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第十六話:揺れる信念

 静寂が広がる部屋の中、レティシアは目を閉じたまま、沈黙していた。


 セリオと交わした言葉が、頭の中を何度も巡る。


 ——「俺は、お前の知るセリオではない」


 その言葉が、胸に刺さって抜けない。


 セリオは変わってしまったのか?

 それとも、これは本当に彼ではないのか?


(そんなはずはありません……!)


 レティシアは唇を噛みしめ、拳を握りしめた。


 セリオが生前、どれほど誠実で、人々のために生きていたか。

 それを知る彼女だからこそ、今の彼の在り方を受け入れられなかった。


 しかし、現実として彼は魔界にいる。

 魔族と共に生きている。


(今のセリオ様が本当に望んでいることは何なの……?)


 答えは出なかった。


 ふと、部屋の扉が開く音がした。


 足音は静かで、柔らかい気配が近づく。


「……目を覚ましたのね」


 淡々とした声が聞こえ、レティシアはゆっくりと目を開けた。


 白い髪に赤い瞳——エルフの少女。


 セリオを蘇らせたというネクロマンサー、リゼリア。


「……あなたは」

「セリオを知る者として、お前には興味があったのよ」


 リゼリアはレティシアの傍らに立ち、その瞳をじっと覗き込んだ。


「お前は、セリオが人間に戻ることを望んでいるのね?」

「当然です……! 彼は、人間の世界で生きるべき人です!」


 即座に返すレティシア。しかし、リゼリアは小さく首を振った。


「残念だけど、それは叶わないわ」


 その言葉に、レティシアは食い下がる。


「なぜですか!? あなたがセリオ様をこの世界に縛りつけているんでしょう!?」

「違うわよ。セリオが人間に戻れないのは、彼の魂が既に人間のものではないからよ」


 リゼリアの言葉に、レティシアの表情が強張った。


「どういう……ことですか?」


「お前が思っている以上に、死とは重いものなのよ。セリオは一度死んで、私は彼を無理矢理呼び戻した。でも、その結果として彼の魂は不完全な状態になっているの」


「そんな……」


 レティシアは信じたくなかった。


「じゃあ……セリオ様は、もう……!」

「生きているけれど、人間ではない。だから、お前の望みは叶わない」


 冷たく突きつけられた現実に、レティシアは強く拳を握った。


 そんなはずはない。

 セリオはきっと人間に戻れる。

 そうでなければ——


(私は……どうすればいいの……?)


 彼女の中で、初めて迷いが生まれた。


「……お前が何を考えようと勝手だけれど、セリオの意志を無視してまで連れ戻すのは、傲慢というものよ」


「……!」


 リゼリアの言葉は、レティシアの胸に鋭く突き刺さる。


 彼女は何のためにここにいるのか。

 セリオを連れ戻すため——

 その信念は揺らいではいけない。


 しかし、目の前の少女の言葉が、彼女の心をかき乱していく。


「……私は」


 言葉が続かない。


 リゼリアは微かに目を細め、言った。


「お前の信じる道を進めばいいわ。でも、セリオの意志を否定するなら、それはもう、お前の正義ではなくなるわよ」


 その言葉を最後に、リゼリアは静かに部屋を後にした。


 レティシアは、震える唇を押さえながら、自分の胸に問いかける。


(私は……何が正しいの……?)


 彼女の信念が揺らぎ始めた。


 それは、後に訪れる大きな決断への、最初の兆しだった——。

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