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便箋小町  作者: 藤光一
第一章 人形師編

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23早朝FPSでおまかせを

光の中では眩しくて見えないのに、暗闇では鮮明に良く見える。

濁流のような星霜の中で踠き、その手は空を掠めた。

掴み、しがみつこうとするが霧を掴むばかりで頬に滴る大粒の雫は

海水とはまた違う塩味を帯びていた。


君も泣く必要はない。どうかその手を差し伸ばさないで欲しい。

瞳を閉じれば黒暗暗、君の顔に反照する事は無いのだろう。

耳を塞げば、この残響すらも#空音__そらね__#と化すだろう。

どうか気付いて欲しい、そして理解って欲しい。


これを運命と呼ぶには甚だしい。

陰惨とも呼べる程、知り得なかった無知と恐怖に溺れているのだから。

それでも人は飽和を求める。

数多に浮かぶ藍白の泡を触れ、時に優しく、刻に力強く。

それが厘の大きさとなって散り散りになったとしても。

幽冥の中でもう#三度__みたび__#、願いを願うと良い。


いつか、この大粒の雫が溢しても良かったのだと思えたのなら。

いつか、暗闇の中で光が灯す時が来るのなら。


その瞳に映る世界を心に刻めるよう見届けよう。





・・・。




・・・・・・・。



 これは僕が異界という神隠しになりかけて、なんとか戻ってきてから数日後の話。相変わらず夏の暑さときたら毎年のようにデタラメで、首を絞めるように暑い。その気温は陽が沈んだ夜でさえ健在であり、クーラー無しでは寝苦しくて仕方ない程だ。いつかその暑さで人を殺せるんじゃないかと錯覚さえしてしまう程に、この季節は憎たらしい。


「うぉッ!よっしゃ、ライフルだ!これは最先が良いぞ!」


 画面に喰らいつくんじゃないか、と思わせるくらい前のめりに集中していたのはチップだ。テレビ画面に向かって赤い瞳を爛々と輝かせながら、コントローラーを握り込む。ガチャガチャと小刻みにボタンを押し、キャラクターを操作している。いつからかこの幼女は、勝手に僕のゲーム機を漁り出したかと思いきや、すっかりのめり込んだようだ。このチンチクリンがやっているのは、所謂FPSと呼ばれるジャンルのゲーム。知らない人も居るだろうから一応言うが、ファーストパーソンシューティング。詰まるところ、操作するキャラの本人視点でゲーム内を移動しながら銃などで戦うやつだ。どうやら勝手にゲームをダウンロードし、最近プレイし始めたらしい。ダウンロードもプレイも無料らしいから、そこまでは強く云わなかったけれど。なにせ、僕はこの手のゲームが苦手だ。どうにも一人称視点のゲームは、酔ってしまって操作が覚束無(おぼつかな)い。

 それよりもムカつくのは、こちらの疲弊した身体を休める大事な休日という日曜日の朝からやっている事だ。既にジリジリと照らす朝陽で睡眠を妨害されているのに、テレビからは音量をたんまりと上げたゲーム音。これを鬱陶しいと云わず何と云うか。少しでも休もうとシーツに包まり、睡眠を催促させたい。が、爆発音やら銃声やらのオノマトペのオンパレードにより、すっかり鼓膜は大渋滞だ。


「チップ!朝っぱらから、ゲームなんかすんなよ!」


「うるせぇ、イサム!今、良いとこなんだ!これに勝てればランクアップだ!」


 何が良いところだ、こっちは最悪な目覚めだぞクソ悪魔め。この狭い部屋にチップは僕のすぐ隣に胡座をかきながら座り込んでおり、叫んでいるのだ。爛々とした瞳は血走っており、少し汗を頬に垂らしながらプレイに集中している。余程今回のランク戦が好調なのか、ペロリと舌を出し期待を膨らませている。その上機嫌っぷりは見事なもので、腰を横に振りながら鼻歌を奏でる始末だ。


「そんなに良い感じなのか?」


「序盤でライフルなんて中々見つかんねえからな!あとはベストな高台に隠れて、狙い撃ち出来れば勝ち確定だぜ!」


 朝っぱらから鼻息を立てテンションの上がっている幼女は、意気揚々とキャラを動かし高台を目指していた。この悪魔の高揚っぷりに感化されたのか、すっかり目が冴えた僕はいつの間にか起き上がっていた。チップの横へ並ぶように胡座をかき、一緒にゲーム画面を凝視していた。とはいえ、やっぱりこのゲームの視点移動はどうにも酔う。


「これ、全員倒せば良いのか?」


 どうやらこのランク戦はバトルロワイヤル方式で、全員と抗争し最後に残った者が勝者のようだ。プレイヤー数は八人。ランク戦ともあって、そのプレイヤー達はほぼ同じランクの持ち主たちだ。つまり、戦闘スキルもそれに見合ったプレイヤー達が集う。


「おぅ!今一人倒したから、なんだかんだで俺を含めて、えーーと、あと四人だな!」


 この数日、チップは相当このゲームをやり込んでいるのか調子も良いようだった。元々実戦での戦闘センスはある方だから、野生の勘も相まってそのスキルが活かされているのだろう。画面上には残り人数が表示されており、誰が誰を倒したのかも簡易的なリザルト画面が映されていた。そこには既にチップ以上に倒しているプレイヤーも居た。履歴を見る限り、そのスパンは異常に短い。チップはさっき、残りは四人と云った。この幼女が一人倒したという事は、そいつは一人で三人も倒した事になる。一人倒すのに一分も掛かっていない。ものの数秒でこの戦場の猛者たちを薙ぎ倒している。



「おい、チップ。」


「んだよ、今話しかけんなよ。」


 こちらに振り向く事無く画面に集中していたチップは、リザルト画面の細いところまでは見えていない。目の前の戦場を把握するのに精一杯なのだ。無理もない、まだ初めて数日なのだ。僕から見たら、それだけでも充分に動けている方だと思う。


「いや、なんかすげー勢いで倒している奴居るぞ。」


 それを聞いたチップは血相を変えて、こちらを睨んだ。


「はぁっ⁉︎マジかよ!」


「マジマジ!お前一人倒している間に、三人倒してるって!」


 僕は、画面の左側に小さく表示されているリザルト画面へ指を差す。しかし、それがこの悪魔の運の尽きだった。


バァンッーーー。


『あ・・・。』


 ほんの一瞬だった。視点の目の前に、突如としてプレイヤーが現れる。チップが画面上から目線を逸らしてしまった間に敵は現れ、図ったように幼女は狙い撃たれてしまった。たったの一撃、完璧なエイミングでヘッドショットを決められたのだ。こちらはライフルを装備していながら、一瞬だけ見えた相手プレイヤーの装備はハンドガン。恐らくだが初期装備のものだ。このゲームは、アイテム回収も重要な勝利の鍵でもある。相手との距離を取りながら、ランダムに設置されたアイテムを回収し自身を強化していく。武器だけでなく、回復アイテムやアーマーなど様々である。しかし、そのプレイヤーは武器だけではなくアーマーすら拾っていないのだ。余程、自分のプレイスキルに自信があるのか。


「ぉぉぉぉおおおおい!イサム、バカ!このバカ!おめぇのせいで死んじまっただろうがぁ‼︎バカ!」


「知るかよ!こっちは助言してやったんだろうが!」


 お互い額やらこめかみにブチ上がった血管を浮き立たせ、罵声を浴びせ合う。突き出した人差し指を交差する剣のように振るい、言葉の銃声が日曜の朝に響き渡る。


「大体何なんだよ、あいつは!初期装備のハンドガンで、俺含めて四人も倒すだと⁉︎あんなん、ただのチートじゃねぇかよ!なぁ、イサム!」


 最早、幼女の怒りは駆け抜けるように通り過ぎ、今は涙目になっている。無理も無い。あれは、常人の動きではない。チートと評しても仕方が無いだろう。ん?こいつ、いつの間に“チート”なんて言葉を覚えたんだ?人間界に染まり過ぎだろ。ピコーンっとゲーム画面からは試合終了のホイッスルが鳴り響く。それに気付いた僕達は、再び目線を一斉にテレビ画面へと移す。


「って、もう試合終わってるし。えーと、どこのどいつだぁ?あのチート野郎は?」


「やっぱ、あいつが勝ったらしいな。ユーザー名は、LET...か?」


 デカデカと表示されたのはゲームセットと云う文字と、勝者のユーザー名。“LET”。それがユーザー名だった。舐めるように更に試合詳細のリザルト画面も表示される。倒した数は六人。ほぼ一人でこのバトルロワイヤルを終結させてしまっている。本当に同じランクとプレイヤースキルなのか?余りのレベル差に目を疑いたくなる。ただ、僕以上にその試合結果に納得行かない奴はいる訳で。


「チート野郎ぉ・・・!ぜってぇ、糞陰キャの引き篭もった親のスネ齧りだぜ!引き釣り出して、脳天ブッ飛ばしてやる!」


 チップは中指を勢い良く振り上げ、放送規制知らずのファッ⚪︎サインである怒りの旗を掲げる。確かにあのプレイヤースキルは異常だ。控えめに云ってドン引きするな。まぁ、今やこのゲームをスポーツと称して生業にしている人だっているくらいだ。プロを目指す卵だっている訳だし、今の時代となっては何も珍しい話では無いのだ。


「おいおい、決めつけんなよ。ゲームでキレる方がダサいよ。」


「くそ!腹立つなぁ・・・!お、そういえばイサム。お前、金曜日に給料入っていたよな?」


 ふと、チップは壁に掛けられていたカレンダーへと目を通す。そこには僕の休日を示す赤い丸と、二重の赤丸が記載された日もある。何を隠そう、その二重の赤丸の日は誰もが楽しみにしているオアシス。給料日だ。月に一度のオアシス。と云っても決して裕福な程の額を貰っている訳では無い。どちらかと云えば少ない方で、下手をすればガッチリとフルタイムで働くアルバイトの方が多いかも知れない。そんな僅かな財産にこの悪魔は、人の家の冷蔵庫をこじ開けて物色するような目で探り立てる。


「そうだけど?」


「このままじゃ煮えたぎるイライラが収まらん。と…云う訳で!イサム、エアガン買いに行こうぜ。」


 とことん起伏の激しい奴だ。イライラと怒り出したかと思いきや、悪知恵を企むようなニヒルな顔を浮かばせる。口角を上げ、「よーしよし、そうかそうか。」と云いたげに、腕を組みながら勝手に頷く。


「どう云う訳だ、馬鹿野郎。」


 そして、何より意味がわからん。何故、給料が入って直ぐに、エアガンを買うという発想に至るのか。僕がそう返すと、この幼女は自信満々とした態度で腰に手を当て瞳を爛々と輝かせる。


「サバゲーするからだよ!」


「答えになってねぇし、会話が成立してねーよ!」


 ゲームに影響受け過ぎだろ。まぁ、物事に感化されやすいのは今に始まった事では無いが。いや、それよりもこいつの支離滅裂というか破天荒というかブッ飛んだ思考回路には頭を悩ませる。眠気覚ましのコーヒーが飲みたい。そうでなきゃ、朝っぱらからこの幼女の相手は敵わん。まぁこんなナリでも根源は悪魔だからな。腐っても弱まっても、悪魔に変わりはないのだろう。だが、それとこれとは訳が違う。だから僕は、堪忍袋の緒を腑に落ちないが縛っておいた。


「大体、なんで僕が休みの日にわざわざ入ったばっかの給料はたいてお前のご機嫌取りの為だけに、エアガンを買ってこなきゃならんのか、十文字以内に完結に述べてみろ!クソ悪魔!」


 僕は腕を組みながら、チップへと迫り寄る。まだ、怒りは抑えている。こめかみに浮き出る血管を抑止しながら、上から見下ろすように奴へと詰め寄った。けれどチップは僕の威勢に臆する事無く、舞い散る木の葉を摘み上げるように言葉を添えた。


「お・も・て・な・し!」


 自分史上、最高品質の煽られにより沸騰点を大幅に限界突破してしまう。さも自分は何も間違っていないのだと云わんばかりのドヤ顔を決めつけた幼女がそこに居るのだ。僕は言葉よりも珍しく身体が先に動いてしまい、右手で悪魔の顔面を握り込む。こめかみまでしっかりと握り込み、俗に云うアイアンクローが、ガッチリと決まっている。こう云うのは力が非力であっても、人の構造上痛がる部分を理解していれば少しの力加減で効果的なのだ。チップも例外ではなく、構造上は人と変わらないので痛みを与える事は実に容易なのである。


「痛だだぁだだだだだ!痛い、痛いです!コメカミに、食い込んで凄く痛いです!くッ、くそ、離せぇぇ!ってか、や、や、やめろぉおおおお!」


 ギリギリと少しずつ締める度に、チップの阿鼻叫喚とも言える悲痛の叫びが木霊する。涙目と共に溢れる絶叫を耳にするが、不思議と僕は臆する事が無かった。塩の一振り程も躊躇する事はなく、ジタバタと暴れ出す悪魔を抑止させる。水揚げしたばかりの鰻か、家に侵入した蛙を掴み上げた気分だ。締め続ける力は緩めないように、ふと少し考える。まぁ確かに、今日は特に何の予定も無い。一日中家で過ごすと云うのもこれまた一興ではある。けれど、たまには普段行かないところへ足を踏み入れても悪くないのでは?そう捉える事も出来るのだ。それもまた一つのリフレッシュにもなるのなら、この悪魔の好奇心という方舟に乗ってやっても良いか。僕は、ストンと指の力を抜きチップを離した。


「まぁ、良いか。たまには、出かけるのもアリだしな。とりあえず、準備しようか。」


「おっしゃ~ーーッ!」


 先程まで痛みに悶絶したかと思ったら、もう気分を百八十度転がして飛び跳ねていた。子供のように右腕を振り翳し、ピョンピョンと飛び跳ねている。起伏というか喜怒哀楽が激しい。何はともあれ、今日の予定は決まった。僕は出かける準備の為に洗面台から歯ブラシを二つ取り出す。片方の歯ブラシをチップへと放り投げ、この幼女にも準備を促す。幼女は放り投げた歯ブラシをあろう事か受け取らず、バレースパイカーのように叩き返す。回転を交えて投げ返ってきた歯ブラシをキャッチ出来たのはいつも通りのルーティンで予想出来ていたから。なので、そのままこの幼女の喉奥まで突き刺さるように歯ブラシを口へと突っ込む。「ブフゥッ!」と悶える声が聞こえたが、そんなのはいつもの事なので僕は無言で歯を磨き始めた。


 今日は何事もありませんように、とそれはそれは見事なフラグを立てたようだ。

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