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便箋小町  作者: 藤光一
第一章 河童編

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13/57

13幼女参戦はおまかせを

 降り注ぐ豪雨はまるで無差別に撃ち鳴らす機関銃に匹敵するほど、激しい雨音と水飛沫を演出する。水圧を限界まで捻り上げたシャワーでも浴びているようだ。そんな雨すらも跳ね除け、キッチンカーは法定速度ぶっちぎりで豪速で公道を駆け巡る。こんなゲリラ豪雨の中でも物ともせずに、アクセルを踏み続ける肝っ玉は流石に目を疑う。むしろ、搭乗しているだけでこちらの寿命が縮められているのではないかとさえ錯覚させてしまうのだ。まだ間に合うのなら、今すぐにでもシートベルトを畳んで飛び降りたいくらい。運転する社長の昂りと云えば、まさに有頂天。ハンドル操作は勿論、事細かくギアチェンジを忙しなく操作する。テキパキとノールックでこなすその姿は、プロドライバー顔負けと云っても過言ではないだろう。キッチンカーは赤い尻尾を垂らすように、常灯されたテールランプを靡かせながら駆け抜ける。今更だが、速度規制や信号など今の彼女には見えていない。


 ギュリリリリリリリィィィイイ


 ほら、見た事か。キッチンカーからは聞いた事の無い、車体の悲鳴が公道を響かせる。車両の旋回している最中にサイドブレーキをかませ、後輪に急激なブレーキが掛かり反動によりタイヤを滑らせる。後輪タイヤが滑る事でキッチンカーの後半部が流れ、前輪を中心にコンパスのように弧を描くような軌跡を辿る。そこにグンとアクセルを踏ませれば、車体は横滑り状態を維持しながら効率的かつ最短なカーブを演出させた。宛らここはサーキットか。悪天候の中で開催されたグランプリ中継の実況者もさぞ、舌を巻く程だろう。皆さんは公道の十字路で大雨の中、一般ドライバーがドリフトをかます所を見た事があるだろうか。ましてや我が物顔で走らせているのがキッチンカーであるという限定付きだ。手を挙げてくれた者に是非聞きたい、夢であって欲しいと。交通規制通り前進しようとしている対向車などを無理くり止めさせ、これまた我が物顔で直角カーブをする姿を。B級映画でもハリウッドでも監督やスタントマンが「ナンセンスだ」と口を揃えて云う事だろう。僕はシートベルトが最後の命綱のようにガッチリとしがみつき、暴走する振動に堪えるのに必死だった。想像して欲しい。時速五十キロ以上出せないペーパードライバーがここにいるのだ。そんな小心者が大雨の中、法定速度四十キロ以下の公道を爆速している時点で肝が冷える。


「社長!そ、そんなに急がなくても、大丈夫ですよ!」


 などと声を大にして懇願するが、僅かな距離にも関わらず儚くも彼女の耳には届いていなかった。アクセルを踏み込む度に、高揚とした奇声を発している女社長には“ブレーキ”という概念が無いのだ。再び大きく乱暴にハンドルを左回転させ、公道内でドリフトを仕掛ける。この女社長には雨風など関係無い。それどころか法すら跳ね除けタイヤの悲鳴を奏でる。頼むから止めてくれ。虚しくも今、目の前に居るのは涎まみれで白目を剥きながら失神した悪魔なら居るんだが。僕が云いたいのは、ただ一言。「おぉ、神よ。」と襲い来る重圧を受け止めながら指を交差させるだけ。神への願いはさておきなのか、社長はサイドミラーとバックミラーをチラリと覗いた後に舌を短く打つ。それは何かを確認しているようだった。安全確認・・・、ではなさそうだ。もっと違う何かを確認しているのか。ハンドルを切りながら、彼女は大きく口を開けながら僕へと告げる。


「垂くん、本当に君はこの手は疎いのだな。」


「ど、どどどう云う事です?」


 僕は、重圧を受けながら言葉を返した。勘違いしないで欲しいのは、別に(ども)っている訳じゃ無いぞ。予想出来ない方向からの重圧は身構える隙間無く襲い来る為、慣性に沿って身体を揺らされる。運転に集中している彼女は、視線をこちらへ移す事は無かった。いや、これを集中と称して良いのだろうか。よく云えば一意先進。ただ、裏返せば熱中のあまりに周りが見えなくなってしまっている様だ。現に僕が何度慌てながら「ブレーキ!」と叫んだ事か。それでも彼女は止まる事無く、高笑いをしている始末だ。再度チラリとサイドミラーを覗き、何かを確認するような仕草を見せる。やはり安全確認・・・、という訳では無さそうだ。社長は何かを気にしているのか。映画なんかでよくあるシーンで云えば、背後から迫る追っ手を気にしながら運転しているようだ。


「気付いてないようだから、云うがな・・・。」


 キッチンカーの後部座席からでは、外部の状況が見えなくイマイチ分からないのだ。強いていえば、彼女の運転している様子と前方くらいしか見えないくらい。それでもこの酷い雨のせいで前方は、ワイパーを忙しなく動かさないと視野は不安定。まさか・・・、そうなのか?脳裏に浮かんだのは、河童たちの追っ手がこの車に迫っているのか。もしやとモヤにかけられた暗雲は、ゾクリと脈を打つ。だから僕は、その時まで一切気付かなかった。


 ガシィィィイイィィインッツ。


 そう、前方に降り頻る銃弾のような豪雨に紛れるように、そいつらはまた現れたのだ。フロントガラス目掛けて飛んできたのは、奴らが携えていた三又の矛。グッサリとフロントガラスを突き抜け、飴細工のようにガラスが弾け飛ぶ。ダンッと衝撃音と共に現れたのは、両手でしっかりと柄を握り込んだ河童の姿だった。ってこの車は、安心安全に設計された特別仕様じゃなかったのかよ!映画とかに出てくるような防弾仕様のフロントガラスじゃ無いのか。いやそれは流石に映画の見過ぎか。それでも車のガラスをぶち破る程の勢いと威力。この場合はこちらの爆走するスピードも相まっている。いとも容易く貫いた三又の矛も、この河童たちも今の環境下ではやはり絶対的なフィールドなのだろう。唸り声を上げながら、襲ってきた河童は一体二体だけではない筈。周りを見渡せば、まるで忍者のような速度で走りながら何体もの河童がこちらをじっと見つめているのだろう。


「こいつらに、ずっと、追いかけ、回されて、いたのだよッ!」


 彼女は、割れて蜘蛛の巣状に線が入ったフロントガラスを肘で砕きながら叫んだ。一突き、また一突きと三又の切先が運転をする社長目掛けて襲う。一方的に襲いくる矛を社長は全て左手で受け流しながら、寸前で回避していた。フロントガラスが筒抜けとなった状態の為、雨風が遮る事なく車内へと無慈悲に入り込む。瞬く間にハンドルも身体もびしょびしょとなってしまい、雨のせいで上手く視界が効かない。社長もそうだが、この荒運転の中でどっしりと踏ん張りながら猛攻する河童の圧倒も凄い。


「全く、レディが、運転中だぞ!」


 再び次の一手を加えようとした矛を社長は左手で掴み掛かる。そのままハンドルを右へ大きく勢い付けて、車体を揺らす事で無理やり遠心力を加えた。


 ーガンッ


 踏ん張りが効きにくいボンネットを利用し、矛ごと放り投げた。幸い、軽トラに形状が似たこのキッチンカーのボンネットでは足場のスペースが少なかった。スピードが乗った状態なら振り払うテコは、少しの力で充分効果がある。河童は一度サイドミラーに身体をぶつけ、そのままゴロゴロと転がりながら落ちていく。


 ーボン・・・ッ。


 ほっとした一息を入れたいところだが、その合間すら与える気はあちらさんにはどうやら無いようだ。突然の破裂音と共に訪れたのは、キッチンカーの後部側に設置されていた小窓が破壊されている。三又の矛で無理矢理こじ開けたのか、窓からは雨風が溢れ出す。その衝撃で車体は大きく横に揺れてしまった。間髪入れず襲い来る衝撃に後部側に居たコツメは、瞳孔を震わせながら筒抜けとなった小窓を見つめる。それもその筈。小窓からは雨風だけでなく、ニタリと薄気味笑いを滲ませた河童がこちらを覗き込んでいたからだ。


「見つけたぞ、尻子玉を!」


「ひッ・・・!」


 キッチンカーの小窓は丁度子供なら屈めば、余裕を持って入れるくらいの大きさだ。つまり、子供の大きさと然程変わりのない河童達にとっても、充分に侵入出来るスペース。狙いを定められたコツメは、帽子を深く被りながらキッチンの奥の方へと這い寄って逃げる。幾ら妖怪といえどコツメ自身は戦闘経験の無い、謂わば一般人と何ら変わり無い。人間だってそうだ。訓練を受けた軍人とでは戦闘力は雲泥の差である。人よりも力のある河童であれば尚更だ。このままドンドンと侵入されてしまったら、完全にネズミの袋小路状態になる。幸いだったのは、奴らが持っている矛だ。長い造形の為に、狭い空間では振り回す事は出来ない。何か、何かここに無いか・・・?選別してチンタラやっている暇は無いぞ!何でも良い、とりあえずこれだ!


「くそッ!喰らえ!」


 僕が咄嗟に取ってぶん投げたのは、偶然にも何故かあった鉄製のフライパンだった。クレープ屋なのに何故?は、この際無しだ。鉄製と云うのもあって、投げたフライパンは河童の顔面にヒット。どうやら長過ぎる矛が仇となり、河童は上手く防御へと構える事が出来ずにクリーンヒットしてくれた。とりあえずは一時の危機は何とかなったけど、このままじゃジリ貧だ。車に取り憑かれては、時間の問題。今まさに、これは砦に橋を掛けられ籠城攻めを受けている状態。何度も奇襲されれば疲弊し、中から崩れ落ちる。二度目の奇襲。奴らの動きもさっきとは、まるで違う。本気で殺しにかかっている。奇襲の掛け方が戦闘慣れした集団そのものだ。様子見でも偵察でもない。人間の軍隊で云わせれば、これがきっと本隊に近い物なのかも知れない。


「コツメくん、大丈夫かい⁉︎」


「はい・・・、なんとか。」


 コツメは震えながらも屈んだ身体を起こし、こちらへ二度頷きながら返事をしてくれた。一歩遅ければ、このかすり傷だけで済んだだろうか。突如として訪れた二度目の襲撃。第二波、第三波と襲撃がまた訪れるだろう。こちらも何か対策を練らなくては・・・。このままただ逃げているだけで救いがあるとは思えない。これだけしつこく付き纏ってくる連中だ。恐らく目的地の大学病院に向かう最中に、挟み撃ちに合う可能性だってある。ならば、ここは追ってくる連中を迎撃しなければこちらに軍配が上がる事は無い。そう考えに更けていたところ、バックミラー越しに社長の表情が映り込んでいた。彼女の顔は何かを閃いたように眉を動かす。いや、どちらかというと「そういえば。」と思い出すように。そうして社長は徐に、助手席で呆けていたチップを握り込んだ拳で叩き起こした。彼女が繰り出す制裁の一撃は一切の迷いが無く、力加減と云う躊躇も無かった。このまま内臓すらも捻り潰すのでは無いか、と思わせる程の鈍い音が幼女の身体へと捩じ込ませる。


「ぐ、グェええ⁉︎」


 叩き落とした拳にはただ振り下ろした訳では無く、手首を捻るように回転を加えながら鳩尾(みぞおち)へと突く。無抵抗のままダイレクトに衝撃を受けたチップは嗚咽感とともに雨風を受けながら、飛び起きる。いつの間にかビチョ濡れになった自分を見て、目を大きくしながら動揺していた。ゴホッと咳払いをし、状況を理解しようとしているのかキョロキョロと周りを見渡している幼女。


「って、ブハァ⁉︎ずぶ濡れじゃねぇーか!んだよこれ、空襲か⁉︎」


「起きろ、チップ‼︎さぁ、お前の念願。叶えてやるぞ!」


 まるで突然の空襲とサイレンで目覚めた戦場赴いた兵士かのように慌てふためく幼女。気を失っていた為か半覚醒状態で、夢と現実が混同しているようだ。一体どんな夢を見てボケているんだか。そんな幼女に対して社長は、左手で人差し指と中指を立ててチップの額へと添える。先のメルのように力を解放させようとしているのか。彼女の突き出した指は淡く光っているように見えた。


「お?おぉ⁉︎マジか!いいの、いいのかキツネ!」


 大きな赤い目を爛々と輝かせながら、チップは口角を上げた。半覚醒状態だった瞳も起爆剤を浴びたように飛び起き、その輝きすらも眩しく見える。両手には激った拳を握り込み、昂る感情を抑えきれないのか鼻息が荒く興奮状態だった。手の届く範囲に欲しかった玩具を吊らされているみたいだ。


「え、あの子もさっきみたいに大きい雷獣のようになるの?」


「ど、どうだろう・・?あいつ悪魔だしなぁ。」


 コツメに云われて改めて気付かされる。力を解放すると云う事は、元のあの姿になるのかな。大鳥のような姿、無数の腕を備えたトリビュートに。元はこいつも悪魔だ、力を社長に奪われて今は非力な幼女と化しているけど。社長は一体どうする気なんだ。と、バックミラー越しに見える彼女の顔は、密やかに何かを企んでいるみたいだ。


「あぁ、解放するのは少しだけだがな・・・。その分、メルよりは長く戦えるだろう。」


「構わねぇよ、そんなもん!今までの鬱憤、晴らしてやるぜ!」


「良い心構えじゃないか、チップ。では、行くぞ!」


 そう告げた社長は、ブツブツと呟くように念を唱え始める。徐々に青白い光が二人の身体を纏うように浮かび上がってくるのが見えてきて、車内が青い光に包まれる。時折、パチパチと破裂するような音を奏でながら、光は淡く灯し続ける。パチンっと一際強い破裂音が弾かれた時、彼女の目は開眼する。


「・・・開ッ!」


 ポツリと大玉の水滴がチップへと零れ落ちるような音が木霊する。封印していたチップの力が湧き出し、幼女の体躯からは黒と紫のモヤが浮き出ていた。ゆらりと揺らめくそのモヤは、心臓の鼓動に合わせるように蠢く。身体の一部として、または別の生命体のように。そのモヤ自体に意志でもあるのでは、と錯覚さえ感じさせる。一つの安堵としては、一部のみ解放だったためか大鳥にはならなかった。そうさせなかった、と云うのが正しいか。幼女の力は、社長である飛川コマチが完全に掌握している。そう裏付けられる。


「おぉ・・・、おぉおおお!な、なんだこれ?なんかナツカシイぞ!これッ!」


「ほら、いいからさっさと行け!時間が無いんだッ!」


 社長は猫の首を掴むようにチップを左手で鷲掴み、空いたフロントガラスへと放り投げた。ぶん投げられたチップは、今までならそのまま絶叫しながら車外へと転げ回るところ。しかし、幼女は水を得た魚のように動きが機敏になる。まるで別人のような体幹でしっかりと受け身を空中で取った。くるりと半身を翻し、体操選手顔負けの身のこなしでフロントの端を掴み取っていた。猛スピードで車体は移動していると云うのに、幼女は物ともせず回転しながら車の上へと飛び移る。自分の体重に対して、慣性や重力も無視するかのようにその身のこなしは極めて軽やかだった。


「おい、チップ!気を付けろよおぉぉ!」


「おぅ!イサム見ておけ!俺様の力をな!」


 僕は空いた小窓からチップへと叫ぶ。その時僅かに見えた光景は車の上で仁王立ちを決め込み、自信に満ち溢れた幼女の姿だった。よく見るとチップの背中から、薄らとモヤのようなものが伸びている。トリビュートの時に携えていた、あの無数に生えた伸縮自在の黒い腕を数本覗かせていた。水に溶かしたような滲んだその黒い手は、五本の指で力強くキリキリと軋ませている。黒く伸びた腕の数は全部で十本程。それぞれが別の生き物のように蠢き、当の本人は腕を組んでいる。仁王立ちを決め込んでいるチップに気付いた河童たちは、次々と車上へと飛び移ってきた。奴らの身のこなしは、パルクール顔負けの忍者のよう。僕の知る河童とは、常軌を逸していた。伝承と現実は別物、そう体現された気分だ。どの河童も同じ武器として汎用的なのか三又の槍を構える。矛先は、ドヤ顔で佇む幼女に向けて。その姿は不思議と今日は何処か頼り甲斐のある雰囲気を醸し出している。期待を滲ませつつ、幼女のドヤ顔が極めて腹正しいとも感じてしまったが、今頼れるのはあいつだけだ。


「凄い・・・、本当に別人みたいになってる・・・!あれが本来の?」


「どうやら、そうみたいだね・・・。正直、僕も驚いているとこだけど。」


 コツメにはチップがどう映っているのだろうか。同年代で活躍するちびっ子ヒーローでも見ているかのように、憧れの眼差しすら感じる。やっぱり少年の心は、種を問わず共通なのだろうか。そんなチップは江戸っ子のように親指で鼻をピンと弾く。


「生憎、夕陽は出ていないが充分だぜ・・・。三下妖怪の雑魚にはなぁ!」


 すると、顔に掴み掛かるような突風がチップを中心に周りから押し寄せてくる。そうだ、あいつは影の悪魔だった。夕陽が差し込む時間帯が最も大きく影が際立つ。故に自分の力を最大限に発揮出来るのは、この時間帯だ。夕陽が出ていれば、もっと強いのだろうか?夕陽こそ無くとも、影はある。この空間に影さえあれば、あいつは自信を糧としてくれる。それは馬鹿故の一種の自己暗示に近いものなのかも知れない。癖毛の目立つ黒く長い髪が激しく乱れ靡く。赤い瞳は、力強い眼光を紅にも近い色彩で輝かせていた。


「グラトニー・バインドッ‼︎」


 そう力強くも叫んだチップは、掌打で車を叩き込み一斉に黒い手たちが集る河童へと襲いかかる。それぞれの腕が周りを取り囲んでいた河童たちを余す事なく掴み取る。にっと薄く笑みを浮かべたチップは、そのまま河童たちをじわじわと握り締めた。屈んだ身体を起こし、両手を強く握り締め始める。その度に黒い手の握る力も強まっているみたいだ。どうやら、現れた黒い手はチップの意識と連動しているようだ。連動した黒い腕は、メキメキと奴らの骨を軋ませた。


「グッ・・・、グェエエエ⁉︎」


「良かったな、お前ら。夕陽が出ていなくてな・・・。それだけで命拾いって奴だぜ!」


 悶え苦しむ河童たちは、泡を吹くように涎を撒き散らし白目を剥き始める。しかし、ただ苦しんでいるだけではない。がっしりと握り込んでいた矛を次々と放し、落としていく。まるで力が徐々に徐々に抜けていくように、養分を吸われ干からびる草木みたいだ。チップの黒い手が力を込めて握り込む度に、やはり黒い手と連動されその強度は上がっていく。違う、ただ握り込んでいるだけじゃない。こいつは、力を奪っているんだ、自分の力へと吸収するように。握り込まれた河童たちは天を仰ぐように気絶し、一体、また一体と走行する車から転げ落ちていく。だから掴まれた河童たちは抵抗する事も出来ずに、果てて気絶していくのか。味方ながら厄介な技を使うな・・・。

 いや、ちょっと待てよ。あいつがさっき云っていた技名、どっかで聞いた事あるような・・・。ふと記憶の走馬灯が脳裏を駆け巡る。辿り着いた先は、僕の本棚にあった漫画だった。異能力バトルを題材とした漫画で、その中で確か影を自在に操るキャラクターの技だった気がする。それもパクリも何も技名がそのままだ。オマージュするにしてもリスペクトし過ぎだぞ、チップ。


「踊れ、もがけ、自分の影におぼれるが良いーッ!だぁーはっはっはー‼︎」


 阿呆みたいに高笑いを決め込むチップが、先程よりも上乗せしたドヤ顔を決め込む。どうやら僕の漫画のせいで、すっかり厨二病へと染まりきってしまっているようだ。言葉一つ一つが自分の胸を突き刺すようで、不思議と何故か僕の方が心が痛いというか恥ずかしい。出来る事ならそっと耳を塞いで、他人のフリをしたいところだ。過去に誰しもが通った道、厨二病。軌跡とはいえ、呼び起こされた記憶が自分とリンクしたみたいで妙に恥ずかしく何とも云えない気持ちになる。齢十九にして、胃に穴が空きそうだ。母さん、これがストレスなんだろうか・・・。


「まるで新しい玩具を手にした餓鬼と変わらんな・・・。」


「社長。あいつ、あんな事出来るんですか?」


 彼女もメルも、チップのはしゃぎっぷりに呆れを示しながらも溜め息を付く。口にはしなかったが「だからやりたくなかったのだ。」とでも吐き溢すように。悪魔といえど、思考はその辺の小学生と変わらない。むしろ小学生に対して失礼に当たる程でもある。そういえば、いつの間にか雨風が当たるのが感じなくなっていた。先程までの雨に打たれる感触が無い。風すらも浴びている感覚が無く、フロントガラスを境目に自分達の手前で遮られている感覚だ。やはりと云うべきか周りを見渡してもその豪雨は、止まる事を知らず降り続けている。恐らく、社長がフロントガラス代わりに結界か何かでも引いてくれたのだろうか。流石の彼女もこの悪天候をモロに受けながらの運転はしにくいのだろう。ワイパー要らずのフロントの視界は良好、くっきりクリアのオールグリーン。僅かな水適すらも撥水コートでも散布したかのように綺麗に払い除けていた。惚れ惚れする程の便利さ。少し呆れた表情を浮かばせた社長は、瞬間こちらを振り向く。


「む?垂くん、何を云っているのだ?あの阿呆自体、私は何も奪ってはおらんよ。」


「え?」


 再び、正面を向き社長はハンドルを握り込む。そんな中、僅か一秒間。僕の中の思考が光の速度で巡りに巡り、時さえも停止したのでは無いかと錯覚する。確かあいつは、力を奪われたと話していた筈。それなのに彼女は何も奪っていないと告げる。社長は何とも絶妙な顔立ちで、物事を順序立てるように口を開く。


「能力を段階的に制御しているだけだ。云ったであろう?悪魔は専門外だとな。単に制御させて、あの餓鬼を調教させただけに過ぎないのだよ。」


「あれ?じゃあ、あの馬鹿が力を奪われたと思っているのは・・・。」


 はっ、と社長は鼻で笑う。人差し指を一つ立て、囁くように彼女はこう云った。


「勝手にあいつがそう思っているだけさ、垂くん。」


 ニヤリと微笑むその表情は、悪魔よりも悪魔だったように見える。傍らで聞いた僕は、少し青冷めた。つまりあの幼女は自分にされた事を理解しておらず、勘違いしているままの状態という訳だ・・・。奪っているのではなく、ただ抑止しているだけ。力を引き出せない事に変わりはないが、意味合いは全然違う。それに気付かないチップもチップだが、完全に社長の掌で踊る道化師そのものだ。踊れと叫ぶあいつがより一層と不憫にさえ思えてしまうが。まぁ、彼女の云う通り伝える必要は無いだろう。その方が色々と利用出来るし、都合が良い事に変わりは無い筈だ。だからこそ、この便箋小町の社長とは敵対してはならないのだろうと改めて実感もしている。そうこう社長と話している間、当の本人は未だ車上で暴れ回っている。気が狂うように飛びかかり、襲ってくる河童たちをチップは獅子奮迅としていた。背中から伸ばした複数の黒い腕を別の生き物のように振り回し、勇ましくも応戦している。先程の技の為か、河童から生気を奪った事によりその黒い腕は大きく太くなっていた。社長が出す剛腕程ではないが、伸縮自由自在かつ十本の腕が動き回り、その柔軟性は汎用性のある動きだ。元々トリビュートの時から、戦い方はわかっているんだ。血の気が荒いから頷ける。多少乱暴だけど、集団戦は確かにチップの方が相性が良さそうで何よりも本人が一番楽しそうでもある。


「ドラドラドラドラドラドラドラドラァーーーーー!」


 河童を掴んでは叩き、投げ飛ばし、また掴んでは殴りつける。奮迅する様は、まさに無双状態である。ラッシュと共にどこかで聞いた事がある覇気を交えた叫び声が轟く。怒涛のような連撃を繰り出し、幼女とは思えない動きは一種のカンフー映画を見ているよう。

 それでもチップの息は上がる事なく、スタミナも充分にあるようだ。雨風を物ともせず、猛スピードで進む車体にもあの小柄な身体でも揺らされる事なく戦っている。チップは未だ傷一つ付く事も無く、散弾銃のように押し寄せる河童の小隊を次々と薙ぎ倒していった。


「ドラァッ!そしてぇ!これがぁ・・・!」


 幼女はググッと身体を捻りながら、体勢を低くしながら構え始めた。片足を大きく開き、極限まで捻った身体は遠心力を得ようとしているように見える。爛々と瞳を輝かせ拳に力を込めながら、チップは歯を食い縛った。


「タツマキ、センプーーーー⚪︎ャクッ!」


「いや、ダメだろ!それはぁあ‼︎」


 何をするのかと思えば、チップは捻った身体を弾いたゴムのように飛び上がる。前方に都合良く固まっている河童達へと、竜巻のようにスピンしながら連続の回し蹴り。と云ってもその脚は幼女のリーチが短い為、河童自体には当たっておらず、ベーゴマのように空回っている。けれど、チップの背中から生える黒い腕がそのリーチを補っていた。縦横無尽に伸びる腕をコマのように回転させ、強烈なラリアットとして河童達に浴びせていた。そう、どちらかと云えばダブルラ⚪︎アットと称した方が正しいのである。しかしながら、その威力は絶大のようで溜め込めた遠心力を糧に面白い程、河童が吹っ飛んでいく。版権的に大丈夫なんだろうか。皆さんの意見を是非聞きたい。


「どうだ!これが俺様の力だ!だーーはっはははーーッ‼︎」


 遂には、追撃してきた河童の小隊を全て薙ぎ払ってしまった。一頻り終えた身体に両手で腰を当てながら、ドヤ顔で高笑うチップの姿は腹立たしい訳だが。あいつのはしゃぎっぷりと云えば、正に新しい玩具を手に入れた子供そのものだった。そう思っていた矢先・・・。


 ービダンッ


「ふんぎゃろ⁉︎」


 その間抜けた断末魔と衝撃音が聞こえてきたのは、そのすぐ後の事だった。改めて車上の方を覗くと、どうやらチップは車道に建てられた青看板にぶつかったようだ。完全な油断を手にしたあのバカは、受け身を一切取る事も無くド正面からぶつかったのだろう。それはまるで、海外のコメディアニメのような容姿で大の字で落ちていく。衝撃で鼻血を吹き出し、歯も欠けているように見えた。まさにとあるネズミに仕返しされた、とあるネコみたいだ。


「社長!チップが!」


 見かねた僕は、尚アクセルを踏み続ける社長へと声をかける。


「尊い犠牲だったな。」


 と、街灯に突っ込んだ羽虫を見るような目で彼女はそう云った。感情はそこには無く、だからどうした?とでも云うようだ。尊いチップの犠牲により追撃する河童を退く事に成功し、大学病院までは直ぐそこまで迫っている。目的地までもう少し。けれど、なぜか胸騒ぎがする。高揚感とはまた違うのかも知れない。この胸騒ぎが不安と称するニュアンスの何かじゃない事を祈りたい。雲はすっかり分厚く積み重なり、陽の光すら遮断している。これを鈍色(にびいろ)と表せば良いか。もはや、夕暮れかどうかもわからない程の暗い天候がこの街を包み込む。


このまま空が落ちてきてしまいそうな程に。

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