その様子を見ながら、セリオは鍬を手に取った。
「見ていろ。こうやって土を耕す」
セリオが鍬を振るうと、魔力の影響で硬くなった土がほぐれていく。
人間だった頃よりも体力は落ちているが、魔力で補えば問題ない。
「僕もやってみる!」
カイは張り切って小さな鍬を持ち、土を掘り返そうとする。
しかし、想像以上に土が硬く、鍬がうまく入らない。
「うぅ……思ったより大変……」
「最初はそんなものだ。力任せにやるのではなく、鍬の刃を土に食い込ませるように意識しろ」
セリオはカイの手を取り、正しい持ち方を教える。
カイは真剣な表情で頷き、もう一度挑戦した。
「えいっ!」
今度は少しだけ土がほぐれた。
「やった! できた!」
「少しずつ慣れればいい」
セリオは満足げに頷く。
カイは夢中になって土を耕し続け、気づけば額に汗を浮かべていた。
「ふぅ……農作業ってけっこう大変なんだね」
「だが、それだけに収穫の喜びも大きい」
「そっか……早く大きくなれ、夜光豆!」
カイは畑に向かって元気よく声をかける。
その姿を見て、セリオはふと遠い昔を思い出した。
かつて自分も、まだ幼かった頃——剣を振るう前、畑仕事を手伝ったことがあった。
「父さん、また手伝ってもいい?」
「好きにしろ」
「えへへ、やった!」
カイは無邪気に笑い、土まみれの手を見せた。
そんな彼を見ながら、セリオは小さく息をつく。
魔界で農業をすることになるとは思っていなかったが——
こういう日常も、案外悪くないのかもしれない。




