25オートマタでおまかせを
何気ない休日。ひょんな事から気分転換に出向いた外出の帰り道。帰路へ向かう最中にかかって来た一本の電話は、ある有名人からだった。これが話題の著名人やアーティストなどからの電話であるならば、嬉しさの前に今の時代、怪しさしか無いだろう。そう・・・、かかってきたのは、かの有名なメリーさん。ある意味有名人だし、怪しさに関しては文句無しの満点。僕に用がある?電話越しの少女は、何の前触れもなくそう告げていた。そういえばメリーさんと云えば、少し文言というか、セリフが少し違う気がする。オカルトとして世間で語られているのは、「今、〇〇に居るの。」と云って一方的に切られる。しばらくしてから、また電話が鳴り出す。さっきとは違う場所を伝え、徐々に近付いてくる事に気付き始める。最終的には、電話を受けた者の背後まで迫ってきて殺されてしまう。といったような話が有名だ。
いくらオカルト知らずの僕でも、これくらいは知っている。けれど、現に今話しているこのメリーさんは少し違う。よく耳にするセリフが違うだけでなく、少女との会話は未だ途切れてない。
「・・・、今、N市の駅に居るの。」
「は、はい・・・。」
耳元からは、か細い少女の声が聞こえてきた。会話の流れは一緒なのか。するとあれか。ここから徐々に、この子は僕の居場所がわかっているかのように近付いてくるのだろうか。え・・・、って事は僕、殺されるの?
「・・・、で・・・、なの。」
少女の声は先程よりもボリュームが絞られてしまい、うまく聞き取れなかった。どこか啜り泣くような音を交えながら、少女は言葉を続けた。
「二番出口がどこか、わからないのです。迎えに来て欲しいのです・・・!」
いや、僕が迎えに行くのかよ!それは思っても見ないセリフだった。僕は思わず余した片手で額に手を添えながら、項垂れていた。あろうことかメリーさんに迎えを頼まれるとは、と。
「えっと、メリーさん?」
「ううん、私はメリィと云いますの。伸ばし方が違いますから、間違えないで欲しいのです。」
まるで機械のように話すこの声の持ち主は、通常よりも少しだけ人間離れした口調をしていた。にも関わらず、まさかのこのメリィと名乗るこの少女の声は、どうやら方向音痴のようだ。N市の駅といえば、そうそこまで大きな駅ではない。道案内の看板を見れば、すぐに分かるようなモノだが。確かに初めて訪れる人にとっては多少は迷うのかもしれない。
「メリィ・・・かな?なんで、そんなところにいるんだい?」
「ゲーゲルマップで調べたら、ここが最短ルートって云うから・・・。」
スマホ使えんのかよ、このメリィさんはー!ウチの社長はガラケーで精一杯なのに。だったら尚の事ゲーゲル先生なら、ナビして貰えばすぐに出られるだろ!と、相変わらずの脳内講義が僕の中で繰り広げられているか、今はミュートしておこう。何故なら、今は電話中なのだ。こういう時の道徳的なマナーは大事なのである。
「え、えー・・・と。近くに何かある?」
「人がいっぱい居ますの。」
そォォォぉぉいう事じゃないヨォぉおォォォ‼︎冷静に、淡々と!話してくれて嬉しいけど、違うそうじゃないの、僕が聞きたい事は!何、馬鹿なの?“ギフト”って皆こうなの⁉︎それとも、僕の方がおかしいのか⁉︎
「おい、イサム。さっきから誰と話してんだ?」
「うるせぇ、黙ってろ。へちゃむくれ。」
「もしかして、これか~?わかった!マッチングアプリってヤツだろ?俺には分かるぜぇ?イサムも隅には置けんのぉ~。にょほほほ。」
不気味な笑いと共にこの幼女は、にゅっと小指を差し出しながらニヤけていた。勿論、電話口の相手は彼女でも無ければマッチングアプリで知り合った仲では無い。なんなら見ず知らずの初対面だ。まだ声と名前しか知らない少女だ。声だけを聞けば十歳前後の子供と変わらない。それ故にメリィと名乗る少女の目的は、未だ分からないままだ。この少女の目的は一体なんだ。何故僕に電話をしたんだろう。そもそも僕の電話番号を一体どこから?まだ試行錯誤している中で、横からヌルリと現れたチップが絡んできたせいで考察が渋滞気味だ。今、この少女との会話では悪魔は邪魔だ。そう思った僕はチップの顔面目掛けてノールックでぶん殴った。
「ダァァァー!眉間っがぁ!眉間がぁあぁァァー‼︎」
どうやら幼女の眉間にクリーンヒットしたようで、何処かの悪役上官のような悲鳴を上げのたうち回っていた。転がり回るチップは汚い花火のような勢いで叫んでいたが、申し訳無いという気持ちは一切の微塵も無かった。むしろ僕は、そんな顔を抑えながら苦痛を訴える幼女をさぞ冷ややかな目で見ていたと思う。
「ってか、気付けよ。多分、これ・・・“ギフト”だ。」
そうだ、こんな現象は“ギフト”であることに間違いは無いのだ。人間には成せない技。ましてや普通の少女が僕の電話番号を知り得て、電話するとは思えない。まだ少しチップの断末魔がうるさいが、話を続けよう。電話口の少女は、コホンと咳き込み会話を整える。
「あなた、便箋小町のでしょう?」
まぁ、そうだよな。それを知っていて電話してきたんだろう。その証拠に、少女の声は確信を得たような口調で質問を投げかけているのだから。敵か……?最初に過ったのは、その考えだった。社長やメルの性格だ、過去に何かあっても可笑しく無い。恨まれ事だって少なくはない筈。それが“ギフト”から接近してきたのならば真っ先に思い浮かぶ。
「何故、それを?」
次に思い浮かぶのは、純粋な依頼を持ち掛けに来た事だ。河童の騒動の時も、“ギフト”であるコツメからの依頼が発端である。一般人だけでに留まらず、“ギフト”から依頼だって当然に案件自体は多い筈だ。「何故、それを?」と云う質問が最も相手の目的を理解しやすく拾いやすい。彼女の返答次第で、その後の対応は大きく変わる。さて、電話口の少女はどう出るだろうか。
「風の噂なのです。あなたに電話できたのは、私の能力の一つですわ。」
少女は間髪入れずに言葉を返した。云い訳を覆い隠すような独特な間は無く、率直にこちらへの質問に答えている。加えて、自分の能力や僕の情報を知り得た手段までを包み隠さず公開していた。これが罠であるならば、わざわざそんな事を教えるだろうか。ましてや初めて電話で話した相手に対して。先程まで転がり回っていたチップがケロリと起き上がり、僕の肩にがっしりと掴みかかってきた。
「ほぉ~!“ギフト”絡みなら、俺様の出番だな!どこだ、そいつは?派手にブッ飛ばしてやるぜ!」
と、意気揚々とこの幼女は叫び出す始末である。拳同士を叩きつけながら、瞳を爛々と輝かせて興奮気味に奮わせていた。「俺ならいつでも戦えるぜ!」みたいな出で立ちで臨戦態勢を取っていたが、こいつはまだ話の筋を読めていない。とりあえず今は、電話越しの少女の情報が気掛かりだ。僕は再び、ノールックで手刀を与えておいた。
「グアァァーァァー!頭頂部!頭頂部がぁぁぁああああ‼︎」
僕の手刀は見事に幼女の頭頂部の中心にヒットしたようで、再びチップの悶絶が始まった。頭を抱えながら地べたをゴロゴロと転げ回り悶ている様子は、叩き落としたゴキブリのようだった。わしゃわしゃと両脚を掻きながら涙目のチップを横目に、僕は話を続ける事にした。
「騒がしくて済まない。とりあえず、分かったよ。メリィは改札口のあたりに居てくれるかな?」
「はい、分かりましたのです。」
メリィにそう迎えに行く事を伝えると、電話をプツリと切り無機質な切断音が繰り返し流れていた。
「ふぅ・・・。良く分からないけど、困ってるみたいだし迎えに行くか。」
いずれにしても、彼女が困っている事に変わりは無い。やれやれ、まさか今度は迷子探しが今回の依頼か。まるでやっている事は、運び屋というよりは探偵業とか何でも屋に近いような気がする。以前だってそうだ。チップの件や河童の騒動の件もそうだし。他にも小さな仕事も請け負ったが、どれも一般の運び屋とはやはり少し異なっていた。おじさん構文を使う人面犬の浮気調査をさせられたり、地縛霊に手向けられた花束を自分の墓に持って行ったり。どれもオカルトに交わる物ばかりだが、内容だけ聞いたらウンザリする物ばかりだ。顎に手を当て考えている最中、チップは疑心混じりの表情でこちらを見ていた。まだ頭頂部が痛いのか、頭を摩りながら幼女は口を開く。
「おい、イサム。罠とかじゃねぇだろうな?」
まぁ確かに、こいつの言う通りこの電話が罠である事も考慮しなければならない。社長の事だ、何処かの“ギフト”が逆恨みしてかち込んでくる輩だっているかも知れないのだから。けれど、それは現場に行って本人と話さない事には分からない事だ。
「どうだろうな?」
ブゥゥゥ・・・、ブゥゥゥ・・・、ブゥゥゥ・・・。
すると、再び手に持っていたスマホが震え出す。振動に気付き画面に表示された着信先を見ると、そこには先程と同じ電話番号からの着信だった。メリィか?随分と早いスパンでかけてきている。何かまたあったのかと思い、躊躇せず着信を受け取る。
「私、メリィ。改札口って何処ですの?」
やはり電話の主は、先程の少女メリィだった。どうやら改札口すらも分からないらしい。改札口がどこか分からないのか、そもそも改札口の存在が分からないか。いずれにしても彼女が、只今絶賛迷子中であることに変わりない。そして同時に悟る。彼女は敵ではないと言う事に。少なくとも逆恨みで襲い掛かってくる野蛮な子ではなさそうだ。そう確信すると少し安堵した。右手に持ったスマホを遠ざけて、チップの耳元へと囁く。
「なぁ、チップ。多分、そうでも無いみたいだ。向かいに行こう・・・。」
「どんだけ方向音痴なんだよ、そいつ‼︎」
やり場の無い怒りをぶつけるチップは、呆れながらもそう返した。幼女の云う通り、メリィは相当の方向音痴のようだ。よく今までこの現代社会を生きてきたもんだと思う。というかゲーゲルマップがあるなら、ナビ使えばわかるだろ。地図が分からなくても進む方向を教えてくれるのに。少なくとも機会鈍感の社長よりスマホを使えているのだから、良い線までは行っているんだけどな。
「とりあえず、その場で待っててください。ここからなら僕らも近いから・・・。」
少し西に傾いた青空を見上げ、僕は額に手を添えながら電話を切った。参ったな、今日は非番だっていうのに。煮え切らない部分は多く含んでいるが、僕とチップは駅へと向かう事にした。
模型屋から駅までは、およそ徒歩で十五分程の距離だ。各駅停車だけでなく快速電車も停まる駅の為、駅構内としての規模はそれなりに大きい。それに比例して利用者も多く、昼夜問わず人の波は留まる事は殆ど無い。駅構内へと繋がる出入り口も八種類程に別れており、それなりに入り込んでいる。利用者や通行人も多い為、この駅にはいくつかの店も並んでいる。美容室にパン屋、コンビニに婦人服、喫茶店。一つ一つの店舗の規模は小さいが電車の利用者も多いだけあって、どの店も常に来客がある程に繁盛しているようだ。彼女の云う通り、僕が通ってきた道から辿るとこの駅への最短ルートは二番出口である。電話口で迷子となった少女がメーデーを掲げている場所は、この二番出口から進入した奥のところ。つまりこの駅のほぼ中心部に位置する改札口だ。そこで待ち合わせする筈だったが、残念ながら彼女は居なかった。改札口の場所も把握出来ていなかったようだし、少し骨が折れるところだが駅の中を探し回る必要がありそうだ。と云うか案内看板見れば、どこの出口に繋がるか矢印で示してくれているのに何故迷うんだ?普段出歩いた事が無い程の箱入り娘と云う訳じゃあるまいし。逆に良くここまで来れたとさえ思えてしまう。
そんな少女は、改札口から数分離れた柱にポツリと佇んでいた。もう少し歩けば、改札口だったと云うのに。僕が一目で電話口の少女が柱に立っている者だと分かったのは、二つ理由がある。一つは、僕自身“ギフト”の感覚に気付き始めていた事からだ。これは一種の霊感に近いのかも知れない。第六感とも云われる物が働き掛けており、察知できるようになったから。二つ目は、少女の見た目である。年齢は十歳前後の少女だ。そんな子が一人で駅の中に居る事自体が不自然である。その年齢程の少女ならば、親の一人も居ないと不自然以外無い。ましてや、彼女の格好こそが違和感。
純白に程よく近い色を染めらせたワンピース。そのワンピースに合わせるようにツバの広く施された白い帽子。ゆったりと程よく緩やかに巻かれた金髪は、腰まで伸びていた。そんな少女が昼下がりに居るだろうか。下手をすれば、駅員さんやお巡りさんに声をかけられても仕方無いレベルである。電話口の本人メリィと思しき少女へ、僕は迷う事無く声をかけた。
「君がメリィ?」
「はい。めっちゃ待ちましたけど大丈夫ですわ。」
手を振りながら僕は近付き、少女へコンタクトを取った。メリィは見た目とは裏腹にかなり落ち着いており、どこかの気品に溢れた令嬢のような佇まいだった。一息の溜め息を吐いた後に、彼女は腰に片手を当てながらそう答えた。メリィに近付いて漸く気付いた事もある。この少女は、少女にして少女では無いと云う事。勿論、彼女が“ギフト”である事には理解しているが、驚いたのは彼女の瞳だ。深い青、けれど陽の光が入ると潮風すら彷彿させる程に繊細な透き通った青色の瞳。サファイアのような瞳。宝石のように硬く煌めいており、これが指輪なら見る者を虜にし魅了する事さえ容易い。間接である肘や手首には、良く観ると普通の人間には無い節のような線が僅かに入っていた。これが少女であって少女ではない理由だ。つまり彼女が十中八九、“ギフト”である事を証明している。そんなメリィは、僕ら便箋小町へコンタクトを取ったのだろうか。まずは、それを探らなければ。
「・・・。何故、僕に電話を?」
そう聞くと彼女は、蜘蛛でも見るかのようにそっと目を逸らし頬に手を当てた。ご機嫌斜めとも云えそうな、少し不機嫌気味になってメリィは言葉を返した。
「別にあなたに電話をしたくて、した訳じゃないのです。便箋小町に用があって・・・。飛川コマチに電話したけど繋がらなかったから、仕方無くあなたに電話したのです。」
まぁ、そうですよね。本筋は、社長狙いですよね。その方が話早いし。と、考えるとやはり彼女は依頼をこちらへ持ち掛けたくてコンタクトを取った訳か。社長、休みの日は全く電話出ないからな。自分の時間を大事にするタイプだし。普段を何やってるかまでは知らないし、何をしていたのかを語る事が無いから仕事以外は謎が多い。本命ではない義理がどこまで出来る事やら。そんな事を思いながら、僕は無意識に頭を掻いていた。
「社長は今日、非番だからね。と云う事はもしかして、依頼をしに電話したの?」
「はい・・・。」
僕がそう聞くと、しっとりした表情で彼女は頷いた。澄ました、と云うよりは緊張を少しブレンドしたような震えを隠しているようにも見えた。まぁ・・・、無理も無いか。ここは駅の改札口の近くで人通りも昼下がりとは云え比較的多い。こんな公共の場で話せるような場所では無いし、落ち着いて話せると云う訳では無いからな。ここは移動するべきかな、彼女の為にも。少しでも落ち着ける場所を提供してあげようではないか。
「ここじゃなんだから、事務所に行こうか。というか、最初からウチの事務所に来れば良かったのに。非番でも社長は事務所に居るんだし。ノックすれば出てくる筈なんだけど。」
「だって、道わかんなかったんですもの。」
メリィは自分の持っていたスマホを摘み上げながら、シュラグを返す。スマホの画面に表示されていたのは現在地が映し出されたゲーゲルマップだった。どうやらナビも進行中のようで、目的地まで到着させたいのかナビからの指示が鳴り止まない。けれど、それでも彼女は辿り着けないでいた。それは自身の方向音痴なところもある訳だが。いや、待てよ。そもそもマップ上で僕達の事務所は探せない筈。なぜ彼女は、その目的地を表示出来ている?この少女は、目的の場所を探し当てる事が出来るのか。社長の結界を持ってしても潜り抜けたのか。それが彼女の能力・・・。結界を無視した目的地をサーチ出来る力。すると・・・。目的地はわかるけれど、持ち前の方向音痴のせいでルートが分からないって事か。なんか、勿体無いな・・・。
「あぁ・・・、そうだった。ごめんね。」
「良い迷惑だぜ、せっかくの休みだっていうのによぉー!」
チップは両腕をだらりと揺らしながら、実に面倒臭そうな仕草で愚痴を溢していた。まぁ、この悪魔の気持ちは分からん訳では無い。だが元はと云えば、こいつが出掛けると云わなければ・・・。あ、違うか。家でのんびり休みを満喫していても、彼女から電話が掛かってきたんだろうな。そうなるとメリィとの出会いは必然だったと云うわけか。そんなメリィは、チップをジロッと睨みつける。まるで養豚場の豚でも見るかのような、自分よりも格下のモノを見るように瞼を細めていた。
「あなたは悪魔?」
「良くぞ見破った!俺様こそ、悪魔の中の悪魔!トリビュ・・・。」
そう自信満々に声を大にして発した悪魔は、両手を腰に当てながら鼻息を鳴らしていた。爛々と赤い瞳を輝かせながら、自分の名前を伝えようとしたが僕はチップの頭を抑え付け抑止させた。
「あぁ、紹介しよう。このへちゃむくれは、チップだ。馬鹿だけど、それなりに出来る奴だよ。」
メリィは、改めてじっとチップを見つめていた。頭から体、足、そしてまた幼女と目線を合わせた後に腕を組みながら凝視している。顎を少しだけ上に上げながら、上から見下ろすように彼女は悪魔へ北叟笑みながらこう告げた。
「改めて、私はメリィ。あなたは・・・、なんというか稚拙ですの。」
宛らどこかの悪役令嬢かのように鼻で笑っていた。自分の頬を人差し指でトントンと緩やかなリズムを刻みながら、小馬鹿にしている。出会って間も無いのに既に彼女は、自分の方が格上であると自覚を持ち宣戦布告を持ち掛けていた。対するチップは、頬を赤らめながらワナワナと身を震わせていた。そして、勢い付けた人差し指をぶっきらぼうにメリィへと差し向けながら叫び出す。
「んだと、この人形やろうめ!イサムッ!俺、多分こいつ嫌いだぁ!あと、ちせつってなんだ⁉︎」
怒りの反動任せに僕へと振り向き、涙目ながらに訴えかけてきた。出来ればこんなところで争わないで欲しいと云うのが僕の本音だ。その呆れにとびっきりの溜め息が漏れる。これを僕が仲裁しなきゃならないのかと思うと実に億劫だ。どうやら今日も厄日らしい。
「そう、見ての通り私は人形ですの。」
彼女はワンピースの両端を軽く摘み上げながら、片足を斜め後ろの内側に引く。数センチ程の膝を曲げて、背筋は伸ばしたまま頭を下げた一礼する。そのお辞儀はバレエやスケート選手が見せるカーテシーと呼ばれる挨拶の一種だと云われている。優雅さと上品さを織り交ぜたその挨拶は、この国には馴染みが無い。
その為、いざ目の前でカーテシーを行われると、どう振る舞い返させば分からないと云う者も多いらしい。実際には自然に何もしないのが正解らしいが、それを知ったのも最近たまたま本で読んだ程度だ。その佇まいからは、人形や総じて“ギフト”とはとても思えない程に人間らしい。
「ぱっと見、普通の女の子みたいだけどね。」
「けど、お前。ただの人形じゃ無いだろ?」
僕の身体を盾にするように後ろへと回り込み、その陰から覗き込むようにチップは尋ねた。メリィは、胸に手を当てながら幼女へと言葉を返す。
「はい。私は、自動人形で意思があるのです。でも造られた事に変わりはありませんわ。」
彼女の胸を当てた先には心臓は無い。代わりにあるのは、回り続ける歯車。胸に手を当てた理由は、そんな比喩も表現して訴えかけているようにも見えた。メリィは人間のような人形。人間のように意思を持ち、自分で考え行動する少女。今で云えばAIと称せば良いのか。けれど独特の辿々しさは無く、より自然で喜怒哀楽が柔らかい。
「それで、君が僕達に依頼したいのって?」
「私を造ってくれた人へ届けて欲しいのです。」
彼女は、俯きながらそう返した。目的地は、少女を造ったと云う人物の元へ。けれど、何をだ?見たところ、彼女は何も手にしていない。手提げのバックも無い、手ぶら状態だ。
「成程、それで・・・。何を届けて欲しいんだい?」
僕は俯いた彼女の目線と合わせるようにしゃがみ込み、わけを聞き出す。俯いていたメリィは、震わせていた手をワンピースのスカートを掴みながら隠していた。そして、勇気を振り絞るように顔を上げて紡いていた口を解かせる。
「私を・・・。私自身を、造ってくれた人に届けて欲しいのです!」
重なった瞳の視線の先は、青々しく輝く彼女の宝石のような瞳が映り込む。深く、繊細で、それでも光を当てれば実に二百種類ものの青が、この小さな瞳に凝縮されているようだった。その青は、一言で綺麗と云うには勿体ないとさえ思う程に。
彼女の瞳の奥は、深海のような美しさと寂しさが鮮麗に満ちた世界を透写しているようにも見えたからだ。




