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便箋小町  作者: 藤光一
第一章 神隠し編

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22異界脱出にはおまかせを

 そよ風よりも浅い凪を感じるのは、皮膚の表面から伝わる独特の生温かさから。この生温かさの正体は“ギフト”によるものかも知れないが、最初に感じた物とは違っていた。初めてこの異界へと訪れてしまった時は、何者かに狙われているかのような感触があった。鋭く尖ったナイフのように平たく伸びた鋼が全身の毛穴を摩る感覚。これを第六感と呼べば良いのか、少なくとも今は危険と感じる肌触りが無かったのだ。今まで十九年生きてきた中で、この独特な感触を感じ取れるようになった原因は何となく判っている。多分、僕が勤める会社「便箋小町」に就いた事が起因しているのだろう。どうやら僕は周りの悪魔や妖怪たちにいつからか感化され、所謂“霊感”と云うやつを身に付けたのだろう。オカルトは信じない方だったんだけどな。これじゃあ、まるで厨二病みたいじゃないか。まぁ、実際に見て触れて実体験しているわけだから、そういう設定の人という痛いキャラを演じていない。本当の事なんだから仕方ないんだ。それでも端から見たら、ただの痛い人に変わりは無いのだろうけど。


「あなたも、もう行くんだね。」


 淡く佇む蓮の花のような女性は、今にも消えかかっていた。白く滲んだシルエットは自分の名を名乗る事も無く霞のように薄らと揺らめく。不思議にも僕は、彼女の名前をすらも聞こうとは思わなかった。何故かと訊かれると答えは出ない。自分を助けてくれた恩人であるならば、せめて名前だけでも。なんて思うかも知れない。けれどその答えを求める必要は無くて、彼女にこれ以上負担を掛けさせてしまってはいけない。そう思ったからだ。彼女は、“まだ”ここに来てはいけないと云っていた。いつかまたここに訪れる日が来る時が来たのなら、その時に聞けばいい。次は迷い込む形では無く、きちんと手順を踏んで訪れるタイミングだった時にまた会えば良い。それまでの間は、お互い無理にこじ開ける必要は無いのだから。一息でも風を吹かせれば消えてしまう程薄まった彼女を見送る。僕は、彼女が導いてくれた指先を頼りに再び歩き出す。来た道を戻る訳は無く、彼女の指した方角へ。


 深く籠った森の中。時刻はとっくに朝陽が昇ってきて木々を照らしてくれても良いくらいなのに。陽の光は疎か、未だ視界は真っ暗なままだ。ここは、太陽という概念すら無いのではと思うくらいだ。森の中の生き物たちの気配も感じない。鳥の一羽でも居ても良いくらいだが、囀りは無い。代わりに時折聞こえてくるのは、太鼓の音か鈴の音。まだ僕を探し回っているのか。誤った道を進むと聴こえてくる不穏にも感じ取れてしまうその音は、機械のように纏わり付く。聴こえる度に心臓が跳ね返りそうになるのは、本当に気が滅入る。歩き進めてかなりの時間を費やした気がする。足の裏は足ツボマッサージでもしてるかのように痛い。湿気でぬかるんだ地面を歩き続けた事で脹脛(ふくらはぎ)も太腿もパンパンだ。もう歩くな、少し休憩しようぜ。と僕の軟弱な身体は、先程からSOS救命を掲げている。

 そんなメーデーを振り払い、出口を目指していた。ほぼ丸一日動いていた僕の身体は、肉体的にも限界を迎えてきているらしい。十九歳なら余裕でオール出来る?馬鹿云え、カラオケや麻雀とは訳が違うんだぞ。願くば、一刻も早く自分の部屋に用意されたオアシス、つまりあれだ。ベットにダイブしたい。


「彼女はこの道を指してくれたけど、本当にこの道で合ってるのかな?」


 陰々滅々。時に周りの空気に圧倒されてしまい、そんな感情が押し寄せてくる。不安に感じてしまうのは、見知らぬ土地で彷徨い続けてしまうからだ。周りは木々が生い茂る暗闇の中。不安を掻き立てるには十分過ぎる程、条件が整っている。いつでも闇の現は、こちらを手招きしている。隙あらば喜んで飛び込んでくるのだろう。それでも僕は、彼女の指し示した方角を頼りに真っ直ぐ進む。こんな時こそ平常心を保つんだ。えーと、なんだっけ。素数でも数えれば落ち着くんだっけか。

 二、三、五…七、十一……十三?あと、十七、十九…。嘘付け!どこか落ち着くんだよ、素数!余計に疲れるわ!誰だよ、素数が良いって云った奴。無意識に指折り数えたけど、脳がバグるわ!まだ元素記号を読み並べえた方が楽だわ。


「・・・、そうじゃ、ないよッ!」


 思わず、空へと仰向けながら叫んでしまった。自分にツッコんでしまって余計に恥ずかしい。ある意味、ここに誰も居なくて良かった。それこそ痛い奴だ。やめよう、余計な事を考えるのは。今は、出口に向かって進む事だけを考えよう。


 ・・・。


 そうこう不毛な自分会議を繰り広げる中、漸く森を抜け出す事が出来た。足場の悪かった森を抜けた先は、きっちりと整地されたコンクリート製の道路だった。はみ出し防止の為のガードレールもしっかりと造られており、紛う方なき良く見る一般的な道路だ。空を覆い隠していた森が無くなった分、僅かながら明るくなっていた。それでも朝陽を迎える前の空のように、若紫を薄く伸ばした色が広がっていた。陽は昇っていないが、雰囲気は今までとは少し異なっていた。そんな気がする。素肌を撫でるような悪寒も無く、代わりに感じたのは限りなく透明に近い朝霧の湿った空気だ。まるでつい先程まで、通り雨が降っていたような土が濡れた香りが鼻を通り抜ける。どこか懐かしさすら感じる雰囲気は、初めて訪れた筈なのに妙な親近感と近いものを感じる。

 あぁ、そうか。子供の頃に初めてキャンプに行った時の朝みたいだ。まだ薄暗い朝。いつもならまだ夢の中真っ最中だというのに、不思議と目が覚めてしまうんだ。それはいつもと違う寝具だからと云う訳ではなく、限りなく自然に近い環境だからこそ。朝陽と共に目覚める野生の動物たちのように、本能的に目が覚醒する感覚。ほんのりと暖かい陽の光は、目覚めのコーヒーがあれば尚良い。そんな朝焼けに近い感覚を彷彿させるこの空気は、異界の狭間なのか総じて嫌な空気が無かった。第六感でもある身に付いた霊感が働いているのか、直感的に感じるものがあったからだ。漸く出口であろう場所へと辿り着いたものの、脳は依然として眠気の救難信号を発している。まだ履いて半年も経たない革靴は、すっかり泥と土に塗れてしまっていた。靴底の隙間までびっしりと土が挟まってしまい、安定しないボコボコの靴底は歩くのにも負担が掛かる。踵で叩き落とし土を払うが、それでもキリが無い。最早、払う事すら面倒にも感じてしまう程だ。本当に疲れた。油断をすれば、つい愚痴を言葉に出してしまいたくなって手前を埋めるように舌を打つ。


 ブロロロロロロ・・・。


 再び僕の耳に聞こえてきたのは、太鼓の音や鈴の音では無く車のエンジン音だった。やけにアクセルを強く踏んでいるのか、そのエンジン音は異様に荒々しかった。まるで深夜の峠を即席のレース会場にして、法定皆無のカーチェイスでもしてるかのような騒々しさだ。時折遠くからは、タイヤを無理矢理滑らせたドリフトで擦り減らすゴムの悲鳴が響き渡る。それを聞いた僕は、なぜか不思議な親近感と安堵が煮えわたっていた。

 何故ならば、そんなアホみたいな運転をするのが身近にいるからだ。僕の口から溢れ出したこの溜め息は、安堵によるものか。はたまた呆れているからか。いずれにしても確信した事は、早朝から爆走ドライブを決め込んでいる輩は身内の者だ。それは嘘で固められた偽物でも、創り出す事は恐らく出来ないだろう。ほら、ご覧なさい。ドリフトで車体を斜めにしながら、こちらへと近付くワンボックスカーが居るだろうか。無茶な運転に圧倒された僕は、鏡を映せば驚きを通り越して呆れた眼差しでドライバーを見ている事だろう。


キキキィキキィッツィィイイイ・・・。


 車への労りを数ミクロも見せないその急ブレーキは、タイヤを擦りながら減速させる。ゴフンッと普段車体から鳴ってはいけないような重音を放ちながら、車は僕の目の前で停止した。ずっとノンストップで飛ばしてきたのであろうその車は、近付くだけでその熱を感じる。色々と素人でも見えてしまうが、車検ちゃんと通してるのだろうか。この車は・・・。僕の目の前で停止した車は、運転席側にピッタリと止まっている。電車の運転手顔負けの見事な停止っぷりで、位置取りだけなら満点レベルだ。すると、運転手側のミラーがゆっくりと開き出す。


「漸く、見つけたぞ。垂くん。」


 そう、この暴走ドライバーは社長だった。最早、云うまでも無い。と、同時に僕の脳裏では一種のデジャヴが過ぎる。つい先程も似たような展開があったからだ。


「しゃ、社長!」


 しかし、その気持ちとは裏腹に歓喜の声が漏れてしまう。今度こそ助かるのだと、期待を胸に膨らませてしまったからだ。けれど、半信半疑は残る。


「ほ、本当に社長ですよね?」


 疑り深くもなるのは当然だ。あんな事が起きたのだから。正直云って控えめに揃えても、あれはトラウマレベルだと思う。実際に味わってみろ。・・・ほんっと、あれ焦るし怖かったから。僕の言葉を耳にした社長は、目を細め毒虫でも見るかのように言葉も添えてきた。


「当たり前だ。当たり前の事を聞く為に、私はわざわざ君を迎えに来たんじゃないんだ。」


「はぁ・・・。」


 本日何度目かの溜め息は出たが、この溜め息は安堵の方だ。こんな一言も二言も多い返しは、この女社長である飛川コマチだけだ。それがわかっただけでも充分だ。


「君が体験した神隠し、是非話を聞こうじゃないか。一語一句逃さず、語ってくれたまえ。」


 社長は、掌を振りながら助手席へと誘導した。あろう事か、この女社長は、部下への安否を心配する労いの言葉など掛ける事は無かった。それどころか自分の中で最も興味のあるオカルト話を聞かせろと迫ってくる。全くこの人は。大丈夫かの一言くらいあっても罰は当たらないだろ。それでも、彼女が本物の飛川コマチである事に違いないのは分かった。


「とりあえず、安心しました。」


「馬鹿か、君は。君の安心したかどうかどうでも良い。さぁ、乗りたまえ。帰り道は、ゆっくり君の冒険譚を聞こうじゃないか。」


 社長が語る中、僕は助手席のドアを開けて車の中へと入り込む。漸く肩や腰に掛かっていた重荷を下ろす事が出来ると思うと、一気に緊張が解れた。

 ん・・・?ちょっと待て・・・。彼女は今なんて云った?聞き間違いでなければ、僕の冒険譚を聞かせろと彼女は言ったような気がする・・・。今から?漸く抜け出して、今すぐにでもシートの背もたれに身を任せたいくらい満身創痍だというのに?そりゃあ無いぜ、社長さん。日付もすっかり変わって、朝陽も迎えているんだぞ。ここは、「疲れただろう。ゆっくりと休むが良い。」が本来投げかける言葉ってもんじゃないか。


「あ、寝かせてはくれないんですね・・・。」


「君のスペックの事だ。寝たら忘れてしまうだろう?」


「僕はリスか何かですか。暫く忘れませんよ、こんな体験・・・。」


 彼女は、ふん!っと鼻息を放ちながら少し気分を害していた。まるで、そんな事は同然だろと云わんばかりの態度である。本当にこの人は、めちゃくちゃだ。停止していたギアを戻し、アクセルを踏み込む。車は再び走り出し、帰路へと向かい出す。まだシートベルトもしてないんですがね。人に合わせる気が毛頭無い彼女は、これでもかとアクセルを踏む。再び車の悲鳴を掻き鳴らしながら、エンジン音を響かせていた。

 あぁ、そうだった。これ、シートベルトしないと死ぬやつだった。評価マックスの絶叫アトラクションに乗った方が、まだ爽快に感じるくらいなんだ。そう思い出した僕は、急いでシートベルトを少し強めに括り付ける。衝撃に備えるよう、助手席の上部に付けられた手摺りに手をかけ握り込む。


「じゃあ、電車に乗った辺りから話しますね。」


 この後の内容は、君たちも知っての通りの内容だ。二度も話す必要は無いだろう。気になるのなら、読み返せば良いだけの事。もっとも、どうやら僕は話の途中でスタミナ切れを起こしてしまい放心状態で眠ってしまったらしい。眠る直前は、やけに昇った太陽の日差しが眩しかったのは良く覚えている。


 そういえば、あの白い蓮の花に似た女性は結局のところ何だったのだろう。やっぱり名前くらい聞いておけば良かっただろうか。

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