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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 雨やどり編

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46あの御曹司へおまかせを

「クラウド・・・、ファンディング?」


 この男が発した言葉だったが、あたしには聞き慣れない言葉だった。だから聞き返した。興味本位で始め出したこのボランティアには、孤児を養ったり支援する為には設備とその物資が必要だった。そして何よりも、それらを賄う為の資金。何をするにしても、何だかんだ言ったとて金が物を言わせる。気持ちだけではどうする事も出来ない。だからあたしは、不本意ではあったけれどここへ来た。最も人間社会に溶け込んでおり、尚且つ財力を手中に収めた妖怪。大和コンツェルンの御曹司・大和テンジョウの元へ。

 彼の元へと案内されたこの応接室は、バカみたいに広い。ここに二十人程集められても、まだ余裕がありそうだ。中央のローテーブルを囲うように置かれた漆黒の分厚い革を被ったソファに、あたしは腰を掛けている。地上五十階に位置するこの部屋の天井は高かった。その為か、彼の奥に設置された大きな窓ガラスからは青空が広がっている。その男は窓の景色を見下ろしながら、手を後ろに組んでいた。薄っすらと窓に反射された男の顔は薄い笑みを浮かべていた。細っそりとした目を開け、こちらへ振り向き、革靴を一打軽やかに床を鳴らす。


「そうです、流石に我々も企業の身ですからね。どこぞの誰かに大金を差し出すのは、中々忍びない時代なんです。」


 テンジョウはタクトを譲るように、こちらへ手を差し伸べた。 この男に会うのは初めてだった。人間社会で財力を上げ、ある意味人間を牛耳っている妖怪。そんな変わり者で物好きな妖怪がこの街に居るという噂を元に、あたしは彼に接触した。最初は面会も叶わないのだろうと腹を括ってはいたが、受付に「テンジョウさんに“ギフト”が来たと伝えて」と。そう受付に伝えたら、数分も待たずに案内されたのは少し拍子抜けだった。“ギフト”なんて言葉、あの運び屋くらいだけど。下手に妖怪だ雪女だと伝えてもかえって怪しまれるだけだし、隠語として使うのに利用させて貰った。

 こうして今、彼と面会出来ている訳だけど噂通り相当の物好きのようだった。事情を話し、金が必要なのだと打ち明ける。やはり変わり者か、初対面の妖怪に彼は二つ返事に「良いですよ。」と返す。けれど、直接という訳にはいかない。彼が提示したのは“クラウドファンディング”という受け渡し方。聞き慣れない言葉にあたしは首を傾げた。確かにあたしが考えたこの設備や場所を用意するには相当の額面が必要だと、素人ながらも思ってはいた。けれど、何となくあたしは直感していた。この妖怪に、自分の弱みを見せてはダメな気がする。虚勢でも良いから胸を張り、鎌をかける事。この飄々とした笑みを見せるこの男には一歩だって下がってはいけない。


「回りくどいのね、あなたが直接出せば良いじゃないの。」


「そりゃあ、うん百万程度であれば私だって用意出来ますけどね。けれど、あなたが提示して頂いた企画案。とてもじゃないですけど、普通に用意するにも億レベルの予算ですよ。」


「保護活動と支援を考えれば、それなりの設備と場所が必要だわ。だから、この案は譲れない。」


 彼は企画案と口にはしたけれど、あたしは資料も何も無いただの手ぶらだ。実際のところは、数十人入れる程のスペースでも充分だった。どうせ金を手に入れるなら、少しくらい足を突っ込んだって良い。見てくれは喫茶店。その地下に深く掘ったところに施設を設ける。孤児を援助する為の設備に、支援物資。どれもあたしが元々考えていた物よりも大幅に拍車を掛けて、予定よりも大規模な企画を提示した。しかしまぁ、そうなると億単位の予算額にはなるか。


「ですよね。だから、そんな大金は中々おいそれと出す訳には行かないんですよ。」


「あら。それなら今晩、君に身体を預ければ、出してくれるのかしら?」


 あたしは徐に羽織っていたミリタリージャケットを肘の高さまで降ろし、少し恥ずかしかったけど胸元を強調させた。でもその恥ずかしさは心の中で留めて置いた。少しでも彼の前ではクールさを気取りたかったからだ。それに自分で言うのも何だけど、自分の身体にはそれなりの自信はあった。その辺の男を魅了させるくらいなら造作もない。いざとなれば、身体を預けるくらいの覚悟はある。


「生憎、雪女を抱く勇気はありませんよ。これでも私、小心者なんですよ?ですから、無理に上着は脱がなくて結構です。」


「あら・・・、そう。」


 そんな渾身の虚勢は、手を振りながら軽く鼻で笑われた。この男はあたしの耐性を見抜いていた。外気温の暑さをカバーする為に身に付けているこのジャケットの事も。あたしはそそくさとジャケットを羽織り直す。ジャケットの中から溢れる冷気で、再び身体を冷やし始める。頬に伝った汗は、直ぐに氷の粒となって床に転げ落ちていった。テンジョウは、仕切り直すようにコホンっと咳払いを溢す。


「さて。そこで、クラウドファンディングです。それであれば、未来ある企業に投資したと言い訳が立つじゃないですか。」


「要は、資金が調達出来るって捉えて良いの?」


「えぇ。クラウドファンディングとは、インターネット上で不特定多数の人から資金を集める資金調達手法の一つです。従来の手段では資金調達が難しかった企業や団体が資金を調達出来、借金では無い故に、返済する必要も無いのが特徴。あくまで支援者からの支援を“寄付金”として受け取れる訳ですから、渡す側としても都合が良いのですよ。」


 正直、彼の言っている事はあまり理解は出来なかった。人間社会に染まりきっている彼とあたしでは知識量は雲泥の差。インターネットが少し解る程度で、お金の動き方についてはよく分からない。何となく分かったのは、いくらこの男でも億単位の額をポケットマネーとして出す事は出来ない。そうなると会社として資金を出す訳だが、それを投資させようにも会社としてリターンが無ければ厳しい。億単位の稟議は直ぐに首を縦には振らない。だからクラウドファンディングという手法で寄付金という形で支援する。けれどそれは、双方にメリットとデメリットがある筈。


「デメリットは?」


「本来クラウドファンディングは目標額に到達しなかった場合、貰った寄付金は返済する必要があります。」


「あら。それじゃあ、意味が無いじゃない。」


「これからレタさんには、お伝えする額で登録して頂きます。簡単な話です。私がその額分、一括で寄付すれば良いだけです。そうすれば今お伝えしたデメリットは打ち消されますよね?」


 テンジョウは何食わぬ顔でそう返した。確かに彼の言う通り、それが正しければデメリットは打ち消される。設備を整える為の資金が手に入るというメリットが残る。けれど未だ分からない事が一つ…それは、彼自身の真意だ。今のところ、彼自身にメリットがまるでない。何を企んでこの話に乗ったのか、何故彼は二つ返事で金を出すと言ってくれたのか。それにはきっと理由がある筈。


「まぁ・・・、それは確かに。でも、・・・君にメリットあるの?」


「えぇ、大いにありますよ。いつかその子たちが大きくなったら我が社に来てください。」


 彼は人差し指を鼻先に添えながら、薄く笑って見せた。孤児を自分の会社で引き取る?何を考えているんだ、この妖怪は。訊けば訊く程、疑問が降り積もるばかりだ。あたしは思わず腕を組んでいた。いつの間にか、彼の話術に翻弄されているのではないかと疑うくらいだ。けれど彼の狙いもしっかりと確認する必要がある。そう思ったあたしは、最もシンプルな言葉で返す事にした。


「・・・どういう事?」


「いえ、簡単な事です。あなたが孤児となった子たちを優秀な人材として育ててくれれば良いのです。こちらとしては、イチから研修を行う手間が省けるのですから。そして、優秀な人材が続々と我が社に集まる訳です。」


「それが君の利益になるの?その子達もただエスカレーター式に就職が決まって、結局良い給料が貰える訳でしょ?やっぱりそれって、メリット無いんじゃないの?」


「そんな事はありませんよ、企業とは人材無しには動きません。良いですか、レタさん。企業の力は、財力でも押しの強さやマンパワーではありません。現場で働く人材たちをどれだけ宝だと思っているかです。それが未来の利益となるのです。だから、私は今のあなたに投資をするんですよ、レタさん。」


 成程…要は、自社の人材確保が狙いなわけか。確かにどれだけ大きな施設を設けても、孤児の数が増えれば当然いつかは溢れかえってしまう。だから孤児たちがいずれ人間社会に慣れて規定ラインまで到達したならば、彼の会社で自立したライフラインを提供させる。あたしが孤児の支援や保護活動をした分だけ、いずれは彼の社員としてステップアップも約束される。たった今あたしが持ちかけた話を、ここまで先を見通して考えているからこそ即決したのか。妙に食えない男で悔しいけど、伊達に人間社会でトップレベルの企業まで上り詰めたのも頷ける。彼の企みは全体像として段々と見えてきた。後の問題は、彼自身の真意だ。


「けど、なんで君があたしに協力しようと思った訳?」


 すると彼は口角を上げながら、僅かに緩くなっていたネクタイを締め直す。テンジョウは自分のデスクに置いてあったノートパソコンを持ちながら、ゆっくりと革靴を鳴らしながら、近付く。ソファの前にあるローテーブルにパソコンを置き、本でも読み聞かせるように画面をこちらへと向けさせた。画面に映っていたのは、今し方までずっと話題に上がっていたクラウドファンディングの登録画面だ。“喫茶アンブレラ”と書かれたプロジェクトの登録画面。確かに表向きは喫茶店とは言ったけど、店名まで勝手に決めるなんて。そう画面に注目を持ってかれた最中(さなか)、彼はあたしの隣へと何食わぬ顔で座り込み笑顔を見せる。


「・・・そんな難しい理由は持ち合わせておりませんよ。ただ、あなたに興味が湧いただけです。」


「わかったわ、とりあえずそのクラウドファンディングだかってのやり方を教えて。」


 手渡されたノートパソコンにキーを打ち込み、あたしは店名を“雨やどり”と改名させた。孤児たちの安らぎや暫くの間の身を休める軒下となるなら、この名前が丁度良いと思ったからだ。 あたしは、彼に発した言葉とは裏腹に踏み止まった言葉もあった。第六感が抑止させ、寸前のところで喉に押し戻される。彼があたしを見つめたその瞬間に、咄嗟に察した。ずっと笑っているように見えた彼の目だけは笑っていなかった。



・・・。



・・・・・・。



「って、なったけど、やっぱりあたしにはあいつが何を考えてるんだかさっぱりだわ。」


 そう彼女は、テンジョウとのあらすじを振り返るように語った。語り始めた時とそう変わらず、彼女の顔色はやはり腑に落ちないといった表情で腕を組む。あの男もまた何を考えているのかと妙に掴みどころの無い人物だ。ましてや大手一流大企業の重鎮を担う役職者。凡人である僕らには、彼の考えている事など、想像の範疇を既に超えた存在である。

 世の中には二つの考え方に分かれると云う話がある。ひたすら与えられた計算式を解き続けるのを好む者と。サイコロをハサミで切り、それがどんな形で開かれるのかを考えながら解くのを好む者。話を聞く限り、彼は恐らく後者に当たるだろう。それが凡人には出来ない想像力に長けた経営者の素質。だから凡人の一人である僕もまた、口を揃えて彼らに対してこう呟く。


「上の考えはよく分からんですもんねぇ。」


 僕は思わず彼女に倣って、腕を組みながら知り得たばかりの天井を見上げた。質素で無機質な、何の為のものか良く分からないパイプが剥き出しになった天井は迷路のように入り組んでいる。当然、僕の望んだ答えは現れる事も無く沈黙で返された。


「それでもあいつのお陰でこの施設が成り立ってるんだから、彼の支援に助かっている事に変わりはないわ。」


 そんな結果論で建てられたこの施設に対し、彼女は少し複雑そうな表情で溜め息を吐き溢す。ただレタに興味を持っただけで、例え寄付という形でもこれだけの大金を彼女らに対し即決で支援するだろうか。ゆくゆくはここで拾った孤児たちを大和コンツェルンの従業員として引き取る手筈だが、本当にたったそれだけだろうか。きっとこの件もまた、何かしらの意図があるのかも知れない。しかしそもそもの疑問点に戻る訳だが、何故彼なのだろう。

彼女はどう云う経緯で大和テンジョウを選んだのだろうか。一拍のブレスを吐いた後に、僕は再び訊く事にした。


「けど、どんな風の吹き回しで彼と接触したんですか?」


「それこそ風の噂よ。彼が一番、人間社会に溶け込んでいる妖怪である事。尚且つ、羽振りが良くて資金調達するにしても頭が切れる者といったら彼ぐらいしか居ないわ。」


 彼女は僕の質問に対して、間髪入れずにそう返した。当然だが、彼女の保護活動は人間相手に商談出来る物ではない。かといって辺境の妖怪では資金調達は皆無に等しい。保護施設を人里離れた地で行う場合、保護した孤児たちを現代社会で自立させるのも困難。それに物資の調達も行き届くまでに時間も要する事になる。だから敢えてこの人が住まう市内で用意する必要がある。そうなると人間社会に溶け込んだ妖怪であり、資金調達の出来る優れた人物となればあの男に相談するのが最も効率的だ。とはいえ相手は一流企業の重鎮であり、御曹司。そんな多忙と云える人物にどうやって接触出来たのだろう。

 事前にアポイントを入れても取り持ってくれるかも怪しいだろうし、いや彼女の事だ。あまり想像はしたく無いけれど、まさかアポなしで受付に申し出たんじゃないよな・・・。何となく彼女ならやりかねないんじゃないんだろうかと脳裏に浮かべながら、僕は恐る恐る彼女に訊いた。


「・・・でも、どうやって?」


「直接、彼の会社に乗り込んで直談判してやったわ。」


「何というか、無鉄砲というか行動がアグレッシブですよね。」


 思い出し笑いでもするかのように、彼女は白い歯を見せながらそう返してきた。案の定と云うべきか、ある意味僕の想像通りの行動で彼女は直接テンジョウの元へ乗り込んだと云うのだ。少なくとも僕にはそんな真似は出来ない。僕なら仮に思い至っても、ものの数分で没案に捨てられてしまう事だろう。けれど彼女は違う。彼女にとってはその無鉄砲さもアグレッシブさも標準的な水準値に過ぎない。何故なら、彼女は少し引き気味にリアクションを取った僕に対して不思議そうに首を傾げているのだ。


「そうかしら?何かをしたいって思ったらさ、そう思った時には直感に任せるべきなのよ。」


「インスピレーションってヤツですか?」


 まさにそれは直感やひらめき。どっしりと構え、じっくりと考え練った代物ではない。それはある種の霊的な啓示のように突発的なアイデアが思い浮かび、脳内に電流が走り回るような感覚。けれど彼女は否定を露わにしながら、首を横に振るう。


「そうね、でもどちらかと云えばそんなカッコイイ言葉じゃないわ。」


「強いて云うなら?」


 彼女は見慣れた天井を淡く凝らしながら、少しだけ「うーん。」と唸りながら人差し指を右頬に添える。ピンと一つのひらめきが降りてきたのか、開いた瞼の先にはガラス玉のように輝く瞳を丸くさせていた。


「・・・女の勘って事にしておくわ!」


 それは酷く曖昧で一見深みの無い薄っぺらな一言。それでも僕は、何故だかこの瞬間は納得してしまった。彼女の言葉に深い意味も根拠も無い。眉を上げ、朗らかに笑って見せた彼女の表情に裏も表も一体となっているようだった。そんな彼女の姿を見て、ある意味でいつも通りと云うべきか。僕は彼女に流されるままに頷いてしまったのだ。彼女のような直感というやつは、時に頼らなければならない瞬間があるのかも知れない。どうしても後退りをして周りを見たがり、俯瞰的な考えを持つ僕には持ち合わせていないもの。それがどうにも眩しく見えた。キラキラと陽の光に乱反射する流水のように、はたまた僅かな光に彩りを与える氷のように輝いて見えてしまう。真っ直ぐな瞳で自分の直感を信じる彼女の姿は、一種の憧れのように見えたのかも知れない。

 だから、僕は頷いたのか。何かに圧倒されたとかプレッシャーに負けた訳では無い。その真っ直ぐさに見惚れていたのかと、錯覚をさえ引き起こす。そんなレタは一頻りの会話を終えた中で、両腕を高く上げながら背筋を大きく伸ばしていた。猫のような「うーん。」と気の抜けた呻き声を上げながら、デトックスのように体内の毒素でも吐き出している。チラリとこちらに視線を向けたレタ。しかし、視線は合わない。僕よりももう少し遠くの位置を見ているようだった。


「それじゃジェニー、キー持って行くわよ?」


 どうやら声を掛け視線を送っていたのは、僕のすぐ後ろに居たジェニーと名乗るケットシーのようだ。そのまま打ちっぱなしのコンクリートの壁へ向かう。その先にあるのは壁にズラリと並べられた数種類の鍵。レタはその内の一つであるサンタのキーホルダーが付けられたキーを一つ手に取り、ジェニーへと見せびらかす。


「あ、そっちは今無いよ。」


「えー!何でよ⁉︎」


 ジェニーは、豆粒でも投げ捨てるように淡々と言葉を返した。その返答にレタは片腕が外れるように肩を落とし、眉を歪ませながら一瞬にしてご機嫌斜めを露わにしていた。


「我慢してよ、いつものやつ車検出してる最中なんだよ。」


「じゃあ、あのバンしかないじゃん!」


 叩き付けられた現実に余程不満があるのか、彼女は子供のように膨れっ面を見せていた。宛らいつも使っているコーヒーカップを無断で使われたような、実に不服そうな眼差しでジェニーを睨み付ける。


「車検は出してるんだ・・・。」


「当たり前じゃん、ちゃんと出さないとこの国は特に煩いんだから。」


 ジェニーはさも当然かのように右手を腰に当てながらそう答える。何というか律儀というか、結構そういうところは真面目に管理している方なんだなとその意外性に僕は驚いた。てっきり彼らのような世間に見えない組織は、映画なんかのイメージのせいでアナーキーさがあるのではと先入観はあった。意外としっかりしているんだな、と同時に関心すら覚えるくらいだ。

 さて、話を戻して一方のレタはどうだろうか。すっかり肩を落とし、カーテンを開けた時に土砂降りの雨を目の当たりにしたような酷くがっかりしている様子だ。口から魂が抜け出しているかのように、パイプまみれの天井を見上げながらその場でしゃがみ込む。


「はぁー、テンションガタ落ちだわー。じゃあイサムくん、運転出来る?」


「え、あ・・・、はい。い・・・、一応は・・・。」


 よっぽど今車検に出している車がお気に入りなのか、運転を僕にお願いしようとする始末である。歯切れ悪く返事はしたけれど、一応は僕だって立派な免許がある。それに、この間だってちゃんと運転は出来たのだ。忘れもしない河童の騒動の時に、何時間もキッチンカーで走らせたのだ。それなりの自信は付いている筈だ。


「んーーー!んー‼︎」


「な、なんだよチップ。」


 すると僕の傍らに居たチップが僕の服を掴みながら、高速で首を横に何度も振るう。無言でここ一番の拒絶を露わにし、紅く滲ませた片目で幼女は必死な思いで懇願しているようだった。そんなチップに対して僕はサムズアップで返してみるが、その幻滅した眼差しは変わる事は無かった。むしろ雲行きは更に悪化するように、どんよりとした鈍色(にびいろ)の、青冷めた顔を見せている。こいつに何を云っても無駄だとは判断したのか、チップはすたすたとレタの方へと駆け寄った。


「ねーちゃん、悪い事は云わねぇ。こいつだけには運転させるな。」


 そう云いながら、僕に無機質な槍でも突き刺すように指を差す。おい、チップ。本人、ここに居るからな?そういうのは、本人の居ないところで話すもんだぞ。なんでって、傷付くからだ!


「どうして?男の子でしょ?まさかレディに運転させる気?」


 当然、首を傾げながら不思議がるレタ。それでもチップの懇願は意地でも貫き通したいのか、ついには地団駄を踏みながら語気を強める。


「こいつに運転させるくらいなら、癪だが神に祈ってでも俺は二度と乗りたくねぇ!」


「おい、本人ここに居るぞ?」


「だから、ねーちゃんが運転してくれよ!」


「地味に傷付くから、本人の居ないところで云ってー!」


 そんなに嫌か?そんなに僕の運転が嫌か?少なくともあの社長よりは、酷く荒い運転じゃないと思うけど・・・。まぁ、こいつの場合それが良い所でもあるか。変に忖度をはかろうとせず、自分の気持ちをストレートに吐く。確かに中途半端な配慮を貰うくらいなら、いっそそう云われた方が清々しいのかも知れない。幼女の懇願を聞き入れたのか、両手を頭の後ろに添えていたソーアが面倒臭そうに溜め息を吐き溢していた。


「だとよ、レタ。てか、この中でまともに運転出来るのレタくらいじゃん?」


「そ、仕方ないわ。じゃあとりあえず・・・、出発しましょうかね。」


 腹を括ったのか、レタは漸く立ち上がり壁に掛けられていたキーを取り出す。サンタのキーホルダーのすぐ隣に置かれていたデフォルメされた猪のキーホルダーが付けられたキー。そのキーを取り出すところまでやはり不服そうだったが、気持ちを切り替えたのか重くなっていた肩を鳴らす。キーホルダーの輪に人差し指を通し、キーと猪をくるくると回転させながら無機質なエレベーターへと歩き始める。その後を追いかけるように狛犬の兄妹も付いていく。一方のチップは、運転が僕からレタに変わった事で安堵を溢していた。下から押し上げるようにガッツポーズを決め付け、希望校に入選したような喜びを見せ付ける。


「おし!ところでイサム!」


「どうした?」


「ホゴカツドウってなんだ?」


 ただし、こいつのオツムは見た目通りのクオリティである。そういえば僕らが話している間、鼻ほじりながら天井見上げてたもんなこいつは・・・。僕はレタたちに合わせるように本日何度目かの溜め息を溢す。こういう大事な話くらい要点だけでも聞いて欲しいものだ。移動中にもう一回説明してやるとチップに云い残し、僕らはレタたちの跡を追いかけた。彼ら“ヤドリ”が行う保護活動とやらに飛び入り参加する為に。

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