55狛犬兄妹の共闘へおまかせを
垂たちと別行動をしていたチップたち一向は、 八握脛の特異な子である鬼哭丸と遭遇してしまう。戦闘は間なくして火蓋を切る。異形な姿の少年から題された狩りという名のゲームに。そのスピードは幼体の比ではない。瞬き一つの速度で直ぐにソーアの懐へと近付き、膝蹴りを繰り出す。ソーアは間一髪、数センチ掠めていた。ほんの一瞬の判断で鬼哭丸の膝蹴りが直撃するところを、ギリギリで躱し切る。その判断に寸分の油断は無かった。いつ来ても防御をし、反撃に転ずる。ソーアはそう思っていた。だが、そのスピードは想像の範疇を遥かに凌いでいた。鬼哭丸のスピードは誰よりも速く、実際ソーアは膝蹴りが来るまで気付く事が出来なかったのだ。寸前で躱し反撃の刃を振り下ろすが、既にその鬼哭丸は居ない。まるでダンスのようにバク転をし、距離を取っている。
しかし、その手は地面に付き逆立ちのまま静止している。ゆらりと身体を捻らせ、起き上がったと思えばダンッと足踏みする。斜め横へと身体を捻らせながら高速で回転を始め、その勢いを得た遠心力で鎌のような回転蹴りをチップへと浴びせた。チップはピンポイントで拳に宿した影で盾を張り、鬼哭丸の攻撃を何とか受け止める。一瞬、押し負けそうになるその蹴りはミシっと鈍い音を鳴らしていた。同時に鈍い痛みが走り、チップの瞳を細めさせた。
「へぇ~、君たち速いねぇ~。こりゃあ母さんが取り逃しても仕方無いかもなぁ。」
あれだけ速く、激しい動きを見せつける鬼哭丸に息を切らすような素振りはまだ無い。むしろまだエンジンを温めている最中だというように、今度は地面に手を付きながら軸足となっていた足で更に応酬をかける。チップが負けじと殴り掛かろうとするがリーチの差は圧倒的で、幼女の拳が届く前に左肩へと二撃目がモロに入った。ぐっと鈍い声を漏らしたチップは歯を食い縛るが、蹴りの反動で体勢を崩してしまう。
その瞬間を彼女は見逃さなかった。針の穴を縫うように援護へと回ったシウンが鬼哭丸の死角から二本の短刀で、首元目掛けて奇襲を行った。だが、鬼哭丸は寸前のところで身体を更に捻り、両手を地面に付けながらまるで歯車のように回転してその奇襲を回避していた。短刀は鬼哭丸の身体を数ミリも掠める事も出来ず、地面へとキンっと手応えの無い金属音を鳴らすだけだった。
「くそ、こいつ・・・。オレたちの攻撃を全部躱しやがる!」
「けど、さっきの化け物よりは遥かにマシだぜ。こっちの攻撃さえ当たれば、何とか勝機はありそうだ。」
「当たれば・・・、だけどな。」
そう、彼らが当たらない理由は二つ。鬼哭丸がただの妖ではないという事に起因する。一つは力任せに襲い掛かる妖とは違い、型に沿った格闘術を心得ている事。これがチップたちを苦戦させる要因の一つである。力で押し付けるばかりでなく、次の攻撃に転ずる為の防御がこの鬼哭丸には出来るのだ。鬼哭丸はお尻から糸を出し、再び木の枝に括り付け逆さ吊りの状態でチップたちを見下ろし始める。
「フフフッフフフ、当たる訳無いじゃん。そんな攻撃なんて、スローモーションと一緒一緒。君らは三輪車、僕は自動車。どう頑張ったって追いつく訳無いじゃん?」
ケタケタと指を差しながら笑い、チップたちを小馬鹿にしていた。両腕を捻り曲げながら背中に持っていき、拳を腰にピッタリとくっつける。そう、これこそがこの妖の最大の特徴。異様に柔軟過ぎる筋肉である。格闘技やスポーツにおいて重要視される要因は、柔軟性が如何にあるかである。如何に自分の身体をバネに出来るか、それでどれだけ一度の回転で遠心力を得られるかはこの柔軟性にかかっている。特に遠心力を武器にしたカポエイラは、鬼哭丸の特性をパズルのピースのように見事に綺麗に当てはまっているのだ。
「あ?うるせーぞ、お前ぇだって速いだけで、ペチペチ弱っちいミジンコみたいな攻撃ばっかじゃねーか!」
「おらおら、悔しかった威嚇でもして角でも出してみろ!蜘蛛ヤロウ!」
挑発を挑発で買うソーアとチップ。チップは特に小馬鹿にするように人差し指を突き出しながら、額にそれを添えていた。一方のソーアはこれでもかというくらいに、両手で中指をビシッとおっ立てながら舌を出していた。その言葉に少しムッとした鬼哭丸は捻り曲げていた腕を解き、面妖なオーラを纏いながら腕を広げ始める。
「じゃあ、見せてあげるよ。俺ちゃんも母さんにさぁ、バレる前に君たち喰べたいから~・・・。」
それは先程見せた蜘蛛の巣を暗示させるような不気味な模様のオーラ。紫色の炎を纏うような闘気が徐々に大きくなり加速する。吸い込まれるような風を出したかと思えば、今度は突き放すような荒い風を浴びせる。ビリビリと伝わるのは、まごう事なき純粋な殺意。それを肌に感じ取った三人は、ゾクリと背筋を凍らせ心臓を一打強く打たせる。
「な、なんだ・・・、マナの動きが変わった・・・⁉︎」
チップは大粒の生唾を飲み込んだ。目の前に対峙する異形の少年を前に、防御の構えを崩せなかった。今解いてしまえば、確実に急所を射抜かれヤられてしまう。そう直感していた。生身の肌など、意図も容易く突き抜ける程の殺気。斬りつけられた事すらも気付かない程の鋭利で、研ぎ澄まされた殺気は寸分の油断も許されなかった。そんな禍々しい覇気を放つその中心には、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる逆さ吊りの少年がねっとりとした口調を溢す。酷似していたのは八握脛の母体、ヤヅギの粘着質な嘲笑う表情であった。
「お望み通り、角でも出して早めに終わらせるねぇ・・・!」
ウゾゾゾ・・・、メキメキキキキキ・・・!
彼の背中からは四本の細長い脚。その脚はまさに蜘蛛の脚そのものであった。先端は槍のように鋭く尖っており、鬼哭丸の腕よりもずっと長い。全身を薄紫色に染め上げ、目は倍の八個に増えていた。それぞれの目が激しく蠢き回り、それぞれの目がチップたちを焼き付けるように睨みつけていた。
「おいおいおいおい!おいおいおいおいおい‼︎どこが角だよ、くそ蜘蛛ヤロウ!」
ソーアは指を差しながら、突っ込んでいた。百歩譲って角の一本や二本出すかと思えば、生えてきたのは脚だ。それも四本。それは蜘蛛らしくご丁寧に元々あった四肢と数えると、丁度蜘蛛と同じく合計八本の脚となる。
「それ、どー見ても蜘蛛の脚そのものじゃねーか!」
すかさずチップも加勢するようにツッコミを入れた。まるで漫才師の如く宙に向かって指先を真っ直ぐに手のひらで叩く。だが変わったのは見た目だけではない。鬼哭丸が放つプレッシャーも、全身を纏うオーラも先ほどの比ではない。並の人間であればゾクリと背中をさするような恐怖が顔を覗かせる。これ以上、前に進んではいけないのだと危険信号が叫び出す。この異様なオーラのせいで自分の方が格上なのだと誤認させるフェロモンを放出させているのだ。
それは妖が行う幻術だけに収まらず、現存する生物界にもフェロモンを用いて自分を防衛する生き物もいるくらいだ。彼が放つそのオーラは謂わばそれを応用させた幻術の一つ。その幻術は、悪魔や妖怪にとっては最も効果的だろう。何故ならば、彼ら“ギフト”の類いはマナの総体量と力に左右される。だからこそ、その感覚がぐらりと狂わせてしまう。本来の力の差と幻術により捻じ曲げられた偽りの力の差。実際の鬼哭丸の力量としては、チップとそう大差は無い。だが幻術によりチップよりも一回りも二回りも大きく虚像を作り出してしまう。その錯覚は、すぐに効果が現れる。力の解放を終えた鬼哭丸が、チップに向けて勢い良く飛び掛かる。そのスピードはチップの思っていた物と著しくズレを生じさせる。
〈チップ、先行し過ぎだ!少し離れてッ!〉
ジェニーの言葉で漸く気付き、ハッとしたチップはすぐ目の前まで来ていた鬼哭丸に反応が僅かに遅れてしまう。一戦闘において、一瞬の判断が命取りとなる。相手の力量を見誤れば見誤る程に、そのスパンは大きく膨れ上がってしまうのだ。防御も反撃も間に合わない中、鬼哭丸の飛び回し蹴りがチップの顔面に降りかかろうとした刹那。チップは何者かに襟元を後ろから引っ張られ、大きく体勢を崩し尻餅を付く。
「どわッ⁉︎」
鬼哭丸の飛び回し蹴りは空を切り、一瞬の隙が生まれた。その隙を逃さなかったのは一人の少女。蹴り出した右足が内角に戻ったところに、シウンは二本の短刀を逆手に持ち斬りかかった。
「ぐ・・・ッ。」
しかし、その攻撃は鬼哭丸の背中に禍々しく現れた四本の蜘蛛の脚でガッシリと掴まれてしまう。
「シウン!」
尻餅を付いていたチップのすぐ真上で行われた刹那の衝撃。一瞬の火花が金切り声を上げていた。一度掴まれた短刀を直様シウンは持ち手を変えて、四本の脚を力の逆流を利用し弾き返す。だが四本の脚は一本一本が別の生き物かのように、それぞれ鎌や槍のように巧みに操りながらシウンへ反撃を行っていた。再びシウンは逆手に持ち替え、鬼哭丸の攻撃に対抗する。袈裟斬り、斬り上げ、薙、逆袈裟それぞれを受け止める。その激しい攻防は僅か数秒の出来事。瞬き一つでもしてしまえば、致命傷を与えられてしまう程の緊迫。
「へぇ~、まだこの動きについて来られるんだ。凄いね、君?」
鬼哭丸はシウンと打って変わって余裕の表情を目に浮かばせていた。そう、圧倒的な違いはこの余裕さにある。シウンは息を切らしながら、ギリギリ追い付くくらいのスピードなのだ。それに対して、鬼哭丸はまだギアを上げられる程の余裕。激しい攻防の中、身体を捻じながら回転斬りを行うもやはりその攻撃も四本の脚でいなされる。闇雲に攻撃をするのは不利と感じたシウンはすぐに態勢を戻す為に、大きくバックステップを踏み距離を置いた。
〈あれがあいつ本来の力って訳か・・・。こっちも何か手を打たないと・・・。〉
「シウン、大丈夫か?」
「う、うん・・・。けど、あの蜘蛛。さっきよりも攻撃が強くなってる・・・。なな何とかあいつの動きを封じて倒さないと。」
攻撃から戻ってきたシウンは、息を切らしながら頬に溢れる汗を拭っていた。ソーアは刀を構えながら、戻ってきたシウンを守るように前衛に立ち塞がる。
「あいつの動き止めるって・・・、菜箸でハエ捕まえるみたいなもんだぞ。」
苦虫を噛み潰すような顔を浮かべたソーアは、目の前に佇む異形の蜘蛛を凝視していた。ソーアは頭の中でシュミレートする。だがどう頑張っても奴以上のスピードで一手を打ち込むイメージが湧かない。それはソーア達が持つ“獣刃”を用いても通用するかどうか。スピードや動体視力に関してはシウンの方が勝る。そのシウンが僅かな時間で息を切らしてしまうような相手に対し、ソーア自身で一矢を報いるような手があるのかと。自ずとその迷いは握り締めていた刀にも共鳴されてしまう。カタカタと震える太刀は、己の迷いを具現させてしまっていた。
「おい頭でっかち、なんか手は無ぇのかよ?」
するとチップは迷走してしまった音符に一打の休符を加えさせた。
〈・・・、正直かなり厳しいところだと思う。シウンでも奴を抑え切れないのなら・・・。」
ジェニーから発せられた言葉は歯切れが悪かった。能力を理解している狛犬兄妹でも歯が立たない。一方のチップは、未だ充分の能力を発揮していない為に未知数。こんな中ではまともな戦略や対策を講じる事は難しい。獣刃化で漸く対抗出来るかどうか。獣刃にはタイムリミットがある。絶大な能力向上が期待出来るとはいえ、その時間は賭けなのだ。もし獣刃化が解けてしまったら、それこそもはや打つ手無しの万策を尽く羽目になってしまう。それはあまりにもリスキー。何か奴を欺く奇策を、ジェニーはそれを絞り出していた。だからこそ、この瞬間はそのジェニーも耳を疑った。
「なぁジェニー、さっきの煙幕ってまだ使えんのか?」
〈あ、あぁ・・・。一応あと一回くらいならドローンから出せるけど・・・。。一体何を?」
「なるほどな、じゃあ・・・、あるにはあるぜ。けど、今の時間じゃ無理だ。」
その奇策となる火種は思わぬ方向から飛び出していたのだ。それは悪魔の幼女であるチップから。幼女は空を仰ぐように上を向きながら、下顎を摩っていた。チップの中でこの盤面をひっくり返す奇策を構築しているかのように。
「ななな何か手があるの?・・・チップくん!」
「あと、五分ってとこか・・・。」
「五分待ったら、何とか出来るんだな?」
狛犬兄妹は食い気味でチップに迫り寄る。それは藁にもすがる勢いだった。
「おう、確実にあいつを止めてやる!」
「だったら、話は早ぇ!チップ、お前を信用するぜ‼︎」
チップは親指を立てながら、ニッと笑って見せた。その様子にソーアは深く頷く。
「おやおやおや~ん?作戦会議は終わったかな~?」
無邪気な笑みを浮かべる鬼哭丸の顔は余計に不気味さを増していた。ゆらりと両腕を垂らしながら、振り子のように少年の姿をした腕をゆっくりと揺らしていた。鬼哭丸は敢えて彼らの行動を待っていた。それは余裕から生まれた期待に等しい。ただ一方的に蹂躙するのも悪くない。
だが少しの歯応えがあった方が、ほんの少しの苦労があった方が味わった時の感触というのは悦に近付く。故に一種の興味本位がこの妖を掻き立たせていたのだ。目の前に対峙する少年少女がどのように踊るのか楽しみでもあった。そんな二人は己が信じる武器を握り締め、キッと硝子の破片を摘むような鋭さで睨み付けていた。
「あぁ、たった今な。だから、こっからはオレたちも本気で行くぜ・・・。」
ソーアは鼻先をピッと親指で弾き、啖呵を切った。握り締めた太刀の柄を口元に持っていきガッシリと咥え込む。それと同時に傍らに居たシウンもまた片方の短刀を口元に持っていき、ソーア同様にその短刀を咥え込んだ。シウンの口元から飛び出す犬歯は見た目以上に大きく、短刀を咥え込むには充分な程鋭く尖っていた。二人は四つん這いになるように両手も地面に付け、身体全体を低く屈め獣のような仕草を見せる。次第に咥えていた犬歯はみるみる大きくなり、弾けるような稲光と嵐のような突風を巻き起こす。放出させたマナがそれぞれの銀髪をたなびかせ、一点集中させた覇気を強めていた。
『獣刃ッ!』
二人の発した言葉は、力の放出となり具現させる。太刀を咥える黄金色の阿形と両前脚に短刀を携えた白銀色の吽形。黄金色の毛並みからは細かな雷を放ち、白銀色の毛並みから触れるものを切り裂くような旋風を走らせる。そのどれもがただ一点を見つめる。灰色に輝く瞳が異形の蜘蛛、鬼哭丸に狙いを定めていた。
「変化か・・・、そんな犬っころになって何が出来んのさ。」
「まぁ・・・、やってみりゃあ、わかるさ!」
ソーアたちの変化により放出されたマナは、辺りの木々をゾワりと揺らす。そうして舞い放された枯葉が宙を舞い、ひらりひらりと僅かな時間を対峙する隙間を縫って遊泳していた。一触即発、互いの間合いは射程範囲内。合図一つで衝動は生まれる。一枚の枯葉がパサっと地面に優しく降りた時、点火する。
ーザッ
地面に添えられた土の粒子を蹴り上げ、風呂敷を広げたような砂埃を舞わせトリガーは弾かれた。次々に落ちようとしていた枯葉は再び風に舞い上げられ、宙に大きく広がり散布される。その直ぐ下では既に激しい攻防が始まっていた。刀同士が鍔迫り合いを起こすような音。何度ぶつかり合ったのか数えきれない程の鐵のぶつかり合い。一度舞い上がった枯葉は、彼らの攻防により中々落ちない。狛犬兄妹は目にも止まらぬスピードで動き回り、次々に斬撃を鬼哭丸へと帯びせていた。
勿論、ただ闇雲に早く動いているだけではない。シウンの駆け抜けるように速い短刀で牽制を行いながら、ソーアが追撃をする。上段からの攻撃をすると見せかけて、寸前で攻撃を止めたと思わせればすぐ横からシウンが更に連撃をお見舞いさせる。だがそのどれもを一つ一つ確実に受け止め、八本の脚を巧みに操りながら鬼哭丸はいなしていた。
鬼哭丸の地につく脚も、身体を逆さまにさせながら回し蹴りで応酬する。時折お尻から出した糸を吐き出し、周りの木々に付着させ本来の重心を変え、慣性を絶妙にずらし反撃の蹴り技を与えていた。それを下段に低く構えていたソーアがいなし、再びシウンへとバトンを託し追撃させる。しかしそれすらも鬼哭丸の懐には届かない、寸前で上半身を大きく後ろへと逸らし余裕の表情を浮かべながら笑みを溢す。
「無理無理無理~!さっきより速くなったけど、まだまだだね~!」
首だけを起こし、薄ら笑みを浮かべる鬼哭丸。人差し指と親指で噛んだガムを引き伸ばすような仕草で上下させ、自分との実力差をアピールしていた。鬼哭丸はそのまま地面に両手をつき、再び逆立ちを始める。肩幅以上に脚を開き、コマのように回転しながら飛び上がった。そうして身体の上下は元の位置へと戻り、首をゴキゴキと鳴らす。
「そう、かよ!じゃあ・・・、これならどうだ!」
するとソーアは溜め込んだマナを電流へと変え、バチバチとその体躯へ纏わせる。前脚で地面を掻き、獲物へと飛びかかる直前の身体全体を低く屈ませていた。スゥーっと一呼吸を終える。ピシンっと弦を弾く一矢の如く、青白い稲光を輝かせながら鬼哭丸目掛けて突進した。
「弐式・・・雷童ッ‼︎」
一閃、また一閃と超高速で動き回り、口に咥えた太刀で切り捨てる。何往復もその対象目掛けて切り刻むその姿はまさに、連続で落ち続ける猛る稲妻のように。物理法則も慣性も無視した超高速の斬撃である。その動きに驚いた鬼哭丸はついに躱す事を諦め防御に徹し始めた。背中から伸びた四本の脚を巧みに操り、ソーアが繰り出す斬撃を一つ一つ丁寧に受け止める。一打受ける度に電撃が弾け飛び、少しずつその電撃が鬼哭丸の身体を蝕む。ソーアの技の一つ弐式・雷童。見た目は派手な横一閃の切り捨てる斬撃を何度も行うが、本質はそこに在らず。重要なのは、電撃だ。弾け飛んだ電撃は相手に浴びせる事で身体を蝕み、感覚を麻痺させ鈍らせる。更に溢れた電撃をソーアが取り込み、速度を上げる。少しずつ少しずつ速度を上げ、次々に斬撃を加える事で相手の動きを完全に封殺させる技なのである。
「うぉ、とっととっっと・・・⁉︎凄い凄い、めちゃくちゃじゃん!」
感覚が鈍ってしまっては、自慢の素早い動きで回避もままならない。鬼哭丸は止むを得ず防御に徹する。少しずつ麻痺で蝕まれた身体で反応速度が低下していく中、当然それを見逃す訳が無い。銀色の体毛を靡かせたもう一匹の狛犬。灰色の硝子のような瞳が静寂の封を切り、携えた二本の短刀にマナを込めさせ二回り以上も巨大化させた。銀色の狛犬を中心に辻を起こし、ナイフを振り回すような荒い風を纏わせる。そしてその風に添えるように彼女の小さな声が重なる。
「参式・・・ 輪舞ッ!」
鬼哭丸へ飛びかかったシウンは、高速で回転させながら突っ込んできた。マナにより巨大化した短刀は巨大な円盤状のカッターのように螺旋となり、強力な縦回転で切り刻む。
「ってこっちもかよ~~!」
鬼哭丸は回転ソーのような斬撃を焦り交じりに反応し、背中から生やした二本の脚で受け止める。脚で受け止めてもシウンの回転斬りの勢いは収まらず、高速で縦回転する斬撃は互いの刃物を打ち付け合い火花を弾かせる。その重圧は鬼哭丸が想像していたものよりも凄まじく、踏ん張る右足が土にめり込んでいた。先程の人間の姿だった頃の連携よりも速く、そして攻撃の厚みが段違いとなる。流石の鬼哭丸も八個に並んだ目をギョロつかせた。
超高速で動き回りながら切り捨てを行うソーアと遠心力を利用した超高速で回転切りを繰り出すシウン。それぞれの目が幾重にも重なる多段攻撃を抑え、八本の脚を巧みに操りながら防御をする。そう、流石の彼も気付いていた。いつの間にか彼らの猛攻により攻撃や反撃を忘れてしまい、すっかり防御に徹する事に集中してしまっている事に。それは少しずつ蓄積されるストレス。攻撃に転ずる事が中々出来なくなっている苛立ち。それは少しずつ少しずつ揺らぎを作り出す。いつしかその歪みは大きくなり、ほんの一瞬ではあるが漸く隙を見せ始める。
「おら、そこだ!」
「・・・か覚悟ッ!」
ソーアは横一閃に斬撃をぶっきらぼうに振るい、回転する事で得たその遠心力をフルに活用したシウンは上から叩き付ける。それぞれの斬撃がほぼ同時に繰り出され、十字に重なる。一瞬の歪みが防御を遅れさせ、鬼哭丸の身体へダイレクトに捉えた。
「ぐ・・・、な、な・・・⁉︎」
漸く入った攻撃は確かに鬼哭丸の身体を捉えていた。確かにダメージは通っている。けれど、見た目以上に頑丈な身体は彼らの刃は通ってはいるが、致命傷には至っていない。胸元に大きく十字の傷を負わせ青色の血を流すが、ほんの僅かな時間で止血が始まり、ものの数秒足らずで凝血し傷が塞がる。だがこれは一つ、大きな一歩でもある。鬼哭丸のキャパシティを超える攻撃が出来れば、彼らの攻撃もしっかり通る証拠。
「漸く、攻撃が通ったな蜘蛛ヤロウ・・・。」
そう思った矢先だった。ソーアの一瞬の綻びがまたこちらでも歪みを生ませる。鬼哭丸はだらんとした右腕をシウンへと向けると、勢い良くその手の先から蜘蛛の糸を飛ばす。放射状に広がった糸は瞬く間にシウンを包み込み、そのまま対角線上にあった木まで吹っ飛ばされてしまった。
「きゃっ⁉︎」
鬼哭丸が飛ばした糸はシウンごと木に縛り付けられ、身動きを塞いでしまう。凧糸ほどの太さで成形されたその糸は粘着性が肌や毛並みに絡みつき離れようとしない。
「あ~、もうムカつくなぁ~!大人しく餌は、俺ちゃんに喰われちまえよ。」
ゴキゴキと首を鳴らしながら回し、苛立ちを匂わせていた。先程の斬撃で切り刻まれた服を脱ぎ捨て、右肩を手で押さえながら腕をぐるぐると回していた。
「シウン!」
「それと、君。さっきから声が煩い・・・。」
そう鬼哭丸の声がソーアの耳元で聞こえたと思った頃には、既に遅かった。鬼哭丸の行動は、既に終わっていた。鬼哭丸は一瞬にしてソーアの背後へと回り込み、背中から生やした脚先を槍のように扱い、ソーアの背中を突き刺す。刺したのは爪先数センチ分。チクリと刺す程度の深さではあるが問題はその威力ではなく副作用にある。ソーアはそれが何であるかを瞬時に悟った。
「ぐ・・・ッ、やべ、これ毒か・・・。」
「これ以上暴れ回っちゃあ、面倒臭いからね~。俺ちゃんの神経毒、痺れるでしょ?」
「くそ、脚が・・・。」
ソーアの身体を瞬く間に蝕んだのは神経毒。その身体を死に追いやるような猛毒のものとは違う類いだ。それはあくまでも相手を拘束させる為の麻痺の一種に近い。ビリビリと痺れ出す身体は立つ事もままならず、そのまま倒れ込む。指の一本動かせないだけじゃない、この神経毒は声帯も僅かに蝕む。その為、発声する為の器官も麻痺し満足に声を出せないでいた。
「これで君たちの動きは封じれたねぇ~。あれれ?俺ちゃんを捕えるんじゃ無かったのかな~?そういえば、あの悪魔はどこ行ったのかな?逃げた?逃げたかな?もしかして、君ら裏切られたの~?」
「く・・・。」
それは絶対的な絶望に近付く最中だった。シウンは糸に絡め取られ身動きが出来ず、ソーアも神経毒にやられている。完全に彼らの行動を掌握した鬼哭丸は、母に似た粘着質な笑みを浮かべ始める。
「可哀想だから、君は最後にして~。先にこの子から喰べてあげるよ~・・・。」
ダンッ
「ごふッ⁉︎」
しかし、状況は一転する。忘れ去られた一手。その一手は、鬼哭丸の後頭部へと勢い良く握り拳で叩き付ける。
「よう、わんこ。まだ生きてるか?」
そう、鬼哭丸の背後へと一撃をお見舞いさせたのは幼女の姿をした悪魔チップだった。幼女の拳には黒く滲んだ影を纏わせ、ゆらりゆらりと靡かせていた。その真っ赤な目で凄み、特大のプレッシャーを浴びせる。
「・・・ち、チップ‼︎」
「オラ、こっち向けよ。・・・このくそ蜘蛛ヤロウ。」
すかさずチップは鬼哭丸の頭を掴み上げ、不良中学生さながらのメンチを切った。
「き、君は~・・・。に、逃げたんじゃ、無いのか⁉︎」
「は?誰がそんな事するかよ。逃げる訳ねぇ、逃げてたらいつまで経ってもテメーをぶん殴れねーからな!」
慌てて鬼哭丸は後ろへとバク転をしながら距離を置いた。その威圧は本当にさっきの幼女だったのか。そんな疑問も滲ませながら、対峙する幼女に警戒を交じり合わせていた。




