表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/89

第十五話:揺らぐ信念

「お前の知っているセリオは、もう死んだ」


 その言葉は、レティシアの胸に突き刺さる。


「……そんなはずは、ない……」


 呆然と呟く彼女の青い瞳に、セリオの姿が映る。


 確かに、目の前の男はセリオだ。黒髪の短髪も、鋭くも優しい青い目も変わらない。


 だが、彼の雰囲気は——かつて彼女が知っていた騎士とは、まるで違っていた。


「どうして……」


 レティシアは拳を握りしめる。


「どうして、あなたが魔族の側にいるのですか!? あなたは、人間を守るために戦っていたはずでしょう!」


「……」


 セリオは何も言わない。ただ、その瞳にわずかな影を宿したまま、レティシアを見つめている。


「私たちは信じていたのです……! あなたが、いつか魔族を討ち、平和をもたらしてくれると……!」


 彼女の叫びに、セリオは静かに息を吐いた。


「……レティシア、お前はまだ何も知らないんだな」

「何も……?」

「そうだ。俺が戦っていたのは、人間のためじゃない。守るべきものを守るために剣を振るっただけだ」


 彼の言葉に、レティシアは目を見開く。


「そんな……あなたは、英雄だったはずでしょう!? 人々の希望だったはずでしょう!?」


「希望、か……」


 セリオは苦笑する。


「俺はただの一騎士だった。世界を救うつもりも、英雄になるつもりもなかった。戦いの果てに待っていたのは……死だけだった」


「それでも!」


 レティシアは食い下がる。


「それでも、あなたは生きているじゃないですか! どうして、また戦おうとしないのですか!」


 セリオの瞳が、わずかに細められた。

 彼はゆっくりと、レティシアの前に歩み寄る。


「……レティシア。お前は、俺に何を望んでいる?」

「それは……」

「人間のために戦え、と?」


 セリオの静かな問いかけに、レティシアは言葉を詰まらせる。


「……俺は、もう人間じゃない」


 その一言が、レティシアの心を打つ。


「な……に?」

「俺は、一度死んだ。そして、今の俺は——」


 セリオが手を上げると、その指先から微かな霧のようなものが立ち昇る。


 それは、人間のものではない。生者の証である体温すら感じさせない、冷たく、静かな死の気配。


「……アンデッド、なのですか?」


 震える声で問いかけるレティシアに、セリオは静かに頷いた。


「そうだ。俺は、リゼリアによって蘇った。もはや、人間として生きることはできない」

「そんな……!」


 レティシアの顔が絶望に歪む。

 彼女の信じていた英雄は、もう人間ですらなかったのか。


「俺はもう、お前たちと同じ世界には戻れない」


 セリオの青い瞳が、静かにレティシアを見つめる。


「お前がどれほど俺を信じていようと、俺はお前の知るセリオじゃない。それでも、まだ俺に“正義”を求めるか?」

「それは……」


 レティシアの喉が詰まる。


 目の前のセリオは、確かに“変わってしまった”のかもしれない。


 だが、それでも——


「……あなたがどれほど変わろうと、私はあなたを諦めません」


 震える拳を握りしめ、レティシアははっきりと宣言する。


「あなたは……私の英雄です。私を救ってくれた、大切な人です!」


 セリオの目がわずかに揺れる。


 レティシアは、まだ彼を諦めてはいない。


 だが——


「……お前がそう思うのは自由だ」


 静かにそう告げ、セリオは踵を返した。


「少し、休め。無理に動くな」


 そう言い残し、セリオは部屋を出て行く。


 レティシアは、その背中を見つめながら、胸を押さえた。


(セリオ様……)


 彼は、本当に変わってしまったのか。


 それとも、まだあのころの彼が、どこかに残っているのか——。


 答えを求めるように、レティシアはアイスブルーの瞳を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ