第十四話:信じた光
レティシアが目を覚ましたのは、柔らかな布の上だった。
ぼんやりとした意識の中、天井を見つめる。石造りの天井。見覚えのない場所。
「ここは……?」
体を起こそうとしたが、鈍い痛みが全身を襲う。
特に腹部に残る衝撃が強い。セリオの剣の柄で打たれた痛みが、まだ消えていなかった。
そこで、彼女はようやく思い出した。
セリオと戦ったこと。
敗北したこと。
そして——
「……っ!」
勢いよく身を起こそうとした瞬間、声がかかった。
「おはよう。まだ痛むでしょう?」
静かな声。冷たさの中にどこか艶のある響き。
レティシアが顔を向けると、そこには白い髪のエルフ——リゼリアがいた。
彼女は窓際の椅子に腰掛け、淡々とこちらを見下ろしていた。
「あなた……」
「私の名前はリゼリア・イヴェローザ。セリオの側にいる者よ」
「セリオ様の……!」
レティシアはベッドから飛び起きようとした。しかし、再び腹部の痛みが襲い、思わず顔を歪める。
「無茶しない方がいいわ。あなた、負けたのよ」
「私は……まだ戦えます……!」
「いいえ、もう終わりなの。あなたは捕虜になったのよ、分かるかしら?」
レティシアは歯を食いしばる。
「……私は、あなたたちに従うつもりはありません!」
「別に、従えとは言ってないわ」
リゼリアは肩をすくめ、椅子の背もたれに体を預ける。
「ただ、セリオがあなたを殺したくないって言うから、生かしておいてあげただけよ」
「……セリオ様が?」
レティシアのアイスブルーの瞳が揺れる。
「嘘を……」
「嘘じゃないわ。あの人はあなたを“子供”の頃から知っているのでしょう?」
リゼリアの言葉が胸に突き刺さる。
そうだ。セリオは、レティシアがまだ幼かったころ、自分を救ってくれた。
彼女に剣を教えたのも、セリオだった。
だが——
「だったら、なぜ……!」
涙をこらえながら、レティシアは叫ぶ。
「なぜ、魔族の側についているのですか!? なぜ、あなたのような者と……!」
「それを直接聞けば?」
「……え?」
リゼリアが顎をしゃくる。
扉の向こうから、ゆっくりと足音が聞こえた。
レティシアは息をのむ。
扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは、黒髪の男——セリオだった。
彼は静かにレティシアを見つめる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……久しぶりだな、レティシア」
その声は変わらない。
だが、彼の青い瞳には、あのころにはなかった影があった。
「あなたは……本当にセリオ様なのですか?」
震える声で問いかけるレティシアに、セリオはただ静かに応じた。
「お前の知っているセリオは、もう死んだ」
レティシアの胸が締めつけられる。
この再会は、彼女の信じていた“光”が揺らぐ瞬間だった。




