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第九話:傷の痛み

 館の寝室は静かだった。


 重厚な木製の扉が閉ざされ、厚手のカーテンが外の世界を遮断している。魔界の夜は人間界のそれとは異なり、どこか生々しく、肌にまとわりつくような魔力の気配を孕んでいた。

 その空間の中心にある大きなベッドの上で、セリオは肩の痛みに耐えながらじっと座っていた。


「じっとしていなさい。無駄に動くと治療がしづらいわ」


 リゼリアが静かに言いながら、セリオの肩口の衣服を丁寧に切り裂いた。布の擦れる音が響くと、負傷した肩が露わになる。


「……相変わらず無茶をするのね」


 彼女の指先が傷口の周囲をなぞる。切り傷だけならまだしも、肩を貫かれた跡は深く、魔族の武器の影響で瘴気が滲んでいた。


「……逃げるわけにはいかないだろう。仕方がなかった」

「仕方がないで済ませるには、何度も死にすぎているわ」


 リゼリアはため息をつくと、手元の小瓶から紫色の液体を傷口に垂らした。


「……っ」


 しみるような痛みが肩を駆け上がる。セリオは顔をしかめたが、声を漏らさなかった。


「痛いなら痛いって言いなさい。隠しても分かるのよ」

「……痛いと言ったら、加減してくれるのか?」

「いいえ」


 あっさりと返され、セリオはわずかに眉をひそめた。


「お前、わざとやってるだろ」

「当然よ。お前が無茶をするたびに、私がどれだけ気を揉んでいるか……少しは反省しなさい」


 そう言いながらも、リゼリアの手付きは慎重だった。魔術を込めた布で血を拭い、傷口に瘴気を浄化する魔力を流し込む。紫の輝きが傷を包み込み、徐々に痛みが引いていくのを感じた。


「……手際がいいな」

「好きで慣れたわけじゃないわ。誰のおかげで他人の傷の手当てを覚えたと思っているの?」


 リゼリアの声にはわずかに棘があった。しかし、その瞳は真剣そのもので、まるで大切なものを扱うように丁寧にセリオの傷を塞いでいく。


「……これで、あとは時間を置けば完全に治るわ」


 最後に魔力を込めた布を傷口に巻き付けると、リゼリアはふっと息をついた。


「お前はもう少し、自分の体を大事にしなさい。そうでなければ──」


 言いかけて、リゼリアは言葉を飲み込んだ。


「そうでなければ?」

「……なんでもないわ」


 リゼリアは目を伏せると、ゆっくりと立ち上がった。


「とにかく、今夜はここで休みなさい。魔力の回復が遅れると厄介だから」

「お前は?」

「私は研究所に戻るわ。まだ調べることがあるの」


 そう言いながらも、リゼリアは少しだけ名残惜しそうにセリオの肩を見つめた。


「……おやすみなさい、セリオ」

「……ああ」


 扉が閉まる音が響く。

 セリオは天井を見上げ、肩の痛みがほとんど消えていることを確認すると、そっと目を閉じた。

 リゼリアの手の温もりが、まだ肩に残っているような気がした。

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