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便箋小町  作者: 藤光一
第二章 雨やどり編

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43/57

43とある看板娘へおまかせを

あなたは 灰を蹴った


井戸の中を覗き込むように 窓の傍らには金木犀が寄り添う


月よりも赤く 二度目の甘い香りの花は ふと顔を上げてしまう

私はそれを愛おしく思っているのだろうか それとも嘆いているのだろうか


素直では無いのは あの月に問いかける言葉と同じ

だからあなたに倣って 私も灰を蹴った


いつか 舞った灰が月の一部になるのならと思いながら







 チップと再会した次の日。僕はもう一度、あの店に立ち寄ろうとしていた。木目調の外壁を施した不思議な喫茶店。入り口のドアには、雲から溢れる雫がコーヒーカップに注がれる一枚の絵。一筆書きで描かれたロゴマーク。“喫茶雨やどり”。相変わらず、ドアノブに貼られている但し書きが奇妙だ。どなたもどうかお入りください、なんて今時怪しくて逆に客足が引いてしまうんじゃないだろうか。当然一緒に同伴したチップもこの但し書きを見て、理解に追い付かず首を傾げていた。

 「イサム、これどういう意味だ?」なんて訊いてきたが、僕ではなく詳しくは担当者に聞いてくれ。僕が今知りたいのは、そんな事じゃない。今回、用があるのはこの店で働くとある“ギフト”。雪女だと自称するこの店の看板娘、レタだ。まさか連日訪れる事になるとは思いもしなかった訳だが。ここまで彼女が僕に導いてくれたというのもあるが、彼女なら何か知っているかも知れない。そんな淡い期待が脳裏に過ぎり、僕らはここまでふらりと立ち寄ってしまった訳だ。終始チップはこの喫茶店の事をずっと怪しんでいた。もはやこの幼女は、フラットでダウナーなジト目で店を凝視する。

 幽霊屋敷にでも肝試しする前の引きつった表情をしていたが、「お前も知っている人が居る。」と話すと内心ホッとしていた。悪魔のくせに、こういうのは警戒するんだな。いや、むしろ悪魔だからこそ警戒するのかも知れないな。この幼女は肩書は悪魔でも今となっては、その能力が本来の力よりも劣ってしまっている。ましてやあの女社長が居ない今は、満足に力を解放出来ず全力を出せる訳ではない。そんな意味で警戒しているのかも知れない。特に“ギフト”絡みとなっては、チップも無意識でも緊張してしまうのだろう。だから、僕は少しだけ緊張(ほぐ)した。見知らぬ所に入る時に知っている者が居ると、思いの外安心する事を人見知りな僕は知っていたからだ。一呼吸を置きドアノブを捻り、少し厚めなドアは想像よりも物静かに開かれる。


「いらっしゃいま・・・、あら。今日は君も来たのね。」


 店に入るとすぐ手前のテーブル席で掃除をしているレタが居た。まだ開店して間もないのか、店内には他の客は居なくガランと静寂を気取っていた。それでもコーヒーの香りが仄かに漂っている。喫茶店ならではの、決してその空気を邪魔させないその香りは芳醇というべきか。焙煎されたコーヒー豆から漂うその香りは、どこか心をほっと落ち着かせてしまう。正直、コーヒーの事に関しては全くの無知に近いが、無知ながらにそんじょそこらのチェーン喫茶店では真似出来ない。誰でも作れるようなマニュアルではなく、マスター自らが特別な拘りを持って生まれた香りに違いない。前回は目の前の彼女にその美味しいであろうコーヒーを口にする事が出来なかったのが少し心残りだった。掃除している手前、一瞬気付かなかったのかお出迎えの挨拶をし終える直前で漸く僕らに気付き、ほんの少し目を丸める。僕との目線が合ったと思えば、視線を直ぐ下げチップの存在に気付きニコッと微笑みを見せていた。


「お!あん時のねーちゃんじゃん!」


 チップにとってもまだ記憶に新しかったのか、爛々と真紅の目を輝かせ彼女に勢い良く指を差す。野原を駆け巡るような弾んだ驚きと共に、最初は疑い深かったチップだったがガラリと一変していた。そう模型屋でエアガンを選んでくれた本人再登場な訳だ。前回と違うのは格好だけである。アウトドア感溢れる活発なミリタリージャケットではなく、質素な半袖の白シャツにライトブラウンのエプロンを羽織っている。灰色のアップポニーテールはダークグレイのキャスケット帽に包まれている事以外、彼女に変わりない。チップに指を差された彼女は両膝に手を当てながら身を屈め、幼女と同じ目線に立つ。


「うん、エアガン買ってた子だね。どう、調子は?」


「おう!バッチリだぜ。ねーちゃん選んでくれた奴、スゲー使いやすくてシックリ来てるぜ!」


 互いにサムズアップを掲げ、両者は笑顔を交わす。この二人は妙に波長が合うのか、どこか微笑ましさすら感じてしまった。チップもまさかここで再会するとは思っていなかったのか、喜びと共に幼女なりの感謝を返す。それは良かったわ、と一頻りの談笑を交わした後に彼女は身を屈めるのを止め、こちらへと振り向く。


「で、君もまた来たんだね。」


「まぁ、気になる事がありまして。」


 さっきの笑顔とはまた少し違い、彼女の表情は迷える子羊の懺悔を聴くシスターのようだった。ここが教会なら指をこう交差するべきか。なんてどこかで見た既視感を覚えさせながらも、彼女と目線が合う。そのまま舐めるように視線は上から下へと、腕を組みながら凝視したと思えば呆れた表情で溜め息を吐き溢す。


「まぁ、良いけど。というか君、もう少し服装のセンスどうにかならないの?」


「やっぱ、ダセーよなぁ。」


『ねー。』


 おい、そこ。変なところでシンクロしない!そんなダサいか、どれがダサいんだ。このダッフルコートか?それともこのジーンズか?確かにジーンズは安物だけど、このコート高かったんだよ。結構背伸びして買ったのに・・・。というかダサいっていうなら具体的な改善案を教えてくれよ!なんで誰も教えてくれないんだよ!なんてそんな言葉は心の中に広がるホールだけに響き渡り、口から吐き出す事は無かった。むしろそこまで云われると妙に恥ずかしさが増し、耳の裏が熱くなりしゅんと俯く自分の姿があった。


「今度、服選んであげようか?」


「ねーちゃん、それが良い!こいつにセンスって奴を教えてやってくれよ。」


「もう、センス無いのは知ってますから!それはまた今度、別日でお願いします!」


 人を小馬鹿にするようなニタニタとした企みを交えた眼差しでこちらを覗く二人。特にムカつくのは、ウププと笑いを隠し切れずに口に手を当てているこの悪魔だ。なんだその笑い方は。こいつは後でぶん殴る。右ストレートでぶっ飛ばす、真っすぐいってぶっ飛ばす。心を読まれずとも伝わるくらいの思念を飛ばしながら、僕は幼女を睨みつけていた。そんな思念は何のその。幼女はケロッとした顔で再びレタに指を差す。


「おい、イサム。そういえばこのねーちゃん名前なんて云うんだ?」


「彼女はレタ。」


「俺はチップだ!あん時はあんがとな、ねーちゃん!」


「ご紹介どうも、イサムくん。で・・・、今日はどんな暇潰しかしら?」


 ここに来て漸く互いの自己紹介を終えたところで、彼女は漸く一つの問いを提示した。暇潰しって人聞きの悪い・・・。今日はちゃんと用があって来たのだ。確かに、事前にアポを取らなかったのは悪かったけど。


「別に暇な訳じゃないですよ。」


 僕は大人気なくも少しムッとして言葉を返した。先程のフラストレーションが溜まっていた為か、顔色に合わせてホロリと語気が少し強まっていた。すると腹を抱えながらケタケタと笑い出したチップは指を差し始める。


「嘘付け、今お前働いていねーじゃん!」


「黙れチップ。」


「あだだだだ、コメカミに入ってる!入ってます‼︎スゲーめり込んで、スゲー痛ぇーです‼︎やめ・・・、やめやめろぉぉぉぉぉおおお‼︎どうしてそこばっかり叱咤に狙うんだよ!」


 その言葉にぷつんと我慢の緒が切れたのか、言葉と共に自然と身体が動いたと思った頃には僕はチップの顔面を掴んでいた。幼女の視界を塞ぐように右手を大きく開き、こめかみまでしっかりと握り込む渾身のアイアンクロー。不思議とこいつの顔面は僕の右手に丁度フィットしていて、これでもかと云うくらい掴みやすい。親指と小指が丁度良い位置にチップのこめかみがあり、適度な力でもギリギリとガッチリ掴む事が出来るのだ。ある意味こいつの弱点を知った僕は、その懺悔を払い除け、叱咤に抑え込む事にした。


「じゃあ、注文は要らないかしら?」


 幼女の断末魔にも近い悲鳴にそっと添えるようにレタが会話を切ってきた。彼女の言葉に手の力が緩み、自然とガッチリと決まっていたアイアンクローを手放す。そんな横目でチップは、ヒィヒィと涙目を浮かべながら両手でこめかみ付近を摩っていた。


「・・・ねーちゃん、コーラある?シュ、シュワシュワがガンガンに効いているヤツ!」


「バディくん。ここ、喫茶店よ?ま、良いけど。」


「僕はアメリカーノで。あ・・・、砂糖は入りませんからね!」


 チップはまだ痛いのか涙目ながら、蝋燭が消えそうな震えた声で注文を返す。僕もどうせならと思い、釣られるようにオーダーした。ノンシュガーで。この前みたいにドボドボと砂糖をふんだんに入れられたら溜まったもんじゃない。どうせ注文するなら事細く注文しないと、彼女には危険だ。何をされるかわかったもんじゃないのだから。そんな彼女は右手を腰に当て、やれやれといった具合の半ば呆れた表情で僅かに笑みを溢す。


「注文が多い客だ事。まぁ、良いわ。マスター、お願い出来るかしら?」


「かしこまりました。」


 彼女がそう明後日の方向に目を向けたと思えば、直ぐ彼女の傍らであの長身の男性店員が既に立っていた。注文を受けた彼女以外、僕らに気付かれる事も無く、あたかも初めからそこに居たかのようにスッと佇んでいたのだ。レタは彼の存在に慣れているのか、いつの間にやら佇むこの長身の男性に対しては驚きもしない。二メートル近くあるこの無愛想な店員が、どうやらここのマスターのようだ。必要な事以外は無口を貫き通す。そんなマスターが目を瞑ったまま浅い会釈をしていた。


「うぉ⁉︎びっくりしたぁ!いつの間に・・・ってかデケェなおいマスター!」


 チップは突然現れたマスターに二度驚く。忽然と姿を現した事とその長身さに。幼女は目を丸めながら自分の倍以上の身長を持つこの男性に、冷や汗を交えながら下から上へと何度も見上げていた。彼が無口なだけに圧迫というか妙な威圧さえ感じさせる。例に紛れず僕もギョッと密かに驚いている訳だが。どうやら幼女のリアクションに埋もれて、小さな悲鳴で済んだようだ。


「彼はアドレ。うちの喫茶店のマスターよ。って、もう居ないか。」


 レタが掌を翳し、マスターを自己紹介する頃にはやはりもう既に居なかった。辺りを見渡すと彼はキッチンにおり、オーダーを貰った飲み物の準備に取り掛かっていた。その常人離れした動きは錯覚どころか、脳の処理が追いつかない程だ。まるで目の前で瞬間移動しているみたいだ。視線誘導を用いたトランプマジックのような手品とは違う、れっきとした瞬間移動。雪女と自称するレタが居る店だ。何となくわかる、彼も恐らく“ギフト”なのだろう。


「ほんとだ、もうキッチンでコーヒー淹れてるし・・・。」


「なぁ、ねーちゃん。あんたもそうだけど、あいつもやっぱり“ギフト”か?」


 やはり腐っても悪魔か。こいつは一目見て直ぐに、この異様さに気付いていた。ただ、少し不思議に思ったのはチップの聞き方だった。疑うように眉を歪ませ詮索しているのとは違う。それはまるで、あなたのお仕事は何ですか?とでも聞くように、極ありふれた純粋なトーンで訊く。さも彼らが“ギフト”である事は前提であり、再確認でもするかのようだ。“ギフト”の野生的な本能が働いているのか?彼らが危険では無いという事に、こいつはどうやら直感的に肌で感じているのだろうか。それでも、あの動きは人の動きではない。日常的に見る人ではなく、非日常的に存在する人ならざる存在。詰まるところ、彼もまた“妖怪”と称するべきか。


「えぇ、そうよ悪魔くん。あたしはここの看板娘、雪女のレタ。彼はこの店のマスター、鎌鼬(かまいたち)のアドレ。君たちで云う“ギフト”であって、れっきとした妖怪よ。」


 自分で看板娘って云うか普通・・・。どんだけ自分に自信あるんだよ。確かに容姿は、申し分無く整っている。モデル雑誌なんかに飾られても違和感は無いだろう。垢抜けて、誰にでも気さくに話し掛けれるコミュ力。表情が豊かで容姿端麗と来たもんなら、もし彼女が学校のクラスメイトなら間違いなくクラスの中心に居ただろう。そう所謂、陽キャという奴だ。僕が最も距離を置きにくいタイプであり、トップレベルで絡みにくい人物像でもある。・・・の筈なのだが、どうにも彼女に対してはその嫌悪感が湧いてこない。それも彼女の個性の一つなのだろうか。しかし、何故こうもベラベラと自分たちの事を明かすんだ?自分の名前だって見知らぬ人に口を塞ぐ時代だぞ。


「隠す事はしないんですね。」


「あなた達と同じような境遇だからよ。」


 僕がボソッと返そうものなら、彼女は平然と間髪入れずに再びラリーを返す。彼女にとっては、何よそんな事。とでも思っているのか、半ば不思議そうに逆に訊き返して来たくらいだった。ここまであっけらかんとした態度で言葉を返されると、自分が考え過ぎだったのでは?とさえ改めて俯瞰してしまう。


「つってもこいつも漸く久々にシャバの空気を吸ったばっかりだからな。」


「って事は、やっぱりあの事務所にはまだ戻ってないの?」


「まぁ、そんなとこです。」


 やっぱりって事は彼女も薄々勘付いていたのか、僕が次に行う行動も。チップの云う通り、確かに外の空気を再び吸い始めてからまだ日は浅い。ここは変に見栄を張る必要も無いし。そもそも彼女は下手な嘘は嫌うだろう。前に確か、隠し事や陰口は嫌いだと云っていた筈だ。だから僕は正直に当たり障りなくそう答えた。すると、僕の傍らに居たチップはクヒヒと堪え切れない笑みを漏らす。


「戻るも何も、今こいつニートだぜ。」


 親指で僕の事を差し、小馬鹿にするようにレタへそう話していた。この悪魔は一度までならず二度までか。全く、今日は何度堪忍袋を破れば気が済むのか。そう思った頃には急激に沸点が浅くなっていた僕は、迷わず人差し指と中指に力が籠っていた。


「・・・。」


 その動きに決して迷いは無かった。有無を云わせる事無く僕は、幼女の真紅に染まった眼球へ目潰しをお見舞いさせる。一連の動作はトップアスリートが稀に肌身に感じたと云われる集中力が極限まで高まり、実力がフルに発揮されるゾーンに近い。脳からの電気信号の伝達が異常に速く、瞬間的に力を込めたその一刀はダーツプレイヤーも頷ける程の見事なダブルブルだろう。


「ぎゃあああああああああ!目が、目があぁぁあああああああ‼︎ちっっっっくしょおおおおおおおおお!懲らしめるなら、せめて何か云ってからやってくれよぉぉおお!」


 再びチップは悶絶しながら目を抑え、床へと高速で転げ回っていた。まるで、一度はたき落とされたゴキブリのように足をバタバタと宙を漕ぎながら絶叫を響かせている。というか自業自得だろうが、少しは学習出来ないのかこいつは。まぁ、暫くはその激痛で悶絶絶叫を繰り広げてくれ。一連の事を終えた僕は埃を払うように二度両手をはたき、話を戻す為にここまでのヤンチャはお開きにしておいた。


「一応、いずれはそこに戻る予定ではあります。」


「いずれは、ね。・・・今は?」


「ちょっと調べてから、と云う事です。」


「それは、便箋小町についてって事かしら?」


 彼女との会話は続くが、バックグラウンドでは未だチップの悶絶が続いている。「絶対これ失明した!ぎゃぁあああ、血が!血がー!あ、違うわこれ、涙だったわ。でも、痛ぇーッ!」等と吐きながら。幼女のバックグラウンドはさて置き、少し会話はシリアスに戻そう。レタの雰囲気は先程よりも冷静だった。洗練された大人の立ち振る舞いとでも云うべきか。腕を組みながら静かに表情を変えていた彼女の視線は、尖ったガラスの破片を見つめるようだった。或いは一晩で生成された氷柱の一角を見つめるような鋭い眼差し。特に便箋小町というワードには語気が強まっていた。やはり、彼女と便箋小町には何かしらの因果関係があるのか。それは離れ過ぎず近過ぎずとも、何かが関わっている。なら・・・、もう少し鎌をかけてみるか。僕は飛び出そうとする緊張を、大粒の生唾で包みながら飲み込んだ。


「それもあります。・・・けどどちらかと云うと、もっと他の視点からのモノも見たいと思いました。」


「ふーん、君ってやっぱりどこか俯瞰的だよね。詰まるところ、その他の視点からのって?」


 レタもまた核心に迫ろうとする。彼女は少し暑いのか、誰よりも肌寒い格好しているのに半袖のシャツの襟を摘みながらパタパタと仰ぎ始める。シャツを引っ張り上げる時に見える僅かな瞬間からは、白く透き通った肌で生成された谷間がチラリと視界に映る。偶然とはいえ見えてしまったそれに何故か僕の方が恥ずかしくなってしまい、ほんの一瞬だけ目を背けた。何故、こんな時に男子中学生みたいなウブさが現れるんだよ。あぁ、もうほんと調子狂うなぁ・・・。僕の一連の行動に不思議そうに首を傾げる彼女は、それでもシャツを仰ぐのを止めなかった。ゴホンっと咳払いをしてから、浅い深呼吸をした後に本題へと戻す。


「そうですね、単刀直入にあなたの事です。今までの流れから察するに多分ですけど、・・・レタさん。この喫茶店で働いている・・・だけじゃないですよね?」


「どうして?」


 僕の言葉に対し、彼女の眉はその刹那に眉をピクンと動かす。彼女のどうしては、決してはぐらかして云い逃れるようなものでは無かった。純粋に何故そう思ったのか、単なる好奇心に近い。しかしまぁ、改めてどうしてと訊かれると根拠はあれど半分は直感だ。いや、むしろ敢えてこう云うべきか。


「男の勘です。」


「あはは、何それ、初めて聞いたんだけど!まぁ、そうね。強ち間違ってないわ。」


 レタにとって思いもよらぬ方向からの言葉に、突然込み上げた笑いに腹を抱えていた。確かにそうか、女の勘はよく聞く話だが男の勘なんて馴染み無いもんな。膨らませた風船が一気に弾け飛ぶ。そんな絵に描いたようなものが、今のこの空気感だった。いつの間にかシリアスで重たかった空気がスッと消え失せている。突発的に溢れていた彼女の涙は、そんな緊張が一気に解れてしまった笑いからなのか。もう少しだけその笑いを引き延ばしながら、小指で溢れた涙を払っていた。

 彼女は、僕の考えていた予想をあっさりと笑いながら認めた。それがあまりにも意外だった。流石にこればかりは隠すだろう、そう思っていた。彼女はここでただバイトしながら、この街に溶け込んでいるだけじゃない。何かしらの活動をしている。それは便箋小町とは異なる、非日常的な何かを。


「意外ですね、こればっかりは隠し通すかと思ってましたけど。」


「何度も云うけど、隠し事とか嫌いなのよね。」


 彼女は右手を振りながらシュラグを振る舞う。すると漸く目潰しの痛みが引いたのか、悶絶絶叫を済ませたチップがケロリと立ち上がりこちらへと近付いてくる。


「なんだなんだ?所謂、秘密の組織でも地下にあるのか⁉︎」


 一体、今の会話のどこにそんな興味を唆るようなセリフがあっただろうか。鼻息を鳴らしながら、今し方貫いたばかりの右目を赤く爛々と輝かせている幼女。それは宛ら、秘密基地があるから行ってみよう等と偶然耳にした会話に乱入しようとする様と酷似する。全く、そう云うところは見た目相応だよな。妙に男心くすぐる内容については、前のめりになりたがるのは一つの(さが)か?浮かれた幼女に対し、レタは白く透き通った歯を見せながらニッと笑顔を返しながらしゃがみ込む。チップの目線に合わせ、幼女の士気を高めるように拳を振り上げた。


「バディくん、ご明答~!良いわ、特別に見せてあげるわ。()()()の活動を。」


「おぉー!スゲー!見てみてぇ!な、行こうぜイサム!」


 まるでテーマパークでも招待されたかのように浮かれた幼女。激った両手を握りながらブンブンと振り回し、全身を使った喜びを大袈裟に見えるくらい吐露していた。僕のダッフルコートの裾を摘み取り、力任せに引っ張ってくる。おい、このコート高かったんだから引っ張るなよ。最初の頃は大層なプライドで接してきてたくせに、今となってはその辺の小学生と何ら変わりないよな。

 ん・・・?そういえば、彼女は今なんて云った?()()()の活動を・・・。やはり、そうか。確かにそうでないと合点がいかない。()()()()では、いくら何でも情報網が広過ぎるのだ。何かしらの組織や団体に属している可能性があるという事は、大方予想はしていたがこれで確信が得られた。問題はその活動内容だ。何か裏を引くような組織か、一般の人には云えないようなもの。いずれにしても非日常的なものだ。


「やっぱり、ただこの街に溶け込んで暮らしてるだけでは無かったんですね。」


「そんな大層なものじゃないわよ。ただのボランティアよ。」


「そのボランティアも普通のものとは違うんですよね?」


「まぁね。けど、どうしてそうだと確信したのかしら?」


 相変わらずレタは、拍子抜けする程にあっけらかんとした表情で言葉を返す。無意識に緊張を張り詰めていたこっちがバカみたいだ。こちらに対して、全くと云って良い程に警戒心が無い。


「あなたの云うように、僕は俯瞰的に考えているみたいです。最初に僕の存在を知っている時から、疑問でした。まだあなたに名前すら名乗っていないのに、あなたは僕の事を運び屋のお兄さんと呼んでいました。ただの喫茶店でアルバイトしている妖怪にしては、情報網が広過ぎます。」


「そうね。」


 すると漸く興味を示したのか眉がピクリと動き、腕を組み始める。


「だから、何かしらの組織かグループに精通しているのが予想出来ます。それも僕らで云うところの“ギフト”絡みのね。そしてあなたはやはり、便箋小町の何かを知っている・・・。けれど直接関与しているものじゃない。それを知る為には、あなたの活動しているであろうその何かを知るべきだと思った訳です。」


 清澄し終えた彼女は拍手を交えながら、再び笑みを浮かべていた。


「あなた、探偵か何かだっけ?」


「残念ながら見た目も頭脳も歳相応ですよ。と云う事は、当たりな訳ですね。」


 ここでふふんと鼻を鳴らしたいところであるが、頭脳は明晰どころか学力自体は中の下だ。お世辞にもテストや成績で良い点なんて取った事は無い。ただ今まであった疑問点を並べて話しただけ。そのツギハギだったところに点を増やし、思いの丈の仮定を云っただけに過ぎないのだ。「そ。」と彼女が柔らかくそう返しながら立ち上がり、キッチン側から離れた奥の扉へと歩き出す。徐に扉を開けた後にこちらへ振り返り、手を差し伸ばした。


「ほら、入ってよ。なんだかんだ云って実際に見せた方が早いわ。」


「・・・。」


 それは妙な既視感だった。前にも一度こんな事があった気がする。しかし、深くまで記憶を呼び戻す必要は無い。あぁ、そうかあの時か。初めて便箋小町という事務所に訪れる時もこんな感じだった。妙な不安が緊張を呼び起こし、やがてそれは冷や汗となって頬を伝う。けれど、ここからその妙な既視感は崩れ始める。レタはそんな僕に気付いたのか、溜め息を吐いた後に笑顔を見せる。


「別に取って食うヤツなんか居やしないわ。さっきも云ったけど、隠し事はしない主義だから安心して。」


「何やってんだよ、イサム。早く行こうぜ。てか、先行ってるぞー!」


 トタタっと、軽快なリズムで奥へと先に走って行ったのはチップだった。そういえばそうだった、今はこいつも居るんだっけな。バカだけど、いざという時は頼りになる相棒が。何だかそう思うと、さっきまで緊張を気取っていたのがバカらしくなってきたのはごく自然なのだろう。誰よりも早く扉の奥へと進んだチップを横目に、レタはその姿を微笑ましく見つめていた。


「そういえば、バディくんとは話せるようになったのね。」


「レタさんがそう助言をくれたから、ですよ。」


 彼女の瞳はホッとしたように落ち着いていた。まるで物語の一連の流れを知っていたかのように、読者に立って代弁するようだった。やはり彼女は不思議な人だ。具体的な違いはあれど、どこか飛川コマチに似ている部分がある。肝心な部分が掴み取れない空気感というか・・・。そう、まるで雲のような存在。いつの間にか僕は、もう少しだけ彼女を知りたいと興味が湧いていたのだ。


「占いみたいに云わないで。それは違うわよ・・・。」


 彼女は僕の返答に対し、首を横に振った。根本的なのはそこじゃない。もっと単純で、もっと目の前にあるものだと彼女は訂正を促す。もしかしたら、僕が今行っている事は大きく迂回された遠回りなのかも知れない。それでも今、僕が出来る事の中で最も安全で多くの情報を得る事が出来るのだろうとは思っている。他の人から見れば、なんて遠回りで面倒臭い奴と思われるだろう。


「その選択をしたのは、君なんだよ。純粋にさ、君が選んだ行動だと、あたしは思うわよ?」


 彼女はもう一度、僕に手を差し伸べてきた。生憎、僕は俯瞰的に物事を考えるようだ。どうしようもなく回りくどく、少しずつ見えようとする道を歩こうとしている。差し伸べた彼女の手を掴んだ時、それは想像していたよりもずっと冷たく、冬の磨りガラスに触れるようだった。


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