37とある喫茶店からおまかせを
店の奥へと案内された僕とチップ。真っ直ぐに伸びた薄暗い通路。その好奇心は、怖いもの見たさに駆られたものに近い。木目調の暖かい雰囲気を醸し出していた店内とはガラッと表情を変え、何処か事務的な薄暗い通路だった。まぁ、確かに飲食店やサービス業のお店なんかのバックヤードなんて、店内とは対照的な雰囲気は良くある事だ。うちの会社は応接する場所を含めても入り口から汚かったけど。しかし、彼女は一体どこへ案内しようとしているのだろう。店内では誰も居ないとはいえ、話し難いだろうから奥の部屋を案内しようとしているのか。わざわざ喫茶店のバックヤードで?でも彼女は云っていた。あたしたちの活動を、と。詰まるところ、彼女は一人ではないのだ。複数人の組織または団体で動いている。この通路の奥に彼女らが活動する拠点があるという事だろうか。いや、それでも可笑しい。
僕らが今居る店の外観は、せいぜい木造一軒家の一階建てに過ぎない大きさだ。店内の広さを考えるとバックヤードは六畳程度。申し訳ない程度にしか満たない広さだ。そんな妄想をしている中、真っ先にそれは直ぐに打ち消される。店内の暖房も行き届かない肌寒く薄暗いこの通路の先には、どこかの部屋に繋がるような扉は無い。代わりにあるのはゆっくりと赤く点滅する非常灯と、その傍らにどっしりと構える無機質なエレベーター。エレベーターの扉は、間に合わせで作ったような鉄格子で簡易的に作られていた。その様はまるで軍用基地に設置されたような。無機質で、余計に鉄臭くミリタリー感が溢れている。そういえばこの人、ミリタリー系好きなんだっけな。模型屋でも店員ばりの知識でエアガンを選んでくれたし、その時の格好もサバゲーを好むような服装だったし。だが、まぁしかしだ。ここは一つリアクションを一度踏まなくてはな。エレベーターに指を差し、そっと彼女に振り向く。
「……って何ですか、これ⁉︎」
「何って、エレベーターでしょ。もしかして知らないの?」
彼女は右手を腰に当てながら、素っ気なさそうにそう返す。一応云っておこう。そんなの見りゃあ、わかります。見た目の話じゃなくて、根本的な事を聞いているんだけどな。薄暗い通路の中では、非常灯の点滅する光が余計に煌々と照らされているように感じる。だからそんな薄暗さでもレタの冷めた眼差しは不思議と強調され、少し威圧感を発しているようにも錯覚された。そんな折、僕のバディときたら僕の気持ちとは大きく反比例している。ドキドキ、ワクワクが抑えられないのか鼻息を鳴らす。まるでテーマパークの入り口の門でも潜っているかのように、キラキラと目を輝かせながら薄暗い廊下を見渡している。一旦、この悪魔の事はステイにしておこう。少し大きめの溜め息を吐き溢した後に、半拍分の息を吸った。
「エレベーターは知ってますよ!何で、こんなところにあるのかって聞いてるんです!」
「そりゃあ、この下にあたしたちのアジトがあるんだもん。階段で行くより、エレベーターの方が楽でしょ?」
何を当たり前の事を、とでも云うようにさもここにエレベーターがある事が必然のように彼女は話した。少し考えればエレベーターを設置するのは当然の事でしょ?と添えているみたいにシュラグを振るう。というか、普通の喫茶店に地下に繋がるようなエレベーターはありませんって。どう見てもこれが異常だから訊いているのに。
さて・・・。それではもう一度、例の幼女を振り返ろう。この馬鹿がどんなリアクションをしているのか、視点を向けると。
「おー‼︎アジト!秘⭐︎密⭐︎基⭐︎地っ!」
案の定、この幼女は効果抜群のようだ。絵に描いたような星マークを瞳に宿らせ、爛々と瞬きをしていた。両手を絞り切るくらいに強く握り締め、酷く興奮している。こう云うところは本当に何度も云うが、やはり見た目相応だな。これ以上幼女がその興奮でストッパーが外れ大声を上げないように、僕はチップの脳天目掛けて軽く手刀を入れた。
「はい、そこ。浮かれない、興奮し過ぎない。」
宛らその光景は、避難訓練で騒ぐ生徒に注意する教師そのものだ。今更だけど、こいつも学校とかに通わせて少しでも勉学や人間との接するマナーとかを学ばせるべきだろうか。その辺、少し落ち着いたら検討しておこう・・・。仮にもこいつも“ギフト”だ。人の街に住んでいる以上、そう云うのも今後は必要そうだ。
「さ、とりあえず乗って。」
そう云うとレタは簡易的に作られたレバーを倒し、エレベーターのシャッターを開けた。何ともアナログな機械的な歯車の音を響かせながら、ガゴンっと重低音も追加させる。エレベータの中もやはりごく一般に見るものとは違い、まるで厚い鉄板の上に立っているようだった。一歩足を踏めば、カツ・・・ンっとやけに頼りの無い音を響かせては僕の心境に不安をブレンドさせる。本当にこれ大丈夫か、と勢い付けた不安は気のせいではなく、きっと鏡を覗けば眉を歪めながら青ざめている事だろう。
ゴゥゥゥゥ・・・ン。
暫くすると扉は閉まった。エレベーター内部のサイドに設置されたレバーを彼女は掴み取る。ふんっと力を込めながらその重々しいレバーを倒すと、漸くエレベーターを下へとゆっくり下っていく。本当はボタン式にしたかったんだけど予算が下りなくて、等と愚痴を溢しながらレタは右手を払っていた。鉄の檻に入れられた僕らは、ゆっくりと降っていく。このエレベーターの中も充分な灯りは無く非常灯が点滅するのみ。ずっしりとした鉄の塊で出来た薄暗い庫内は、映画なんかで観る秘密のアジトみたいだった。
しかしなんだって、喫茶店の奥にこんなものを用意したのだろう。それに思っていた以上にこのエレベーターは下へ進んでいる。深さまでは解らないが、随分と深い気がする。地下三階・・・、いやそれ以上だろうか。このエレベーターに乗って数分が経過するが、未だこの鉄の塊は止まろうとはしない。秋という季節故か、太陽の日の暖かさも届かない地下はひんやりとした空気を漂わせていた。そのせいかコートを羽織っていても、鳥肌が立つ程の肌寒さを感じさせる。右手を腰に当てながら目的地までじっと待つ彼女は、ふと見るといつの間にか上着を羽織っていた。模型屋で見たミリタリージャケットだ。レタの身体よりもワンサイズ程大きく、先程までの印象をガラリと変える。どこの喫茶店でも見かけるような白シャツにライトブラウンのエプロンのような清楚なスタイルから一転。すっかりと姿を変え、今からサバゲーにでも向かおうかとするアグレッシブさすら印象を与えていた。
「というか随分下まで下がるんですね、このエレベーター。」
そう問いかけた僕の質問に対し、彼女は何も云わずに笑顔で返答した。まるで今から起こるサプライズを披露する為に溜め込んでいる、そんな表情で敢えて言葉をつぐむ。
「だな!なんか本当に秘密基地みたいだぜ!」
対するチップはワクワクが抑え切れないのか、両手を握り絞めながら軽い地団駄を踏んでいる。しかし、本当にこの下には何があるというのだろうか。妖怪たちが集うレジスタンスでも開かれているみたいだ。
ゴ・・・ゥンンンン・・・
心臓を下から寄せ上げるような重い音を奏でながら、漸くにしてエレベーターが停止した。鉄格子で作られた扉が開かれたその先は、先程までの空間とは違い異様に明るい。いや、さっきまでが暗過ぎたが為に余計明るく感じているだけなのかも知れない。真っ白なLED照明で照らされたその空間は、それなりの広さだった。丁度、学校でいう所の小さめの体育館くらいだろうか。その部屋に三十人程押し込まれてもまだ余裕がありそうなくらいのスペースはある。
「さ、着いたわよ。」
レタはそっと振り向き、そう言葉を置く。こちらの返答を待つ事無く、再び前を向きさっさと奥の方へと進んでいった。その部屋を称するならばブリーフィングルームと云えばしっくり来るだろうか。中央に配置されているのはコの字に並べられた机に椅子が九つ。その椅子の数だけパソコンが設置されている。天井に吊るされた巨大なモニター。これは何インチなのだろうか。六畳間の部屋をすっぽり埋め尽くす程の大きさがある。モニターには簡素的に描かれた地図が写っており、何かのアラートのように赤く点滅する点があちこちに点在している。
しかし、ブリーフィングルームと称されるのはそこくらいで、ここを囲うように居住スペースも隣接しているようだ。銃やミリタリーものばかりが並ぶ部屋、西洋のアンティークやスチームパンクを漂わせる雑貨が並ぶ部屋。何台もモニターを設置されておりゲーム機やパソコンが設置されたやけにサイバーな部屋。他にも、いかにも女の子らしいファンシーでふわふわモコモコを意識した可愛らしい部屋。キャンプ道具やスポーツ用品が飾られたアウトドア満載の部屋。どれも個性的で、一発でその住居者の趣味が解る程だ。部屋とは称したがそれぞれの部屋はお世辞にも広い訳ではない。四畳半か五畳程度の部屋が敷きられている。だが便箋小町の事務所とは対照的だったのは、涙を飲む程の綺麗さ。散らかる書類も無く、ゴミも散らかっていない。ブリーフィングルームとなるコの字に並べられた机も必要最低限なものだけで留められており、清潔さが感じられる。清掃屋なんて要らないくらいに整理整頓が隅まで行き届いている事に、悔しながら僕は感動してしまっていた。同時に何故うちの事務所はあそこまで汚いのか、と軽い嫉妬心も駆られるくらいだ。なんと羨ましい職場環境なんだ。当然そんな部屋が喫茶店の地下に造られていた訳で、予想通り傍らに居たチップは童心そのままにはしゃいでいた。
そんな幼女のはしゃぎっぷりに気付いたのか、一人の男がアンティーク調の雑貨が飾られた部屋から顔を出す。真っ黒なシルクハットを被り、緩くパーマがかった黒色の、肩くらいまでの長髪。縁の広い黒眼鏡に、長く伸びた口髭。キョロキョロと見渡した後に、レタを見つけたと思えばニコっと笑顔を向ける。
「おやおや、レタ殿!御機嫌麗しゅう!」
柔らかい口調ながらも、思った以上に彼の持つ声量は大きかった。ぬっと部屋から抜け出し、彼は姿を現す。身長は百七十前後だろうか、青みがかったスーツジャケットを身に纏う。今からパーティにでも出かけるような蝶ネクタイを身につけていたが、何よりも気になったのは彼の耳だった。ピンと羽を広げた長い耳は、ファンタジーなんかでも見かけるエルフのような耳をしていた。どこか紳士的な印象のこの男は、へこへこと頭を下げながら登場し異様に物腰が柔らかい。垂れ下がった眉が物語っている。そんな彼に対しレタは軽く手を振りながら、さりげなくウィンクを返した。
「おはよう、今日の調子は?」
「えぇ、肌に染みる快晴のお陰で、すこぶる我輩は絶不調でありますよ。はっはっはー!」
何が面白いのか、彼は自虐的な要素を交えながら豪快に笑い始める。快晴なのに絶不調ってどういう事だ?それなのに丼一杯に注いだ上機嫌さ。そんな不思議な雰囲気を醸し出す彼を見て思い出したのか、レタは人差し指を立てながらクルクルと回し始める。
「この間買った冷凍のレバーとハツの焼き鳥あるから、それ食べて良いわよ。」
「なんと!それは歳決流るる如し!やはりレタ殿は気が利くでありますなぁ。では、それは後ほどにでも・・・。おや?そちら様は・・・もしかして例の?」
どうやらそれが彼の好物なのか、目の色を変えて驚いていた。宛らこれから一杯引っ掛ける為の酒のつまみを探していたところを、丁度差し出された悦びに近い。一頻り上機嫌を振る舞ったところで漸く彼は、こちらに視線を向け始める。垂れた眉の為か優しい目付きに見えてしまうその視線は、初対面の筈なのに僕らの事を予め知っている素振りだった。
「えぇ、そうよ。前に話していた面白い子たち。」
「なんて紹介するんですか、大雑把過ぎですよ!」
何かしらの紹介をしてくれるかと思いきや、そんな期待とは裏腹に酷く大雑把も良いところである。親指で僕らを指差し、ざっくばらん過ぎる自己紹介だ。もはや名前すらない芸人エキストラか、僕らは。早速僕は訂正を促すと、じゃあその話は一旦置いておいて、とでも云うようなジェスチャーを繰り広げる。一旦置くも何もリテイクして欲しいんですけどね。いやいやと僕は手を横に振るい、テイクツーをお願いした。
「ちょっと前まで便箋小町に居た子たちよ。こっちが人間の垂イサムくんに、悪魔のチップくん。」
テイクツーにして漸く僕らの自己紹介をしてくれたが、何故か彼女の表情は如何にも不機嫌そうだった。ん?そういえば、彼女に自己紹介したっけな?僕の事もそうだが、チップの事だって名前を教えた記憶が無い。惚けるような記憶に御座いませんとかでなく、実際彼女にはまだフルネームだって自己紹介していない筈だ。
「あれ?そういえば僕、あなたに自己紹介ちゃんとしましたっけ?」
「聞かなくても知っているわよ。あたしたちにとってあなたも中々の有名人なんだから。」
「そうなんですかね・・・?」
レタ曰く、その界隈では僕ら便箋小町は有名らしい。それは好評の上でか、悪評か。何となくではあるが、彼女らと便箋小町とでは仲あるまじきと云う訳では無さそうだ。一定の距離を保ち、お互いに干渉しない。いや、どちらかと云えば彼女ら側の方が忌み嫌っている印象の方がやや強い。今までの経緯や彼女の言動を辿ると、何となくそんな感じがしてしまう。現に今彼女の視線は、ひっそりとした氷の粒のように淡々と冷めていたのだ。しかし、それもほんの一瞬の出来事。僕らが会話を始めるなり、続々と各部屋からここのメンバーであろう者達が姿を現し、吸い込まれるようにこちらにやってくる。
現れたのは三人。どれも最初に現れたこの男よりもずっと見た目は若い。一人は二十代前半の容姿が整った男性。背丈は百七十程で、すらりとした痩せ型だ。脚が長く細い為か、余計に高身長のように見えてしまう。金髪に近いライトブラウンの髪に、エメラルドのような薄い緑色の目。コードレスのヘッドフォンを首に下げている。黒地のダウンジャケットを羽織り、ゆったりとした深緑のクルーネックシャツを着用していた。右手には胡桃を持っており、コリコリと心地良い音をリズミカルに鳴らしながらこちらへとゆっくり歩み寄る。
残りの二人はどちらも中学生くらいだろうか。容姿から見て、良く似た兄妹と捉えられるくらいに揃った銀髪だ。男性の方はムスッと不機嫌そうにしており、こちらを見向きもしない。他所者を嫌うタイプなのだろうか。銀色の髪をワックスで掻き上げたような髪型をしており、全体的にツンツンとしている。身長は百五十センチくらいか、少し上か。中学生くらいのまだまだ成長期といった具合で、全体的に小柄だ。服装は子供らしいシンプルなパーカーとジーンズを着用しており、パーカーの腹部にあるポケットに両手を突っ込んでいた。
対する女性の方は胸元に両手を当てながらオドオドとしており、落ち着きが無く視点が合っていない。キョロキョロと周りを気にしながら眉を下げていた。肩程の銀髪を短めのツインテールにし、男性とは対照的にエアリー。
少しお洒落を気にし始めているのか、白地のマウンテンパーカーにショートのジーンズパンツ。そして、黒地のニーハイ。ムスッとした男性の陰に隠れながらこちらへ向かって来ているが、実際は女性の方がやや身長が高いように見える。
「そ。てな訳で、丁度揃ったから紹介するわね。」
彼女を中心に、横並びになるように四人は整列した。ここに居ると云う事は、云うまでもなく揃って彼らもまた“ギフト”なのだろう。見た目こそは人間そのものだが、“ギフト”が発する独特のオーラと云うべきだろうか。身体の外側から溢れる独特な波長が、僕の第六感を刺激させているのだ。それは“ギフト”と対峙する時に現れる独特な現象。背筋に微弱な電流を走らせるような感覚を何度も味わったから、恐らく彼らが“ギフト”である事に間違いは無い。
「まず、彼がティミッド。所謂ドラキュラよ。」
初めに親指で差し出され紹介されたのは漆黒のシルクハットを被った男性からだった。第一印象としてはこの中で一番温厚そうな人物。被っていたシルクハットを持ち上げ、軽い角度をつけながらお辞儀をした。
「お初にお目にかかりますぞ、垂殿。吾輩、ティミッドと申しまする。」
キラリと黒縁の眼鏡を輝かせながら、紳士的にその奥の瞳を笑わせる。ご自慢の長く伸びた口髭を左手で摩ると、ふふんと鼻息を少し跳ねるように鳴らしていた。
「その隣がケットシーのジェニー。」
「よろしく。もうゲームしてていい?」
「あとでね。」
次に紹介されたのはティミッドの隣に居たライトブラウンの髪色をした若い男性。ティミッドとは対照的に、こちらはかなりの淡白だった。人付き合いにまるで興味が無いような簡単な挨拶のみ。ジトっとした目でこちらを一瞬見るなり、すぐにレタへ視線を戻す。何と無く感じたのは、極度の人見知りなのだろうか。間近では人と目線を合わす事が出来無いタイプなのか、どことなく自分と似たような同類の匂いを醸し出していた。コリコリと握っていた胡桃を小刻みに鳴らし、この時間が実に面倒臭そうにしている。早くこの場を離れて自分の時間に戻りたい一心が強く、怪訝そうに溜め息まで吐かれる始末だ。ティミッドとはガラリと印象が変わり、歓迎されているというよりは面倒事を押し付けられたような顔をしている。
「で、こっちが狛犬の兄弟ね。ソーアと。」
「うぃー。」
今度はレタの傍らに立つ姉妹に向ける。ソーアと紹介された少年は、耳をほじりながらそっぽを向く。眉を吊り上げながら、こちらの事を面倒臭そうにしていた。まるで、気に食わない転校生でも見ているような態度だ。オブラートという言葉を知らないのか、仏頂面で酷く冷めた返事だった。そんな彼の陰に隠れるように佇む最後に残った少女がチラリと、不安そうな顔を浮かべながらこちらを覗いている。
「い、い妹の・・・、し、シウン・・・、だよ。」
緊張して震えているのか、その少女の声色は非常にか弱く、何かに怯えているようだった。言葉を噛んでるというよりは、震えた身体に連なって喉がつっかえているみたいに見える。シウンと名乗る少女は兄であるソーアと違って、まだこちらに友好を求めようとしているのか。出来るならば友達になりたいとでも云うように、胸元に両手を当てながら不安そうにこちらを見つめている。
「以上がここ、“ヤドリ”のメンバーよ。」
全員の紹介をし終えるとレタは、両手を大きく翼のように広げながら全体の紹介をした。“ヤドリ”。それがここの組織の名前なのだろうか。見掛けは若年層ばかりの構成員のようだが、紹介の通り漏れ無く全員“ギフト”だ。どうせ、どれも僕よりも何倍も生きた年齢詐欺紛いの連中ばかりなのだろう。
えーとドラキュラに、ケットシーに、狛犬、そして雪女か。あれ?ケットシーって妖精かなんかだっけか。狛犬も妖怪というよりは、どちらかと云えば神聖的な聖獣とか守神のイメージが強いけど。何だかもう、何でもござれだなぁ。そう考えに耽り顎下を摩っていると、ソーアは一歩前に出て槍でも突き刺すような勢いで人差し指をこちらへ向ける。
「なぁ、レタぁ。こいつ人間じゃん?なんでここに居るんだよ?」
「ちょ、兄さん、そそそんな事云うの駄目だよ。さ、差別は、よ、、よくないと思うよ!」
まるで地元を踏み荒らした都会人でも見るような目で、ソーアは口を尖らせていた。その怪訝そうな対応に慌て始めたシウンは、咄嗟に彼のパーカーの裾を摘む。
「オレ、悪いけど人間とは絡む気ねーからな。」
「ごめんなさい、ごめんなさい!ちょっとウチの兄、ほ、本当はそう思ってないと・・・。お、思うんだけど、ちちちょっと色々あって・・・。」
辿々しくも少女はこちらへ慌てながら駆け寄り、何度も頭を下げていた。必死に兄の失言に対して謝罪を繰り返していた彼女は、目を回しながら弁解している。けれど余程慌てているのか、彼女の云っている内容では趣旨が乏しくいまいち理解する事は出来なかった。代わりに僕は、落ち着いてと両手で添えるように冷静を促し、これ以上の謝罪を止めさせた。
「無理に話さなくていいぞー、シウン。」
ポンっと少年はシウンの頭に添えるように手を置いた。けれどやはりというか、こちらに顔どころか目線すら合わせずそっぽを向いている。どうやらこの見た目ガキンチョの狛犬という奴は、意地でも僕らとは馴れ合う気は無いらしい。ここまで大ぴらに態度で示されると返って清々しさすら感じてしまう。
「うん・・・、でででも初対面の人には、や、優しくしないと、だ、だ駄目だよ兄さん。」
「ちっ。」
シウンは困り果てた上目遣いでソーアの服の袖を引っ張っていた。しかしまぁ、この兄にしてこの妹か。どう育てたらこんな真逆な性格になるんだろうか。正直不謹慎ながら、ここまで来ると親の顔を見てみたいものだ。そういえば少し聞き流してしまったが、無理に話さなくて良い?この少女には何かあるのだろうか。確かに先程からどうにも様子が可笑しい。ただ緊張しているだとか、人見知りが激しいとかそんな次元の話じゃないのか。極度のストレスから生まれる何かしらの精神疾患を抱えているとかだろうか。だとしたら、“落ち着いて”は失言だったな。これでは返って精神論で追い込むだけになってしまう。今は、そっとしてあげるのが得策か。
「あー、他と一緒にしないでくれる?僕は別格だから。少なくともここに居るヤツよりは。」
間に割って入ってきたのは、ジェニーと名乗る青年。実に面倒くさそうに頭の後ろを掻きながら、ナイフでも飛ばすような眼差しで睨み付ける。その言葉に反応してかソーアの額には怒りの筋が浮かび上がり、沸点の低い間欠泉は瞬時に赤く爆発させた。怒りの矛先は真っ先にジェニーへと向けられ、勢い付けて彼の胸ぐらを掴み上がる。
「あー?ジェニー、上等じゃねぇかよ!頭でっかちなだけで動きもしねぇくせによ!」
「ふん、キミだとは断言していないんだけど、その反応は自覚あるって事かな?だったら、好都合だけど!悪いけど僕、こっちで戦ってるんで!キミみたいな低脳とは違うんでね、一緒にしないで欲しいな!」
「そーですぞ、実に吾輩なんて劣等の劣等な訳で。いやはや、もうほんとに。」
彼らの間に入って仲裁するかと思えば、彼らの肩を掴みながら自虐トークを振る舞い始めるティミッド。この人は、何しにカットインしてきたんだ。するとそんな状況下に流石に痺れを切らしたのか、ついにレタが動く。彼らの頭上目掛けて手刀を放ち、一喝を入れる。
「こら‼︎ソーア、ジェニー!喧嘩しないッ!全く、いつになったら仲良く出来るのよ。」
双方に制裁を下すと呆れたように両手を腰に当てながら溜め息を残す。制裁を受けた二人は余程痛かったのか、ほんのりと涙目になりながら叩き付けられた頭をまだ抱えている。
「・・・レタ、そいつは無理な話だぜ?だって、こいつだぜ?」
「ま、全くだ。大体、犬と猫が仲良くすると思うかい?」
二人は互いに指を差しながら、互いに歪み合う。まるでどこかで見たカートゥーンアニメのワンシーンに出てきそうな構図だ。というかお互い、動物のイメージとしてはそれで良いんだ。元の妖精や聖獣としての威厳ではなく・・・。
「はいはいはーい、その話は一旦後でねー。」
レタは静粛にとでも云うように何度も手を叩きながら、騒がしくなった会話を無理矢理に鎮圧させた。
「ははは、皆さん元気そうで。」
そんな状況下で僕が出来る事と云えば何だろうか。そう答えは簡単、当たり障りの無い一言で苦笑する事である。彼らのホームでどんちゃか繰り広げられている中、圧倒されてしまうのも無理も無いだろう。流石のチップでさえ呆気に取られてしまい、今ではこのように口をあんぐりと開けながら圧倒されているくらいだ。
「そうそう垂殿!良ければどーぞ。」
「あ、これはご丁寧にどうも・・・受け取りしま、ってなんですかこれ?」
前に出てきたティミッドは何かを思い出したかのように、徐に名刺のような物を差し出す。社会人としての染み付いた癖か、すっかり名刺の受け取りは板が付いてしまった。条件反射というか何というか、最早本能に近い動きかも知れない。軽く会釈をし、名刺を通すとあら不思議。真っ白な名刺の表面には、横書きでティミッドとだけ書かれている。本題はその裏面で、何やらびっしりと書いてあるのだ。
日光(紫外線)、十字架(十字になってるものも)、銀製品、ニンニク(粉末も不可)、ネギ(玉ねぎもNG)。杭(釘もだめ)、水、滝や川、火(マッチの火も不可)、鏡・・・。何だこれ、レベルカンストの借り物競争のお題か?僕が裏面を見た時、何故か当の本人であるティミッドはニコニコと満面の笑みだ。日光に十字架、それにニンニクと云えばドラキュラの代表的な弱点だった気がする。
「吾輩のNGリストです。いかんせん苦手なものが多いもんですからなぁ!こうでもしないと覚えてくれないんで、いやはや。ハッハッハー、平たく云えば名刺代わりみたいなもんですぞ。」
「あー・・・、結構苦手が多いんですね・・・。」
「まぁ、吾輩。ドラキュラなもんですからなー!ハァーッハッハッハーッ!」
自分の弱点をここまで大ぴらに暴露する人はそうそう居ないだろう。ましてや自虐トーク全開で初対面の人に対し、豪快に笑いを飛ばすなど尚の事出会さない。つまりなんだ、この人は良かれと思って差し出された物が実は苦手な物でしたー!ってのを事前に回避する為にやってるのか。まぁ、確かにこれだけごく日常に溢れかえる物が苦手ならば、彼も彼なりに大変なのだろう。僕はそのまま隣に居たチップへ彼のNGリストを見せて、情報を共有した。「何だこれ?」と当然、幼女は首を傾げたが。「彼はこれらが苦手らしい。」と詳細を伝えると、部屋に出てきた虫でも見るかのような目でドン引きしていた。
「おい、イサム。こいつら大丈夫か?」
「とりあえず、皆ワケアリってのは分かったけどな。」
チップは彼らに聞こえないように、手を添えながら僕へ耳打ちをした。大丈夫も何も、僕も初めて会った人ばかりなんだ。実際、今この瞬間までどんな組織なのかすらわからなかったくらいだ。そのまま僕も幼女の耳元で小さく返すが、チップの歪んだ眉の角度は変わる事は無かった。真紅の瞳から発する懸念の眼差しは、多分初対面の人に見せちゃいけない物だと思う。さて、大方のメンバー紹介は終わったようだけど、本題はここからでは無いだろうか。彼らは何のボランティアをしているのか、何の集まりの為にこの施設を設けているのか。そして、何をしようとしているのか。
「ところでレタさん。」
「呼び捨てで良いわよ、別に敬語で畏まらなくていいし。」
「それは慣れてからにします。これから何を?」
そう僕が質問を投げ掛けると、さも当然過ぎる質問だったのか、はたまた愚問だったのか彼女は少しムッとした表情を見せる。ただ僕にとっては、決してピント外れな質問を投げる気があった訳ではなく、純粋にこれから何が始まるのかが気掛かりだった。しかし、僕らのその不安さなど何のその。レタは当然のようにキャッチボールを返す。
「何をって、これから保護活動しに行くのよ?」
「保護活動って・・・、え?」
ボランティアと聞いて蓋を開けてみれば、意外なフレーズがスクリーンに飛び込む。豆鉄砲とやらを喰らった時とは、例えるならこんな顔をしてしまうのだろうか。しかも今?今なのか・・・?話が唐突過ぎて、つい僕は見知らぬ天井を見上げていた。




