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便箋小町  作者: 藤光一
第一章 人形師編

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33/57

33妬みの花でおまかせを

 陽が差し込む事で注ぎ込まれた橙すらも塗り潰す赤。それは赤よりも黒く、まるで体内に流れる血液を眺めているかのような薄気味悪さすら際立つくらいだった。青かった宝石の瞳を黒く鈍らせ、真っ赤なワンピースを鮮血にさせていく。少女の象徴とも云える背後に聳えるクロユリを模した覇気は、よりその不気味さを誇張させていった。妬み、そして恨み。彼女の感情はクロユリを通して隆起していた。他人を寄せ付けない極度の拒絶。リリィも腕を拡げ、臨戦態勢を整えていた。漸く力を解放した社長を見下し、 北叟笑(ほくそ)む。わざとらしく長く伸ばした人差し指を下から掬い上げるように、対峙する社長へと向けながら少女は口を開く。


「ふーーーん。・・・あんた、もしかして半妖?」


 舐め下ろすような目線で社長をじろじろと見つめていた。リリィの表情は社長を対等な相手としては見ていない。恐らく自分よりマナの総体量が格下だと思っている。妖怪や悪魔は種別多様な事から、品種ではなくそのマナ総体量で格差を決めると云う。力こそ全ての“ギフト”たちだからこそ、天秤の傾きは実にシンプルだ。だから互いに力を開放した事で、少女は理解し既に勝ち誇っていた。薄ら笑みを浮かべ、クスクスと吐息を漏らす。

自分よりも格下であると・・・。


「だったら、何だ?」


 彼女はリリィの挑発には乗らなかった。脚を肩幅ほどに開き、呼吸は乱さない。腕は楽に、太もも付近で振るうように余裕を持たせ構える。膝を柔らかく小刻みに屈伸させながら、社長は攻撃の一手を準備していた。それは先の先、後の先どちらでも対応出来るあの構えだ。あの足腰の動きこそ、瞬時に切り替えが出来る構造なのだ。メルはあれをゼロレンジコンバットに精通するモノだと云っていたが、そのルーツこそが彼女の戦闘スタイルのベース。力任せに戦う“ギフト”たちと対抗出来る秘訣だ。このベースが成り立っているからこそ、あの超人的な動きを実現出来る。印による能力の開放を行う事で、あの細い手足でも敵を凌駕させてしまうのだ。社長の独特の構えを見てリリィも一度は首を傾げたが、鈍く光る宝石の瞳はそれを見逃さなかった。


「分かるわよ。だってあんた、出てるマナが人間と妖怪のが丁度半分って感じなんだもの。」


「そうか・・・。済まないが出し惜しみはしないぞ。」


 リリィは既に見抜いていた、彼女が半妖である事を。社長が纏うマナを見て、瞬時にそれが何かを理解していた。その器用さを持ち合わせさせたのは、あの瞳。きっとブルーサファイアを施した瞳から通した視界が、纏うマナをより正確に視認させているのだろうか。全く、もしその仮説が正しければ宝石魔法だかってやつは、よっぽどに厄介だ。つまりリリィに、ハッタリや虚勢は通用しない。本当かどうか定かでは無いが、社長のマナ総体量を当てたのだ。彼女もその事については否定しなかったのが証拠だろう。あの少女は相手の力量を把握する事が出来る。ふんっと鼻を鳴らした社長は、もう片方の白い手袋を脱ぎ捨てた。彼女の語気は強まっていた。それは寒気がするくらいに静かに、けれど荒々しく。社長を中心に青嵐が吹く。


「・・・乖ッ!」


 そして響き渡る重低音。ドンっと臓器を上下させるような衝撃と共に、彼女の背後からはあの剛腕。仁王像のように雄々しく、猛々しいあの一対の剛腕が現れた。印を使った打撃では力不足と判断したのだろうか。出会って間も無く、初手からいきなりあの腕を出したと云う事はそれだけの強敵だからか。それとも早々に片付けたいから?いや、やはりあの剛腕以上の手段でないと対抗出来ないと思ったのだろう。社長は宝石魔法の存在を知っている。そしてその原理も、その力も。だからこそ、“乖”なのだ。極太の五本の指を握り締め、力強く音を軋ませる。出し惜しみはしない、その言葉通りに握り締めた力は凄みがあった。


「どうかしら、残念だけど・・・利息は足りないじゃないかしらッ⁉︎」


 リリィは両手で空を引っ掻くように大きく広げる。広げた指の一本一本からは赤く閃光する糸が散開し、勢い良く四方八方に飛び散る。十本の指を忙しなくクネらせ、散開させた糸達をぐるぐると大きなトグロのように巻き付け始める。次第にその密集した糸はリリィよりも何倍も巨大な脚を、腰を、胸元、腕を作り出す。腕だけで見れば、社長が出した剛腕と同等の大きさ。更に糸を伸ばし、壁に飾られていた剣や西洋鎧を根刮ぎ集め始める。バラバラに分解したと思えばその鉄達を集め、その巨体に見合った新たな鎧を生成した。その姿はファンタジーなどで見る、動く巨兵ゴーレムと称すべきだろう。ガッシリと冷たい鋼鉄で覆われた鎧を纏う巨大な首なしのゴーレムが姿を現した。生半可な剣や槍では跳ね返されてしまいそうな程、強靭なその姿は見る者を圧倒させる。いくらこの書斎が広いとはいえ、その巨体のせいで狭く感じる程だ。それは足が竦むくらいに、恐怖すら纏っているようだ。


「アッハッハッハー!鋼鉄製の大型人形よ!そんな拳だけのマヤカシでやられはしないわ!」


 真紅の少女の高笑いと共に現れた首なしのゴーレムは拳を振り翳す。右腕に控えた握り拳を構えたと思った瞬間には、時が光のように加速し動き出す。


ードゴォンッ


「くっ・・・。」


 圧迫された衝撃音が鳴り響いたと思えば、既にあのゴーレムはその剛腕で右ストレートをかましていた。社長は咄嗟に取った防御で致命傷は避けたが、剛腕二つ分の防御ですらミシリと震わせていた。メキメキと交差し押し合う力は、砕かんと押し通す力とそれを防がんとする力。まるで電流でも浴びたかのように痺れた感覚が彼女の細い腕にも伝わっているみたいだ。ギリギリのところで少女の攻撃を塞いだ剛腕も反撃や追撃をする隙も無く防御に一点していた。剛腕とリンクした社長の腕は震えていた。苦しく漏れた彼女の息。あの社長が、初めて防御をした事に驚きを隠せなかった。彼女も油断していた訳では無い。どんな攻撃もいなし、すぐに反撃へと転じていた。先の先も後の先も即座に対応させる彼女が、その最初の一手を防御に集中せざるを得なかった。いなし反撃する余裕が無かった・・・。いやでも、そんな事があり得るのか。それだけの力があの宝石に秘められているのか。


「どうしたのよッ⁉︎出し惜しみをしないじゃ無かったかしら⁉︎それとも?相手を見極めれない程、あんたってひょっとしてザコなのかしらー?あははははーーー‼︎」


 鋼鉄の巨腕が繰り出す打撃は、まさに鉄拳。社長が操る剛腕も申し分の無い威力を持った必殺の能力だ。そんな拳すらも、ピシリと二の腕に亀裂を負わせる威力。鋼鉄の鎧を羽織る首なしのゴーレムは、第二手の攻撃へと転ずる。彼女の剛腕とはまた違う金属を擦り削るような音を軋ませながら、鉄拳を握り締める。


ーガシンッッ


 互いの左ストレートがぶつかり合った。辻斬りのような荒く尖った衝撃波が相殺させた拳同士から逃げるように吹き荒れる。やはりその攻撃は、あの巨体から繰り出しているとは思えない程に俊敏。それでいて目の前で拳銃から放たれる弾丸を受けている程の申し分のない威力。漸く攻撃へと転じれた社長の一打は相打ち。同然、あの鉄の塊にまだ手応えは無い。すぅーっと深く息を吐いた社長は、再び膝下へと腕を揺らすように腰の軸をゆったりと回す。身体に内包した筋肉を自然なままに回し、そして捻る。それは緩やかに見えて洗練された動きだった。リンクした剛腕と共に体内で蓄積させた延伸力で繰り出すボディーブローを社長は繰り出した。


ーガゴォッ


 今度は見事に鋼鉄のゴーレムの胸元に命中したが、直様その攻撃は右の鉄拳で払われてしまう。人が食らえば間違いなく、腹を抱えて立っている事すらままならない程の衝撃の筈だった。奴には痛覚が無い・・・。あのゴーレムは痛がる素ぶりすら無く、直ぐに反撃へと転じた。リリィが操っていたビスクドールと同様に、糸でこの鉄の塊を使役しているのか。けれど、こいつにはビスクドールのように糸が飛び出ている訳では無い。こいつは造りが他と違うという事か。あのゴーレムの動力源は、鋼鉄の鎧に覆われている糸の束だ。しっかりと弱点を露出させないようにと、鉄壁の構えだ。これでは安易にその糸を断ち切る事が出来ない。こいつを再起不能にさせるには、力づくで捻じ伏せる必要がある。それに加えて、あのゴーレムが首なしである事も、それはただの飾りではないのだと僕はハっと気付く。首がないとなれば当然、顔自体も無ければ鼻や口、目も存在しない。

 それは戦い慣れている者からすれば、決して安易な物ではない。何故ならば、相手の目線が分からないからだ。目が無ければどこを向いているか分からず、口元が無いからどう思考を巡らせているかも不鮮明。顔の向きが無い分、予備動作が省かれ攻撃が早く転じたように見えてしまう。首なしゴーレムはただ俊敏という訳で無く、自らの攻撃を読ませないのが目的。だから社長は、攻撃に一歩出遅れたんだ。その意外性に彼女はほんの一瞬ではあるものの、目を大きく見開き動じてしまった。二打目ではもう相殺させるまで反応しはしているが、それは彼女だから出来る天性のような直感があるからで。凡人や素人がおいそれと真似が出来る代物では無い。こいつは、ただのデカブツでは無い。一夕一丁で用意したものでも無い。ちゃんと戦略を持って作り出された存在なんだ。


「社長ッ!」


「驚いたな、あのマチコを押すとはな。それもあの宝石の力って訳か?」


「んな事云ってる暇じゃないだろ!僕達も加勢しないとッ!」


 呑気に僕の肩で戦況を見つめるメルは、まるで他人事かのように眺めながら呟いていた。宛ら闘技場の観客席から解説するサポーターのように。確かにどちらかと云えば、お前のポジションは解説役だがな。そうだ、お前にはまだ変身が残っているだろう。まだ今日は変身していなかったし、加勢しても支障は無い筈だ。寧ろこのままでは戦況が芳しくない。鋼鉄の拳と岩のような剛腕では、強度も威力もあのゴーレムの方が一枚上手。第二、第三の策を講じて戦況を打開すべきだ。そう凄んだ僕だが、このモジャモジャは尻尾で煽るように振るう。僕の口元へとふわりと真っ白な尻尾を添え、抑止させながらこちらへと振り向く。


「まぁ待て、新人。たかだか()()()()()になったお前に何ができる?」


「そ、それは・・・。いや、てかお前が元の姿に戻って戦えば良いだろ!」


「あいつは、タイマンを好むってのは知ってるだろ?聞くが、あいつが一度でも誰かの戦いに割り込んで加勢した事があったか?」


 確かに今までそんな事は無かった。メルが云う通り、誰かの戦いに割り込んで来た事はただの一度も無い。それは単に彼女のプライドがそう許さないと決めつけていたが、・・・違うのか。こいつの云い振りは、そんなニュアンスではない。そうしないのは訳があるから?だからこいつは、常に社長の戦闘には加勢も塩も送らない。その核心たるものは掴めないままだ。逆に僕の方が焦りを募らせ、なんとかしようと気忙しげになってしまう。


「けど、この状況じゃ・・・!」


「俺達が割り込んだところで、かえって邪魔になるだけだぜ。」


「ぐ・・・。」


 悔しいがメルの判断は冷静だった。自分の仲間が苦戦しているというのに、恐ろしいくらいに落ち着いている。それは、彼らの間柄の信頼と呼べる程の楔が繋がっているからこそだろうか。メルは口元の髭を上下に揺らし、案ずるなとでも云うように腰を据えていた。


「まー、説教くさくなっちまったな。つまりだ、新人。簡単な話だ。」


 ふわりと舞う柔らかいメルの毛が浮き出し、普段は見せない青白い両目がこちらをじっと見つめていた。透き通る程にガラス細工のような眼差しはそっと落ち着いていて、僕は一瞬ながら秒針が止まったかのような感覚に陥る。例えるならばそれは、水面に落ちたコインが波紋を伝って音も無く指先へと触れる感覚。そして、このモジャモジャからはとても似つかわしくないセリフが出るとは思いもしなかったからだ。


「お前は、マチコを信じてやれ・・・・!」


 普段は全く他人には興味を示さない素振りを見せるメルから出た一言。お世辞にも思考が停止する程の瞬間的に凍りつくようなセリフだ。だが、不思議にも腑に落ちた僕も居る。確かに簡単な事だ。この言霊に良いように云い包められた気がしないでも無いが、悪くはない。そのお陰か、すっと腫れ物のような灰汁が抜けた気がする。何をしていたんだ僕は、僕らしくもない。一つ皮肉であり不服なのは、こいつの言葉のお陰で落ち着きを取り戻したと云う事。


「ほらほらほらー!どうしたのよ?せっかく出したその拳も、もうボロボロじゃないのー?やっぱりあんた、キザってるだけのザコなんじゃなーいのー・・・・・・ッ⁉︎」


 鉄拳の猛攻は続く。痛覚を感じない首なしのゴーレムは、我が物顔でラッシュを繰り出す。意志を持た無い無機物の狂戦士の如く、リリィの不気味な高笑いと呼応するように拳を振るう。社長も追撃はするが攻撃を相殺する事、防御に徹する事に精一杯だ。鋼鉄と意志では素材の頑強度が違う。中々どうして、あのボディーブローを繰り出して以来は満足に攻撃へと転じれていない。目の前に対峙する真紅の少女は、今までの“ギフト”とは何処か違う。そう彼らとはまた戦い方が違うのだ。ただただ力任せに自分のマナを曝け出し、攻撃を放っている訳では無い。首なしのゴーレムの構造もそうだが、何よりもそれらを可能とさせているトンデモ能力である宝石魔法がベースとなっている。


 一体どう攻略をすべきか・・・、いやひょっとして彼女は()()()()()()()


 そう裏付けさせたのは、あの自動人形(オートマタ)と戦う彼女の表情がやけに奇妙だったからだ。やや口角を上げ、極めて透明に近い薄い膜を貼り付けたような笑みを彼女は施していたのだ。攻撃を喰らっても、剛腕にヒビが入りボロボロになっても、彼女の目は諦めていなかった。やがて攻撃を受け続けた無敗だった腕は原型の半分程度まで損傷されてしまったが、戦闘の構えだけは崩さなかった。あと数発でもあの鉄拳を受けてしまったならば、剛腕を止める事が出来ずたちまち崩壊してしまうだろう。それなのにどうして彼女の目は、あんなに血が湧くように燃え滾っているのだろう・・・。いつだったか、そういえば社長はこんな事を云っていた。


[力とは何もその総体量が全てとは限らない。非力でもテコを使えば、持ち上がるものがあるだろう?要は、力の使い方が肝なんだよ垂くん。どの角度で力を込めるか、いつ使うか。意外性ほど、瞬発的な力は無いと私は思っている。]


 ーガシャァ・・・ッン


 それは腐敗して摩耗した歯車が崩れ落ちたような音。そして、同時に勝敗の天秤が傾けられた音。何故突然、あの時社長が云った一言が鮮明に巻き戻され、僕の脳裏に浮かんでしまったのか。彼女はそれを現実に具現化させるように、“意外性”と呼ばれる力を呼び起こした。一瞬それは何が起きたのか一同、虚をつかれていた。その理由は崩れ落ちたあれだ。先程まで、傷一つ付かずに猛威を振るっていた鋼鉄のゴーレムの右腕がボロリと抜け落ちたのだ。それを見た社長は構えていた腕を解き、静かに腕を組みながら嘲笑う。


「漸く、()()()ようだな・・・。」


 と、狙っていた策に綺麗に歩が進んだようで、そう満足に思ったのか彼女は冷たい笑みを見せた。漸く回った・・・。彼女はこの戦闘をしている最中で、あのゴーレムに何かを仕込んだという事か。朽ちた鋼鉄の腕は、何かで斬りつけて削ぎ落としたような痕ではなかった。乱雑でボロボロに引き千切ったような痕。まるで何百度もある超高熱なものでその鋼鉄を溶かし、乾き切る前にハンマーなどでボコボコに砕いたような痕だ。当然ではあるが、そんな素振りは無かった。ましてやあの猛攻を受けながらだ、あれをじっくり溶かす暇なんて無かった。燻んだブルーサファイアの瞳を持ったリリィは、その光景に大きく見開く。その右腕だけでは無い。気付けば、左腕も足も蝕むように徐々に崩れていく。ついには自分の重さにも耐える事が出来ず、首なしのゴーレムは膝を突いてしまった。


「な・・・、人形が、粉々になっていく・・・⁉︎」


「でも、どうして!?」


 その光景を目の当たりにしていた僕とチップは、つい思いのままに声に出ていた。先程までこのライブラリを独壇場に近い程に蹂躙し、暴れ回っていた鋼鉄の人形は見る影も無い。四肢は朽ちてもがれ、鋼鉄の鎧は何故か穴だらけだ。首なしのゴーレムがもがき苦しむ度にボロボロとその装甲は禿げていく。あの痛みを感じなかったゴーレムが息でも止められたかのように苦しんでいる?一体何を・・・。社長は一体何をしたんだ・・・!


「ちょっ・・・、なんで、私の人形が・・・、融けてボロボロ・・・に?」


 解せなかったのは僕らだけではない。首なしゴーレムを造り出した主であるリリィもその一人だ。苛立ちを交わせながら少女は、燻んだ青い眼を丸く見せていた。まだリリィもその状況に理解が追い付いていない。突然の出来事に思わず頭を抱えだし、ブロンドの髪を掻き毟る。余裕の表情を見せていた少女の顔が色褪せる。そうしてリリィは、これが自分の失敗ではなく仕組まれたもの。自分の目の前に対峙する半妖の彼女がやったのだと、掻き毟った自分の髪の毛を払い捨て睨み付ける。対峙する二人は、再度目が合う。怒りの刃をむき出しにした少女とは対照的に、社長はニヤリと北叟笑む。すると胸ポケットから、掌サイズのポリ袋を取り出す。袋の中から一摘み、銀色の物質を取り出した。


「ガリウム・・・。こいつは人の体温でも融ける変わった金属でね。」


 社長はガリウムと呼ばれる金属を掌で転がしながら、そう告げた。しかし金属というにはあまりにも柔らかいように見える。まるで吐き捨てたガムを摘み上げたそれは、金属というには程遠い。具体的には鉛とスズを合金したハンダを熱で溶かしたような銀色の物質は、指で押し潰せばグニグニと形が変わる。見るからに奇怪な金属は、何処か彼女の瞳にドロリと浮かぶ企みを混ぜた笑みと似ていた。当然、それを見せられたリリィは黙ってはいられない。埃を払うかのように腕を振るい、怒声を加えていた。


「な、何よそれ⁉︎聞いてないわよ、そんなの‼︎」


「聞いてないから答えてあげているのではないか、わからんかね?ガリウムは殆どの金属に備わっている金属格子に拡散して侵食する少々変わった金属だ。アルミニウム、亜鉛、その鋼鉄さえもの類界に侵食する事でそれらを強制的に老化させる。本来、金属腐食の反応が現れるのは数時間置く必要があるが、そこは少し私が操作させて貰った。さて・・・、これも本で知り得た知識だよ、お嬢さん。少しは、勉強になったのではないかな?」


 彼女は嫌味ったらしくも、そう説明した。社長の足元に散らばった首なしゴーレムの巨大な手の甲に、ぽとりとガリウムの塊を落とした。すると鋼鉄の装甲に付着したその金属は、鋼鉄を食い散らかすように侵食を始める。みるみる内にガリウムの中心にヒビ割れを起こし始め、彼女の云うように金属腐食の反応を示す。小石を軽く蹴り上げる程の力でガリウムに目掛けて爪先で彼女が小突くと、萎れたクッキーのように崩れてしまった。彼女の繰り出す剛腕でも傷一つ付かなかった鋼鉄の鎧も、あまりにも呆気なく脆く削れてしまう。その光景を間近に見ていたリリィは驚愕する。思わず一歩後ろへ後退りしてしまい、その小さな金属に恐怖を覚える。


「何よ、それ・・・。何よそれ、そんなのずるいじゃない!」


「ずるいも何も、持ち込みに制限を設けなかった君が悪いだろう?」


 これも狐の悪知恵と云うべきか。確かに彼女の云うようにここへ訪れる際に、特に持ち込みの制限は無かったがここまで来ると何でもアリである。しかし驚かなければいけないのは、そこでは無い。彼女は何時、このガリウムとやらの金属を付着させたか。すると社長は、僕が疑問がるタイミングをわかっていたかのように横目で僕へ振り向く。


「気になるかね、垂くん?私が何時このガリウムをゴーレムだった木偶の坊に仕込んだのか。」


 図ったように彼女はシュラグを振り撒き、やれやれと手を挙げる。情けない話だが僕は食い気味で首を縦に振った。その反応を見て、やや自慢げに彼女は鼻息を鳴らしながら唇を開いた。


「そのゴーレムの胸元に殴った瞬間があっただろう?」


「ま、まさか・・・、その時だって云うの⁉︎」


 事告げた彼女の一言で、その光景がフラッシュバックする。時間が巻き戻されたかのように逆行し、所定の位置でピタリと秒針は止まった。丁度、社長の剛腕が首なしゴーレムの胸元へと右ストレートをかました瞬間だ。あの時に彼女は、あの剛腕にそのガリウムとやらの金属を仕込んでいたと云うのだ。それもただのガリウムではなく、恐らく彼女のマナを注入した状態でその侵食を強制的に早めさせた。口ではそう云うが生憎僕が持ち合わせる知識量では、その原理はまるで分からないのはきっと云うまでも無いだろう。彼女は空になったポリ袋をはらりと投げ捨て、重力に逆らう事も無く落ちていった。それを拾い上げるように彼女は、人差し指を右頬に添えながら言葉を置いていく。


「備えあって何とやら、と云うだろう?元々は興味本位で手に入れたモノだが、こういった手法ならば実に効果的だな。」


 彼女は不気味と思うくらい静かに薄ら笑みを見せる。それは対峙する自動人形(オートマタ)へ、まるで出来上がった絵画を目の前で泥沼に投げ落とすようだった。社長の減らず口は油を注いだ火の渦よりは遅く、じっくりと錘をじわりじわり何食わぬ顔で追加していくみたいだ。


「す、凄い!経験あって故えの勘って奴ですね!」


「いいや、私はレディなんでね。これは、女の勘ってやつさ。」


 彼女は自慢気に、口元に人差し指を当てながらそう告げた。社長の際立つ能力は、その機転の速さも独特な戦闘スタイルでも無い。戦闘を行うに当たっての、その用意周到さである。頭の回転力、マナの総体量、戦闘におけるセンス。彼女にとってこれらは、あくまで大前提に過ぎない。手に入れた僅かな情報を頼りに持ち前の知識で戦略を練り、それらに対抗する為に手段を用意する。少なくとも一夕で身に付くものでは無い。また、リリィも同様であるが彼女は何枚も多く塗り潰すように上手(うわて)だった。侵入者、邪魔者を排除する為に用意した自慢のゴーレムを破壊され、紅の少女の怒気は強まり歯軋りを鳴らす。


「~~~~~~ッ‼︎」


 それは声にならない程の悔しさを混じらせた妬みの音。自分より上手なのが気に食わず、自分よりも優れた戦闘性に妬み、そして彼女の憎たしい笑みに憤怒する。歪んだ憤慨を燻んだ赤いピンヒールへ込め、床を突き刺すように少女は地団駄していた。


「小賢しい・・・ッ!小賢しいキツネめぇぇぇー‼︎バカにしてバカにしてバカにしてバカにしてバカにしてーーッ!!」


 少女の怒りは異常だった。突然回っていたネジや歯車が外れてしまったかのように、不気味に震え出す。リリィの真っ黒な妬みに呼応するように、少女の背後に咲く巨大なクロユリの花もまた激しく蠢く。それはまるで別の意思を持ち合わせているかのように、妬みの花は鬼哭(きこく)にも似た音を掻き毟る。禍々しいその音はやがて忍び寄るように具現され、僕の視界にぬるりと映り込んできた。


「な、なんだあれ!?」


「リリィの服から糸が、赤い糸が・・・。」


 背後に聳えるクロユリから蔓を伸ばすように、赤い糸が伸びていく。その糸は少女の着ていた真っ赤に染まったワンピースが解れ、糸自ら離れていく。

伸びていく分だけリリィの服は短くなっていき、血のように真っ赤な糸は太く禍々しく伸びていった。

怨念を帯びた糸の一本一本は螺旋状に重なり、鋭く尖った大槍を模った。

また一本、また一本とその極太の槍を次々と生成し、岩をも穿つ勢いで社長へ向けていた。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない・・・。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない・・・‼︎今日・・・、ここへ来た事、末代まで後悔させてやる・・・!あんたが、あんたが悪いからッ‼︎」


 紅色よりも色濃く、背後で不気味に咲くクロユリの色に感化されたように少女の覇気は黒く濁っていた。ぶつぶつと呪文を唱え始めるような凶音は、俯く少女の靉靆(あいたい)たる表情を誇張させた。暗がりから覗き込む冷たい銃口にも似たリリィの眼差しもまた、糸を束ねた大槍と共に睨み付けていた。


「やれやれ、一筋縄じゃいかんとは思ったが・・・。」


 安堵の溜め息を吐く暇さえ無い。そう思った彼女は腰に手を当てながら、どうにもやるせない溜め息を代わりに吐く。リリィは怒りを原動力に拍車させ、自分を見透かした眼差しで覗く社長へ狙いを定めていた。例え自分がどうなっても厭わないのだと云うように、少女の燻んだ青い瞳は常軌を逸した殺気を放っている。仮に彼女の覇気が見えなくても、悪寒は感じ取れる。ここに居ては駄目だ、早くここから離れろと第六感が急かすのだ。それは例に類い無く僕もその一人だ。彼女の視線は蛇に睨まれたように、ゾクリと背筋を凍らせる。


「もう・・・ッ、あんたがどうなっても知らないんだからッ‼︎半妖程度が、あたしを怒らせたんだ・・・。」


「リリィ!お願いだから、私の話を聞いて!」


 メリィはその透き通った青い瞳に涙を浮かばせながら、必死に彼女へ訴えた。しかし、そう止めに入ったメリィに向けた真紅の少女の瞳は酷く冷め切っていた。


「あんたは、うッさいのよっ!」


 まるで自分の周りを飛び交う羽虫でもはたき落とすように、鋭く尖った大槍を放つ。そこには実の妹に対してとは到底思えない程、殺気立ったリリィの暴走は躊躇が無かった。


・・・ゴキィ・・・ッンー。


「おっと・・・!」


 メリィが両手に抱えていた紙袋は、小枝から離れた枯れ葉のようにパタリと床へ落ちていった。その衝撃でジュウゴへ渡そうとしたブルーベリーパイは、床へと転がり無情にも形を崩しながら姿を現した。けれど少女の視界に映る光景は、とてもそれどころでは無かった。少女の足は力を吸い取られたように尻餅を付く。瞳孔を震わせ、信じられない光景が現実として目の前に叩きつけられたのだ。それは目を疑いたくもなる程に。寸前でメリィを庇ったのは社長だった。リリィの放った大槍よりも速く立ち回り、メリィの目前で右腕を支えながら防御した。鋼鉄すらも穿つ勢いで放った槍をもろに受けた彼女は、その衝撃で肩に羽織っていたスーツジャケットが飛ばされた。どれだけ速く、激しく動き回っても決して飛ばされなかったジャケットが彼女の身体から離れていく。アイロンでピシリと整えていた自慢の白いシャツは、無惨にも袖から破り千切れてしまった。


「ふむ・・・。文字通り、骨が折れるなこれは。」


 社長は、ペロリと下唇を舐めた。余裕とは程遠い、降行(くたちゆ)く痛みを滲ませながら。それもその筈である。彼女の腕は、先程の攻撃で関節からグニャリと捻れ、あらぬ方向へと折れていた。獣の毛を纏った右腕からは(すみれ)のような痛々しい斑点を滲ませ、直撃した右手の指はボロボロだった。力強かった鋭利な爪も指ごと折れてしまい血の色に染め上げ、それでも溢れるようにその血は止まらず滴る。ぽたりと一滴の赤い雫が、床を荒く染め上げていった。


「しゃ・・・、社長ーーーーッ!」


 僕は思わず、叫んでしまった。無理も無いじゃないか。この状況は絶望を与えるには充分過ぎる程に、あまりに辛辣だ。

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