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便箋小町  作者: 藤光一
第一章 人形師編

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29/58

29製作者と対話でおまかせを

「メリィの製作者・・・⁉︎」


 黒電話から囁くように聞こえたその声からは、驚愕とも云える内容だった。僕は思わず立ち上がり、跳ね上がる心臓を無意識に抑える。彼女が目を丸くしながら驚いていたのも無理はない。まさか、電話口の相手がメリィの製作者だったとは。いや、待てよ。何故、この電話口に製作者である都月(トツキ)ジュウゴが出たんだ・・・?確か、この電話に繋がるのは死んだ者の魂や生き霊、マナ、精霊などが該当する。今この声の主は、どれに該当するのか。少なくとも五体満足の状態ではないと云う事だ。前回のトリヤマくんのように半死半生の状態ではなく、恐らくはもう既に・・・。


「いきなり大物が出たな、イサム!」


 製作者と聞いた幼女もまた、思わぬ獲物が釣れた喜びを隠し切れないでいた。これは素直に喜んで良いものか、一喜一憂と捉えるべきなのだろうか。薄々彼女も勘付いている。今行っているのは潮来による降霊術であると、メリィも認識している。と、なれば流石の彼女でも、いや彼女だからこそ真っ先に勘付く筈だ。製作者である都月トウゴの安否を。進展に喜ぶチップとは別に、コツメは真逆の角度を見つめていた。被っていた帽子を摩りながら、口を開く。


「けど、この電話に製作者が出たって事は・・・。生死を彷徨う状態か、もしくは・・・。」


「コツメくん・・・。」


「す、すみません!」


 少年へと僕はそれ以上の事を云わせないように悟らせた。流石にそうだろう、当人の前で死んでいるなんて言葉を口に出す訳にはいかない。コツメは自分の失言に気付き、慌てるように頭を下げた。とは云っても、メリィは既に気付いているのだろう。黒く籠ってしまった青い瞳は、虚ろにも近い程にマナの生気を弱く灯している。彼女はただ単に、自分の家に帰りたかっただけではない。きっと製作者に、もう一度会いたかったのだ。メリィの原動力はもう一度会いたいという強い願望からだ。それが今、叶う可能性が氷のように溶けてしまった。黒電話の受話器を握り締めるその小さな手は、隠しているようにも見えるが僅かに震えていた。


「そうか。君は今、その辺りに居るのか。」


 都月はメリィの現状を知った後にそう告げた。よく聞けば彼の言葉の一節には生気は無く、淡々と落ち着いていた。これを落ち着くと表現して良いものか。心のバネと呼ぶべきか、抑揚が無いに等しい。まるで人形と会話しているみたいだ。お互いのマナ総体量が多いからこそ会話の音にノイズが無く鮮明に聞こえてしまう為、余計にそう感じるのだ。メリィは緊張と自分の心情をなるべく出さない為に抑え殺し、平静を纏おうとしていた。緩やかに跳ねた髪を摩ってはいたが、震える声がそれを許さなかった。


「はい、私・・・。あなたに会いたくて、家をずっと探してましたのよ。けれど、どれだけ探しても、どれだけ歩いても辿り着かなくて。」


 メリィは今にも泣き出しそうな程の声で発していた。ホースに流し込んだ水は指の力で何とか堰き止め、ギリギリまで本来の水流を抑えている。それでも僅かに生まれた隙間に、水は見逃す訳が無く少しずつ漏れ出す。今、彼女が涙を流さないのは人形だからか。それとも必死に堪えているのか。それを彼女に尋ねるのは、野暮という奴だ。流石の僕でも、そこでまで無神経ではない。こんな時、人は中々どうして。思うようにフォローという手が回らないのだろうか。つくづく自分の性格に嫌気が指す時がある。中途半端なフォローは、かえってただのお節介だ。こういう時に一番云ってはならないのは、「あなたのために、やっている。」だ。それはただのエゴであり、自分勝手な押し付けだと僕は思っている。だからこそ。僕は彼女に投げかける言葉が見当たらない。ただ静かに、彼女のツバの広い帽子へ手を添えるくらいだった。これだけの事しか出来ない自分が不甲斐無いな、そう思ってしまう程に情けなくも感じてしまう。


「そりゃあ、お前。方向音痴なだけじゃねーのか?」


 そうヅケヅケとぶっきらぼうに言葉を投げてきたのはチップ。良く云えば表裏の無い、悪く云えば無神経なセリフだ。こいつは他人を思いやる気持ちは無いのか。所詮は根っからの悪魔か。けれど、幼女の云わんとする事もわからない訳では無い。強ち方向性は間違っていないその要因に目を付けたチップには賞賛するところはある。ほんの少しベクトルが違う気がした。まだそれは僕の中でも憶測でしかないのだが、確かな違和感があるからだ。


「チップ、多分これ。それだけじゃねーぞ。僕の憶測だけど、彼女は何かされたんじゃ無いかな。」


「何かってなんだよ?」


「呪い・・・みたいな?」


 (つぶさ)にそれが何かと聞かれてしまえば、答える事は出来ない。けれど、メリィの身体には特別な何かが施されてしまっているのは確かな気がする。その予感こそ一喜一憂。予測が当たるのではという小さな期待と、外れて欲しいとも思いたくもなる願望。時に僕の予測という疑問は、静かに答え合わせをするように電話口から囁かれた。


「君のニュアンスは間違っていない。メリィは作為的に私の居場所が分からなくなっている。」


 都月家の主は張り詰めてた糸に、そっと触れるよう静かにそう答えた。やはり彼女の呪いにも近いものは、作為的に施されたようだ。誰かがそう仕向けるよう、図ったシナリオ。元々、方向音痴であるメリィに対し居場所を分からなくさせる呪い。その行いはあまりに陰湿である。現に彼女は自分に掛けられた呪いすら、都月に云われるまで気付いていないのだ。何故わざわざそんな事をする必要があるのか。戸惑いを隠せないメリィは目を泳がせていた。

 

「そ、そんな。ジュウゴ様、なぜそんな事を?」


「掛けたのは、私ではない。君も、よく知っている者だ。」


「私がよく知っている・・・、そんな、まさか。」


 都月の言葉に、メリィの唇はピタリと止まりだす。彼女の中の脳裏に浮かんだ一つの可能性。言葉には出さず、掠れる落ちるようにその声を殺す。それしか考えられないと云う結論は、言葉に出さずとも彼女の表情からそう訴えかけていたように見えた。彼女の思い描いた人物がどんな者かまでは未だわからない。少なくとも呪いと云うものを掛けたくらいだ。メリィには何者かに相当の私念を持たれてしまったのかも知れない。その原動力が彼女をここまでさせてしまった。愛する我が家に帰る事が出来ず、延々と帰る家を彷徨い歩く。感情はあれど空腹や疲れを知らぬ自動人形(オートマタ)は、小さな身体をその細い足で延々と彷徨う。後退と前進を繰り返し、見失った我が家を探し求めて。ずっと愛していたであろう製作者を探し求めて。


「悪い事は云わない。君は、ここに来てはいけない。」


 けれど、彼女へと向けられた都月の言葉は迎え入れるものではなかった。想像していたものよりもぐるっと反転させられ、メリィにとって辛辣なものだった。ピシリと締め出された扉は、針をも通さまいと云わせる程だ。何だこれは、こんな事があって良いのか。僕は漠然と許せない気持ちが溢れ出していた。背中の奥が妙に熱を感じる。沸々と湧き出す怒りが受話器から聞こえる声の主へと視線が向けられていた。製作者なら・・・、親と変わらない時間と想いがあるのならば、もっと投げかけるべき言葉があるだろう。いや、落ち着くんだ。メリィの、彼女の想いを踏み躙ってはいけない。メリィの想いを感じとってから。他者からエゴを押し付けてはいけない。落ち着け・・・、落ち着くんだ。


「それでも・・・。」


 彼女は声を殺した。震える手を隠し、声を霞ませ、頬に伝っていた涙を悟らせまいと。電話口の相手へわからないように、必死に堪える彼女が僕の目の前で震えていた。・・・その時だった、もうどうにでもなれと感じた瞬間は。


「それでも、彼女は貴方に会いたがってます!あなた達の関係も分からないし、過去に何があったのかも知りません。」


 それはもう、破れ被れと表現すれば正しいのかも知れない。自分の中で何かが吹っ切れてしまった、これ以上黙って聞いてられない。これが若さ故のなんとやらと云うのなら、それでも止めてくれるな世間よ。僕は例え、この人に嫌われてしまってもどうなったっていい。メリィの想いを届けたい、その一心だけだった。当の本人であるメリィは、僕の荒立てる喧騒に驚いた表情で見つめていた。多分、この子は「何故?」と思う事だろう。僕だってそうだ。僕だって今、何をしているのか。それは猪突猛進でもある、決して虎視眈々と狙って仲裁に入った訳ではない。順当に回っていた歯車が何かの拍子に吹き切れて、どうにかなったんだと思う。


「部外者の君には、関係の無い話だ。」


「関係無いから不躾な事を聞いているんだ!」


 都月はそれでも冷静だった。恐らく彼はもう、この世には居ないのだろう。死者と会話している筈なのに、まるで本当に生きた者と会話しているみたいだ。それでも平坦とした抑揚は冷たく、花の芽をへし折るようにあしらわれる。もはや感情が爆発していた。誰かに、こんなにまで声を荒げた事があっただろうか。もっとも、誰かの為にと云うのはそれこそ不躾だが、ここまで怒った事があっただろうか。一見冷静になって聞けば、とんでもない事を云っているのは恐らく僕の方だ。それでも彼女の想いを、この依頼を解決してあげたいと云うのは本心だ。その感情のせいで正しい道なのだと錯覚させてしまう。わかっている、わかっているさ。


「お兄様・・・。」


「あなたがメリィの製作者であるならば、親みたいなもんじゃないですか!だったら一目くらい産んだ我が子を見たって良いじゃないですか‼︎」


「・・・N市の十字街を過ぎた森の奥にある屋敷だ。私は止めた・・・。メリィ、君は・・・。」


ツーー、ツーーー、ツーーーーー。


 喧騒が渦巻いた降霊術による対話は、ここで途切れてしまった。受話器からは電話の切れた信号音が機械的に繰り返し、無情に鳴り響く。彼女はゆっくりと、その受話器を黒電話の本体へと元の位置に戻した。


「メリィ・・・。・・・ごめん。」


「大丈夫、大丈夫ですわお兄様。」


 やはり不味い事をしてしまっただろうか。結果的には居場所を掴む事は出来た。だが、その過程は我ながら滅茶苦茶だ。こんな事、社長だってこんな強行突破をしないだろう。耳の裏が酷く熱い、熱湯でも注がれたみたいだ。当の彼女は胸に小さな手を当て、深呼吸を施していた。気持ちを落ち着かせ、冷静になれと。私は立ち止まってはいけない、むしろここから進まなければならないのだ。そう前向きな表情で考えてくれる事を願う。電話を切って咄嗟に出た謝罪は、自分でも解るくらい気が抜けていた。身勝手な事をしてしまったなとは思っている。都月から情報は聞き出せたとはいえ、端から見れば最低だ。もっと大人な対応は出来ただろう。忖度という言葉がある通り、真摯な対応があった筈だ。ここは反省だな、メリィを見習わないといけない。過ぎてしまった事に対処するのも大事だ。手に取ったバトンに責任を持て。お前が導くんだ、僕が前を見て、自分で旗を掲げるんだ。ここへ進めと、強く。先導するんだ。社長を見てきた僕なら出来る。そう、自分を錯覚させるんだ。進み出す一歩は、没入しただけ謳歌させる。それに僕だけじゃない。僕の周りには仲間がいる。


「板さん!」


 僕達の会話を横目に老婆は、ずっとどこかと電話をしながら鉛筆を走らせていた。自分の肩と頬で衛生携帯を挟み込みながら、時折ノートパソコンを打楽器のようにリズミカルに叩き込む。いつ観てもその光景は異様であり、異常だった。けれどそれこそが彼女らしく、頼もしい一面でもある。案の定、この老婆は僕らが話している間にしっかりと情報を掴み取ったようだ。満遍なく塗り潰した笑顔をこちらへと向けながら、メモ紙をこちらへと差し出してきた。


「わかってるよ、坊や。もう場所は、特定しているさよ。あの森にある屋敷は一つしかない。都月(トツキ)家の屋敷、迷う事無く辿り着ける筈だよ。」


 同時に老婆は、ノートパソコンをこちら側へと向けて映り込む液晶画面を見せた。そこには、都月家の住所と地図。そして屋敷の外観映像だ。この仕事の速さは、もはや感服である。八十は裕に超えているであろう老婆が現役諜報員顔負けのクオリティには恐れ入る。渡されたメモ紙に記されていたのは、都月家の屋敷の住所。そこは思ったよりも近い位置にある。歩いても一時間もあれば辿り着ける場所の筈。これならば、ある程度の用意をした上で向かう事が出来る。けど、その前に確認をしなければならない事がある。


「都月ジュウゴの屋敷・・・。そして、メリィのよく知っている人物・・・。メリィ、その様子だと心当たりがあるんだね?」


 そう、彼女の心当たりとなる人物Aだ。彼女との間柄が、身内なのかか第三者となる人物なのかで大きく事情は異なる。第三者となれば、屋敷と云う第一印象から金品などを狙う犯罪目的と云うところだろう。厄介な自動人形(オートマタ)を追い払い、安全な状態で金品を奪う。身内であれば少し厄介だ、私念や憎悪からなる所謂家庭内トラブルに近い話だろうか。私念も混じっている以上、そんな簡単な話で治まるだろうか。もっとこう、入り乱れているようにも捉えられる。いずれにしても、その人物は“ギフト”に近しい存在である事が裏付けられる。彼らの事をよく知っており、ましてやメリィの方向音痴という特性も利用している。その事からなるべく考えたくないところではあるが、身内が濃厚か。


「はい・・・、きっとリリィの事ですわ。」


 彼女は震わせた唇を動かし、まさかと疑いを混ぜ合わせ恐る恐る声に出した。その表情はどこか恐怖を滲ませていた。そうあっては欲しくないと云う感情も入り乱れているのかも知れない。震えていた指先を誤魔化したく、押さえ込むように緩やかに巻かれた髪を弄り始める。これはきっと彼女の癖なのだろう。心配事や不安が重なり始めると、つい無意識に行ってしまう癖。周りには悟られないよう静かに抑え込み、密かに自分の中で自分自身を鼓舞させる。大丈夫、大丈夫と自分を暗示させて不安を紐解こうとしているのだろう。彼女の云う“リリィ”と云う人物。その人物こそが今回の事件の発端となるのか。発音も名前もメリィとよく似ている。と、なるとやはり身内が濃厚か。すると口を紡ぎ、ずっと腕を組みながら座っていたチップはチラリと少女へ視線を向けて口を開く。


「リリィ?また新しい名前が出てきたなぁ!」


「リリィは私の双子の姉。と云っても、姉妹の上下関係は然程ありませんわ。」


 やはりその“リリィ”という者は身内だったか。しかも双子の姉、・・・つまりその彼女もまた、自動人形(オートマタ)である事が証明される。メリィと同じく同時期に作られた存在、それがリリィか。上下関係が無いと云う事から中慎ましい関係性にも思えるけど、そう一言で云えるものではなさそうだな。もう少し彼女から情報を手に入れよう。何か引っ掛かる、歪に曲がった深い溝がニタリと笑ってるみたいだ。背筋を震わせるような何かが違和感だと僕に訴えかけてきているからだ。彼女の言葉にダウナーなチップは眉を歪ませ、チッと舌打ちを弾ませて言葉を返し始めた。


「そいつが何したってんだよ?お前が何かしたんじゃねぇーの?」


「それはわかりませんわ・・・、ただ・・・。」


 彼女は考え込むように口元を手で抑えていた。メリィに呪いを掛けた理由は何故なのか、原因はどこにあるのか。流石に彼女にも理由は解明出来なかった。しかし、こう云う時のチップは一見ぶっきら棒な質問を投げかけてはいるが恐ろしくも的確である。変化球やキャッチャーのサインを度外視したド直球勝負。表裏の無い性格だからこそなのかも知れない。幼女の探り方はある意味、こういう探偵業に近いヒアリングは天性の得意分野ではないだろうか。そう、錯覚してしまう時もある。ところでメリィの思い詰めるような表情だが、中々その口からポロリとは出ない。自分の中でまだ確実性のある証言が出来上がっていないからだろうか。その天秤は揺らいでばかりのようだ。ならば、こちらからアプローチしてみるか。


「何か訳ありのようだね、詳しく聞けるかな?」


「はい。あれは数年前の事ですわ。」


「おいおいおい、そんな前から戻って話すのかよ!話は短絡的にだなぁ・・・!」


 少々短気な幼女は腕を組みながら、胡座をかいた脚をバタバタと仰ぎ出す。前言撤回、こいつに探偵行は所詮無理な話だったようだ。こいつは長い話が苦手だ。児童用絵本の読み聞かせですらギリギリの耐久力だ。本当に興味があるものでしか瞳を爛々とさせない、見た目通り子供そのものだ。ただ、生憎今回は彼女とは相性が悪いようだ。話のタイミングというか波長がまるで合わない。ここは無理矢理にでもチップと距離を離した方が良さそうだ。そう思い、僕はチップの肩を二度軽く叩いた。


「チップ、なんだアレ?」


「ん?」


 僕は明後日の方向に指を差し、幼女の視線を無理矢理ずらした。かなり古典的だが簡易なドッキリみたいなもんだ。少しでも視線をずらせればそれで良い。オツムの弱いチップはまんまとその手に乗り、面白いぐらいに引っ掛かってくれた。勢い良くその明後日の方向へと振り向き、その何も無い景色の先にキョトンと目を点にしていた。


「すまないメリィ。話を続けてくれないか?」


 そうしたならば後は簡単な事だ。メリィへと話を戻しヒアリングを開始しようか。しかし、いくらアホのチップでもそれが騙された事には直ぐに気付いたようだ。鼻息を鳴らし、騙された事に恥じらいを感じたのか真っ赤に耳を火照らせてこちらへと振り返る。


「イサム、てめぇ!悪魔の俺様を騙しやがったな、クソが!悪魔を騙すって事は覚悟出来てんだろーな!逃げも隠れもするが嘘だけは云わねえこの俺様をからかった事を、末代まで呪って後悔してやるぜ!おいこら、こっち見ろウスラトンカチ!歯、食いしばってぶん殴ってや・・・ふんギャロ⁉︎」


 まるで沸騰した鍋でもひっくり返したように怒りをぶつけてきた。が、幼女の行動は想定済みだ。長々と啖呵を切って凄む幼女の顔面を鷲掴み、そのまま畳へと叩きつける。突然の僕の行動にメリィやコツメは、ギョッと驚いていた。メリィは乙女のように広げた両手を口元へ当てていた。コツメは密かに込み上げる笑いを覆い隠すように、右手で深く帽子を被っていた。すまんなチップ。今このシリアスな会話の中では、少々お前が邪魔なんだ。叩き付けられた幼女は突如として訪れた衝撃に失神をしている。


「チップくん、君が哀れだよ。とりあえず、おいらはチップくんを連れて外に行くからさ。そのままメリィさんとお話しを続けてください、イサムさん。」


 コツメの冷めた眼差しは熱したアスファルトに干涸びるミミズを見るようだった。そのミミズと酷似しているチップを後ろから抱え込み、ズルズルと店の出入り口へと引き摺っていった。すっかり世話を見る癖が付いてしまったのか、チップへの対応の仕方が恐ろしく速い。不思議と何故か皆、チップへの対応の仕方が日が進むにつれぞんざいに扱われているのは気のせいか・・・。まぁ、それは僕もその一人に該当している事は云うまでもなく認識している事だけれども。何はともあれ、これで邪魔者は居なくなった訳だ。ゆっくりと彼女のヒアリングを行う事としよう。


「あぁ、助かるよコツメくん。メリィ、続けてくれないかい。」


「はい、私はリリィに買い出しを頼まれたんですの。ジュウゴ様と私達は誕生日が同じなのです。それでジュウゴ様の好物であるブルーベリーパイの材料をあの日、買いに出たのです。」


「うん。」


「ただ、その日はブルーベリーの仕入れが悪くどこのお店にもありませんでした。結局夕方まであちこち探し回りましたけれど、材料は手に入らず手ぶらで帰らざるを得ませんでしたわ。けれど・・・、そこで違和感に気付きましたの。」


 メリィは自分に起きた事の顛末を思い出しながら話してくれた。どうやら彼女は、そのリリィとやらにお使いを頼まれたらしい。話の展開から、買い出しを頼んだのは恐らくただの口実。そう仕向ける為にメリィにそうさせた。となれば、考え過ぎかも知れないが計画的な行動だと思われる。彼女に呪いをかけて、かつ外出させて帰れなくさせる。けど、何故そんな事を?考えられるのは、何らかの理由でメリィが邪魔だったからか。けどその真意はまだ彼女自身にも解らない。やはり根源となるリリィと云う人物に接触しない事には、この不透明さは改善されないか。


「帰り道がわからなくなった・・・、と?」


 彼女は静かに頷いた。数年前に起きた記憶を呼び起こしながら、俯いた表情で顔を上げる事はなかった。メリィはこの数年間も彷徨い歩いていたと云うのか、宛のある筈の自分の家を、都月ジュウゴと云う存在を。自分の方向音痴とリリィに掛けられたのであろう呪いが相まって邪魔をさせる。それはもどかしくも哀しい状況だろう。尚その状況であるならば、藁に縋る想いで便箋小町へ訪ねてきたのだろう。


「えぇ、その通りですわ。けれど、それだけじゃありませんの。私はその日以来、道という道がわからなくなってしまったのです。自分が今、どの道を通っているのか。今まで通ってきた筈の道でさえ、わかりませんの。」


「ジュウゴさんが云っていたように、作為的に呪いのようなものを受けてしまったのか。」


「ジュウゴ様に先程云われて、合点が行きましたわ。元々、方向音痴なのは認めてましたけれど。私、ここまで酷くは無くてよ。自分の家ぐらい、本来なら犬や猫だってわかりますのに。」


 彼女は強がるようにシュラグを見せる。何年も家を探し回り続けると云うのは、一体どんな心境だったのだろうか。僕には想像も出来ない。いっそ記憶ごと無くなっていた方が遥かにマシだ。それ故にこの呪いはあまりに陰湿で、第三者から見ても怒りが込み上げてくる。だが、それも今日までだ。彼女にこれ以上悲しい想いをさせるつもりは無い。きっと社長だって勘付いて同じ気持ちの筈だ。ならばどうする、決まっている。この迷える少女に手を差し伸ばし、僕達が導いてやるんだ。メリィの家、都月家の屋敷へ。


「けれど、今ならその場所がわかる。行こう、メリィ。」


「えぇ・・・!目的地がわかれば、後は向かうだけですわよね。」


 僕の言葉に漸く彼女は、俯いた顔を上げてこちらを見上げてくれた。メリィの云う通り、後は向かうだけ。ここまで乗っかった船だ、泥舟だろうと突き進んでやる。だが僕も社長に倣って、ここは少し“出来る男”と云うのを見せつけてみようじゃないか。えーっと確か、前に社長がこんなシチュエーションの時に貰ったアドバイスによると・・・。


「その前に、一つ忘れ物があるだろう?ブルーベリーパイを。」


「え・・・、でも誕生日はとっくに過ぎてましてよ?」


「簡単さ、君はまだ祝っていないだろ?今からでも遅くないさ。」


「流石ですわ、お兄様。」


 うむ、どうやら成功のようだ。って大丈夫か、これ。なんか僕らしくもないキザっぽい感じというか、古臭いというか。どうなんだ、これ。こういうのがかえって丁度良いのか?試しにとはやってみたが社長のメモは今後封印しよう。さて、漸く目的地もその目的も定まってきた。彼女の屋敷に向かうのもそうだが、まずはプレゼントの用意だ。云い出しっぺだからな、ここは責任持たないと。

 板さんから貰ったメモ紙を胸ポケットに仕舞い込み、メリィと共に立ち上がる。コツメは既に黒電話と真空管ラジオの片付けを始めており、僕らに軽く会釈を流した。「あなた達なら大丈夫です。」と口には出さなかったが、そう笑顔で囁くようだった。板さんも正座をしたまま短く会釈をした後に、小さく皺混じりの手を振っていた。そうして僕とメリィは、タバコ屋を後にし出入り口へと向かった。



・・・。



・・・・・・。



 出入り口の扉を開けると、外ではチップがヤンキーのように座り込んでいた。所謂うんこ座りである。かかとを地面につけた状態のまま、脚を広げてしゃがむ姿勢。ダウナー気味の目付き悪い幼女には、何だか無理に背伸びをしているみたいだ。(ワル)に憧れる中学生というか、タバコでも指に挟めていれば立派な不良の出来上がりだ。内心はそのような格好を決めつけているチップだが、実際はカッコつけたいロマン思考なのだ。そんなチップはアホ面を映し出しながら、青空をぼーっと見上げていた。僕が幼女へと声をかけると、無理の無い角度で首だけで振り向き声をかけてきた。


「どうだ、イサム?整ったんだろ?」


「あぁ。今、社長にも伝えたところだ。彼女とは現地で落ち合う予定だ。」


「ッしゃあ!んじゃ、カチコミと行こうぜ!」


 そう聞くとチップは、闘志を燃やすように拳を叩き覇気を溢す。そのやる気はコーナーポストでマウスピースを咥え、ゴングを待ち望むボクサーのようだ。やはり悪魔だけあって、血の気が増すとモチベーションが上がるらしい。とは云っても誰もそこに行って戦うなんて一言も云った覚えはないのだが・・・。幼女の拍車させる早とちりを、今削いでしまうのは少し勿体無いか。ここは何も言わないでおこう。チップには戦闘というイベントがあるかもという期待という風船を膨らませておこうじゃないか。すると両手の手の平を上に向けて肩をすくめだしたメリィは、少し呆れた様子だ。


「あなたが居ると何だか不安が募りますわ。」


「んだとコラ、人形野郎め!」


「私、れっきとした乙女でしてよ?“野郎”はやめてくださいまし。」


 人形の少女は深めの溜め息をやれやれと吐き溢し、チップへと圧を与えていた。その態度は明らかな自分よりも格下であると、カーストを決め込んでいる様でもある。先程、社長にも連絡を入れて状況を伝えたところ、どうやら彼女の方でも何かを掴んだらしい。こちらもほんの少しだが、準備が必要だ。そろそろ油を売っている場合ではない。少女達の痴話喧嘩はこの辺で差止めにしておいて、物語の栞を抜き取ろうではないか。


「まぁ、それぐらいにしようかチップ。」


「なんで、注意するの俺だけなんだよ!」


「ふふふ。」


 チップは空を切るように拳を振り回しながら、怒りを露わにし地団駄を踏んでいた。余程それが面白かったのか、はたまた滑稽だったのかメリィは気品ある笑いを見せた。改めて思うとメリィが人形である事を時折忘れてしまう。それだけ彼女には、人間味ある仕草だったからだ。一時(いっとき)に流れていた涙はどこへと消えていったのか。そう思う程に少女の笑顔は空のように眩しかった。


「目的は定まったんだ、後は浮上するだけだ。」


 後はそう、浮上するだけ。僕は心の奥底でも復唱するようにその言葉を準えた。無意識に自分を鼓舞する為だったのかも知れない。これから起こり得る事だって平坦な道では無いだろうから。一種の自己暗示作用。全く、つくづく僕はハズレくじを無意識に選ぶのが好きらしい。けれどそれが嫌いじゃ無いと思うのも性分なのだ、やれる事は全部やる、そういう性分なんだ。・・・おっとその前に、忘れちゃならない事があるな。僕は人差し指を空へと指差すように掲げ、二人へ提案を導いた。


「と、まずはブルーベリーパイを探さないとな。」


「え、ブルーベリーパイ?・・・なんで?」


 ニッコリと笑顔を見せたメリィの隣には、豆鉄砲でも喰らったような拍子抜けたチップがそこに居た。幼女の事はさて置き、僕達は歩みを進めた。確かな一歩を、メリィにとって確かな前進を。


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