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便箋小町  作者: 藤光一
第一章 河童編

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15/58

15喝采はおまかせを

 一触即発。今この状況を一言で云い表すのであれば、もっともしっくり来る。互いの構える鶴の一声で軍配が下され、火花が散ろうとしていた目下は正にそんな状況だった。どちらかが火花を放ち、そのどちらかが受け皿となり血を流す。押し負けていた鍔迫り合いは、一度(ひとたび)踏み込む重心を誤れば命取りだ。そんな状況の中で降り注ぐ雨に紛れるように、状況はガラリと変わろうとしている。河童たちすらも気付く事が出来なかった新たな軍勢。奇々怪界と現れた第三の勢力だ。黒スーツ姿の男達は、僕達や河童を取り囲むようにどっしりと構えていた。丁度この大学病院すらもぐるりと回って包囲しているようだ。突如として現れた来襲に河童も戸惑っている。何よりも足を竦ませてしまったのは、その存在すらも掻き消していたド派手なヘリコプター。武装は備えていなさそうで、どちらかと云えば民間用のヘリだろうか。轟音鳴り響くプロペラがその存在をアピールさせる。僕らを煌々と照射したサーチライトを向けながら、ヘリコプターはホバリングにより空中で停止していた。あれだけ大きな羽音と存在に気付かなかったのは、何か術でも施していたのだろうか。そうでなければ、離れた位置でも軍事ヘリだって飛んでいるのが気付けるくらいだ。かつ、この大雨での飛行。救助ヘリだって飛行は困難な筈だ。その不可能を可能にさせるもの。それは例によって“ギフト”による何らかの術。

 そう推理出来てしまうくらい、僕は徐々にこの業界に馴染んできたのかと思うと少し億劫になってしまう。出来れば普通の一般人で普通に仕事をして、普通に一日を過ごせる願いはどうやらだいぶ先の夢らしい。僕達のすぐ頭上でホバリングをしているヘリコプターは、定位置を守るように空中で停止している。目を凝らすとヘリコプターの搭乗する扉は開いており、地上を覗き込む人影が何となくとぼんやり見える。スーツ姿で無線のマイクを握り締めているように見えるが、ここからでは高過ぎてよく見えない。


キィキーーーーーーーィン


 突如として金切りのような甲高いハウリングが辺りを響かせた。ヘリコプターに搭載されているのであろうスピーカーからは、今にも破裂してしまいそうな音が劈く。それは思わず耳を抑えたくなるような音で、反射的に目を閉じてしまう程の砲声だった。当然、それは僕だけでなく河童たちも同様にその異常音に驚いているようで咄嗟に耳を塞いでいる。ましてや、僕なんかより聴覚が鋭いメルに関しては身震いを起こしながら塞いでいた。モジャモジャと無数の毛を逆立て、悲痛に似た声をメルは漏らしていた。


「しゃ、社長。誰なんです?あれは一体⁉︎」


 耳を押さえながら、僕は社長へ問い詰める。まだ耳が針にも似た尖った糸が入ったようにキリキリと痛く、少しクラつきながらも目眩を誘う。ふぅ、とストレスを吐き溢すような溜め息を長く取った後、彼女はどこか面倒臭そうに口を開いた。


「あいつは、テンジョウ。大和(ダイワ)コンツェルンの御曹司、大和テンジョウ。君も、その社名だけは聞いた事があるだろう?」


「大和コンツェルン・・・、確か建設に貿易とかの一流企業の、アレですか?」


「そのアレのおぼっちゃまさ。簡単に云えば詰まるところ、ただの目立ちたがり屋のタヌキだ。」


 テンジョウ。あれも社長の知り合いなのだろうか。という事は、こちらの味方なのだろうか。・・・いや、でもタヌキ?彼女は確かにそう云った。人のような面影のようだけれど。まだ暗い雨の中で地上から離れた位置にいる為、上空に留まっているヘリではハッキリとは確認出来ない。けれどそれがタヌキ・・・、いや“ギフト”だとしても確かに今は、猫の手も借りたいという状況ではある。僕達の前に突如として現れたこの軍勢が何者であれ、加勢してくれるのは願ったり叶ったりだ。


「とぉッ!」


 と、スピーカーからはその者の叫び声が響く。同時に、先程まで搭乗口に居た人影が機体を乗り捨て、躊躇無く飛び降りていく。真っ直ぐと身構える事無く地上へと落下していく。成すがままに、地球の重力に身を任せるように。高そうなスーツを身に纏った男は、真っ直ぐ僕らの方へと落ちてくる。それは隕石のように、力強く自信に満ち溢れていた。


ーーダンッッ


 テンジョウと呼ばれた男は地上へとしっかりと受け身を取り、ゆっくりと立ち上がる。ビル程はある高さから落ちて来たというのに、その衝撃を物ともしない素振りだ。宛ら闇夜に現れる救いの為に参上したアクションヒーローのように、けれどスマートで優雅な佇まい。男の子なら誰もが一度はやりたくなるヒーローの登場シーンの一つ。その光景は幼い記憶にあるジャングルジムやブロック塀から飛び降りたヒーローごっこの登場のそれとリンクする。悪の組織が群がる中心へと颯爽と現れ、ド派手なBGMを掻き鳴らしながら登場するアレだ。彼は猛々しく決めポーズを持ち合わせず、スマートにかつクールに颯爽と舞い降りる。・・・いや、やっぱ痛そうだ。腕を組みながら、乱れた髪を戻す素振りで誤魔化しているがやっぱり痛そうだ。落下の衝撃をもろに受けていた彼の両足は、プルプルと痺れるように震えていたのを僕は見逃せなかった。


「あ・・・、あの、大・・・、丈夫ですか?」


「な、なーに。これ、ぐらい、心配・・・、ご無用ですよ!ッ」


 ニカっとクールに白い歯を見せた彼の表情は笑顔を絶やさなかった。けれどそうは云っていても、どちらかと云えばその顔は歯を食い縛り必死に痛みを抑えていたように見えてしまう。あまりの衝撃的な登場に麻痺していたが、その顔立ちは中性的でかなり整っていた。テレビに出演するアイドルや若手人気俳優と肩を並べても遜色が無いくらいだ。背丈は百七十センチ前後で俗に云う「甘いマスク」とは、彼のことを指して差し違えないのかもしれない。キリッと整えられた眉に、ふわりと緩く掛かったパーマ。少し垂れ目気味の瞳は、不思議と優しさを彷彿させる。身に纏っているスーツもここに居るどの者よりも高価である事は確かで、社長と同じくピリッとアイロン掛けされている。少年の幼心をくすぐる仕草もそうだが、整った容姿、裕福さを感じさせる身なり。これがタヌキなのか、と疑ってしまうくらいだ。もしかして、社長と同じ半妖なのだろうか。いや、それにしたって少し彼女とは違う気がする。彼は純粋な妖怪、タヌキの妖怪とでも云うのか。確かに、狐は七変化、狸は八変化という言葉は耳にした事はある。それだけ人を化かす事に長けているので、人に化けるくらい卒無くこなせれるのだろう。その化けた甘いマスクによりお近付きになりたいと思う女性は少なくはないだろう。同時に僕の苦手なタイプでもある。


「・・・遅い。」


 相変わらず腕を組み、憤慨を露わにする社長は短く男を叱咤した。ナイフを躊躇無く飛ばすように放ったその強い言葉は、彼の背中へグサリと突き刺さる。そんな鋭利な刃物が放たれたのだ。飛び降りてきた男は、ぎょっとして体をビクつかせる。身震いしながらテンジョウは、硬直した身体を振り払いながらビクビクと振り向く。


「い・・・、嫌だなぁ、コマチさん・・・。準備や手間を考えれば最短で用意したんですよ、これでも!それに私が来なければ、今頃あなただって・・・。」


「御託は良いから、さっさと動きたまえ!」


 と、弁明する男に対して社長はバッサリと言葉を叩き落とし、同時に彼の足を強く踏みつける。フォークでソーセージでも突き刺すように、彼女の尖ったヒールはテンジョウの足へとめりこんでいった。


「;@#$ッ!」


 彼の口からは声にならない痛みが溢れ出し、反動で背筋を伸ばしながら悶絶に耐えていた。一点集中させたヒールでの踏み付けは、想像では叶わない痛みに違いない。ましてや躊躇を持ち得ない社長のだ。ミスに対する制裁に、手加減などと云うチャチなモノは無い。業務的指導という彼女なりの愛情でもあるからだ。男は羞恥心を捨てる程、両手の指をわなわなと小刻みに震わせながら痛みに耐えていた。あれは誰が踏まれても、悶絶してしまう痛さだろう。僕ならとっくに転げ回っているところだ。


「ふん!キツネめ、それくらいにせんか。我らは定刻よりも早く来てやったというのに!」


「じ、爺~!そ、そう!そうだよね⁉︎何なら、頑張った方だよね!」


「ふん、山犬まで来ているとはな。ご苦労な事だ。」


 どこから現れたのか社長とテンジョウの間を縫うようにその男は仲裁に入った。百八十センチは超えるすらりとした高身長の老人、白髪混じりのオールバック。銀色の懐中時計を二度確認しながら、社長へと睨み付けている。声こそは確かに老人そのものだが。シワの一つも寄せ付けない黒を基調としたタキシード姿は、一端の軍人よりも凛々しくも見えてしまう。まだまだ現役というか、そのキリッと佇む容姿は三十代前半でも遜色無い程に細身ながら鍛え上げられた体付き。テンジョウが爺と向けたという事は、ドラマなんかで見る老執事!本当にそういう設定の人居るんだ、初めて見た。


「はい、坊っちゃま。坊っちゃまは多忙ながらも尽力を注いでいたと爺はしかと見ております。」


 先程、社長に向けていた牙を尖らせたような目付きとは一転。今し方咲いた牡丹でも愛でるような程の朗らかにニッコリと笑顔を添えながら、この老執事はテンジョウに応えた。成程・・・、定型的で完璧な爺だ。しかも、自分の主人に対して超溺愛ときたもんだ。これだから御曹司は好きになれないんだ。思わず僕は、眉を歪ませていた。同時にやはり面白く無いと思っている彼女も彼女で、ふんっと勢い付けた荒い鼻息を溢しながらそっぽを向く。


「あの、社長。今度は誰なんです?」


「奴は見ての通り、山犬だ。名は、伏黒ヤスオミ。だが今は、そこの世間知らずのお守りをしている執事らしいな。」


 説明をする順序が逆です、社長。どう見ても一般人からは、ただの老執事にしか見えませんって。それに世間知らずは、社長も同様だと思うのは僕だけだろうか。


「山犬って、犬の妖怪って事ですか?」


「失礼、山犬は私が()()()()()()()()()()()だけだ。正確には、奴は“犬神”と称した方が良いだろう。そうだな、君に分かり易く云うのなら式神の一種だ。故に、彼は私を嫌っていてね。昔からウマが合わんのだよ。」


「喧嘩したの?」


 コツメは首を傾げながら、彼女へ訊いた。彼女はその返答に首を振りながらシュラグを表現する。代わりに口を開いたのはメル。


「犬と狐の妖怪は、昔から何かと相性が悪いんだよ。特に人や忠誠を誓ったモノと密接した犬とはな。」


 社長は肩の埃を振り払うように二度はたき、河童の軍勢へと再び視線を変えた。


「私に、貴重な時間稼ぎをさせたのだ。有意義に動いてもらうぞ、テンジョウ。」


「ふぅ・・・、損はさせませんよ。時間と云うもの程、大切なビジネスはありませんからね。」


 テンジョウと呼ばれた男は、先程の痛みを振り払うように自分の足を数回手で払う。両手でスーツジャケットの下袖を短く掴み、ピッと歯切れの良い音を立てながら揃える。先程の落下で崩れたネクタイの緩みと角度を整え、深呼吸よりは少し浅く息を吸う。一連の動作に綻びは無い。どちらかと云えば、それは何かをするにあたって一種の癖と表現すれば良いだろうか。四番バッターがバッターボックスへと踏み入れる時、バレー選手がサーブを放つ時。スポーツマンが試合の最中に、ここ一番の舞台に行われるというルーティンに酷似した所作。そうして一連の動作を終えたテンジョウは、懐にある胸ポケットへと手を忍ばせた。


「それにほら。時は金なり・・・、とはよく云った物ですからね。」


 彼が胸ポケットから取り出したのは、二十センチ程の長さがある木製で造られた棒のようなもの。いや違う、あれは・・・。棒のように見えた物は、バサっと紙飛沫を弾かせ綺麗な弧を描いた扇状となる。扇子だ。それも見たところ、普通の紙や木で造られた扇子。それでも変だ。この扇子は、この大雨が降り積もる中で一滴も濡れる事が無い。と云うよりは、雨水自体が避けているようだ。まるで撥水コートを塗したフロントガラスのように降り頻る雨水を弾いている。彼の傍にいた老執事、伏黒は静かに右手を胸に当てながら頭を下げていた。今、彼の前で顔を上げる事すら無礼であると彷彿させるように、雨で濡れた地面に膝を付き(こうべ)を垂れる。けれど何故、彼は徐に扇子を取り出したのだろう。


「垂くん、あれがただの扇子に見えるかい?」


 と、不思議がっていた僕に対し社長は腕を組みながら言葉を投げかける。どこか意味深のあるその言葉は、一瞬だけ思考を巡らせてしまう。あの扇子が彼の武器なのか、はたまた何か術を使う為の準備として用意したのか。となると魔法使いの杖のような存在として活用しているのが、あの扇子なのかと想像を膨らませるのだ。だから、僕は咄嗟に添えるように頷いた。


「えぇ。けど、不思議です。」


「安心したまえ、あれは君の思う通りだ。紙と木で出来た普通の扇子。特別な木を使った訳でも無い、普通のただの扇子さ。」


「コマチさん、一体何が始まろうとしているの?」


 社長は、得意気に解説する。何かを説明する時に悠長な会話となるのは彼女の癖だろうか。思わず驚きを隠せないでいたコツメも我に返り、今この現状に社長へと訊き始めた。河童の少年が疑問がるのも無理はない。何せ、彼らが何者なのかも良く理解していないのだ。まだ名前を知った事と社長との付き合いは長さそうには見える、という点だけ。あとは、今更ではあるが彼らが人間ではなく“ギフト”だと云う事。つまり総じて、今この大学病院という戦場にいる殆どが“ギフト”で溢れ返っているという状況。彼らとの関係性は、今や敵陣として軍を率いる河童の長老とは雲泥の差だろう。比較すると明らかにその距離感は違い、彼女とは良い塩梅で友好的なのではと汲み取れる。


「テンジョウは私の古い友人だ。そして、この戦況を大きく覆す唯一の戦力だな。」


 彼女はまるで僕の心を読んでいたかのように、思ってはいても口には出さなかった言葉を返す。表情は文字となり、心はその色を表すとは云う。丸々と台本に読み上げられたみたいだ。目や口の表情で思っている事が分かるとは聞くけれど、ここまでドンピシャに当てられると少し驚く。社長の言葉を縫うように、テンジョウは広げた扇子を微かな力加減で扇ぎ始める。ただ凛として扇いでいる訳ではなく、ゆったり舞うように、ひらひらと空を泳ぐ蝶のように。それは今にも何処かで、琴や和太鼓が奏で始めようとしていても違和感が無い程だ。彼の舞を一言で表すならば“雅”。その美しい舞は、彼が男性だと云う事をつい忘れさせる。女性のように柔らかい動きで無駄が無くしなやか。時にその舞う扇子は蝶となり、鳥にも似たせる。そして手は葉となり、腕は木の枝。緩やかにしならせる腰は風を表現させ、肩から膝にかけては川。もしかしたら見え方によっては、想像して見えたモノは異なっているのかも知れない。テンジョウは神経を集中させているのか、目を閉じながら口を閉じ静かに舞う。何故か河童たちも静止してしまい、彼の舞に皆呆気を取られている。彼の舞は性別の垣根を越えて、見る者をたちまち魅了させる。


「あの舞が・・・、この状況を変えてくれるんですね!」


「ん?馬鹿か君は。あんなポンポコ舞で戦況が変わってたまるか。」


「え⁉︎違うんですか、あれ!だってなんか・・・それとなく、そんな雰囲気出してますよ⁉︎」


「あれはただの前座に過ぎん。なんて事はないルーティンと云うやつだな。

アスリート選手でもあるだろう?本人しか分からん“やる気スイッチ”みたいなもんさ。」


 と社長は述べていたが、僕の期待とはどうやら裏腹のようだ。彼が行なっていた行動は今のところ全くの無意味のようで、これも儀式の一つ。ルーティンに過ぎないのだと。それでもテンジョウは、舞を続ける。未だ河童たちも呆気に取られてしまい、動くに動かない。首を傾げるもの、動揺しその状況に困惑するものと様々だが何故か誰もテンジョウに近付こうとはしない。そしてそれは、誰もその理屈に追い付けない。本能が彼の舞を邪魔してはならない。彼の舞うこの舞台に足を踏み入れてはならないと、見えない境界の線を一筋引かれているみたいだ。しかし彼女の云う通り、これが前座だと云うのなら・・・。ここからが本番であり、漸く幕を上げるという事。一頻り舞を終えたテンジョウは、静かに扇子を畳む。降り頻る豪雨が不思議と止まったように見える。幻覚・・・?頬を叩くような突風も無くなり、産毛すらも揺らさない凪となっていく。


宵闇(よいや)、酔いや、今宵は宴・・・。」


 折り畳んだ扇子を口元へと当て、蝋燭の火を吹き消すようなか細い声で呟く。


「暴れや、あいや、月に魅入られ祭・・・。」


 何処か胡散臭かったあのヘラヘラとした顔はそこには無い。鋭く尖った眉をより鋭利にさせ、別人とも取れる顔付きで河童たちを睨み付ける。垂れ目気味だった柔らかい表情は水で溶かしたように消えており、演者の真剣な眼差しがそこにあった。


ダンッ、ダン、ダンッ、ダンッ・・・。


 周りに居る黒スーツの男たちは、息を揃えるように右足で足踏みを始め出した。一つ一つの足踏みは小さい。けれど何十人もの足踏みが連なり音の厚みを増す。二重、三重、何重にも折り重なり合い、個々の音は密集し一つの音となる。分厚く大きく一斉に大太鼓を叩きつけるように、やがて心臓すらも震わせる程に強くなっていった。


「こ、これは一体・・・⁉︎」


「そう、あのタヌキはな。私以上に、戦闘狂だ。最も今回はサポートに回ってもらうがな。」


 ギリっと組んだ腕を締め付ける社長。彼は一体何をしようとしているのだろうか。大太鼓にも似た足踏みは、限界点知らずの鼓動。重なる音もまだ止まる事無く、依然次第に強まっていった。


(いくさ)や、振るい舞え、血潮の鼓動ッ!」


 テンジョウは、徐々に語気を強めていく。怒号にも似たその叫び声は、同じ人だとは思えない。いや、社長曰くタヌキだったか。スマートで冷静さを感じさせる口調とは異なり、社長の云うように闘争心剥き出しのファイターのようだ。尚も詠唱のようなものをブツブツと続けるテンジョウの周りには、荒く不器用な風が舞っていた。これも幻覚だろうか?風が彼の舞に、この足踏みに共鳴し、まるで踊っているようだ。身に纏っていたスーツや前髪を靡かせながら、彼は親指で人差し指と中指の骨を鳴らす。喝采となった足踏みに紛れて、鈍く空気が溢れたような骨を軋ませた音。微睡(まどろ)むこと無くハッキリと聞こえ、反響する。そして、再び携えていた扇子を勢い良く華のように開かせた。


祭囃子(マツリバヤシ)ッ!」


 彼は天に向けて、そう叫んだ。すると、一瞬何色とも云えない淡い光が身体を包み込む。少なくとも嫌な色ではない。どこか暖かく、安心させ、不思議と己自身を鼓舞させる輝き。それは勿論、僕だけではない。河童の陣営以外の全ての者に与えているようだ。何かに包まれたと思った時には、何処とも無く力が湧いてくる。いつもより身体中の血が速く巡っている感じ、と表現すれば良いのだろうか。明らかに自分の普段巡っているモノとは異なる力が溢れ出し、試しに握り締めた拳は普段以上の握力を感じる。事実として力が向上しているのがよく分かる。手を握った感覚も、足取りの軽さも、身体の重さを脱ぎ捨てたように身軽だ。それだけではない。さっきから降っているこの豪雨の一粒一粒が少しだけゆっくり見える。集中力が非常に高まり、周りの景色や音が意識の外に排除される。自分の感覚だけが研ぎ澄まされ、没頭されると云うゾーン。そのゾーンに入った感覚に近いこれらの現象は、彼が引き起こしたものという事だろうか。


「社長、これは・・・一体?」


「気付いたか、垂くん。彼は集団戦が得意でな、特にサポートとして欠かせない。ゲームで云うところの重要なバフ掛けの役割を担っているんだ。」


「ゲームってまた。いや、でもそんな事が・・・⁉︎」


 その前に社長の口から“ゲーム“というワードが出た時点で違和感しかない。意外だけど、結構やる方なのか?バフ掛けとか云っていたけど。そんな言葉、一ヶ月やそこらで始めたユーザーから出るもんじゃない。それなりの積み重ねあっての言葉だ。


「ふんぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー‼︎」


 と、社長との会話に呆気に取られていたが舞台の中心に居たテンジョウから途轍もない叫び声が轟く。テンジョウの叫び声と共に何やら鉄球のような球を、空へと思いっきりぶん投げる姿が見えた。大きく振り被って砲丸投げとは似ても似つかない、野球選手のような投げ方は鉄球んかよりも重い球を投げる。鉄球は落ちる事も速度を緩める事もなく、グングンと打ち上げ花火のように曇天へと向かう。


バァァァーンッ


 空高く投げられた鉄球は勢い良く破裂した。炸裂した花火のように閃光し、強く弾け飛ぶ。爆風は一斉に周囲へと弾け飛ぶ訳では無く、竜巻のように旋風しながら閃光の一点へと集中する。旋風した渦が光と重なった瞬間、漸く爆発を撒き越した。


「我が社オリジナルの特製炸裂弾です。威力はご覧の通り、雲を吹き飛ばす程度のものです。」


「うわぁ・・・、綺麗だ・・・。」


 空高くに放たれた花火のような爆風を見て、思わずコツメは小さく溢す。テンジョウは乱れた前髪を右手で掻き上げながら、空を見上げていた。先程まで分厚く空を覆っていた雲は、炸裂した爆風により円を描くように広く散っていった。彼はニヤリと笑顔を見せながら、ドーナツ状にぽっかり空いた紺藍(こんあい)の晴天へ手を翳す。丁度、僕達のすぐ真上の雲が消え去り、今日初めての星空が顔を覗かせていた。辺りの豪雨は干上がり、冷たい僅かな水飛沫が頬を残り香のように触れていく。星が見える・・・。星が・・・。そうか、そう云う事だったのか。これがあの二人の狙い・・・。


「さて、ご長老。待たせたな。」


 社長は長い事封じられていた自らの手袋に、この時を待っていたと云わんばかりに手をかける。右手の手袋を外し、金色の長く荒々しく伸びる毛を覆った獣の手をついに露わにした。雨が降らないこの場所ならば、雨で安定しなかったこの地面も。この今、この瞬間ならば社長は印を作る事が出来る。つまり、社長の本来の力を発揮する事が漸くできると云う事。


「開ッ!」


 透かさず彼女は、自分の周りに印を作り出す。まさに一瞬の出来事。瞬きすらの瞬間も与えさない動きで、魔法陣のような印からは夥しい数の文字を浮かび上がらせた。印をなぞるように青白い光が展開され、漸く開放されたその力にはいつもより鋭さが際立つように見える。止むを得ずとも留めていた力が解放された事により、彼女の鋭く尖った眼差しは直視するのも抵抗を覚えてしまう。身体全体を纏うように青白い閃光が迸る。今まで留めていた鬱憤も同時に解放されたのか、弾け飛ぶ反動は大きい。社長の狙いは、この雨を跳ね除ける事。その為にテンジョウを用意した。彼女はずっと、この時を待っていたんだ。周りにいるスーツの男達を配置させたのはプレッシャーを与え、どよめかせ困惑させて今と云うこの隙を作る行為も。油断から発する圧倒的有利な環境からの大どんでん返し、絶対に勝てる勝負を覆す瞬間を。社長はずっと、これを。この瞬間を待っていたんだ。


「どうやら、舞台は整ったようだ。」


 ビリビリとこちらまで痺れさせるような錯覚さえも、これは彼女の怒りでもあるのだろうか。いや、そうではない。錯覚は幻覚を超え具現される。彼女の体躯を纏うその闘気は、研ぎ澄まされた刃のよう。一振りでも触れれば指先は痺れ、火傷を負ってしまいそうな程に凄みがあった。怒りの刃は、ついに鞘を抜き一時の晴天に切先を向ける。


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