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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 雨やどり編

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45地下施設へおまかせを

「そ、保護活動は保護活動よ。」


「いや、全然それじゃ分かんないですよ!」


 さて、喫茶店の奥へと案内され無機質なエレベーターで運ばれた先は彼らのアジト。“ヤドリ”と呼ばれる活動団体の棲家に連れて来られたわけだ。レタを筆頭に、構成員はどうやら全て“ギフト”。それもどのクルーに目をやっても一癖も二癖もありそうな、良く云えば個性豊かというべきか。まるで何かの養成所に押し込められた気分だ。自虐的なドラキュラ、プライドが高そうなケットシー。どこか喧嘩っ早い狛犬に、常にオドオドしているその妹。それらを束ねる自由奔放でマイペースな雪女。劇団を始めるなら充分なキャラ構成だが、彼らが行なっている活動内容をピックアップするとそれまた意外な物である。

 保護活動。彼女がそうざっくばらんにその冷え切った唇が発する。確かに、ボランティアという括りでは代表的な物だろう。しかし、何を?まさか被災地支援とかやっているのだろうか?まぁそれはそれで、心温まる立派な活動ではあるけれど。彼女のざっくばらんな回答により、頭の回転が悪い幼女は茫然自失した表情を浮かべながら立ち竦んでいるのだ。あまりの静止っぷりに、この悪魔だけ二次元に取り残されたみたいだ。幼女に彩りを加えるのは、もう少し後にしよう。何せ、当の僕自身がまだ理解が追い付いていないのだ。すると、この場の空気を読んだのかティミッドが咳払いを始める。やれやれ、と半ば呆れ混じりの溜め息を出したところで、彼は口髭を揺らしながら口を開く。


「吾輩達は、逸れてしまった妖怪や悪魔の孤児達を匿って支援してるのですぞ。」


「そ。あたし達は何かしらの理由で、孤児になっちゃった子達を支援したり保護したりしているのが主な活動内容。」


「レタ殿、それ・・・。今、吾輩が云った内容と同じですぞ。」


「あら?リピートは大事よ?その方がパッと頭に入るじゃない。」


「ハッハッハー、流石の二枚舌ですなぁ!このティミッド、してやられたりぃ‼︎」


 何だこのわざとらしい漫才は・・・、まぁ、けれど。彼のお陰で何となくの概要は掴めた。まだ概要だけだけど。詰まるところ、孤児になった“ギフト”を保護するのが彼らの役目。支援という事は何かしらの補給も担っているのか。衣食住の生きていく為に欠かせない何かしらの支援を。孤児となった“ギフト”たちへ手を差し伸べているのか。


「彼もその一人。ここに今居る彼らだって、あたしを含めて元は孤児だった訳。まぁ、あたしの場合はちょっと別だけど。」


 広げた掌を胸に当てながら彼女はそう言葉を加えた。そういえば彼女も確か独り身だったと聞く。確か、嫌気が差して自分の故郷である里から抜け出したとか。彼女の云う通り、そういう意味ではちょっと状況が違うのかも知れない。彼女は自ら里から離れ、自分で選んだ道。

 しかし、孤児はまた別物だ。状況もあるだろうが、望んで孤児を選んだ訳ではないだろう。ある日突然、生まれた故郷や完成された生活環境が無くなってしまった子供・・・。ん?子供?未成年・・・。レタさんも含めてあの狛犬の兄弟やヘッドホンを首にかけているケットシーもまだ分かる。けど、この人は・・・。この自虐的なドラキュラは、どう見ても三十代後半くらいの風貌じゃないか。格好も喋り方もその口髭も、とてもじゃないけど未成年には全く見えない・・・。


「ちょっと待ってください。孤児って確か、両親の居ない未成年の事を指すじゃないですか。ティミッドさん、明らかに一番歳上のように見えますけど・・・!」


 僕は恐る恐る聞いた。流石に年齢の事を聞くのは野暮だろうか。失礼だと分かっていながらも、僕は気になって仕方なかったのだ。許せ、自分の変な好奇心よ。


「そうですな、吾輩今年で二百十になりますからぁ・・・、人間で云うところの大体二十歳くらいになりますな!」


 さも当然のようにさらりと受け答えをするティミッドさん。それどころか、何故そのような質問を?とでも云うように目が点となっている始末だ。え、じゃあ何か。彼は人間でいうところの二十歳くらいで、僕と一つ二つ程度しか変わらないくらいだって云いたいのか?くそ、これだから“ギフト”の見た目年齢詐欺というヤツは嫌なんだ。風貌が既に貫禄出過ぎてて、こちとら参るよ。もはや驚きを通り越して、言葉では表現出来ない空が落ちてきた気分だ。

 そんな最中、一人だけポカンと口を開けたまま一時停止していた幼女が漸くにして彩りを取り戻す。柄にも無く顎下に手を添えながら、ふと考え込む姿は逆に新鮮だ。さて、幼女の頭の中ではどんな構想が繰り広げられているのか。答えはしばし待つまでも無く、この季節の落ち葉のように(いと)も容易くはらりと口から落ちる。


「けど、なんだってこんな地下まで掘り下げたんだ?」


 チップの純粋な疑問は、不本意ながらも同意見だった。保護にしろ支援にしろ匿うにしたって、ここは地上からだいぶ離れている。何もここまで隠れるようにしなくても良いのでは?と純粋に思ってしまうのが自然の摂理では無いだろうか。ましてやレタに限っては、堂々と街を闊歩していたではないか。何故、わざわざこんな地下深くの場所を設けたのか。すると、彼女は両手を広げて視線をティミッド達一向へと誘導させる。


「君たちは彼らを見てどう思う?」


「まぁ、なんというか・・・、ぱっと見は、普通の人間のように見えますけど・・・。」


 そう彼ら“ヤドリ”と名乗る一行は、街行く人々に紛れても気付かない程に人に酷似している。確かに目を凝らせばティミッドの耳の長さは少し違和感を覚えるが、それ以外は気になる点は無い。強いて云えば“ギフト”特有の反応により、所謂霊感が強い者が気付けるかどうか。それぐらい、彼らは人に限りなく寄った姿をしている。しかし彼女は何故今更そんな事を聞くのだろう。僕の返答を耳にしたレタは、まぁそうでしょうとでも云うように既にその答えは知っていた素振りでリラックスしていた。彼女は演劇でも終えたかのように両腕をすとんと落とし、薄紅色の唇を開く。


「でも、その人の姿になるってのがまだ出来ない子だって中には居るのよ。そうね、君から見れば“化け物”当然なわけ。そんなのが街にフラフラしてたらパニックになっちゃうでしょ?」


「けど、だからってそのまま放置してしまうのも危険だから地下で匿っているって事ですか?」


「そう云う事。明らかに危険な場所に居続けてしまうのも良くない場合があるからね。でも、勘違いしないでね。別にあたし達は無理矢理って訳じゃないし、軟禁してる訳じゃ無いのよ。適切な食事と知識を与えて、この街で溶け込んで暮らせるように支援している。それがあたしたちの活動。」


 成程、だから大胆ながらもこの街の、この喫茶店の地下にこんなものを用意した訳か。保護活動という点もケースバイケースか。身寄りの無い者を保護するのは勿論だが、そのままその場から離れない者だって居る。その辺りの選択する権利があるのは、あくまで当人。レタの性格ぶりから見ても強制連行という訳では無いだろう。逆にそこが仮に被災地のような状況下であれば、ここまで保護し新天地でリスタート出来るように支援する。

 しかし、まだ少し不可思議なのはそれが人では無く“ギフト”に特化したものである事。コツメやレタも元々暮らしていた里があった事から、集団で暮らしていたのだろうというのは予想出来る。けれどそれが忽然として失われ、孤児になってしまうという点が中々イメージがつき難い。僕ら人間や野生動物とは違い、彼らは生命力も寿命も妖怪や悪魔ならではの個々の能力が備わっている。そんな彼ら“ギフト”が保護しなければならない状況とは、その原因は何だ・・・。一つ疑問が払拭される度に、その奥へ、その深みへと進む度にまた新たな疑問が浮かび上がっていく。

 もうこの際だ、ここまで乗っかった船でもある。疑問を溜め込む必要は無いだろう。それに彼女たちなら、包み隠さず話してくれる。ここまでの会話で何となくそう感じたからこそ、いっそ僕はそう思い立った。幾許かの恐る恐ると云った声色はありながらも、ゆっくりと右手を挙げた。


「その・・・、少し話を戻しますけど一つ良いですか?」


「どうぞ。」


 彼女は真顔で首を傾げた。そのまま手を差し伸べられ、発言許可の合図を貰う。


「孤児になる何かしらの理由って・・・?妖怪たちの孤児ってイマイチ、ピンと来なくて。」


 僕は腹の中に収めていた疑問点をそのまま吐き出した。それを聞いたところで、恐らく未然に防げるような簡単なものではない。どうしようも無くそれは止むを得ない事情でもあり、簡単に覆せるものではない。だから彼女たちは原因を突き止め、その要因となる理由を根絶させる道ではなく彼ら孤児を救う事に道を選んだのだろう。恐らくその憶測は遠からず正しい。何故ならレタの傍らに居た一部の仲間たちが血相を変えていたからだ。ケットシーのジェニーは溜め息を吐き、狛犬のソーアが酷く睨み付けている。まるで地雷でも踏ん付けてしまった気分だ。触れた逆鱗は静かに怒りを吐露し、空気を一変させる。後ろ髪を掻きながら、ジェニーはうんざりするような眼差しで口を開く。


「大体は、お宅ら人間が原因だよ。戦争、都市開発、森林伐採に環境破壊。その小さい脳みそでも記憶に残る事あるでしょ?そのせいで野生の動物が絶滅危惧になってるだとかさ。それって、僕ら妖怪や精霊、悪魔も同じな訳。」


 成程、それは一朝一夕で解決出来るような原因では無いな。僕ら人間が自分たちの生活だけを考えてきた結果が、こんなところに皺寄せが来ているとは・・・。目に見える生き物や海や森だけではない、普通の人では見えない“ギフト”たちにも影響を及ぼしていたんだ。


「以前と環境が変わってしまったから、住めなくなった“ギフト”も存在するって事ですか?」


「まぁ、もっとも・・・。最近の原因ってのは、それだけじゃあ無いけどね。」


 彼は皮肉混じりにそう呟いた。ジェニーは、こちらに目線を合わせようとはしない。いや、意図的に外しているのか。一瞬目が合ったと思いきや、直様彼の視線は風向きが変わったかのように素早く逸らしていた。


「別にあたしは、君達人間が過去に色んな過ちを犯した事をとやかく云う気は無いわ。全ての人間がそうだとは思ってないし、最近じゃあ少しでも自然環境を守ろうという意思もある訳だし。」


「けどここのところは、孤児が圧倒的に増加傾向であるのもこの国であり、特にこの街周辺でもあるんだよ。」


 彼はポケットに手を突っ込んだままそっぽを向き、ボソッと捨て台詞のように吐いた。この街周辺で孤児が増えている・・・?どう云う事だ、その一言が妙に引っ掛かる。それはまるでごく身近なところで起因となり、孤児が増えているような云い回しだった。僕にそれを気付かせようとしているのか。ジェニーの含みのある言葉は、頭の中で揺らいでいた。

 もしかして、人間だけが原因では無い?彼ら“ギフト”が白い目で矛先を向けるのは、人間に限ったものでは無い。いや、もっと云えば直接的なもの。それは灯台下暗しのように、見落としてしまっているものなのかも知れない。考え過ぎか、いやそうだろうか。けど、核心に迫るにはまだ早い気がする。もう少し彼らの話を聞いてからまとめよう。


「ジェニー。ごめんね、ここの子達さ。昔、色々あったのよ。」


 レタは彼の肩に手を添えながら、それ以上の台詞を抑止させた。眉を歪めた彼女は流石に空気が悪いと思ったのか、彼の代わりに片手を上げながらラフに謝ってきた。その刹那ジェニーもその空気に気付いたようで、目を軽く泳がせた後に溜まった(わだかま)りを溜め息にして吐き溢す。


「わかってるよレタ。ごめんね僕、口悪いみたいだからさ。あんまり悪く思わないでくれよ。あー、けどそこの犬っころには気を付けてね。」


「あ?誰が犬っころだ、オタク野郎!」


 そう突っかかってきたのは、狛犬のソーアだった。まだ幼な声が僅かに残る声色にドスを加えさせ、反らした眉が少年の目つきを鋭くさせる。しかしそんな怒りの炎を涼し気に受け止めたジェニーは両手を上げながら肩をすくみ、呆れた眼差しで少年へと向ける。


「自覚があって助かったよ。彼は特に人間を毛嫌ってるんだ、慣れるまでは距離を置いておいてね。」


「ふんっ!」


 彼は僕の為にそう云っているのだろうか。せめてそういう事は、本人が居ない所で話して欲しかったな。案の定、当の本人は腕を組みながらご機嫌斜めのようだ。苛立ちの鼻息は強く、風当たりは最悪だ。なんで直ぐこんな空気になるんだよ。どんだけこの二人、仲悪いんだ・・・。と、ふとレタを見るとこれまた静かに呆れている。せめて上手く止めてくれよ。どうするんだよ、この空気。というか、なんで招かれたこっちが空気読まなきゃならんのだ。結局、僕はどこに行っても立ち回りというかポジションは変わらないのだろうか。まぁ、良いか。無理に空気を戻す必要も無いだろうし、やるなら話題を少し変えて気を紛らすところから始めるか・・・。


「え、えっと・・・、それで保護活動に行くってのは?」


「そうね、ほらあそこ。大っきいモニターのところに赤いのが点々としているでしょ?」


 彼女が指を差したのは、ある意味一番目立つ物でもあった。この広い部屋の中央に設置された大画面モニターだ。彼女の云う通り、地図のようなものに赤く照らされた点があちこちに点在されている。すると先程まで歪み合っていたジェニーが僕の傍らへと近寄り、視線をモニターへと誘導するように手を添える。


「これは僕が作り出した特別性のネットワークでね。全国各地の孤児や災害があった際のアラートなんだよ。まだこの国にはこれだけの孤児が存在しているんだ。レタ、今日は近場なんだけどこのエリアに向かえるかな?」


「近場って・・・、ここ森じゃない!結構、距離もあるし。」


「文句云わないでくれよ。いつも通り、ナビは僕がするからさ。」


 彼がモニター上にポインターを当てると、英語で表記された住所が映し出された。このアジトからのルート、そして目的地の航空写真のような上空から映し出された写真付きだ。確かに彼の云う通り、このポイントが一番の近場ではある。あくまでこの中で比べるなら・・・だ。実際のところは、この一番近いポイントでも中々の距離がある。車で走らせても、ざっと一時間程の距離だろうか。うん、僕が運転した場合はプラス三十分と見積もった方が良いだろう。そして、その目的地には孤児となった“ギフト”が居る。その孤児を保護しに行くのが彼らの役目。一度は肩を撫で下ろした彼女だったが、その切り替えも早かった。シャキッと立ち直ったと思えば、両手を腰に当てながら周りを見渡し皆の顔を伺っている。


「わかったわ、とりあえずメンツだけど・・・。」


「あ、吾輩はパスで。」


 誰よりも早く勘付いたのは、自称ドラキュラと語るティミッド。目線の高さまで右手を挙げ、申し訳無さそうに眉を垂れ下げている。いや、むしろ吾輩は行きませんけど?と云った表情だ。さも当然のような眼差しで、にっこりとレタへ返す。


「なんでよ。」


「生憎今は真っ昼間。紫外線は身体に毒ですので!はっはっはー!」


「そうだったわね。じゃあ、ソーアとシウン。行けるかしら?」


「えっ?オレも?」


「あたしも行くから云ってんの!早く支度して!」


 そう云うと彼女は、開けていたミリタリージャケットのファスナーを上げる。自分が選定されたのが意外だったのか、鳩に豆鉄炮を食らったような顔に指を向けていた。いそいそと準備を進めるレタを眺めながら、ふと少年は気が付く。それは何と無く、僕も予想していた事だった。


「まさかだけど、そいつらも一緒に行くんじゃねーんだろうな?」


 実に不満気な態度で投げた彼の質問は、「当たり前じゃない。」とさも当然な模範解答で返される。あ、やっぱり僕らも行くのか。ただ、彼女たちが何をしているかを知りたかっただけなんだけどな。ほら、見てみろ。例に紛れず、ソーアと名乗るこの狛犬は「うげー。」とでも云うような顔でこちらを見ているではないか。不服というか嫌悪感が滲み出る眼差しで舌を出す姿は、まさにストレスそのものを口にしているみたいだ。その露骨な態度に反応し始めたのもまた一人。そう云うまでも無いだろう、うちのバディでありバカな幼女のお出ましだ。


「んだよ、ガキ。文句あんのかよ?」


「あー?んだよチンチクリン!ちゃんと出来んのかよ?」


「あああ、わわ。ににに兄さん!ケンカ駄目だよ!」


 お互いポケットに手を突っ込みながら、啀み合い始める。宛らその光景は、肩がぶつかった事で勃発したイキリ始めの中学生たちの喧嘩のようだった。ソーアの直ぐ後ろには、その喧嘩を必死に止めようと慌て始める少年の妹シウン。パーカーの裾を摘みながら止めようとするが、燃え始めた炎はそれでは消し止まる素振りは無い。互いの炎が燃え始め、どんどんと大きくなる火の粉。啀み合いながらも近付き、ついには互いの額を擦り付けている。


「悪魔舐めんじゃねぇよ、ツンツン野郎!」


「んだとコラ、てめえドコ中だオラ?」


「学校行った事ねーよ、バーカ!」


 なんだこれ、どこのヤンキーギャグ漫画だ。炎を沸るようにドスを効かせようとはするが、声色はまだ中学生。そこにはまだ覇気を与えるには少し早く、収穫する程実っていない青い果実と同様である。早過ぎたヤンキーの卵たちが啀み合う中、やれやれと僕とレタは同じリアクションをしていた。額を手に当てながら呆れ混じりの溜め息を吐き溢した後に、ほぼ同タイミングで僕らは大人の制裁を加える。


ーゴッ。


「こら、ソーア!いちいち突っかからないの。」


「お前もいちいちメンチ切るなよ。」


 僕とレタは互いのお粗末なメンバーに対し、脳天目掛けて拳骨をお見舞いさせる。二人とも手応えがあったのか、割れた頭を戻すかのように涙目になりながらも悲痛を押し殺し頭を抑えていた。


「じゃ、とりあえずメンツは決まったわね。」


 手を腰に当てながら、彼女は改めて周りを見渡す。どうやらこれで、今回の保護活動に向けてのメンバーが決まったようだ。メンツは、レタ・ソーア・シウン・チップ、そして僕。・・・ん?あれ、僕行くって云ったけか。一言もそんな素振りも云った覚えは無いんだけれど。顎下に手を添えながら、思い返すがやっぱり云った覚えは無い。


「・・・ん?ちょっと待って下さい。僕も行く流れになってません?」


「だって、知りたいって云ったの君でしょ?本来ならまぁ、人間である君は危険だから現場には来ない方が良いんだけど。」


「ですよね!じゃあ、大人しく見てますよ。」


「今回はバディくんも居るし、あたしも面倒見るから安心しなよ。」


「やっぱり行く流れになってません⁉︎」


 どうやら彼女の中では、既に云わずとも僕が今回の保護活動に向かうメンバーとして加わっていたようだ。どことなく感じた事のあるこの既視感のせいで、一つの考えに辿り着いてしまう。恐らく彼女に今更何を云っても、考えを曲げる事は無いのだろうと。仕方無い、ここは素直に従おう。どの道、遅かれ早かれで彼女と行動を共にする事になったのだ。これも良い機会なのだとプラスに捉えておこう。しかし、そんな最中(さなか)で一度静寂となった戦場は目を離す隙に再び勃発し始める。


「ちっ、精々足手まといにはなるんじゃねーぞ?眼帯ヤロー。」


「どっちがだウスラトンカチ!」


「うるせーよ、鳥野郎。カラッと揚がるまで油風呂に突っ込むぞ?」


「上等だオラ!どっちが先に仔犬みたいにキャンキャン鳴くかなぁ、ああ?!」


 そういえば聞いた事がある。喧嘩をする者たちは、同じレベルの者同士にしか起きえないのだと。もしその言葉が正しいのなら、チップ然りこのソーアと名乗る狛犬もまたその類いと云う訳か。全く手間のかかるバディを持ったものだ僕も。ふと目線を切り替えると、レタと目が合う。そのままアイコンタクトを取り、互いに頷く。まぁ、もう一度制裁を加えるなら、今このタイミングであろうと。僕らは一斉に振りかぶり、先程痛め付けた脳天目掛けて勢い良く手刀を落としてやった。


『こら。』


『うげっ。』


 同時に落としたその手刀により、チップとソーアの悲痛はシンクロするように重なり声が揃う。そうして互いのバディに振り向き、なんとも不服そうな目で睨み付けている。「だってこいつが!」と指を差す姿は、中学生から更に精神年齢を下げた小学生の喧嘩の後始末とそう変わりない。しかしそんな子供の我が儘などまかり通る訳も無く、制裁からの無言の威圧は幼女らを黙らせるには充分だった。

 さて、ここまでの話を少し振り返る中で気になる事がある。彼女らが行なっている“ボランティア”。もとい保護活動だと示すものには慈善とはいえ、切っても切り離せない問題がある。その一つが資金巡りだ。ボランティアだって当然、金は掛かる。国が公認したボランティアという訳じゃないだろうから、国からの支援は皆無。とはいえ、さっきの喫茶店の売り上げだけで賄えるようなものでも無いだろう。お世辞にも繁盛していると云うよりは、どちらかと云えば儲けると云うより喫茶店をやりたくてやっているの方が正しい。簡易的とはいえ、地下を備える程の設備だって費用が掛かる筈だ。その資源は一体どこからだ、という自ずと生まれる疑問。

 これを訊いて、どこまで彼女は口を開いてくれるだろうか。いやしかし、彼女は案外気にしないのかも知れない。隠し事は嫌いだと自負していた訳だし、案外率直に訊くのもこの際有りか。


「でも、いくらボランティアって云ったってそれなりにお金掛かりますよね?」


「まぁね、ここのエレベーターの予算が下りなかったくらいだし。」


「じゃあ尚の事、あの喫茶店で資金調達をどうこう出来る訳じゃ・・・。」


「そうね、だから寄付して貰ってるのよ。あたしたちは・・・。」


 やはり予想通りだった。彼女は一切の抵抗どころか、口をつぐむ事無くあっさりと答えた。彼女らは何かしらの支援をして貰っている。まぁ、そうだろう。そうでなければ、これだけの設備を整える事は出来ない。問題はそれが誰かと云う話。こんな“ギフト”絡みで支援するような物好きなんて、そう多くは居るようには思えない。模型屋の店長?いや、あそこは違うだろう。確かにレタをもてはやしては居たが、恐らく彼らはレタを人間だと思っている。一度サラッと目にした程度だが、寄付するような柄には見えない。となると便箋小町・・・?いや、もっと無い。仮にも短い期間だとは云え、僕も勤めていた訳だ。あそこの内部事情や資金がどれだけ雀の涙かはよく知っている。自分のクーラーすら買えない事務所なのだ。一銭たりともどこかに寄付するような資金も無いし。あの女社長の性格上、仮に資金があっても寄付なんてしないだろう。自分の趣味と経営に精一杯なのだから。

するとどうだ、どこの誰がここへ寄付をしているのだろう。


「・・・誰からですか?」


 そう僕が聞き返すと、彼女はクスリと笑みを浮かべた。まるでその質問を待っていたと云わんばかりに。組んでいた腕を開き、僕に向けて手を差し伸ばす。


「あら、君も知ってる人だと思うわよ?とある羽振りの良い坊っちゃんって云えば伝わるかしら?」


 僕の知っている?羽振りの良い?そんな人、僕の周りに居たか。そう脳裏に置いていた記憶を遡り、何周も何周も呼び起こす。そんな金持ちなんて相当限られる筈。僕が知っている人物で、それでいて“ギフト”に精通する者・・・。

 あれ、そう云えば居たぞ。確か河童騒動の時に現れた、やけに羽振りの良い御曹司が。確か名前は・・・、あの会社のとこの・・・。あ、そうだ思い出した。あの一流大企業の一つで、僕ら庶民とでは天地の経済力を持つあの人。


「・・・あ、まさか大和(ダイワ)コンツェルンの?」


「そ。そのまさか。大和コンツェルンの御曹司である、大和テンジョウくんね。」


 差し伸ばした掌を閉じ、代わりに人差し指を立てながらその御名答に灯りを点けた。


「けどあの人って利益しか考えてないように見えますけど、意外ですね。」


 まさかとは思ったが改めて一周回せば、意外な人物の名前にヒットし驚く。確かに彼の資金力であれば、可能そうではある。けれど、どうして彼がレタの活動に関与しているんだ?彼の思考はまさに利益の湯水を探す事。無駄な投資はしないだろうし、義理人情で動く人物では無い気がする。そもそも彼女とあの御曹司にコンタクトがあった事自体に意外性がブレンドされている。


「まぁ、私も最初はそうだったわ。」


 そう云うと彼女は伸ばしていた人差し指を顎下に当てながら、ゆっくりと視線を宙へと当てた。レタはそのまま、その時あった話を思い出しながらページを捲り始める。何故かそんな彼女の表情は未だ解せないというか、妙に腑に落ちていないようにも見えた。そんな細い渦を巻いていた彼女は、しかめっ面で薄紅色の唇を開いた。

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