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便箋小町  作者: 藤光一
第一章 神隠し編

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18/58

18最終電車にはおまかせを

 これは、僕が体験したちょっと不思議なお話。そう、あれは河童たちとの騒動が終わってから1ヶ月が過ぎようとしていたある夜の出来事。夕暮れを知らせるようにヒグラシがよく鳴く季節。夜はまだ肌寒く、捲り上げたシャツをつい降ろしたくなるそんな初夏の夜のこと。



 時刻は午前零時を回るところだ。さて、そんな深夜が顔を覗かせ踊り出そうとする時間帯だ。僕は何処に居ると思うだろうか。布団の中、夜更かしを満喫してテレビでも見ているか。いやいや、そんなホワイトな時間に満喫が出来ていたのなら、どれだけ嬉しいことか。会社の鎖と化したネクタイを振り解き、明日が休日ならパーティナイトでフェスのように振り回すだろう。だがしかし、現実は面白いぐらいに正反対さ。そう、僕がそんな場所に居るとお思いだろうか。今まさに僕が居る場所はーー。


「まもなく、二番線に最終電車が到着します。お乗り遅れのないようにご注意下さい。」


 さぁ、皆さんご清聴頂けただろうか。僕が今いる場所は、聞き慣れたアナウンスの流れる駅のホームだ。ホワイト企業の皆さんなら疑いをかける眼差しだろうが、最終電車で帰れる今日は早上がりな方だ。この今から到着するであろう最終電車ですら間に合わない日は、タクシーか歩きで帰宅。まぁ、それはいずれも体力がある時に限る。スタミナ切れとなった日にはお得意の漫画喫茶へと駆け込む。やけに効き過ぎた空調を心身に受けながら、漫画喫茶で休日の朝を迎えるのは徐々に慣れてきた。俗に云うこれがブラック企業と風潮されて、世間が良く口にする“社畜”と云われるものなのだろう。最終電車という事もあって、ひっきりなしに繰り返されるアナウンスは最早、耳タコだ。強制的に耳へと伝達されるアナウンスの台本は、今なら無心で完コピで詠唱できる。それが何の役にも立たない事はわかってはいるが、ドッと疲れた僕の体躯は危険信号を響かせる。

「さぁ、もう眠れ。いいから眠れ。立ったままでも良いから。」等と悪魔にも似た信号を流す。少しでも睡眠をと、脳から直接語りかけてくるのだが振り子のように揺らしながら振り払う。右手に携えた鞄すら重く感じてきて余計に眠気を誘わせる。意外にもこの駅は最終電車にも関わらず、自分達の帰路へと向かわせる電車を待ち侘びる人は多い。平日の出勤・帰宅ラッシュと比べれば大差ではあるのだが、それでも数人の列を形成している。


パァアアー、ガタン、ゴトン・・・。


 独特の汽笛音とレールの軌道に沿って車輪を軋ませる音が徐々に近付いてきている。限りなく白に近い黄色いライトと共に最終電車が駅のホームへとやってくる。そんな時、誰もが真っ先に思い浮かぶのは「早く座りたい。」だろう。日中の疲れた足を、腰を、身体を簡易に疲れたシートに腰掛けて身を任せたい。それでも順番を守るというのが、この国の独特な暗黙のルールだ。誰も我先へと終末を迎えるバーゲンセールのように走り出す者は居ない。深夜の最終電車なら尚更だ。


「今日は、帰ってこのまま寝よう……。」


 つい無意識に言葉が出てしまったが、無意識故に恥じらいすら溢れなかった。この時間帯に他者を気にする者なんて居ないし、見向きもしないからだ。颯爽と現れた最終電車がブレーキで金切りのように軋む車輪を滑らせながら、ゆっくりとスピードを緩める。この国の面白いところは、よっぽどの事が無い限り電車は定刻通りに現れる。

それだけでは無く、定められた枠内にきっちりと収まるように停止する。当たり前の事だが洗練されたその技術は、他の国と比べると差があるらしい。テレビで云っていた事だから多少は誇張している部分はあるだろうが、やはりその当たり前が凄いのだろう。キシュゥ・・・と溜まった空気を吐き出すのと同時に各車両に設置された自動ドアが一斉に開き始める。待ち侘びた人々は、吸い込まれるように早歩きで車内へと入っていく。僕もその一人だ。あぁ、早く帰って倒れ込みたい・・・。最早頭の中は、三大欲求の一つである“睡眠”で満たされていた。


 僕は、出入り口のドアから少し離れた座席へと腰掛ける。今日はどうやら運が良い。終電とはいえ、座席に座れるのは珍しい方。疲れた時にこそ、電車に座れる有り難みは大きい。自宅の最寄り駅まではおよそ三十分程。座って仮眠をするには充分な時間だ。その駅は快速電車では停まらない為、各駅停車となるこの電車でなければならない。一度誤って快速電車に乗ってしまい、あらぬ方向まで進んでしまい絶望のランデヴーを味わった日もあった。今回は大丈夫。しっかり行き先と各駅停車である事は、駅のホームの電光掲示板で確認済みだ。であるならば、後は安堵の息を肺が空になるまで吐き出し、眠りに着く事が出来る。一眠りでもすれば、降りる駅なんてあっという間だ。睡眠の三十分など、的を射る矢よりも速い。僕は、シートへと身を任せ鞄を抱き抱えるように腕を組みながら、そっと心を落ち着かせる。そして、ほんの少しだけ電車の天井を見上げながら瞳を閉じる。少しずつ意識が遠のいていく感覚は、翼を得て宙へと浮上するように心地良い。発車のベルと共にドアは閉まり、再び車輪が回り始める。鉄同士が摩擦し合い、擦り切れる音。ガタン、ゴトンと車体を僅かに揺らしながら、レールに沿って終着点を目指し始める。目が覚めた時には、いつも降りるあの駅だ。今は少しでも睡眠時間を稼いで、身体を癒そう。僕はそう思い、心と身体の全てをこの簡素で座り慣れたシートに委ねた。


「次は・・・、ーーーーーーー。」


 アナウンスが流れた時には、もう既に僕の意識は遠のき眠りへの航海へと旅立っていた。ふと、ズボンの左ポケットに入れていたスマホが震える。二度、三度振動する。誰かからのメールだろうか。こんな時間に送って来るのは迷惑メールか社長くらいだろう。今はいいや。駅に着いてからゆっくり確認しよう。それからでも遅く無いだろうから。電車は揺れる。車輪を回し、小刻みにガタンとリズミカルに音をはねらせる。それが時に心地良くも聞こえてしまい、より深い眠りの世界へと僕は誘われていったのだった。








 何かに針を刺されたような感覚に陥り、僕は目を覚ます。習慣とは恐ろしいもので、電車で居眠りをしたならばいつも一つ前の駅で目覚めるのだ。不思議な事に身体が慣れてしまっているのか、目覚めた視界の先はいつも手前の駅のホーム。電車が止まっているからこそ、状況判断が汲み取りやすい。そうする筈だった。さて、少し腕を伸ばして今日も確認をしようでは無いか。僕は直前までそう思っていた。



……あれ?



 目が覚めた場所は、前の駅では無い。ホームも見えない。外は真っ暗だ。果たして、これは進んでいるのだろうか?先程のような車輪が回る音も抵抗も何もしない。車窓から見えた景色が嘲笑うかのように揺れ動き、通り過ぎて行くのが見えた事から電車は動いている。それでも“電車に乗っている”という感覚がまるで無い。空を飛び続ける飛行機のような。レールを蹴るような感覚が全く見受けられない。


「こ、これは一体・・・。」


 僕は、徐に口を開く。それと同時に二つ目の違和感が顔を覗かせてきた。違和感と共に薄ら笑みを浮かべているのは、背筋を震わせる独特な悪寒。ざらりと冷たい掌が首筋に掴み掛かり、感情的に体温を低下させる。そう、眠りに着くまでにいた乗客が居なくなっている。全く居ない訳では無い。僕が乗っていた電車は、左右に二列ずつ席が並べられた極一般的な車両だ。それぞれ窓側と通路側に席が用意されている。勿論、ここは自由席だ。人の心理もあるが、指定席で無い限り通路側よりも空いているのならば、人は進んで窓側を好んで選ぶ。僕もその一人だ。それは通路側に座れば圧迫感があるのも理由の一つ。視界に映る限りでは僕以外の乗客が乗っている人たちは、いずれも通路側なのである。乗車席に腰掛ける者達は、お世辞にも普通とは云えない。シートに正座する者、体育座りをしている者。どの乗客もまるでマネキンのように、微動だにせずピクリとも動かない。


ポーンッ


 いつもとは違う機械音が車内に鳴り響く。どこかノイズ混じりの、耳の裏をかきたくなるような音。もしかしたらまだ眠気から覚めたばかりの半覚醒状態で、見間違えてしまったのかも知れない。そっちの方が真実なら、どんなに楽な事かと淡い期待を膨らませようとした。けれど、そんな空想すらもブチ壊し無機質なアラーム音が強制的に我へと返させる。天井の中心から響かせるように掻き鳴らすその音は、無意識にある視点へと誘導させた。車両が告げる音は、何かを知らせる時だ。車両同士を繋ぐドアの上に設置された電光掲示板だ。


               「  次は、      。  」


 電光掲示板に映し出されたのは、奇妙な表示の仕方だった。次は、とか書いておきながら何も書いていない。まるでその文字だけが、蟲食いにでもあったかのように。感覚を麻痺させる。見えないのか、読めないのか、書いているという存在を意識できないのか。少なくともそこに表示されている次の駅は、僕がいつも降りる駅ではない。そもそも周りは真っ暗だ。いつも車窓の外から見える街並みも街灯が見えない。天気のせいでも無い。今日はカラッと乾いた快晴だったからだ。だからこそ、様子がおかしい。今、僕が乗っているこの電車は()()()()ではない。


「明らかにおかしいぞ、これは・・・。そ、そうだ!携帯!」


 暗がりから見えた閃き。僕が眠りに着く前に一度、携帯が震えていたのを思い出した。ポケットに忍ばせたスマホを掴み取り、スリープを解除する。時刻は、零時五十分・・・。そ、そんな馬鹿な。いつもなら、まだ零時半に向かっている最中だ。それなのに、現在時刻は本来の予定時刻よりも大幅に遅れている。余程の事故などが無い限り遅れる事は無い筈だ。ならば、この状況は一体何なんだ。様々な違和感が徐々に僕の体躯を覆い始める。これは、一種の恐怖に近い。スマホの画面には、時刻のすぐ下に表示された一件の通知項目。それは、社長からの不在着信だった。


「社長?なんでこんな時間に・・・。いや、今はそんな事はどうでも良い!」


 僕は急いで指を走らせながら、スマホのロック画面を解除する。良かった、こんな場所だけど電波はあるみたいだ。スマホのバッテリー残量は、二十パーセント。電話をする分には、充分だ。車内では通話せずにマナーモードを。けど、今は緊急事態だ。頼りの綱を易々と離す訳には行かないんだ。不在着信履歴から社長の履歴を出し、電話をかける。


「むっ。君か。ようやく電話できたようだな。」


「社長、なんか変なんです。」


 社長は、ものの二回程のコールで電話に出てくれた。ようやく?社長の言葉には何処か引っかかる。僕自身も何処か焦ってしまい、状況がうまく説明できずにいた。いつの間にか踏み込んでしまった非日常に困惑し、状況整理が追いつかないでいる。


「君が変である事は、重々承知しているがな。」


「は、はあ・・・。すみません。」


 社長の電話からは、何処か呆れ混じりの溜め息が溢れているのがスピーカーからはっきりと聞こえていた。


「だが、まだ連絡できるのは幸いだな。本題に入るぞ、垂くん。」


 無意識に僕は、大粒の生唾を飲み込む。喉を通り抜ける音がスローモーションで体内から響く。不安は、判断スピードを低下させる。焦りは視界を狭めさせる。そして、恐怖は筋肉を硬直させる。冷静であれと思えば思う程、マイナスで創られた底なし沼のどツボにはまるのだ。スゥっと短く息を吸った彼女は、一時的に静止させた言葉に再度アクセルを踏む。


「今すぐ、そこから逃げるんだ。」


「え?どういう事です、社長?」


 社長の言葉には、いつもの冗談混じりの皮肉さが感じ取れなかった。その口調は真剣でいて、ほんの微かだが焦りすら滲み出ていた。逃げると云っても、ここは電車の中だ。今も尚、絶賛走行中の鉄の檻。とても身を乗り出し、飛び降りるような事は出来そうに無い。せめてどこか駅とかに停まってくれれば良いんだけれど。そんな悠長な事も云っていられないか。キョロキョロと周りを見渡しながら、方法を探る。行き先が書かれていない電光掲示板、マネキンのように座る乗客。そして、何も見えない真っ暗な車窓。どこからか脱出出来ないかと探しているところ、社長は言葉を続けた。


「良いかい?落ち着いて良く聞くんだ。君は今・・・、異界に向かっているのだよ。」


 社長の言葉は、徐々にノイズが濃くなって聞き取りにくくなってきていた。掠れた音がビリビリと反動するのは、僕の心臓が震えているからか。僕は徐にスマホを耳から離し、表示された画面を改めて見つめる。先程まであったスマホのバッテリーは、刻々と無慈悲に減って行く。今は彼女の助言が最大の命綱なんだ、なるべく長く持ってくれ僕のスマホ。



 どうしてこんな事に。僕はただ、家に帰って布団に潜り込みたいだけなんだ。

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