28潮来と河童でおまかせを
社長と二手に分かれた僕達は、板さんの居るタバコ屋へと向かった。僕達はメリィの家を探す為に、社長達は別の調べ物の為に。いつもより険しい表情を見せた彼女が少し気掛かりだった。何か心当たりがあるのか。はたまたあまり良くない事が起ころうとしているのか、今の僕では知る由も無かった。きっと何かの準備を踏まえているのだろう、河童騒動の時もそうだったし。とりあえず、こちらはこちらで情報収集だ。ボサボサ頭の幼女とゴスロリチックな少女を引き連れて。これ、傍から見たら僕はどう見られているのだろう。兄妹として見られればまだ良いが、一歩間違えれば犯罪紛いの変態扱いにも見られてしまうんじゃないか。そんなどうでも良い事を考えながら、僕はタバコ屋の小窓に座る老婆へと近付く。
「おや、そろそろ来る頃だろうと思ったよ。」
「板さん、お久しぶりです。」
タバコ屋の店主、板見レイコだ。通称“板さん”で名が通っている潮来である。まるで僕らが来る事を既に予見していたように、彼女はにっこりと皺混じりの笑顔を見せた。
「坊やも元気そうだね。」
「板さんもお変わりなく。」
「そういえば、あの一件以来ここに来るの久々ですね。」
そう、ここへ来るのは河童との騒動以来だ。なんだかんだで依頼解決後は、後処理に追われに追われてしまい中々挨拶に来れなかった。僕自身も異界へと迷い込んでしまったのもあって、それどころでは無かったのが言い訳だ。
「あー、イサムはそうだろうな。」
「ん?なんだその云い振りは?」
チップは、手を頭の後ろに添えながら話しかけてきた。“イサムは”と境界線を引き、僕以外はもう何度か訪れているような物言いだった。幼女は、ふふんと自慢げに鼻を鳴らしながら両手を腰に当てていた。
「俺は、ちょいちょいあの婆さんのとこで遊んでるからな。」
「そうなのか?」
「そうさよ、チップちゃんは一緒に公園で遊ぶ仲さね。」
どうやらチップは意外にも、結構ここへ来て遊んだりしているらしい。てっきりコツメも住み込みでこのタバコ屋で身の回りの世話をしているから、幼女は近寄らないと思っていた。この悪魔は特に、コツメと云うよりは河童の臭いに敏感なようで気嫌っていたからだ。とは云え、あれから一ヶ月以上は経っている。住むところ環境が変われば、多少の変化はありそうだけれど。
「婆さん、スゲーなんだぜ!げーとぼーるってやつを教えてくれてよ、これが意外とオモシれーんだよ。」
「そうなのか、なんかお前がここを出入りしてるの意外だな。」
どちらかと云うと、板さんと遊ぶ機会が多いのか。云われてみれば確かに、最近しょっちゅう出かけてる様子はあった。それよりもチップがゲートボール?全く想像出来ないな。子供のように、動くのは好きな印象はある。けれどゲートボールは前述みたいに動き回らず、球技の中でもチェスのような頭を使うゲームだ…生物界の中でも下から数えた方が早い程度の知能しかない幼女に、果たして出来るんだろうか。
「イサムもやってみるか?婆さんのスパーク打撃は圧巻だぜ!流石…電撃の板見と呼ばれるだけあるぜ。」
チップは親指を力強く立てて、まるで自分の事かのように力説する。それは宛ら学生時代に同じクラスだった奴がメジャーリーガーとなったのを見て、他人に自慢する様である。興奮冷めやらぬ猛る思いを露わにし、鼻を鳴らすチップ。
「まぁ・・・、それはまたの機会にな。」
こう云う時は、なるべくこいつのテンションに合わせないようにと心掛けている。幼女の誘いは軽くいなし、ここでの話題は断ち切る事にした。すると、ずっと僕の後ろに隠れるように身を潜めていたメリィが顔だけを出し、ひょっこり覗き込んできた。その表情はどこか不安そうで、少し緊張を浮かばせていた。
「お兄様・・・、このお婆様は、一体誰ですの?」
「あぁ、紹介するね。彼女は、板見レイコ。潮来と情報屋をやっているんだよ。」
実にあっさりと紹介してみては見たものの、正直何を云っているんだかと思うところだろう。その証拠に少女は、ポカンと豆鉄砲でも食らったかのように頭を傾げていた。
「潮来って、あの降霊術ですわよね・・・。でも、ここタバコ屋ですわよ?」
「そうなんだよね・・・。まぁ、表向きはって捉えてくれれば良いかな。」
メリィの言っている事はごもっともで、なんで潮来がタバコ屋をやっているのか。しかも情報集めも生業としているならば、余計にその現状を理解するのに時間がかかる。恐らく混乱させてしまう理由は、その店主が老婆だからと云うのも一理あるかも知れない。見かけによらずとんでもない老婆であり、その隠れたスペックと見た目のギャップは凄まじい。そんな老婆の板さんはメリィと目が合い、やはりにっこりと笑顔を溢す。
「おや、今日はめんこいおべべを着たお嬢ちゃんも来たのね。」
「そうなんです、今日はこの子について情報を集めたくて・・・。」
今日の目的は、この自動人形メリィの元居た家を探す事。厄介な事に彼女の家は、当の本人も持ち前の方向音痴のせいで分からない。社長曰くだが、それだけでなく何かしらの結界があるせいだと評していた。一理ある話だが、彼女の探査能力に一つの疑問が思い浮かぶ。それは、彼女が探査に引っかからない結界を張った便箋小町をピンポイントでマーキングしていた事だ。謂わば彼女にとって、事“探査能力”に関して云えばその結界すらもすり抜けて探知出来る。ただ、単純にその行き方というルートが把握出来ない方向音痴のせいで道に迷っているだけだ。そうすると、もう一つの仮説が生まれる。メリィの家が結界を張られている訳では無い。彼女自身に何かしらの呪いのようなものを付けられているのではないか、と。いくら方向音痴でも、ずっと探し回っていれば時間が掛かったとしてもいずれは目的地に辿り着ける。彼女の身体には、家に辿り着けないように妨害されているのではないか。そう推測できるのでは無いだろうか。それならば前回の功績でもあった板さんなら、強制的に探り当てられるかも知れない。
「うんうん、うーん、お嬢ちゃんは・・・、“妖”では無いねぇ。ただのお人形でも無い。」
板さんは、少し神妙な面持ちで少女を見つめていた。社長の時もそうだったが、メリィの姿に違和感を受けていた。ただの自動人形では無いと気付いた老婆は、皺混じりの頬を摩っていた。
「あら、お婆様。よくわかりましたこと。」
同時にメリィも老婆の反応に驚いていた。一目会っただけで社長や板さんは、自分の事をズバリと云い当てるのだから無理もないだろう。板さんは物珍しそうに、というよりはどこか懐かしみを帯びていた。宛ら子供の時によく遊んでいた玩具を、プレミア価格のショーケースに並べられているのを見かけたように。
「随分と懐かしい術式を組まれたんだね、これは。」
「板さん、わかるんですか?」
「こいつは宝石魔法だよ。今はもう廃れた昔ながらの術式さよ。何年も何年も一つの宝石にマナを注ぎ込んで作られた術式。それをこの人形の回路にしてるんさね。」
「成程、そんな技術が・・・。」
はっきり云うと何を云っているのか良くは分からなかったが、何となく伝わる。老婆が話す宝石魔法というのは、恐らくかなり昔からある魔法の一つなのだろう。科学でもそうだ。より効率的で早く的確なものが時代が進むと共に造られる。そうした中で古い方法の物や機器は廃れていき、使う者は少なくなっていくのだ。例えるなら、まだ白黒の映像しか映し出せないブラウン管テレビを使用しているようなもの。現代と比べればシンプルな構造な分、一定のクオリティを保ち長持ちする。ひょっとしたらメリィの瞳に埋め込まれているその宝石魔法とやらは、それに近しい物ではないか。そう彷彿する事も出来た。僕が顎に手を添えながら考えていると、店の奥から聞き覚えの声が聞こえてきた。
「板さーん、在庫整理終わりましたよー?次は・・・。」
聞き覚えのあるその声の主は、河童の少年コツメだった。板さんの背中奥からひょこっと顔を出しながら、板さんへ確認を促していた。先述の通り彼は河童の里から離れており、今は板さんの店で住み込みで彼女の身の回りの世話をしている。河童の姿はしておらず、代わりに初めてコツメとあった時と同じように少年の姿をしていた。相変わらず帽子を深く被り、ギリギリ少年の目が見えるかどうかであった。けれど少し違ったのは、少し自信を持っているように感じる。人見知り独特のオドオドした感じは無い。すっかり彼女と打ち解けているのか、孫とその祖母のような間柄にもつい見えてしまう。
「げ、コツメ。」
その声と顔を見たチップは、怪訝そうに言葉を漏らした。幼女のあから様な態度は馬鹿正直であり、年端も無い少年でも受け止め方によってはショックと感じるだろう。反射的に身を引いていた幼女は、組み手をするように型を構えており臨戦態勢だ。
「“ゲッ”ってなんだよ、チップくん。いつもオイラを見るなり、顔をしかめて!」
「いや、なんか反射的に・・・。河童は生理的に、拒否反応が出ちまうんだよ。」
コツメもまた少し呆れた様子で澄ました顔をしていた。もはやチップに云われる事は既に云われ慣れてしまっているのか、右から左へ受け流しているようだった。裏表の無い幼女は、逃げも隠れはするが嘘は云わない性分だ。
思った事は蓋を閉じる事は無く、口からはオブラートすら無い真正面の言葉をぶつける。決して悪い事ではないし、こいつ自身の良い取り柄だと思っている。けれど、それは時に捉え方によって築き上げた関係性というバランスを崩す事もある。現代社会を生きる上でこの真っ直ぐな心は、思いもよらない障害になりかねないのだ。まぁ、“ギフト”同士なら話は別なのだろう。コツメもチップの性格を分かってて、接しているのだから。だから人間である僕はチップに指摘する言葉を飲み込み、代わりにコツメへ手を振った。
「やぁ、コツメくん。君も変わりなく、元気そうだね。」
「あ、便箋小町の垂さん!あの時以来ですね!」
「そうだね、あの後色々あって中々来れなかったんだ。」
改めて声を掛けたが、コツメは元気そうだった。河童の騒動があってから、塞ぎ込んでしまっても可笑しく無い事態だったのだ。少し心配をしていたが、どうやらもうその心配は必要無いようだ。僕が思っていた以上に彼は吹っ切れているようで、逆に雁字柄めとなった綻びが解けたようだった。これも故郷を離れ、板さんと共に暮らした事で出ている笑顔なんだろうか。
「忙しい事は良い事ですよ。」
「いや、忙しいとはまたちょっと違ったんだけどね。」
「苦難、困難あってこそ“有り難い”って言葉があるじゃないですか。」
「なんかコツメくん。なんていうかここへ来て、随分垢抜けたね。」
あれ、というかコツメくんってこんな綺麗に敬語話す子だったっけか?まるで暫く会わなかった新入社員が、見違える程頼れる後輩になったみたいだ。それは妙に大人びていて、M市で初めて会った時よりも落ち着いていて礼儀作法もしっかりしていた。
「どうでしょうか、知らなかった鎖が見えるようになったからでは無いかと。」
「それは大人になっても見えない人だっているんだよ。」
コツメは箱詰めされていたカートンを開け、一個ずつタバコを陳列しながらそう云った。人生の折り返し地点にでも到達したような云い振りだった。曰くそのしがらみは自分の心と同化していて、本当は異質な物だと気付くのには中々に時間が掛かる。それは一種の洗脳に近いのかも知れない。今こうやって当たり前に暮らしている事象だって、誰かのエゴで上書きされたものかも知れないのだ。違和感から進みその一歩を踏み出した少年は、以前までの目とは違っていた。自らその鎖を引き千切り、自分が正しいと思う道を歩んだハニーイエローの瞳は輝いていた。
「あら、今度は河童さんですの?」
するとメリィは、コツメに不思議そうに問い出した。無理も無いだろう。こんな街中に、しかもタバコ屋なんかに河童が居るなんて想像もし得なかっただろう。というかなんで彼女は、この少年を河童だと見破ったんだ?見た目は年端も無い、何処にでも居るごく普通の少年だ。当のコツメもギョッとして驚いていた。そんな筈は無いとでも云うように、目を丸めて驚いている。
「あれ・・・?僕の変化、下手だった?」
コツメは僕に向けて心配そうに声を掛けてきた。それは僕も驚いているところだよ。君の変化は、一目では見破れない程に人間の少年だった。
「そんな事は無くてよ。けれど河童さんは臭いが独特だから、すぐに分かりますわ。」
コツメの言葉を聞いて、彼女はすぐに自分の言葉を弁明した。どうやらチップと同様に、河童特有の臭いを感じるらしい。当然、人間の僕にはその匂いとやらは感じない。と、なると“ギフト”だからこそ感じるセンサーがあるのだろうか。ただ、生理的な拒否反応を示す幼女とは違って、毛嫌いをしている様子は無い。例えるならば、食卓に並べば食べるが自ら好んで食べる程では無い。そんな興味の薄さでもある。同じ“ギフト”でも相性があるのだろう。今は、そう云う事にしておこうと飲み込んだ。
「やっぱ、僕、臭うの?」
「いや、そんな事は無いよ。勘付くのは“ギフト”だけさ。」
「お前ぇにしちゃあ、上出来だよ。」
「君は変化も何も、何も出来ないじゃないか。」
何故か自慢げに腕を組み、さもコツメの師匠かのような態度で幼女は言い放っていた。当然それを聞いたコツメは呆れた様子で目を細めながら、空となったダンボール箱を持ち上げていた。
「さ、お入りなさいな。坊やは、仕事しにここへ来たのだろう?ほら、コツメちゃん。案内しておやり。」
「はい、皆さんどうぞ、こちらへ。」
板さんがパンっと手の平を叩き、一連の会話に一旦の終止符を打った。まぁ、流石に見た目未成年の少年少女御一行がタバコ屋の前でゾロゾロと集まるのは目立つ。あんまり長い時間、店の前で屯ろするのも注目が集まってしまうだろう。ましてや、本日のメインゲストであるメリィの格好は特に目立つ。見た目もこの国の少女と云うよりは、海外から来た整った容姿の持ち主だ。僕達は、板さん達に招かれ奥へと案内された。
・・・。
・・・・・。
「それで、坊や。このお嬢ちゃんの何を知りたいんだい?」
以前も来て驚きはしたが、この部屋は不思議と外から想像出来ない程に意外と広い。一面が畳で敷き詰められた上には、どこかで見た事があるちゃぶ台。そこにいつものようにと、お馴染みのルーティンで黒電話を置く。コツメも後から追いかけるように真空管ラジオをこさえて、畳の上へと置いた。僕達は用意されたちゃぶ台を囲むように座り込んだ。そのまま指を交差するように手を組み、僕は口を開く。
「えぇ、彼女メリィの家を探して欲しいんです。」
「そうさね、何か手がかりになりそうなものはあるかい?」
「私の、この瞳で如何かしら?」
板さんがそう問いかけると、メリィはそっと被っていた帽子を外した。ふわりと舞う緩やかに巻いた金色の髪は、まるで風に揺らされた小麦畑のようだった。前髪を摩り、青と云うには一言では云い表せない宝石の瞳に指を差す。彼女の瞳は見る角度や周りの光加減で輝き方が異なる。晴天のように透き通った青にもなり、深海のように暗く藍色にも近い青にもなる不思議な宝石の瞳。素人目でもかなり高価で希少性のある宝石なのだろうと云うのは、安易に想像が出来る。老婆も少女の差し出した提案に納得し、二度会釈をする。
「それが一番手っ取り早いね。じゃあ、こちらへ来ておくれ。」
流石に彼女の瞳を取る訳にはいかなかったのだろう。老婆の傍らへ来るようにと手招きをし、少女を誘導した。そうして、真空管ラジオの調律が始まる。今回はコツメが真空管ラジオの調律を担当しているようだ。板さんに仕込まれたのか、コツメはラジオにつけられたツマミを操作している。その動きに澱みは無く、テキパキと操作をし続けるコツメの眼差しは実に真剣だった。
ジ・・ジジジ・・・、ガ、ガァーーーーーーーッ、チューン、チューーーーーーン。
ラジオから流れるノイズの音は、砂嵐のように細かい雑音を出すかと思えば鉄を引き摺るような音。耳をすんざくかと思えば、電子音のような甲高い破裂音が入り混じるように飛び交っていた。それは以前の尻子玉の時よりも反応が激しく、少女の瞳も呼応するように淡く光り輝いている。
「思った通り・・・、もの凄い魔力量だわね、これは。」
「はい・・・、こんなチューニングの振り切れ方、初めて見ました。」
「そうさね、これは穏やかじゃないねぇ。」
こちらまでビリビリと痺れるような摩擦が伝わる程で、コツメと板さんは驚いていた。チューニングと称したこの降霊術の下準備で、この異常値は中々に異例らしい。真空管からは、空気がはち切れるような破裂音も響いている。板さんが云うように相当の魔力量の為か、電流測定器に似た指針も山を描くように揺れ動く。コツメだけでなく、板さんもツマミを慎重に回し調律させていく。耳を澄ますように少しずつ、少しずつ。僅かなノイズも取り除くように慎重に。暫く齧り付くように二人が真空管ラジオの調律をしていると、その時が来た。
ジリリリリリリリーーーン・・・・。
受話器を跳ね除けるように、黒電話は勢い良く鳴り響く。溜め込んでいた空気を一気に吐き出すように受話器を蹴り上げる。その反応と突然の呼び鈴に驚いたメリィは、静電気でも浴びたように座ったまま肩を浮かせていた。
「ほら、繋がったよ。お嬢ちゃん、出ておくれ。」
板さんは白く痩せ細った腕を出し、扇子でも仰ぐように催促した。呼び鈴と共に抑えられない振動が受話器を震わせる。それは見るのは二度目だが、やはり異様な光景だ。本来有るべき電話線はなく、この黒電話だけがちゃぶ台にポツンと異様に佇むのだ。これは触れても良いものなのか、そう躊躇したくもなるものに少女は戸惑っていた。
「わ、分かりましたわ。」
そう決心したのか、息を飲み込んだメリィはゆっくりと受話器へ手を伸ばす。先程までのわだかまりを振るい落とし、自らも生まれた不安という震えを払おうとしていた。彼女の深くも淡いサファイヤブルーの瞳は、決意を絞り出している。
ーカチャンッ。受話器を上げた時に内蔵された小さな鉄の小槌が軽やかに鈴を蹴り上げる。少女の手には少し大きい黒い受話器を耳元へと当て、恐る恐る声を震わせながら発する。
「も、もしもし・・・。」
「君は・・・、メリィなのか?」
しんと静まり返ったスピーカーからは、男性の声が脈を打つように聞こえてきた。その声は、低く優しい印象を与える声だった。成人男性でおよそ歳は、声色から四十~五十代だろうか。けれど一つの違和感としては、よりその声が鮮明だった事。それは、目を丸めたチップも気付いていた。
「あれ?コツメの時より音声、綺麗じゃね?」
「確かに、あの時よりノイズが無いというかクリアな感じがするな。」
やすりで削るようなノイズが無かった。まるでその場にその者と間近で話している程、穏やかであり静かだ。声の一つ一つがくっきりと聞こえ、無駄な雑音が無い。これは幼女が云うように、コツメの時より鮮明だ。まだ会話は少ないが、トリヤマ少年と比べて途切れる事は無かった。疑問を掻き立てる中、その答えはすぐに出た。一つ頷いた老婆が乾いた口を開く。
「この降霊術はね、対話する物のマナ総体量が多い事と関係性が深い程、鮮明になるんだよ。」
そう云う事か、それなら合点は行くか。つまりは、コツメの時とは真逆な状況だった訳だ。コツメとトリヤマ少年の時は、あくまで尻子玉によって強制的に関係性があり一方的だ。トリヤマ少年自体はコツメの事を知らなかったし、双方のマナ総体量も少ないからこそノイズが酷かった。しかし今回は、全くの別だ。メリィとのこの声の主は深い関係である事、何よりもマナの量も桁違い。これは最近見えないものが見えるようになった素人目でも判断出来るし、あからさまな状況だ。そんな中、誰よりも驚いていたのは受話器を耳に当てた自動人形メリィだった。いつもより目を大きく見開き、瞳孔が震えている。まさか、そんな事が信じられない。そんな顔だ。
「その声は、まさか・・・。」
「君は今、どこに居るんだ。」
音の声は、少女を心配するように問いかけていた。まるで実の娘が迷子になったところで、漸く連絡がついた歓喜を表すように。メリィの受話器を掴んだ手は震えていた。彼女の様子は明らかにおかしい。ここに来るまでの令嬢のような自信と気品に溢れた表情も声色は、そこには無かった。僕の目の前に居るのは、歳相応の可憐でまだ一人で居るには心細い少女そのものだった。
「私は、今タバコ屋ですわ。ジュウゴ様、あなたはどちらに?」
「ジュウゴって?」
少女は、受話器を少し離してから震えるように告げる。メリィのその言葉を聞いた時、ぞくりと脈を打つように鼓動した。
「都月ジュウゴ。私を造ってくれた方ですわ。」
何故か錯覚したのだ。もう、ここから先は後戻りが出来ないのではないか、と。そう、僕はふと感じたのだ。




